瑠璃の里だより   更新日 2017/5/7
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2017.5.7   
早朝の声
 今朝のことだった。「ごめんください!」男の声だった。枕元の時計を見ると午前5時半…  誰だろう、こんな早朝に…急いで飛び起きて玄関に向かった。「どうぞ」声をかけるも返事がない。引き戸を開けてみたが、誰もいない。確かに聞こえたあの声は何だったんだろう?夢を見たのか?いや、夢を見ていたという気はまったくしない。なにより、声によってすぐに飛び起きてた。あれ?起きていたのか?いや、眠っていたはずだ。声を聴いて、思わず「はい!」と返事をして、目が覚めたのか?そこのところがなんだか判然としない。
 なんとも不思議な気分で部屋に戻っていくと、入り口にミャー坊が座っていた。そうか、昨夜は部屋から閉め出していたのだった。「ごめん、ごめん、部屋に入る?」声をかけたら、なんだかニヤッと笑ったような気がした。そのときハッとした。さっきの声はミャー坊だったのかもしれない…
 カリカリ戸を引っ掻いても、ミャ〜ミャ〜鳴いても戸をあけてくれないので、新手の技を繰り出したのである。いや、まさか人間の言葉を話すなんて間違っても思わないが、心の声として呼びかけたのである。テレパシーってやつですか?ついにネコの声が聞こえるようになってしまったってことですか?とすると、それはそれで、これから楽しみなような面倒くさいような…「モフレ、そこにゃ…」「いつまで、モフッてるニャ!」「エサよこせ!」「また、これかにゃ!」ああ、聞きたくね〜


 2017.5.3  
タイムカプセル
 高森町は今年町制施行60周年を迎えている。30年前、施行30周年を記念して、町を挙げてタイムカプセルの記念行事を行なった。いや日本中がタイムカプセルブームに覆われていたと言っても過言ではない。全国の自治体や学校でみんなが取り組んだ時代があったのだ。今じゃあまったくといって聞かなくなったから不思議だ。
 さて本日、近隣の御寺院で春の祭典があり法要に行ってきたのだが、その席でこのタイムカプセルが話題に上がった。なんと30年前に埋設された町のタイムカプセルが60周年の今年の7月に堀り起こされるらしい。同席した一人がこのタイムカプセル掘り起こし事業に関わっているということで、情報提供いただいたのだ。某住職は30年前すでに飯田市に奉職していたが、飯田市でも高森町でもタイムカプセルに関わった記憶がない。なので、単なる他人事として話題を拝聴していたのだが、この時同席していたもう一人の坊さんが、「掘り起こすのはいつ?ねえねえいつ?」熱心に尋ねるのである。なにかあるのだろうか?聞くところによると、自分の入れたものをなんとしても他の人が目にする前に取り返したいのだそうだ。はて?
 当時いろいろなものを小学生も大人も入れたそうなのだが、手紙が一番多かったそうだ。未来の自分に宛てたり、家族に宛てたり…そんな中にあって彼が入れたもの、それは…ちょうどそのころに行なった、自分の結婚式の写真とパンフレットだそうな。いや〜確かにこれはちょっと恥ずかしい。当時は軽いノリで入れてしまったそうだが、30年という歳月はしらふに戻るには充分すぎる時間である。なるほど、タイムカプセル開封はこんなドラマもあるわけですか。ちょっと興味がわいてきた。なんだか開封の時が楽しみになったな。えっ?いつ?7月1日ですか…

2017.5.1   
ツバメの世間
 ツバメの季節がやってきた。以前に会館の軒先に巣をかけようとやってくるツバメの嫌がらせにしようと、ヘビのオモチャを梁に張り付けた、なんて話題を提供した。それは実に効果を発揮し、見事にツバメを寄せ付けなくなったのである。いや、盛んに様子見にはやってくるのだが、退散していくのである。
 ところが、昨年からどうやらヘビのオモチャを見抜いたツバメが現れたのである。シーズンの終わりごろヘビのウソを見抜き、ヘビの上に留まるようになった。それどころかヘビの上に土を盛りだしたのである。これはもうホウキで追い立てるよりしかたない。そんなことを繰り返し、シーズンも終了、巣作りは大成することなく南へ去って行ったのである。
 さて、どうもそいつが今年も帰ってきたのである。昨年のリベンジよろしく今年はいきなりヘビの上に留まりにやってきた。ある意味あっぱれである。多くのツバメの中でウソを見抜いたのも大したもんだが、昨年の記憶を忘れずまたやってきたのである。なんだかあいつには巣作りを許してやってもいいような気がしてきた。なので今年は追い立てることなく静観することにしたのである。
 ところが、ところがである。どうも留まりには来るのだが、巣作りは一向に進まないのである。ヘビのウソは見破った。追い立てる人間もいなくなった。もう心置きなく巣作りに邁進できるはずである。だが巣作りは進まない…なぜか?考えられる理由はただ一つ。そう、世間体である。ツバメも世間体を気にしているとしか思えない。オモチャとはいえヘビの上に巣作りをするなんてことは世間が許さないのである。他のツバメたちになんて言われるか、それが巣作りを躊躇させているとしか思えないのである。
 これはもう雑誌ネイチャーあたりで発表するしかない。ツバメも世間体を意識することを科学的に証明した、世界で最初の報告となるはずである。

2017.4.30   
はい、チーズ!
 昨日のこと、ご法事の後の料理屋さんでの出来事。四十九日の法要の後に、飯田市内の料理屋さんに向かった。部屋へ案内され、席に付こうとしたところ、同席した親戚の方が、住職さんと一緒に記念撮影をしようと言い出した。人気者の某住職のことなので、特段おどろかない、よくあることである。8人という少人数のご法事だったので、撮影のポジショニングはすぐに整った。丁度そこにやってきた中居さんに撮影をお願いしたところ、快諾いただき即撮影に!
 さて、ここからが問題である。中居さんは実に明るく「はい、チ〜ズ!」といってシャッターを押したのである。そして続けて「もう一枚、はいチーズ!」そして留めに「もう一枚撮りますね、はいチーズ!」 恐るべし…はいチーズの3連発である…  ご法事も一周忌を過ぎれば先祖祭りの様相を呈し、参加する誰もが気楽なものである。しかし、四十九日はかなり微妙である。四十九日で忌明けとなるのだが、人によってはその心情は微妙である。未だ喪った人への思いで立ち直れない人もいれば、恨みを抱いて吹っ切れない人もいる。場合によっては、死後の事後処理に頭を痛めている人もいる。そんな状況の中で迎えるのが四十九日法要なので、かなりお気楽な某住職でも、法要中も精進落しの席でも会話にはかなり気を使っている。
 記念撮影とはいえ、そんな人たちを前に「はい、チ〜ズ!」がやたら明るくて、実におかしかったのである。(この席で「はい、チ〜ズ!」って言うか?)って思ったところに「はい、チ〜ズ!」の三連発である。なんだか某住職ツボにはまってしまって、三回目の「はい、チ〜ズ!」の時にはとびきりの笑顔で微笑んでいたはずである。なんだよ〜たぶん一番違和感を感じたはずの某住職が、一番笑顔になっちまったよ… あ〜あ、お施主さんが写真現像して「この坊さん、思いっきりの笑顔だなあ…」って、思われたらどうしよう……


 2016.11.27  
大変な事件A
 そう、そういうわけで切りたがりの女医さんの勧めで手術をすることになったのである。これまで某住職は外科手術というものを一度も受けたことがない。大して丈夫でもないのに、ある意味奇跡である。ただしこの年になるまで一度も切ったことがないっていうのがなんとなく恥ずかしい。大人になり切れてない的な?本来なら親に感謝しなきゃならないのだが、どうも自慢する気にもならず誰にも告げることなく病院へ向かったのである。
 さて病院へ着くと、あっという間に手術室に連れて行かれ、手術着に着かえさせられ、手術台に寝かされ、たいして何の説明もなく局所麻酔を打たれていたのである。と、その間の様子を淡々と書いたが、小心者の某住職のその時の不安感は筆舌に尽くしがたいものであった。(正直、ねえねえもうちょっと説明しようよ。心の準備って必要じゃない?って心の中で叫んでた…)でもそんな不安をよそに、女医さんは実に明るく、「それじゃあ切りますよ〜痛かったら言ってくださいねえ」って、(えっ、言ってくれって、どうすんだ?叫んでいいのか?それとも…)なんて考えてるうちに、なんだか背中にメスが入っている感じ…
 話には聞いていたが、局所麻酔の場合、執刀医や助手の会話はみんな聞こえてくる。実にストレートな会話で驚かされる。もうちょっとオブラートに包もうよと切に思うが、そういうものなのだろうと諦める。いや〜時間がかかりました。当初、40分くらいと聞いていたのに、腫瘍が骨の周りにまで張り付いていたということで、剥がすのに時間がかかり、倍の80分かかってしまった。途中から麻酔が効かなくなってきて、痛い〜の意思表示で手術台をずっと叩いていた。痛みとは別に、奥までほじくられている感じと、切開口を広げられてる感じがいやだったな〜。まあそれでも無事手術は終わったのだった。
 終わった後、圧迫止血のために30分仰向けで寝ていたのだが、そんな時に看護師さんが実にフランクに世間話を仕掛けてくるのである。こっちは涙を半分浮かべながら痛みに耐えた余韻に浸っているというのに、実に情け容赦なくどうでもいい話題を振ってくる。わしゃあ本当に泣きたかったですわ。泣いてたけど。
 取れた腫瘍を見せてくれたのだが、かなり大きくてびっくらこいた。傷口もけっこう大きかったので、その後痛みが取れるまで2か月くらいかかった。まあこうして生まれて初めての手術体験が終わったのであった。

2016.11.25   
大変な事件
 昨日はお大師講だった。天台大師の遺徳を讃え、みなさんでご法要をし、けんちん汁のお昼をいただく。そしてその夜には昨日書いたYさんの訃報を聞いたのである。
 ところが、お大師講の行事は午前中からお昼まで、Yさんの訃報はその夜、その間の午後にけっこうな事件があったのである。ねーねー聞きたい?えっ!聞きたくないの?わ〜ん、言わせて〜
 実は、お大師講の食事を某住職は12時半に切り上げ、その30分後には飯田市のI病院の手術台の上に横たわっていたのである。某住職は以前より心臓に欠陥があった。検査のたびに心筋梗塞の心電図だと言われ続けて早5年、「苦しくないですか?」とか「生きてますか?」とまで言われながらも特段苦しんだこともなく今日まで来ていた。ところが母親が亡くなって、葬儀・お施餓鬼・お盆行事等をこなすころから苦しくなり、母親の四十九日法要を行なう頃には、明け方決まって胸が苦しくなり目が覚めるようになってしまった。そこで病院に行き治療を受け始めたのである。
 ここまでの流れだと、手術は心臓か?ということになるのだが、そうならないところが、なんとなく間抜けな某住職のよいところである。実は心臓の検査でMRIやエコーを撮るなかで、思わぬものが発見されたのである。背中、肩甲骨の周辺に腫瘍があるというのである。前にもそこら辺に脂肪の塊があると言われたことがあったが、生活に支障がなければいいよ!くらいに言われていたのである。確かに背中が痛んだり、首がこったりしてはいたが、それほどでもないとも思っていたのだ。そう言えば、以前薬膳師A女史が背中に触れて、「なんだかぶよぶよしてる!気持ちわりー!」とか言ったことがあったな…って、こらー!まあ、単に脂肪腫かもしれないが悪性化している可能性もあるので取った方がよいのではないかということになったのである。 つづく


2016.11.24 
天台大師御命日 
 この日には実に色々のことがあった。檀家のおじいさんYさんが亡くなった。男性では地区内bQのご長寿だった。90歳の大往生である。ところで11月24日は中国天台宗の開祖・天台大師の御命日である。瑠璃寺でも朝からお大師講といって、檀家のみなさんと遺徳を偲ぶ行事を行っていた。Yさんはそんな記念日に亡くなったのである。
 しかし、その夜Yさんの経歴を聞いておどろいた。生まれたのが昭和元年の12月25日だったのである。なんと、キリストの生誕日に生まれ、天台大師と同じ御命日に亡くなったのである。どちららか片方という方はいるだろうが、両方とは…これはもう、なにか持っている方と言おうか、持っていた方というべきか、いや〜びっくりポン!ですわ(おっ!なつかしいネ)。でも実際、某住職も大変お世話になった方なので、きっと、「俺のことわすれんなよ!」ってんで、11月24日にがんばって亡くなってくれたのではないかと思うくらいである。毎年お大師講を迎えるたびにYさんのことを思い出すんだろうなあ…


 2016.10.10  
野良猫シャーのことD
 注射をしてまもなく2週間という10月2日、シャーの身に奇跡が起こったのである。その日、茶屋椿でお昼の食事に来ていたご婦人16人のうちの一人が、シャーを見てえらく気に入り、引き取りたいと申し出られたのである。
 飼っていた猫がしばらく前にいなくなり寂しい思いをしていたところ、今日偶然シャーに出会ったというわけである。それにしてもこのネコをかわいいと感じたことが驚きである。にゃん相は良くないし、なによりも年寄りネコである。何がこのご婦人の琴線に触れたのか…その後、家族で相談してくるとのことでいったん帰られたのであった。
 さてその日の夕方、ご婦人から連絡があり、これから連れに来るとのこと。あまりにいきなりのことでスタッフ一同困惑したのである。シャーを本気で可愛がってくれる人が現れたのである。喜ばないわけがない。でもこの何か月間、一緒に過ごしたシャーとの思い出…会館スタッフそれぞれにそれなりに積み重なっているわけで…特に薬膳師A女史には一番懐いていたわけで…。改めて何度も聞きなおしてしまった。「ねえ、本当に譲っちゃっていいの?みんなで余生を面倒見ようって決めたじゃん!」
 その日の夜、シャーはご婦人にもらわれていった。食べなれたエサや使っていたトイレも一緒に。それからしばらく、みんな口には出さなかったが、いつもシャーが寝ていたところに目が行くのであった。先日、ご婦人からお便りがあった。シャーはすっかりお家に馴染み、家族みんなの膝に乗って甘えているそうである。(ええっ!馴染み過ぎだろ!もう薄情なやつ…  会館スタッフみんなそう思ったはずである)でもまあこれがネコってもんだからな。シャー幸せにね。


 2016.10.9  
野良猫シャーのことC
 ネットに入れて落ち着けるようにと一時間ほど箱に入れて置いた後、車に乗せて病院へ向かった。相変わらずネットの中でシャーシャー鳴いている。こんな状態でちゃんと見てもらえるのだろうか…ミャースケを始めて病院へ連れて行った時のことを思い出す。病院へ着くと早速見てくれた。とりあえず血液検査で他の病気を調べてもらった。血液採取でも思いのほかじっとしていておどろいた。
 さて検査結果であるが、残念ながら猫エイズに罹っており、腎臓機能も弱っているとのことであった。病気もあり年齢もかなり行っているので、エイズをうつす危険はほぼないだろうとのことだった。なので、去勢などの手術は行わないことになり、とりあえず寄生虫駆除の注射を打つことになった。痛いという注射を二本も打ったが、その間暴れることもなく、鳴き声も出さなかった。先生曰く「芯の強いネコだね」。耳がいくつも裂けているし、きっと、若いころはタイマンはって生きていたのだろう。
 さて連れ帰って、会館スタッフみんなでシャーの今後をどうするか協議した。人に危害も加えないし、ほとんど寝てばかりのネコなので、このまま会館で余生を過ごさせてやろうということになった。それを聞いていて、シャーも安心したのか、その後はますます懐いて膝にも乗るようになった。なによりそれまでエサを食べても太れなかったのに、寄生虫の駆除がされたのだろうか、太りだしたのである。見た目もふっくらして、目つきは悪いのだが、悪いなりになにやらかわいらしくなってきた。まあ親の欲目ってやつですね。


2016.10.4   
野良猫シャーのことB
 9月20日、ついにシャーを動物病院へ連れて行くことにした。その何日か前にシャーが寄生虫を吐き出すのが目撃されたからである。これは一刻の猶予もならぬと思われたのである。そこでとりあえずその朝にしたシャーのウンチを持ってN犬猫病院へ飛んだ。調べてもらうと超強力なサナダムシと条虫であった。ヘビについている寄生虫で、ヘビを食べることによって感染するのだそうだ。最近見ることが珍しくなった寄生虫で、「正真正銘の野良猫だったんだなあ」ということであった。ただ強力な寄生虫で飲み薬では退治することが難しく、注射をしなければならないので連れて来てくださいと言われた。さあ困った。捕まるかどうかが問題である。
 洗濯ネットに入れて運ぶことになったのだが、たぶん暴れて入らないだろう。しかし、いいことを思いついた。ミャースケで学習したのだが、力に頼らず自ら入るように仕向けた方がよい。ミャースケ用に買ってあったマタタビの粉末があったのを思い出したので。その粉をネットの中に塗りたくり、口を開けて置いてみた。あらまあ!なんのことはない。さっさと自分から入ったではないか。急いでネットの口を締めてやれやれ…ところが、大きめのネットに入れたのがまずかった。なんと、ネットに入ったまま外に逃げ出したのである。あれで走れるんだ…変に感心してしまった。もちろん追いかけまわして捕まえたことはいうまでもない。


2016.10.3   
野良猫シャーのことA
 エサを安心して食べるようになったシャーであるが、鳴き声は相変わらず「シャー」としか鳴けず、甘え声までかすれたようなシャーという声なのであった。これまでシャーとしか泣いたことがなかったかのようで、スタッフ一同の涙を誘ったのである。ところが会館で寝泊まりもするようになったシャーであるが、7月の初めごろいきなり姿を消してしまった。どこかに行ったきりまったく現れなくなったのである。その一か月後、近所の農家のおじさんが、ここにいた猫に似た猫が畑に死んでいたと教えてくれた。エサを食べても太れずどうみても病気のようだったので、これはどうやらシャーに違いないと一同落胆した。幸い近所のおばさんが畑に埋けておいてくれたことが救いであった。
 病院に連れて行ける日も近いと思っていただけに残念で、スタッフ一同しばらくその気持ちを引きずっていたのだが、それから一ヶ月後、シャーがいきなり我々の前に現れたのである。相変わらずの痩せた姿でシャーと鳴くその声はまさに「汚れた彗星のシャー」(「赤い彗星のシャー」のパロディー)であった。これには一同ビックリした。まさに「♪死んだはずだよお富さん〜♪」だったわけであるから、驚くやら、喜ぶやら。行方不明の間のことは何一つ語ることがなかったシャーであるが、その後は会館に静かに居ることが多くなったのである。ただ、遊ぶことは一切なく、眠ってエサを食べるだけの毎日であった。


2016.10.2   
野良猫シャーのこと@
 会館にここ数か月、野良猫が出入りしていた。サバトラというのか、茶トラというのか、まあなんとも汚い感じのトラネコでガリガリに痩せていた。ビクビクして、軒下のベンチの下に隠れているのだが、近づいたり手を出そうとすると「シャー」と歯を剥いて威嚇する。鼻に皺を寄せて「シャー」としか泣かないので、いつしか「シャー」と呼ばれるようになった。エサをもらっても「シャー」と怒りながら食べている。よく見ると耳はいくつも裂け目があり、歯も何本か欠けている。目ヤニも出て、背中から尻にかけて骨が浮き出ている。いかにも野良猫、いや久しぶりに見る野性味あふれた立派な野良猫である。年齢がかなり行った感じのオス猫であった。
 もの好きな薬膳師A女史が、「手なずけてやる」っていつものチャレンジ精神に火が付き取り組み始めたことであったが、これまで以上に野良猫度が高くて正直某住職は、手なずけはむりではないかと思っていた。ところが一ヶ月もすると、シャーと言いながらも撫でさせてくれるようになったのである。シャーと言いながら歯を剥いているのであるが、歯を立てたり、爪を立てたりすることはなく、とにかくびくついているのであった。なんとなくこれまで歩んできた苦難の道のりが偲ばれたのである。こんなネコなので、いつしかみんななんとなく愛おしくなっていったのである。顔も鳴き声も可愛さには全く縁のないシャーが、なんとなく愛おしいって、なんとも不思議な感覚であった。それでも会館スタッフの合言葉は「いつか手なずけて、とっ捕まえて、病院へ連れて行こう!」であった。


2016.8.15   
母が旅立つ その4
 お盆のお棚参りが終了した。例年に比べ訪問家で語ることが多く、思いのほか時間がかかり回り切れなかった家が数件できてしまった。それでも母の死亡から今日まで怒涛の16日間が終了し、ホッとしている。
 忙しいばかりの16日間であったので、お盆が終わり落ち着いたら、あらためて母と向き合わねばとずっと思っていた。だが昨日気が付いたのだ。お盆のお棚参りに伺いながら、訪問した各家で生前中の母とのお付き合いと葬儀での弔意に感謝し、問われるままに失礼していた期間のお話をさせていただいた。そして多くの方から、母との思い出の話をお聞きした。某住職の全く知らない話も多々あった。不覚にも涙してしまうこともあった。
 母と向き合う時間はお盆後にあるのではなく、お棚参りそのすべてが母と向き合う時間となってしまった。12日のブログで(最も亡くなって欲しくない時に亡くなってくれたなあ…)が正直な気持ちだったと書いたが、今の気持ちはどうだろうか?あの日に亡くなったからこそ、このお盆という時に息子を使って、生前でのお付き合いおよび葬儀へのお礼と謝意を伝えさせ、お付き合いのあった人々の口をお借りし、息子へその存在をあらためて示してきたのである。やられた、母親にしてやられた気分である。最悪の日ではなく、最良の日を選んで亡くなってくれたのである。母親にあらためて向き合わせてもらった三日間であった。
 多くの方から、「やさしい方だったですね」という言葉がね…みなさまに感謝…

 2016.8.14  
母が旅立つ その3
 常日頃から檀家さんには「葬儀に臨むに当たっては、決して片付け仕事にならぬよう、少しでも日程と心に余裕を持って行えるようにしましょう」なんて話していたのに、なんのことはない、某住職が一番片付け仕事のような葬儀を行ってしまった。これが現実、人生はままならないということである。ばあちゃ、すまぬ。ただし片付け仕事を望んだのではなく、そうせざるを得なかったが正直なところである。
 密葬をしておいて、お盆が終わったのちに本葬を行うことも考えたが、お盆行事を控えている親戚・関係者の皆さんは、お盆を挟んで、密葬・本葬と足を運ばねばならない。単なる某住職の思いだけで、そこまで関係者を振り回すことを躊躇してしまったのである。母親もそういった大掛かりな葬儀はまったく望んでいなかったし。そういうわけで、老僧の時とは違い、瑠璃寺葬ではなく瀧本葬として、全責任は某住職個人に!とさせていただいたのであった。
 慌ただしい日々の中、亡くなって9日目の8月8日、夕方になって久々に散歩に出かけた。歩きながら青い空を見上げ、いつも連れて歩くムクはすでに他界し、介護してきた母親が居なくなったことを実感した。これまで母の介護は日常化し、大して負担にはなっていないと思っていた。いや思い込もうとしていたのかもしれない。正直、その時、(解放されたんだ…)と心の底から込みあげてくる何かを明確に感じた。初めての感覚だった。


2016.8.12   
母が旅立つ その2
 7月31日から8月10日までほぼ毎日、お手伝いに行かねばならぬ施餓鬼があり、その間の8月2日には自分の寺の施餓鬼を行うのである。いったいいつ葬儀を行うのか、いやそれどころか葬儀の準備を行うことができるのか… 母親には申し訳ないが、(最も亡くなって欲しくない時に亡くなってくれたなあ…)が正直な気持であった。しかしこれが現実である。逃げては通れない道である。母親には申し訳ないが、すべての感情的な思いは封印し、しなければならないことをこなさせてもらうことにした。お施餓鬼の行事がない唯一の日、8月5日に葬儀を設定し、準備に着手していった。
 亡くなってから葬儀の終わる8月5日までの6日間は、自分の人生の中で最も多くのことを考え、実践した日々であった。あまりにも多くのことをこなしすぎて、一つ一つを思い出せないくらいである。ただし忙しさまっただ中であったためにアドレナリン出まくりで乗り越えられたのかもしれない。寝たのか寝ないのかわからないような状況の中で、葬儀の日を迎え、葬儀は終わった。葬儀が終わった時には片付けが終わらないうちに眠気に襲われ、気が付くと1時間半が経過していた。体中が痛かったことを覚えている。
 10日に施餓鬼行事がすべて終わり、葬儀の事後処理に昨日は奔走し、やっと立ち止まり、この12日間を振り返っているのである。怒涛の12日間であったが、今となってはいったいなんだったんだろうとつくづく思う。 つづく


2016.8.11   
母が旅立つ
 前回、あんなこと書いたら、今度は母親が旅立った。7月31日のことである。なにやら某住職のブログも旅立ちブログの様相を呈してきた。それでも長い介護生活だったので、その間随分と心配いただいたり、助けていただいた方々がおられるわけで、報告しないというわけにはいかない。
 実は亡くなってから、この一週間は大変だったのである。7月の初めから軽い肺炎で入院したのだが、それも完治したということで退院した次の日に呼吸がおかしくなり救急車で搬送。病院にて救急処置を行ったが二時間ほどで旅立ったのである。急性心筋梗塞であった。
 31日から近隣御寺院のお施餓鬼が始まり、8月2日には瑠璃寺の施餓鬼も控えていた。その準備の中での救急搬送、死亡であった。その日行われたR寺のお施餓鬼では、新盆を迎えられるみなさんへ法話を行う当番であった。なので9時に病院へ搬送したのち、後のことを奥様に頼み、R寺に向かい10時より法話を行う。その後施餓鬼の法要を行っている最中の11時に臨終の連絡が入る。施餓鬼を中座し病院へ向かい息を引き取った母親と対面。ドラマのような臨終劇であったが、病院へ搬送された時点で長くはないと宣告を受けていたので覚悟はできていた。
 というより、病院へ向かう車の中で某住職は途方に暮れていた。母親の死を悲しむ心境ではいられない状況が襲っていたのだ。  つづく


2016.7.17   
おっと、びっくり!
 気がついたら、こんなに長い間ブログを書いていなかった。浦島太郎になった気分である… ここはどこ?わたしはだれ?本当に正直ブログ更新の手順さえ忘れかけていた。
 さて書かずにいた間に大きな事件があった。それは犬のムクがあの世へ旅立ったことである。今年の一月に歩けなくなり食事をしなくなって寝込んでしまったので、ああこれはいよいよ寿命かな?と諦めかけたが、それでもと毛布にくるんでストーブの前で3日ほど温めたら、エサを食べるようになった。って、解凍したわけじゃないだろうに…それからは徐々に徐々に歩けるようになって、依然と同じとは言わないがまた歩けるようになったのである。まあそれからは、目に見えて体力の全体的な衰えが見え始め、耳が遠くなり、目も遠くなり、だが食欲だけは以前とおんなじ。みたいな感じで今日まで来たのである。
 ところが今月に入って起き上がれなくなり、エサも全く口にしなくなった。水だけは欲しがりよく飲んでいたが、トイレは外へ連れて行って、体を支えながらさせてお尻を洗ってやるなんてことをしていたのだが、7月5日の午前9時48分、ヲウヲウと呼ぶので水が欲しいのかなと行ってみると、明らかに呼吸がおかしい。これは大変!帰省していた長女のF子を呼びに行き二人で見守った。呼吸のお腹の動きが段々小さくなっていく。二人で体を撫でていると、その内前足を大きく動かしたかと思うと静かに動かなくなった。
 我が家に来て16年、その前に他所の家で飼われていて、もらわれてきたので18歳くらいにはなってたと思う。よく食べていたのであまり痩せることもなく、生涯にわたって子宮膿腫の手術を一回しただけ、それ以外はまったく病気をしない丈夫な犬だった。まあ大往生である。生前可愛がっていただいた方、ちょっかいを出していただいた方、それぞれに感謝である。
 さて、あれから2週間ほど経ったが、いまだに夕方になると「ムクの散歩に行かなきゃ」と思ったり、小屋の前を通るたびに小屋の中を覗いてしまうのである。付き合いが長かったし、図書館を辞めてからのこの10年、本当にほぼ毎日散歩に歩いたもんなあ…   さてと、あとはばあさんだけか…


 2016.1.6
聖観音像の移転
 大晦日に痛めた右目はまだ赤みが残っているが、おかげさまで後遺症もないようである。本当は右目事件より先に皆さんに報告しなければならない出来事がもう一つあった。それは観音像の移転である。現在県宝になっている平安時代の仏像『聖観音像』が、年の暮れに観音堂から収蔵庫に移転されたのである。本当はもっと早く移転したかったのだが、運送業者の関係で年の暮れになってしまったのである。
 実はこの2年で観音堂の扉が二度も壊られたのである。堂内におかれた賽銭箱を狙った犯行だと思うのだが、一度目は施錠されている正面扉を力技で破壊しようとしたようである。幸い未遂に終わって、その時は途中で逃げたようであった。その後正面扉は二重ロックにした。二度目は今度は側面の出入り口の扉をぶち破られたという状況であった。バールのようなもので柱の部分から施錠がえぐり取られ、扉は破壊されていた。もちろん、賽銭箱もなくなっていた。賽銭箱は昔の簡単な木の箱で、中身も入っていなかったので、たいして痛くもないのだが、こう度々建物が破壊されるのは困るし、なにより仏様が盗まれる事態にでもなったら取り返しがつかない。実際、全国で無住寺院の仏像が盗難にあっている事件がいくつも報告されている。
 建物が古い木造建築である以上、破壊しようと思えばどうにも防ぎようがないのである。なので防火防犯対策のある収蔵庫に移転することを決意したのである。本来あるべき場所に安置できないというのは不本意極まりないのだが、これも仏像を守るためにはしかたないことだと自分自身に言い聞かせている。いやほんと、この二年、「観音堂へ行ってみると、観音像が盗まれて無くなっていた!」って夢をよく見たのである。某住職いいかげんに見えるけど、けっこう繊細なんだでな!


 2016.1.5  
あけおめ!ことよろ!
 ちょっと遅れた新年の挨拶である。みなさん無事新年を迎えられただろうか?実は大晦日にちょっとした事件があった。夜も11時を回り、二年参りの準備に観音堂へ向かった。作業を終え外に出ると真っ暗…街灯がないところに持ってきて、暗闇に目が慣れていなかったのだろう。それでも慣れ親しんだ参道なので歩き出したところ、いきなり右目に激痛!思わずしゃがみこんでしまった。いやー痛かった。残った左目で見上げると、紅葉の枝が見える。こんなところに枝が出ていたっけ…、記憶にないが、どうやら昼間見えていた時には、さりげなくよけていたのに、暗闇で見えずいきなり突いてしまったらしい。涙が止まらないので、これはかなりやばい状況か…やっちゃったか…心配したが、しばらくすると目が開けられるようになった。どうやら瞼の上から突いたようだ。視界もだんだん確保されて、見えるようになってきた。
 どうやら最悪の状況は免れたようである。その後は役員のみなさんと合流し、なにくわぬ顔で行動していたのでこのことは誰も知らない。ところが家に帰って、「目をどうしたの!」鏡を見て驚いた。右目の白目の部分が真っ赤っか。赤いだけではなくて、腫れているようである。これを見て、(ああ、瞼の上からでよかった。直接突いてたら大変なことだった…)としみじみ思ったのだ。
 だが待てよ!これはもしかして、目を突いたのは『運が付いてる!』ってことか!そんでもって、大事に至らなかったのは正に『付いていた!』ってことなんじゃないか!これは今年は期待していいのではないか!と本気で思い始めたその時に、「ゴ〜ン」除夜の鐘が聞こえてきたのである。そうなのだ、今年はそれからわずか15分で終了したのである。ああ…


2015.12.20   
ネコの気持ち
 このところコタツに座るとミャースケが盛んに乗ってくる。元々は膝の上に来たがるネコではなかったが、寒さが増してきたせいか、コタツに座るとどこからかやってきて当たり前のように入り込んでくる。どこで見ているんだろうと思うくらい、確実にやってくるから不思議である。前にも書いたが、乗ってくればかわいいので、それなりにうれしいのだが、最近は正直苦痛になってきた。本当に重いのである。そうだ、下ろしちゃおう!だが、隣に下ろしてもすぐまた乗ってくる…ああ
 膝ばかりではない。コタツでうっかり横になって昼寝でもしようものなら、腹の上でも胸の上でも乗ってくる。よくぞこんな不安定なところへ修まろうとしたものだと思うくらいの所へ、無理やり乗ってくるわけである。これはもう嫌がらせとしか思えないくらいである。ただし、ネコも日々学習というか、進歩もあるようなのだ。決して決まりきった習慣の繰り返しではないのである。あるパターン化はあるものの、思わぬところへ入り込んで寝てみたり、とんでもない飛び跳ね方で室内を駆け回ってみたり、聞いたこともない声で甘えてみたりと、逆に人間の方が日々の生活がパターン化にはまりそうでドキッとすることがある。
 そう考えると、いつもの膝に乗ってくる行為も、決していつも同じではないことに気が付く。乗ってこようとするタイミングであったり、乗ってからの毛づくろいの仕方や寝方など、まったく同じということはないのである。そう思うと、乗ってこられても観察する楽しみができ、その時々のミャースケの心情を推し量ってみたりなぞするのである。とまあこう書いてみたが、悲しいかな相手のミャースケは、こちらの心情など推し量る気はまったくないという事実である。

 
2015.11.19   
肥えちゃったね
 ミャースケの体重は、飼い始めたころは4.5キロくらいだった。その後、一生懸命エサを与えたのだが、なかなか体重は増えず、5キロを超えるのに半年以上かかった。オス猫は普通6〜7キロくらいと聞いていたので、野良だったし、猫エイズだし、太れない体質なのかなあと思っていた。ところが、秋を迎えたせいか俄然エサの食いがよくなって、先月頃から急に体重が増え始めた。顔も体も丸くなって見るからにふくよかで、お腹のあたりもたるみが感じられる様子である。昨日体重を計ったら、なんと6キロになっていた。体重の壁をついに超えたようである。抱き上げても重量感が以前とはまるでちがう。そういえば最近はちょっと油断すると、ひざやお腹の上に乗ってくるのだが、30分も乗っていられると血行不良に陥りそうである。
 さて、ミャースケはどこまで太り続けるのであろうか…太らなきゃ太らないで心配だし、太りだしたら太りだしたで心配という、まあなんというか困ったものである。ただし、今も膝の上に乗った状態でパソコンのキーを打っているが、重さは決して苦痛ばかりではない。迷惑な幸せである。子どもを抱いたりおぶった時の感覚に似ている。成長により増す重さはやれやれな幸せである。
 まあ考えてみれば、手の掛かるやんか坊主のわが子ができたってことだにゃ!


 2015.11.10  
コンビニと映画
 某住職はかなりのコンビニマニアである。一日一回は立ち寄るだろう。何を買うかというと、おばあちゃんの好きな「いちごミルク」と「スイーツ」を買うことが多いのだが、自分自身のために買ってしまうのが「コーヒー」と「ドーナッツ」である。某セブンイレブンのドリップ式のコーヒーはかなりおいしい。飯田に行くだけの用事でも、つい買ってしまう。そのコーヒーとセットに買うのがドーナッツである。コンビニでドーナッツを売るようになったときは、誰にも言わなかったが内心狂喜した。車に乗りながらのコーヒーとドーナッツが憧れだったのである。
 某住職は映画が大好きである。映画館にも年間20回くらいは行く。レンタルやWOWOWの映画を足せば、一年間で300本以上は見ているだろう。そんな映画の中の特にアメリカ映画にコーヒーとドーナッツは欠かせない。映画に登場する警官や刑事は必ずこの二つを食するのである。張り込みや巡回の合間に、テイクアウトで持ち帰った警官が車中の同僚に渡すのである。コーヒーとドーナッツがストーリーの重要な要素になることはないのだが、アメリカ映画の中では欠かせないアイテムのようである。それほどアメリカでは、映画でも日常でもベタな組み合わせなのだろう。
 ゆえに某住職もそれを食すときは、車中であっても車外であっても映画の一場面のような気分で味わうのである。だから某住職がコーヒーとドーナッツを食べている姿を目撃したとしても、決して声などかけてはならないのである。そりゃあもう気分は警官なんだから、撃ち殺されるでな!


2015.10.16   
秋のヘビ
 法事の帰りに上段道を走っていると、道の真ん中に黒く丸まっている物体を発見。徐行してよく見たらヘビのようだ。そんでもってもっとよく見たら、これがまあなんと立派なマムシであった。道路の真ん中にいることもビックリだが、10月も半ばのこの時期にマムシに遭うなんて、まさに「びっくりポン!」である。
 だが実は10月のマムシはこれが初めてではない。高校生時代に忘れもしない、そうあれは体育の日、10月10日に遭遇している。それは夜であった。確か体育の日で、山門前に掲揚してあった国旗を回収しに向かうと、庭の真ん中に黒い塊を発見した。月夜だったのだが、はっきりは正体がわからず、慌てて懐中電灯を持ちに帰り、駆け付けてよく見るとそれはマムシであった。もちろん某住職ヘビは苦手ではないので、さっそく捕まえたのであった。気温も低くなっていたので、動きが鈍くなっていたのかもしれない。あっさり捕まって一升瓶の中に収まったのであった。えっ、どうなったのかって?その後りっぱなマムシ酒になって多くの人々の役に立ったのである。
 さて、今回はどうなったのかというと、車を道の端に寄せて近づいてみた。幸い上段道は交通量が少ないので車も来ない。ちょっと思案してみた。(どうしよう…捕まえようか…)しかしさすがに法事の帰り、衣を着ている状態である。殺生に及ぶ行為はちょっと気が引ける。それに袋も瓶も持ち合わせていない。ここは一つ、草むらへお引き取り願おうということで、やさしく捕まえて山の中へ投げておいた。引き揚げながら手のひらの臭いを嗅ぐと、マムシ独特の残り香が…小春日和に、思わぬ野生にふれた思いであった。


2015.9.25   
怪しいキノコ
 きのう珍しく裏山にキノコ採りに行ってきた。某住職が向かうのは、様子のわかっている我が家の山だけ。よその山には出向かない。疲れるだけだからである。そんな不精なキノコ採りなので、当然欲もなく、適当に採れれば帰ってくるだけである。なので昨日も気楽に歩いていたのだが、突然松林の開けたところの地面に薄い黄色の塊が現れた。なんじゃろう?と近づいてよく見るとどうやらキノコの株のようなのだ。茎がなくていきなり傘の部分が折り重なるように地面から生えている感じである。直径が40センチ以上もある塊である。いや〜これまで見たことがないキノコであった。そのボリュウムに圧倒されたが、とりあえずの疑問は(これって食べられる?)である。これだけデカいと持って帰るのも一苦労。毒キノコだったら目も当てられない。それでも人間は欲の生き物である。抱えて持ち帰りましたとも。いや〜重かった〜
 さてこのキノコいきなり食べたのかって?いくらなんでも某住職もそこまでチャレンジャーではない。とりあえず飯田にある合同庁舎の保健所で、キノコを鑑定してくれるというので訪ねてみることにした。持っていくと快く鑑定してくれた。すでに見覚えがあるらしく、図鑑も開いて示してくれた。このキノコの正体は「ニンギョウタケ」というのだそうだ。ネット検索のできるかたはご確認いただきたい。なんとも怪しい名前であるが、ネーミングの由来は何なんだろう?それにしてもなんとも食欲をそそらない名前である。そのまま毒キノコの感じなのだが、なんと!食用だそうである。図鑑にもそう書いてある。ただし、職員の方いわく「はっきり言っておいしくない」だそうである。図鑑にも食味は最低の印がついている。食用と知って一度はみんな食べてみるが、二度は食べないそうな…
 そう聞いて俄然食べてみたくなった。さっそく家に帰って調理してみた。苦みがあるそうなので、最初にいったん湯がいてみることにした。その後ダシ醤油で煮てみた。いよいよ試食である。肉厚のヒラタケのようであるが、さてと…、んっ?はて?むっ!むむむ… 正直に言おう。「まずい!」とは言わないが、「うまくない」が正直な気持ちである。煮込んでもパサつき感があり、根元付近の苦みが呑み込んだ後も口中に残るのである。本当だ!不思議と食べ続けたいという欲求が湧いてこない。
 さて、「ぜひ食べてみたい!」というチャレンジャーの方はぜひご一報を。

 2015.9.22  
またやっちまった
 ミャースケがまたやっちまった。ミャースケは先週の15日より本日まで、不自由の限りを尽くしていたのである。オス猫とけんかをしてけがをしたのだ。後ろ足の腿の付近をけがしていたのだが2日ほど気が付かなくて、化膿させてしまった。15日に医者に連れて行き診てもらったらのだが、直径3センチくらい皮膚が亡くなって化膿していた。毛で隠れていてわからなかったのだ。そういえば、二日ほど抱こうとすると嫌がったからきっと痛かったのだろう。早く気が付いてあげればよかった。傷の周りの毛が剃られ洗浄され、しばらく抗生物質を塗ることになった。なので傷口を舐めないようエリザベスカラーを付けることになった。首の周りに透明でラッパ状のカラーを付けたミャースケは、優雅ではあるが大いに哀れであった。なにしろ体を舐めたくても、口が届かない。舐めているのはカラーの内側ばかり、まさに舐めたつもりになっているだけである。それに歩こうと思うとそこらじゅうにぶち当たっている。ネコはひげを触覚に間合いを計っていると言われるが、カラーの広がりを認識できず、行くとこ行くとこで引っかかってもう哀れで仕方がない。一番可哀想なのが、飛び上がろうとして机や椅子の角にカラーを引っかけて落ちている時である。
 そんな哀れな姿を見ながら8日間。その間は外出禁止で屋内にいることが多かったからストレスがたまりそうな様子に、見ていて本当につらかった。それでも本日、ついに二回目のかさぶたが取れ、傷口の乾燥が確認できたので今夜ついにカラーを外してあげた。もうそれはそれは喜んで体を舐めだした。しばらく舐められなかったブランクを取り戻すように、首の周りから後ろ足の先までなんと連続45分36秒の間舐め続けたのである。さすがに終わった時はミャースケも抜け毛でお腹いっぱいといった顔をしていた。
 しかしつくづく思う。どうみてもミャースケはケンカに弱いようだ。毎月毎月けがをされては某住職の財布がもたん。ミャースケも痛かろうが、某住職の財布も負けないくらい痛い。頼む、ミャースケ!今度から不本意とは思うが逃げてくれない?これは卑怯とは言わない。勇気ある撤退である。


 2015.9.21  
車の運転
 一ヶ月の御無沙汰どす。夏休みで帰省していた大学生の娘たちも去って久しい。まあたいして居たわけじゃあないし、居たって家の手伝いして役に立ったわけでもない。いつもどおり邪魔なだけである。ところが、今年の娘たちは邪魔なだけではなく、実に怖かった。心身ともに恐怖にさらされたといっていいくらいである。
 さて何があったのか?それは家にある車で運転の練習をされたことである。三人ともすでに免許を取得しているが、今まで実際に運転する機会がなかったそうだ。そこで帰省中に練習をしようと目論んだわけである。わ〜こわ!さてここで問題である。誰の車を使って練習させるか…某住職の車か?奥さまの車か?それとも老僧様の形見の軽ワゴン?ここは悩む余地はなく、老僧様の軽ワゴンである。なんといっても十年以上経過しているし、傷も多い。ところが一つ問題があった。この車、オートマではなくマニュアル車だったのである。もちろん三人ともマニュアルで取らしてあったが、あの娘たちがマニュアルを運転する?ああ、考えただけでも恐ろしい。車庫の柱の1本や2本は覚悟した方がよさそうだ。
 ところが彼女たち、たいして怖気ずくこともなくさっさと練習に出かけるではないか。まあ度胸があるというか、無鉄砲というか、なにも考えていないというか…それでも長女などは元来が臆病なので、駐車場は無理!絶対止められない!とか言っていたのに、出かけてみればなんのことはない。けっこう自信を得て帰ってきたようである。まあ我々も思い出せば、そんな頃があったわけで、車の運転は習うより慣れろである。無茶をしなければ数多く乗ることが上達への近道である。そんなわけで大騒ぎをしながらも無事練習をして帰って行ったのである。そう無事に…ん?「ちょっと!私の車の側面に小さなへこみがあるんだけど!」娘たちが帰った後に奥さまが叫んだ!見れば確かに小さなへこみが二つある。これは大事件である。もちろん奥さまは決して寛容ではないので犯人探しに奔走した。メールで連絡を取り合った中でついに犯人がわかったのである。そう犯人は長女のF子であった。バックでガレージに収めようとして、止めてあったバイクに触れ、傾いた拍子に奥さまの車に寄り掛かったというわけである。まあほとんどわからないくらいのへこみなんだから許してやってよというところなのだが、某住職の本心はもちろん(ああ、おいらの車でなくてよかった…)である。もしぶつけたのが某住職の車だったら、長女の命はなかったところである。


 2015.8.20  
コンビニで売っているもの
 某住職は実によくコンビニに立ち寄る。一日一回は足を運ぶといっても過言ではない。近年で我々の生活にこれほど溶け込んだ店舗は他にない。自慢できることでもないが、自分で「坊さんも衣で立ち寄るコンビニかな」と詠んだくらいである。さて何を買うのか?弁当類はほとんど買わない。やはり飲み物とスイーツだろうか。あっ、新商品のシールにもとっても弱い。店員も知っているので、「これ、新商品ですよ!」なんて誘ってくる。その場合某住職は、大抵よいカモになるだけである。
 コンビニの利点は販売されているものが飲食物だけではないところである。品数は多くはないが、本や雑貨はその最たるものだろう。某住職だってサインペンやのし袋が必要な時に随分とお世話になった。それに最近では出来上がった食品だけではなく、生の野菜や肉だって売られている。聞けば、カレーやスキ焼ができる程度の食材の品揃えを目指しているそうな。先日もカレーを作ろうと思ったらルーがなくて、慌てて駆け付けたこともあった。まさに身近にあればこそである。
 そんな品揃えの中にあって、最近重宝しているものがある。それはペットフードである。今まで注意したこともなかったが、果たしてあるか?と注視してみたら、あらまあ!あるじゃないの!ホームセンターやスーパーに行かなければ買えないと思っていたのに、コンビニにあるなんて!ミャースケもムクもよかったね。これで、不精な某住職がエサを切らしても慌てなくてすむよ!しかーしである…これでまたコンビニに足を運ぶ回数が増えちまうぜ…ってことでして


2015.8.17   
お盆を終えて
 お盆の棚経は毎年のことであるが、それなりに楽しみも多い。久しぶりにお会いするみなさんはもちろんのこと、ペットくんたちもみんな待っていてくれる。それと棚の飾り方を拝見することも楽しみの一つである。各家庭によってそれぞれ伝統と習慣に基づいているから特徴がある。盆ゴザの編み方からお供え物の扱い方まで正に十人十色、お経を読みながら観察させていただいたりするのである。
 そんな中で今回は楽器についてお話しさせていただく。まあお経をあげるための楽器と言っても、木魚と鉦くらいが一般的であろうか。宗派によっては団扇太鼓なんてのもあるだろう。昔は楽器が揃っているところも少なかったが、生活が豊かになったせいか今ではほとんどの家庭に木魚や鉦がある。ただし、その種類は千差万別、正にいろいろである。形はいろいろなのだが、棚経で何十件もまわる某住職にとっては一つの選別基準がある。それは音である。楽器である以上それは当然な気もするが、いつも使うものではないだけにあまり頓着されていないようにも見受けられる。古い楽器はそれなりなので、音がよくなくても納得できるが、新しい木魚や鉦が気が抜けた音だったりするとがっかりする。というのは、買う時に音を確認しなかったのかな?と疑問になるからである。木魚自体に問題があるのではなく、単に木魚と叩くバチの相性ってだけの場合もあるからである。まさに音に対して頓着がなかったせいだろう。
 そんな中で一つの法則を発見した。鉦の音がよいところは、木魚の音もよいということである。まあその人が、音にこだわるか、こだわらないかということで考えれば、当然の結果と言えるかもしれないが、これがおもしろいほど当たっている。だから鉦を叩いた後で木魚を叩くのが楽しみで、楽しみで!って、こんなことで某住職は楽しんでいるのである。

2015.7.22   
マタタビ
 先日遠出をした帰り車を走らせていると、道脇にマタタビの群生をみつけた。こんな手の届くところにたくさん生えているのは珍しいと眺めているうちに、家で待っているミャースケのことを思い出した。ネコにマタタビ!これは持って帰らねば!というわけで、車を止めて一枝いただいてきた。丁度時期なのだろう、実もついている。いや〜楽しみ、楽しみ。
 さて、帰ってさっそく葉っぱを一枚ミャースケに差し出してみた。近づいてくるなり、前足でいきなりバシッ!である。奪い取って行った。もう体中でもみくちゃにしていたかと思ったら、口ではぐはぐしだして、そのままムシャムシャと食べてしまった。食べ終わった後も、床をゴロゴロと転げまわっている。もう興奮状態のトランス状態である。以前にも野良猫にマタタビをあげて行動を観察したことがあったがここまで興奮したネコは見たことがない。ネットで調べたら、確かにネコの個体差によって反応はさまざまであるようだが、どうもミャースケにはマタタビがドンピシャ、ストライクだったようである。しかし、興奮が過ぎるネコには与えすぎは要注意と書いてある。
 それにしても不思議だ。われわれが葉のニオイを嗅いでも青臭い普通の葉っぱのニオイがするだけである。特段刺激臭は感じられない。マタタビの何がネコに反応するのだろうか…。しかし、ここで素朴な疑問がわいてきた。これだけネコに大人気のマタタビである。与えるばかりではなく、ネコ自身が自分で求めて探しに行くことはないのか?自由に動き回れるネコならマタタビ探しなどお手のものであるはずである。ネコが鈴なりになったマタタビがなぜ発見されないのか?ある意味、こちらの方が不思議である。まじでネコが枝々からぶら下がったマタタビの木を見てみたいわ〜


2015.7.9   
ペットに思う
 最近強く思うようになった。自分はペットをいつまで飼えるだろうか?ということである。というのは、しばらく前に近所のおじさんが飼い犬を喪った。しばらくは犬の思い出に浸っていたのだが、そのうち寂しくなって犬探しを始めた。まずは保健所に行き、引き取り手のない犬から当たってみようとおもったのだそうだ。ところが、保健所で思わぬことを言われたそうな。「犬の寿命よりおじさんの方が先に逝く可能性が高いのでゆずれない」と… 本当だろうか?確かに70歳も半ばで、若いとは言えない状況なので、不本意ではあるが帰ってきたそうな。その話を聞いて、たとえ本人が亡くなっても、息子さんがいるんだから引き継いでくれるだろうにと思ったのだが、それ以上に、自分にもそういう時がいつか訪れるかもしれないと愕然としたのだ。
 最近では、20年飼い続けたKさんが愛ネコを亡くしたのだが、自分の寿命と照らし合わせて、次の猫を飼い始められずにいるという話を聞いた。やっぱりペットと本気で向き合ってきた人ほど真剣に考えるんだろうなあ。
 老僧様が生き物が好きだったので、生まれた時から某住職の周りには動物があふれていた。小さいものはハムスターやリス、亀やインコ、大きなものではアヒルやキジ、ヤギや馬までいた。変わり種としてはカラスやハクビシンも飼ってたなあ。そんな状況なので、特に犬は人生の中で切れたことがないくらいずっと飼っていた。でも考えたら、そのうち自分の寿命と照らし合わせて考えなきゃならない時がやってくるのである。ムクももう16歳である。そう長くはない年齢である。今となりで仰向けに寝ているミャースケはいつまで生きられるであろうか?猫エイズに罹っているからこちらもそうは長くないだろうなあ…。だが某住職が先に逝くことだってあるのである。どうしよう… う〜ん、まっ、いっか。どうにかなるだろうと思う。某住職はいたっていいかげんである。


 
2015.6.13   
ミャースケ襲われる
 某住職の後をついてきたミャースケが、庭の真ん中で空を見上げて興奮している。何を見上げているのだろう?きょろきょろと動く目の先を追うと、そこには数羽のツバメが飛び交っていた。なんだ、ツバメか…そう思ったとたん、一羽のツバメがいきなりミャースケに向かって急降下した。明らかにミャースケを威嚇した行為である。その後も二度、三度と低空飛行で威嚇を繰り返す。
 おもしろいものである。巣のある軒下ではない。自分の巣が襲われたというわけではないのに、威嚇行為を行ってきたのである。これはもう、ネコは敵であるという認識に基づいた本能的行動なのか?それとも… ミャースケ、おまえ、どこぞで悪さしてないだろうなあ!そこらじゅうでツバメの巣荒らしをするものだから、お尋ね者扱いされてるんじゃないの!ちょっと、どうなのよ!?
 まあ、会館の軒先にヘビのオモチャを張り付けて、ツバメを来ないようにしている某住職なので、ツバメに襲われてもなんら文句の言えない存在ではありますな。ミャースケのことどうこういえる立場じゃないわ。

2015.6.9   
祝・一周年!
 昨年の6月9日に始めた夜のウォーキングが本日をもって一周年を迎えた。いやー、自分のことながら、まさか一年続くとは思っていなかった…が本音。初めのうちは、一ヶ月続いた、二ヶ月続いたなんて、気にしていたが、そのうち気にしなくなって、気がついたら一年ですよ。よく続いたものである。その間、出来なかったのは二十日くらいかと思う。出来なかったのは、泊まりの出張であったり、飲んで酔いつぶれたり、大雨であったりといったところなのだが、かなりの雨でも歩いたし、時には酔った状態でフラフラと歩いたことも…
 まったく誰が褒めてくれるわけでもないのだが、これが休めないのである。なにか気持ちが悪いというか、いや逆に気持ちがいいから歩いてしまうのかもしれない。実際のところなぜこれほどまでに続いたのかは、自分でもよくわからないというのが正直なところである。
 この間、怪しい者に襲われることもなく、もちろん襲うこともなく、事故もなかったことは本当にありがたいことであった。何事もなかったことが当たり前なのではなく、奇跡なのである。走ってきた車が気が付かず跳ねられることだってあるし、側溝に落ちて流されることだってある。機嫌の悪いクマが襲うことだって充分考えられた。そんなこんながなかっただけで、自分は生かされているなあと実感する。今はただ、素直に感謝である。

2015.6.1   
元気回復
 ミャースケの症状はその後順調に回復していき、体重も以前の状態に戻ってきた。やれやれである。いったい、家猫になってからミャースケに医療費をどれだけ注ぎ込んだことか…いや、考えないようにしよう。これからまだどれだけかかるかわからないのだから…
 さてそんなミャースケは酔っぱらった某住職が大好きである。酔いつぶれて寝ていると、やりたい放題。抵抗しないせいか手足に好き勝手じゃれついている。痛いけど面倒くさいので放っておくと、そのうちに行ってしまう。ところが先日、酔って寝ていると、なんとなく耳元でネコの気配。夢うつつでなんとなく手を伸ばしたような気もするが定かではない。そしてどこかでネズミの声を聴いたような気もしたのだが、それもどうでもよくって深い眠りに…しばらくして目をさまし階下へ降りていくと、そこでは大惨事が… いや、目撃したのではなく、奥さまから聞いたのだが、ミャースケが台所でなにかゴソゴソしているようなので覗いてみると、「ぎょえ〜!」ネズミのバラバラ死体が〜 だったそうである。
 どうやら外でネズミを捕まえて、某住職の所へ報告に来たようだったのだが、相手にされなかったので、下に降りて行ってお食事にしたらしい。いやーまいった。今までそんなことをしたことがなかったので、余計びっくりである。話には聞いていたが、これがネコが獲物を見せに来るという行為なのであるな。幸いにして我が家の奥様は豪胆である。実家では幼いころからネコとの生活が普通であったために、布団の上にヘビやカエル、鳥やネズミが転がっていることはしょっちゅうだったそうである。なので、きれいに始末しておいてくれたそうな…いや〜今日ほど奥様に感謝したことはないな。うん、まちがいない。
 まったくもって、元気になったことはありがたいのだが、こんなことが日常茶飯事になったらどうしようと思う。いやね、どうも最近家の周りで目撃するトカゲのしっぽが、みんな途中で切れてるのはどうしてかなあ?って思ってたんだよ…

 2015.5.27  
ネコブログ
 某住職のブログもネコブログの様相を呈してきた。めったに書かないくせに、書くときにはネコの話題になってしまうからである。実は二週間前にミャースケは危機的状況を迎えていた。死に直面していたといっても過言ではない。二日ほどまったくエサを食べなくなってしまい、寝てばかりいるようになってしまった。慌てて病院に連れて行ったが、検査結果は到って芳しくなかった。
 猫エイズに罹っている影響なのか、極度の貧血に侵されていた。赤血球が通常の3分の1に減り、リンパ腺も腫れているとのことで、リンパ腫や白血病が疑われる状況であった。免疫不全なので、常にリスクが高い状態で生きているのだが、こんなに早く重篤な症状に襲われるとは想像もしていなかった。ぐったりしているミャースケを見るのはつらいものである。それでもとにかく貧血を改善しようということで、しばらく注射に通うことになった。
 びっくりである。注射の相性が良かったのか劇的に症状が改善され、血液状態が元に戻ってきた。当然食欲も回復し、徐々に食べられるようになってきた。なんとか食べてもらおうと、それまで与えなかった刺身や猫缶が供されることになった。あくまで野良猫の身分であったことをわきまえるようにと、これまでの贅沢はせいぜいカツオ節かシラス干しである。ミャースケも思ったはずである。(ビョーキはやめられんにゃ…)


2015.5.5 
公用語は… 
 最近の我が家で交わされる公用語は『ニャー語』である。文法はほとんどなく、単に文末に「ニャー」を付けるだけである。文例としては「ごはん食べるニャ?」「どこへ行っとったニャ」「今日は早く帰るニャ?」などであるが、これは猫相手だけに交わされる会話ではない。人間同士でも適用される。傍から見れば実にあほらしい光景であるが、我が家の中ではなんら問題は提起されていない。
 なぜこのようなことになったのか?理由は簡単である。家に基本的に一人でいる時が多く、会話相手がネコになるからである。このニャー語を使うようになると実に会話がスムーズになるから不思議である。ネコになった様な、ネコに近づいたような。人間という鎧を着ていることが、いかに重荷になっているかという証左である。ああ、早くネコになっていればよかった。ただし、ニャー語に変わったからといって、ネコ本人から共感が得られているかはまったく不明である。しかし、はっきり言えることは、ニャー語が公用語になったことによる不都合はなんら確認されていないということである。奥様も実に自然にニャー語を使いこなしている。残念ながらばあちゃんが付き合ってくれないのが残念ではある…しかし、八十過ぎのばあさんに、ニャー語を使われても、かなり微妙ではある。
 ただ、心配もなきにしもあらずなのである。ニャー語にあまりに慣れすぎてしまい、家の外でも使ってしまったらどうしようかということである。教育委員会の話し合いの場で…講演の最中に…ああっ!いつかやってしまいそうで怖い…


2015.4.21 
ネコをめぐるあれこれ 
 ネコは人をどう見ているのだろうか。人として?大きなネコ?エサをくれる親猫?まあ今までにもいろいろなところで議論されているところであるが、最近の説では「エサをくれる座布団」というのがあるらしい。確かに、油断をすると腹の上に乗ってくるから、座布団というのは言いえて妙である。
 我が家にやってきた野良猫は日増しに家猫化し、家猫ライフを満喫している。某住職が家にいるときは、寝ている以外は大抵ついて歩いている。きょうも家の周りの草取りをしていたら、ずっと周りで遊んでいた。ちょっと前までは、ついてきても車に乗ると急いで逃げて行ったが、ここ二日ほどは車に乗っても逃げずにドアのそばにいるので、開けて呼んだら膝の上に飛び乗ってきた。助手席に乗せてドライブもすぐそこである。日ごとに学習し、新しい行いを覚えていく。なんだか学習能力が異常に高いネコで、最近ではこちらの言葉を理解しているのでは?と疑うくらいである。えっ?単なる親ばか?やっぱり?
 先日ネットを見ていたら、「ニャンフェス 浜松町」というイベントの案内を発見した。「ネコ好きのための雑貨イベント、180名の猫作家、クリエイターによる作品の展示、販売!」なんて書いてある。おっ!これは行かねば!なんて思っても、行けるわけないから、東京にいる娘に連絡した。言うことを聞いてくれそうな長女のF子に、ちょっと覗きに行って、めぼしいものを買ってこい!と特命を与えたのである。たった一日の企画で、開催時間も午前11時から午後の3時まで。たったの4時間である。これは無理かな…と思ったのだが…わが娘ならやってくれるはず!
 ところが案の定、11時40分に電話が来た。「父、無理… 会場の外に長蛇の列 ずっと待っとるけどちっとも動かん…F子は挫折いたします〜」「えっ、こら!まて!根性なし!」


 2015.4.8  
尋ね人
 ここ2、3日時間を見つけては捜索活動に出かけている。4月1日より行方不明になったお年寄りの情報が流れているが、知人のお父さんである。飯田市上久堅在住の認知症の症状のある88歳の方が軽トラで出かけて行方不明になった。すでに一週間が経過したが車もまだ発見されていない。4月5日で警察と消防団の捜索は打ち切られたので、関係者がそれぞれに捜索を続けている状況である。老僧様も行方不明事件を起こしているので、ご家族の心配は察して余りある。
 車が発見されていないということで、どうも里ではなく山の中へ向かったのではないかと思われている。なので某住職も大鹿、豊丘、喬木の山付へと向かったのだが、いや〜人探しは怖いわ〜。何とか探し出したいという思いが平常心を失わせていくのである。探し始める前に自分に言い聞かせたのである。「決して無理はしない。進むか引き返すか迷ったら必ず引き返すこと」これは老僧様の経験からである。ところが山の奥深くへ向かえば向かうほど、神経が麻痺していく。道が枝分かれしていけばいくほど誘い込まれていくのである。人のいないところほど、探し人が居そうな気がするのである。その道の奥に居るかもしれないと思ってしまうのである。入り込んでいきなり道が無くなり愕然とするのである。下手をすると自分がどこを走っているのかもわからなくなり、運転操作を間違えば二次遭難である。やっぱり人探しは絶対一人で行ってはいけない。
 皆さんにもお願いである。どこかで見かけたら連絡をお願いしたい。白の軽トラ、スズキキャリー、ナンバー「85ー75」である。


 2015.4.6  
新車買ってしまった!
 この一か月に某住職の周りでは大きな変化があった。その一つが自分の車の更新をしたことである。今まで乗っていたのは、満11年、18万キロ乗ったミニバンであった。燃費はかなり悪かったが、乗り心地はよかったので実は3月に、もう一度車検を通すつもりであった。ところが思わぬご縁で買いかえることになったのである。ところがこれが、某住職はまず乗ることがないだろうというくらい本来ならありえない車であった。某住職が乗ったことのない車種、それはセダンである。なんとなくセダンっておっさん臭くて、使用方法が制限されるようで、選択肢にならなかったのである。そして乗る気のない車種がハイブリットである。環境にやさしいといいながらやさしくないとかそんな裏事情ではなく、単純に乗り味の問題であった。実は奥さんはすでに3年前よりハイブリット車に乗っている。運転した感想は、ガソリンエンジンとバッテリーエンジンの切り替えのフニャッと感といおうか、得体のしれない感じが何とも嫌だったのである。異様に静かなのも気持ちが悪い。エンジン音とか振動って車らしさの重要な要素だと思っていたのだ。某住職は特段車マニアでもないしこだわり屋ではない。ただ単に保守的なだけである。
 その某住職がこの度、セダンのハイブリットに乗ることになったのである。なぜか?それはご縁だったからである。まったく選択肢になかった車が、あるご縁によって現れたのである。それまで乗ったことのなかった車種、乗る気のなかった車種だからこそ乗ってみようと思ったのである。本気で向き合ってみれば、これまでに見えなった世界が見えるかもしれないと。
 椿の薬膳師A女史に言わせると、某住職はこだわりがあるようで実はないのだそうだ。そう、いいかげんなのである。いいかげんだからこそ味わえる世界というのもあるのである。結論から言おう。ちょっと高級車の部類に入るからかもしれないが、コーナーリングの安定感とか乗り味がまるでちがう。そしてパワーが半端ない。踏む込めばいくらでも出る感じ。それで燃費は一般道で17キロ、高速だけでは100キロ以下で走ったら21キロいった。奥さんには申し訳ないが、ハイブリットでも別物であった。
 自分の価値感に縛られるのも人生なら、ぶち壊すのも人生である。


2015.4.5 
その後の某住職とネコ 
 さて巷では某住職入院説が流れていたそうだ。あんまりにブログを更新しないものだから入院しているのか、はたまた死んだのか…と、一部で噂されていたらしい。普段会っている人たちは、単に怠け者になってウダウダ生きている某住職を目撃していたはずである…
 しかし気が付けば、境内は春満開!この数日の暖かさで桜の花も大分開花が進んでしまった。というのは週末の春祭りの折には桜も終盤になってしまうのではないかという勢いなのである。これは本当にまずい…まあおかげで、昨日あたりから花見客が激増である。
 こんな桜模様の中、我が家に住み着いた野良猫はミャースケという名前をもらい、順調に家猫の道を歩んでいる。今日も境内を歩き回りながら、桜見物の客に「きゃーかわいい!」とか言われながら、被写体に収まっていたようだ。境内を一緒に歩いていれば当然、某住職よりミャースケの方が人気者である。残念ながら某住職は被写体として請われたことは皆無である。というのは、あれ以来一緒に過ごすことが多いせいだろうか、すっかり某住職になつき、寝ている時以外はよく付いてまわっている。家の中では、トイレに入っても風呂に入っても、出てくるまで扉の外で待っている。外で仕事をするときも境内の内なら大概ついてくる。なんだか犬みたいな猫である。今も某住職の布団の上で先に寝ている。そんなわけで、とーてもかわいいのであるが、残念ながら犬のムクと仲が悪い。というより、一方的にミャースケがムクを威嚇するのである。ムクの方がおびえて近づかない。ムクをなでたり、抜け毛を漉いていると、近くにやってきて、やきもちを焼くのか「フ〜」と毛を逆立てムクを威嚇するのである。といわけで、人間の女性には一度たりとも焼きもちを焼かれたことがなかった某住職が、オス猫に焼きもちを焼かれているという微妙な状況に、困惑している今日この頃なのである。

 
 2015.3.2  
野良ネコ騒動
 え〜前回からの話であるが、あのネコ飼ってます。餌付けに成功し、かなり自由に触れるようになったので、2月17日の朝にとっ捕まえてバックに突っ込み、N犬猫病院に連れて行った。餌を与えるということはたとえ外飼いだろうと飼っているということであり、それはもう、餌を与えている人間が責任を持つ事例である。右の前足はビッコを引き、左の後ろ足の指は、化膿して一本爪が無くなっていた。まあそんな状態なので、治療してもらって、猫エイズの検査もしてもらおうと思ったのだ。ネコバックに入れていったのだが、思いのほかいい子で暴れることもなく、鳴き声を上げることもなかった。おかげで、長い待ち時間であったがなんとか診てもらえた。
 さて、結論なのだが、残念ながらすでに猫エイズに感染していた。オスの野良猫は9割方感染しているそうだ。やはり争いの中で傷つけ合うことが原因なのだろう。しかしエイズに罹っていると分かった以上放っておくわけにはいかない。感染を拡大させないためにも去勢手術を行うことにした。去勢するとオス同士の争いも減るし、なによりメス猫にエイズをうつすリスクがなくなる。幸い先生がその日の内に、傷の治療と去勢手術まで行ってくれるという。一旦ネコを預けて夕方迎えに出向くことにした。
 迎えに行くとバックの中でなんとも情けない顔をしていたが、手術も治療も無事終わっていた。エイズに感染した猫の寿命は、野良では4、5年、飼い猫でよく生きて10年くらいだそうだ。その話の時点で本気で飼ってやろうと覚悟を決めた。来るものは拒まず。まあ御縁だと思ったからだ。
 さて、ここまではちょっと美談であったが現実は厳しかった。足のレントゲンと化膿の治療、去勢手術と抗生物質の注射で〆て2万8千円…野良猫にこの出費…  関係者には「それだけやってもらってその金額なら安いんじゃないの」と慰められた。先生ありがとう。帰ってからもまだ麻酔が効いているようで静かだったが、夜8時を過ぎたころから俄然元気になり、その晩は一晩中「にゃ〜にゃか、にゃ〜にゃか」鳴いているのであった。ああ、後悔…

 
2015.2.5   
御無沙汰でした
 椿のA女史が久々に日誌を更新したという。「某住職もさぼっとらんで、たまには書かんかい!」と言われたようである。いや〜さぼりだすと無限地獄、いや天国?書かないって本当にらくちん!よくこんな難行苦行を何年も続けたものである。なんだか、毎日書かなかったら、人間がダメになってしまいそうな思いに駆られていたのだが、なんのことはない、書かなくても陽はまた昇る、朝は確実にやってきたのである。ほんと、悟った気分だわ〜
 それでも、またこれから書き始めようかと思う。さて、書かなかったこの数十日の間に大きな環境の変化があった。野良猫騒動である。以前にも野良猫がやってきて会館に居ついたことがあった。幸いにそれらの猫は飼い主が見つかったのであるが、こんどやってきたのは雄猫である。ちょっと懐っこいネコなのだが、雄猫と触れ合った経験がないので、会館スタッフみんな「えっ!」と思うことばかりで日々困惑している。
 というのは、とにかく気まぐれでやってきたと思うと、プイッと出て行ってしまう。そしていつもケガをして帰ってくる。血がついていたり、かさぶたが増えていたり、時には足をひきずったりと…いやはや、外でオス猫同士戦っているようでご苦労なことである。縄張り争いやメスをめぐっての争いなのだろうか、オス猫とはみんなこんな様子なのだろうか?
 それにしてもあまりにケガが多いので、どうもこいつ弱いんじゃないかとの疑惑をもたれている。もう勝てるやつがいなくて、挑む相手、挑む相手、みんなにボコボコにされているのである。まあそこが可愛いわけで…ほらダメな子ほどかわいいっていうじゃん!


 2014.12.19  
焼きそばにゴキブリ混入
 最近、冷凍食品やカップめんに虫が混入していたといって話題になっている。昆虫食が文化になっている伊那谷に住んでいるから言うわけでもないが、そんなに目くじら立てることか?と思ってしまう。実際、日常の食事でも昆虫が飛び込むことはよくあることである。某住職は、ハエでもガでも丼にでも飛び込めば、つまんで取り出すだけである。それで料理を捨てようとは思わない。それは食堂で食べても同じである。昆虫を入れようと思って入れる店はないだろう。おやおやと思い、取り出して食べるだけである。
 商品に昆虫が混入と言ったって、今まで何万食?も製造していて初めての事例だろう?食中毒でも起きていたというと問題だが、それも起きていないというのなら、大騒ぎすることでもないという気がするのだが…ましてや営業停止になったり、廃業したりとか、どう考えてもやりすぎとしか言いようがない。なにより世間の風潮が、そうなってもしかたないってのがどうもねえ…「あれ?どこで入っちゃったんだろう?ゴメンゴメン!これからは気を付けるから」でいいんじゃないの?虫が入っていた人は運が悪かった、ただそれだけである。
 食品に当たり前に入っている体に悪い食品添加物より、たった一回入っていた昆虫に大騒ぎする人々がなんとも滑稽である。


2014.12.8 
失せ物はどこ? 
 寺にいると困った依頼というのがたまにやってくる。昨日がまさにそれだった。朝いきなり電話が鳴ったので受話器をとると、女性の声が聞こえてきた。
 「あのー、鍵がどこかにいってしまったのですが、探し出すことはできますか?」「へっ?」いきなりで、最初なんのことかわからなかった。よく聞いてみると、「玄関と裏口と物置の鍵の束がどこかにいってしまって困っている。お寺さんで拝んで、どこにあるかみつけてくれないか?」という依頼であった。は〜、困った…もっとも困る依頼である。良縁祈願や合格祈願はある意味、依頼する方も主に気休め的要素が強く、こうあって欲しいという程度のものである。願いが叶わなくても基本的に自分の責任と覚悟している部分がある。ところが失せ物を見つけてほしいと言ってくる者は、これはもう切羽詰っている状態であり、なおかつ坊さんならそのくらいの法力もってるでしょ!の意識が働いている。つまり見つけることが絶対条件であり、見つけられないときは『無能」の烙印を押されるのである。
 皆さんも御存じだと思うが、某住職はいたって凡人である。透視能力もなければ、特段の法力も持ち合わせてはいない。予知能力も働いたことがない。こんな某住職が何かを行うといったらそれは「出まかせ」か「ペテン」である。こういったことは拝み屋さんと言われる人たちがやっている、宗教家であったり占い師であったりするのだが、たしかに既成仏教の人でもやってるひとはいるよなあ。
 もう正直にいうしかないので、「すみません、某住職は失せ物を見つけ出せるような法力は持ち合わせておりません。出来ることは出てくることを祈ることだけです。」と答えたのだった。なのでその後、護摩を焚いて祈っておいた。それで出てきたって?う〜ん、どうも連絡もないから出てこないんだろうなあ…残念


 2014.11.20  
忍者寺
 M子のいる金沢に行ってきた。冬物のコタツセットや衣料を届けるためである。もちろん宅配便業者で済むことであるが、娘に媚を売ることが目的である。失われて久しい点数をここへ来て稼ぎ直そうという下心によるものである。それにしても雨に寒さにと、某住職の相変わらずの嵐を呼ぶ男加減にはあきれるばかりである。そんな努力の甲斐もなく、M子の対応は到ってさっぱりしたものであった。所詮父親なんてそんなもんさ…
 まあそれでも、せっかく行ったのだからと、ちょっと観光もしてきた。通称『忍者寺』と呼ばれる妙立寺である。いや〜噂には聞いていたが、めちゃくちゃおもしろい寺である。城主の祈願寺であるのだが、お忍びのお参りや不測の事態の対処にと所狭しと細工が施されている。外から見れば何の変哲もない寺なのだが、中は四層七階建という複雑さで、落とし穴あり、隠し扉あり、秘密の抜け穴ありとドッキリのオンパレード。
 しかし何が面白いって案内してくれるガイドのおねえさんがねえ。10人前後を一つのグループとして一時間かけて案内してくれるのだが、流れるように解説してくれる。よっぽど回数をこなしているのだろう。立て板に水のようなみごとなしゃべりに感心させられる。ただし応用は効かなさそう。途中でちゃちゃ入れてやろうかと思ったけど、即退場を言い渡されそうなおねえさんでした。いやね、きれいなおねえさんだったんですよ。もうちょっとにっこり笑って、楽しそうにお話してくださるともっとよかったんですがって、えっ?うるさい?どうも失礼しました。

 2014.11.6  
靴に思うB
 さて、旅行で靴を間違われてから2週間が経過した。早いものである。間違われ履いて帰った靴であるが、どうしたものかと思案している。というのは、自分にはサイズが合っていないし、なにより人の履いていたくつである。到底履き続ける気にはならない。ならば捨ててしまえば?と思われるかもしれないが、間違いに気づき交換に来るかもしれないと考えてしまう。間違えた人が多少ボケ老人であったとしても、家族が気が付きそうなものだと思うのだ。
 娘さんあたりが、靴をそろえていて、「おじいちゃん、この靴どうしたの?見たことのないクツだよ!」と気が付くのである。なんといってもサイズが違うのである。「この靴サイズがちがうじゃない!」っていうんで、なおさら気が付くと思うのだが…いやしかし、ここまで連絡が来ないということは…「おじいちゃん、また靴間違えてきたの?もうしょうがないわね。前は自分のより大きな靴を履いてきちゃって、ブカブカで歩いてたっけ。あら?これっておじいちゃんに丁度のサイズじゃない?よかったわね、丁度いいサイズが手に入って」って、こらっ!納得してどうするんじゃ。いつも間違えてくるんで家族ももう慣れっこになってるとか…
 まあいろいろ考えてみるのだが、玄関先に履かれるでもなくポツンと置かれたかなりくたびれた靴一足、目にするたびに寂しくなってしまう。靴に罪は全くないのである。

 2014.10.27  
靴に思うA
 22日から24日まで檀家さんを連れて東北方面へ団体参拝に行ってきた。慈覚大師縁の寺院参拝と被災地の慰霊祭という企画で募集したところ、160人の応募をいただき実施することになった。東北地方には天台宗の古刹が多い。千年以上の歴史を持つ寺院がいくつもある。その中から金色堂の中尊寺、奇祭はだか祭の黒石寺、通称山寺と呼ばれる立石寺をお参りして歩いた。
 なんといっても参加者は高齢者が圧倒的に多い。まあ平日の三日間を当てるのである。現役の勤め人や農業実務者ではちょっと参加は無理である。そうなると当然全体的に動きが鈍くなる。遅れるものもでるし、転倒にも気を配らねばならない。もう毎回のことではあるが、某住職は主事の立場なので、ほぼお世話係である。以前に背広を着ていったら添乗員と間違われて、ドライブインで別室に連れて行かれそうになったほどである。
 さて、そんな旅行の終盤に事件は起こった。「静かさや岩にしみいる蝉の声」で有名な立石寺でのことである。御本堂で御住職から法話をいただいた後、さあいよいよ1050段の石段を上り、山の上にある奥の院へ出発である。全員がお堂から出終わったのを確認して、自分の靴を履こうと思ったら、「あれっ〜、おいらの靴がない!」、確かにここに脱いだはずの黒い革靴が…いや同じ位置に黒い靴はある…かなり傷んだ汚い靴である。やられた〜年寄りにはありがちだが、まさか自分の靴が間違われるとは〜それもこれから1050段の石段を登るというのに…(ええい、しかたない、この靴を履いていこう)履いてみたら驚いた。もうブカブカ。こんな足の人が某住職の靴に足が入ったのか?すさまじく納得いかない気分でそれでもみんなの後を追ったのであった。
 合わない靴で足を引きずりながら、最後尾のおばあさんを支えながらなんとか帰ってきたのであったが、もー疲れましたわ。ウォーキングの効果など見事に吹っ飛び、ふくらはぎは筋肉痛でもうヨレヨレ…くそーだれじゃー某住職の靴返せ〜


2014.10.21   
靴に思う
 今日の話は「靴は大事にしまっておいちゃダメよ」という話である。某住職が去る6月9日から始めたウォーキングはおかげさまで今日まで続いている。実はウォーキングを始めようと思ったのは2年前である。なのでその時にウォーキング用の靴を2足買ってあったのである。始めてもいないのにいきなり2足買うというのがいかにもであるが、その時以来一度も足を通していなかったのである。
 さて、その内の一足を初日に下ろしサッソーと履きはじめたのだが、なんと四日目で靴底のラバーがはがれはじめたのである。両足ともである。これはメーカーものである。ブリジストンのウォーキングシューズである。ゴムはお手の物ではないのか?不良品を手渡された?まあそれでももったげないので、接着剤を買ってきて補修をしたのであった。おかげさまでその後はトラブルもなく、三日前まで使ってこれた。ところが二日前に靴底のラバー全体が完全崩壊。補修不能になってしまった。しかたがないのでもう一足を出してきて昨日から使い出したのだが、なんと二日目で壊れてしまった。マジソンウォーカーのエアークッション付シューズだったのだが、エアークッションが一気に崩壊、両足ともかかと部分のエアークッションがつぶれて、陥没してしまった。
 某住職は一度に2足も不良品をつかまされたのか?ネットで調べてみたら、靴も賞味期限があり、時間の経過とともに確実に劣化すると書いてある。とくに靴底のラバーは接着剤の劣化がしやすく、長年履いていない靴は要注意と書いてある。特に登山靴などは危険らしい。長年使っていないで、久しぶりに山登りに行き、靴底がはがれ立ち往生ということがあるそうだ。
 そうなのだ、某住職が買った靴はもしかしたら出来立てではなかったかもしれない。作られて何年かしたものを買ったかもしれないのだ。だからよけい劣化してしまったのかも…靴の製造年月日なんて気にしたこともなかった。いずれにしろ、靴なんてしまっておくものじゃない。基本的には買ったら即使うが正しいようである。やれやれちょっと学習した気分である。

 2014.10.18  
笑った
 今日の話題は超地元ネタで恐縮なのだがお許しいただきたい。昨日茶屋椿の薬膳師A女史から、今日親戚でご法事があるとの話を聞いた。法事は別に珍しくもないのだが、その話にちょっとびっくり驚かされた。
 飯田市座光寺のお宅で法要を行うのだが、精進落しはなんと「かじかの湯」で行うというのだ。「かじかの湯」といったら阿南町である。下手をしたら一時間近くかかる。これは中々の冒険である。自分の檀家さんでも「かじかの湯」まで精進落しに行ったなんて聞いたこともない。なにか特別な思い入れでもあるのだろうか?それにあそこの温泉はけっこう有名だが、精進落しのできるような料理屋があったっけ?ネットで調べてみると確かに「慶事、法事等にお使いください」と書かれている。どうやらできそうな感じである。まあそれにしてもご苦労なことである。お昼を挟んでのご法事の場合、往復で2時間の精進落し会場なんて、まあ一日終わったようなものである。
 さて、夕方会館へ行ってみると、ちょうど薬膳師Aご夫妻が帰ってきたようであった。さっそく「かじかの湯」の感想を聞いてみることにした。すると、「ちょっと聞いてよ!とんだ勘違いだったんだでな!」はて?A女史ご立腹である。なんと、精進落しの会場は、阿南町の「かじかの湯」ではなく、座光寺にある料理屋の「かじか」だったのである。確かに座光寺に「かじか」という料理屋もあるし、某住職だって何度か行ったことがある。なんで気が付かなかったんだろう…
 ご主人のTくんが「かじか」と聞いて、もう阿南町の「かじかの湯」と思い込んでいたのだそうだ。そんでもって、朝から「温泉入らなきゃ」とタオルとか着替えとかそろえていったのだそうな…親戚の前で大恥かいたそうな…いや〜久々に大笑いしたわ〜  
 それにしても思い込みとは怖いものである。某住職も気を付けようっと。


2014.10.9   
く、栗が〜
 今朝、会館に顔を出すと、茶屋椿のお姉さま方が「ねえこれ見て見て」と厨房に誘う。覗いてみると、大鍋三つ?四つ?に栗が山盛りになっていた…なんじゃこれは!栗の山盛りっていったって、天津甘栗屋だってこんなにはないぞ。どうしたのかと聞いたら、近所で栗を作っている農家の方が、好きなだけ拾っていっていいって言った、だそうである。それにしてもよく拾ったものである。イガから零れ落ちてぽろぽろ転がっていたのだろうか。それにしてもこれだけ拾うにはかなりの労力だったはずである。いや〜人間の欲には感心するわ〜
 そうこうするうちに、お姉さま方はその栗をむきだした。むいたことのある方はご存じと思うが、外皮も渋皮も一個むくのに一苦労である。あの皮むきさえなければいくらでも欲しいのにと思う方は多いのではないだろうか。そんな面倒な皮むきを黙々とこなす二人… いや〜ほんと欲は偉大だわ〜
 だが栗を食べるにはとにかく皮むきをしなけりゃいけないわけで…渋皮煮もきんとんも栗ごはんでさえも、とにかく皮をむかなければ食べられないのである。そんなことはわかっている、わかっているが、某住職は手伝う気にはならないのである。「織田がつき、羽柴がこねし天下餅、座りしままに喰うわ徳川」で言えば、某住職は徳川が好き。茶屋椿では果たしてどんな栗料理になるのであろうか。出来上がってからいただきたいものである。えっ?甘い?だよね〜
 某住職も御苦労しているお姉さま方にちょっと言い過ぎたと反省している。その甲斐あってか、皮のむけた栗をちょっと分けていただいた。おかげで今夜は栗ごはんが炊けたのである。やはり苦労して剥いてない栗は一際うまかった。椿のみなさん、ありがと〜

 2014.10.5  
クロック
 クロックというゲームを御存じだろうか。某住職が20年位前に復刻して地域に普及させたものである。昭和初期に下伊那の一地域で流行った卓上盤ゲームである。コタツ板くらいの大きさで、指で駒を弾くカーリングとおはじきを合わせたようなゲームである。元々は海外のもので、大正の末に舶来帰りの大工さんが持ち帰り、自作して流行らせたという。飯田下伊那では飯田市の千代と喬木村の氏乗で数台が確認できた。某住職の母親の実家が氏乗で、子ども時代によく遊んだ覚えがあるのである。20年前にかなりの数を復刻し普及させた後はそれほどの活動もせずに今日に到っている。瑠璃の里会館は常設されているので子どもたちがやってきてはたまに遊んでいる。
 ところが最近思わぬところから問い合わせがあった。東京のある新聞社からである。その内容におどろかされた。最近昭和天皇の実記が発行されたが、その中の記述に、昭和初期にかけてクロックで遊んだ、クロックで遊ぶことが好きだったと書かれているのだそうだ。そこでこのクロックとはなんだ?ということになり、新聞記事の検索を行っていたところ、20年前に某住職が普及のために開催した「クロック大会」の記事が引っかかり電話してきたというわけである。天皇の実記には、訪ねてきたカナダ人?がそのゲーム版を見て「クロキノール」という呼び名で呼んだとか。なんだか薬品のような呼び名であるが、そこらへんも舶来製という話を裏付けていて興味深い。
 まあ電話で聞いた話なので定かではないが、天皇陛下と同じ遊びでつながるとはなんともおもしろいではないか。時代が時代なら天皇陛下とクロックで勝負してみたかったものである。まあなんにせよとりあえず実記を読んでみたいと切実に思ったのであった。


2014.9.26   
バリカン逝く
 11年使ってきたバリカンがどうも寿命のようである。平成16年から使っているナショナルのプロバリカンが調子が悪い。先日も充電したばかりなのに出力にムラがありウイ〜ン、ウイ〜ンなんて音まで波打ってくる。モーターだろうか?電池だろうか?刈りながら出力が落ちると髪が挟まれて痛い。痛いだけならまだいいが、刈りかけで止まられたらたまったものではない。葬儀の席に虎刈り?
 まあナショナルなんて名前に時代を感じる。現在はナショナルブランドはなくなり、パナソニックである。それだけ長い間お世話になったのだ。某住職はだいたい10日に一回髪を刈る。なので月に3回、一年間では36回刈ることになる。切れのいいところで10年使ったとすると、トータルで360回刈ったことになる。理容店に行けば、安いところでも1000円くらいはとられる。10年通えば36万円である。なので、約2万円で買ったプロバリカンであるが、理容店に行くことを考えたら大儲けである。よく頑張ってくれたものである。
 さて、どうしたものだろう…日々使うものなので、待ったなしである。早く手に入れておかないと次が困ったことになる。それでも長年使ったものなので愛着もある。分解して治せるものなのか?やっぱり寿命だろうなあ…


2014.9.19   
徳を積む
 所要があり飯田のリンゴ並木に薬膳師Aと向かった。三連蔵で大鹿村在住の能面師Iさんの作品展が行われているからだ。Iさんは瑠璃寺の陵王の面も作ってくれた人である。ところが行ってみると開館時間は12時からだという。時計を見ればまだ11時15分である。しかたがないので中華そば屋のSで昼食を食べることにした。ところが歩いていくと、リンゴ並木の植え込みの角でおばあさんが一人座り込んでいる。もう一人のおばあさんが語りかけていたが、どうやらトラブルのようである。
 語りかけていたのは通りかかった人。座り込んで動けなくなっているおばあさんに出くわしたようだ。一緒に話を聞いてみると、近くの歯医者さんに向かう途中であるとのこと。突然ふらついて転んだとのこと。意識ははっきりしており、体はどこも痛まないとのこと。立ち上がらせてくれれば歩いて行けるとのこと。確かに頭よりも、足腰の方に問題がありそうな感じだ。そこで脇に手を入れて起き上がらせてみた。ところがどうも足腰に力が入らない。これはどうも自立は難しそうだ。某住職だけの手には負えないかと思い、「お家の人に連絡した方がよくないですか?」と聞いたら、自分が介護しているご主人が一人いるだけとのこと…ガ〜ン!である。これは困った…通りかかったら拾ってしまった災厄である。
 しかたがないのでとりあえず歯医者に届けることにした。足は動かすことができるので、後ろから両脇を支えながら一緒に歩いて行った。ところが歯医者は近くのビルの生憎2階であった。夢中で支えて歩いたその時のおばあさんの重さは覚えていない。しかし、体は正直であった。その時から右ひざが痛い。
 う〜ん、まあこれは、俗にいいことをしたという状況なのだろうか。仏様はぜひ覚えておいていただきたいものである。ええっと、徳積み50ポイント追加と…

2014.9.14   
老僧様の一周忌
 昨日は老僧様の命日だった。一昨日には一周忌の法要を終えている。ほんの一か月前には新盆の行事を終えたばかりだ。あれよあれよという間に時が過ぎていく。
 まだ昨年のうちは毎日ブログを書いていたので、昨年の老僧様が亡くなった前後のことをよく覚えている。人は生きていれば、多かれ少なかれ、家族を見送るものだが、あの時ほど(ああついに自分にもその時が巡ってきたかと)感慨深かったことはない。人ひとり亡くなるということは大変なことである。一年を通して多くの行事をこなさなければならない。密葬、本葬、喪中の正月、位牌の作成、墓石の建立、彼岸法要、新盆…等々みんなこの大変な時を乗り越えているのである。たいしたものである。
 しかしよく聞くのが、一周忌を過ぎるともっと時の経つのが早くなるということである。あっという間に三回忌がやってきて、気が付けば七回忌が…って感じだろうか。そして我に返ったときに自分のお葬式を迎えていたということらしい。


2014.9.4 
危ない勝負 
 連日梅雨のような天気が続いている。暇を見つけては草刈り、草むしりの日課としている某住職には有難くない天候である。そんな天候に青くなっているのが、蚊たちである。寒くなってきたっていうんで必死に血を吸いまくっている。野原に出ているとわかるのである。
 そこで彼らの血に対する執着がどの程度のものなのか試してみることにした。夕方4時から5時までの一時間、半袖半ズボンで草むしりをしたらどれだけ刺されるかを実験してみようというのだ。もちろんその際には反撃OKである。まあ言い方を変えれば、何匹に刺されて何匹を叩けるか、一時間のガチ勝負というわけである。なんでそんなことを?特別理由はなく、単なる好奇心である。
 さて、よーいどん!やってみました。結果であるが、刺された箇所はなんと40か所。その間、あの世に送れた蚊は10匹。単純に数字で比べたら某住職の完敗である。40か所も刺されて気が付かないのかって?目に見えている部分は蚊が近づけばもちろんわかるのだが、やつらも心得たもので本当に死角をうまくついてくるのである。そんでもって刺されてからしばらく気が付かないものなのである。吸われてしばらくしてから痒みが襲ってくるのである。
 しかし考えてみれば、40匹の蚊が血を吸いに来たのではなく、10匹とか20匹の蚊が繰り返し吸いに来て、その何回かで命を落としているとも考えられるのだ。そう考えれば、彼らもかなりの命がけの勝負をしていたのかもしれない。それにしてもバカなことをしたものである。某住職を刺した蚊の中に、デング熱のウイルスを持った蚊がいたかもしれないのだ…


2014.8.27   
お気楽娘で驚かされたこと
 現在、双子の一人お気楽娘は自動車学校へ通っている。お盆明けの18日から始めて、9月6日に終了するらしい。順調にいけばの話だが…
 そんな彼女は今日、仮免試験だったそうだ。落ちるのは覚悟していた。オートマではなくマニュアル講習だからである。それになによりお気楽娘は、高校時代に原付免許で2回試験に落ちるという実績を作っている。そう簡単に受かるわけがない。ところが、帰って来るなり「受かったよ。路上も今日乗ってきた」って、「えっ、どうした?おまえはだれ?」昔のお気楽娘ではないのか?
 それだけではない。今夜は夕飯に塩サバを焼いて出したのだが、ちゃんと残さずきれいに食べていたのだ。信じられない、前は食べることさえ満足にしなかったのに…、ああっ、予習復習が嫌いで、好き嫌いの激しかったあのお気楽娘はどこにいってしまったのだろうか。東京の大学に行って、塩サバの食べ方でも習ったのか?
 お気楽娘には夜のバイトを禁止している。一年生だし、学生の本分はまず勉強だからである。そうしたら早朝からのバイトを探してきた。週に二日午前中に授業のない日があるらしい。ネットで探し、ある事務所に登録したらしい。工事現場での安全確保の仕事、棒振りの仕事である。安全服を着てヘルメットを被って仕事をしているらしい。仕事仲間はおじさんばかりで、みんなに○○ちゃんと呼ばれかわいがられているらしい。「交通量が少なかったり、日陰の所ばかり割り当てられるって。バイトに行くたびに、ペットボトルを何本も持ち帰ってくる。どうやらおじさんたちから奢ってもらっているらしい。かなり甘やかされている」と長女が報告してくれた。ただし、バイトに行くときは自分で6時に起き、朝食を食べ、遅れないように出かけているというのだ。高校3年の時、年間49日遅刻をしたあのお気楽娘がである。

 2014.8.21  
どうでもいいこと2題
 少し前に、新しくできた歯医者さんで、駐車場の真ん中に墓石が立っていて気になるという話をした。先日M氏がやってきてしつこく言う。「あそこは墓があっていいんだよ。だって○○歯科クリニックって書いてあるじゃないか」。どうやら、歯科を歯科(はか)と読ませたかったらしい。なるほど、新発見!ってわけですな。くそ〜やられた…
 もう一つどうでもいい話、みなさんは味噌汁の具は何がお好きだろうか?人それぞれだろうが、某住職は、ネギと油揚げとシジミとアサリとタケノコと、って、きりがないのだが、逆に苦手というのもある。もちろん文句言わずに食べるけど、奥さんはこれが得意なのである。かなりの確率で出てくる。それはジャガイモである。同じイモでもサトイモは大好きなのに、味噌汁のジャガイモはどうも苦手である。しかしただ嫌いと言っていても始まらないので、ここは一つ冷静に分析してみることにした。
 味噌汁の味噌は基本的に煮詰められることを嫌う。味噌の風味が損なわれるからである。なので具材とすれば短時間で味噌となじむ具材がよいはずである。ところがジャガイモは短時間では味噌の味が滲みない。そうなのだ、どうもジャガイモの青臭さが残っていて馴染んでいないように思えるのである。煮込む時間が短ければ、硬さと青臭さが残り、煮過ぎれば煮崩れて味噌汁を濁らすことになる。そのどちらも嫌なのである。おおっ、冷静に分析できたではないか!
 だからといって、このことを奥さんに言えるかと言えばそれはノーである。なぜか?それは奥さんがジャガイモの具材を好きだからかもしれないからである。楽しみを奪うことになるし…そしてなにより、ジャガイモをたくさんいただいてコンテナに山になっているからである。「あのジャガイモどうするつもり?」この一言が怖い…

 2014.8.17
お盆が終わって 
 今年の盆行事は格別だった。老僧様の新盆だったからである。ただし新盆といっても亡くなったのは昨年の9月のこと、ほぼ一年が経過し、新鮮味のない新盆になりつつあった。みなさんだって忘れかけてたでしょ?それでも世間の慣例、新盆をやらなかったということになれば、某住職は常識のない人、親不孝な人ということになってしまう。
 というわけで、世間並みの新盆をさせていただいたのである。ところが、他所様の新盆を見ることはあっても、自分の所の新盆を主催するのは初めてなので、まあわからないことだらけ。「新盆を迎えて吾の無知を知る」状態なのだが、それでもやってみれば多くのことを学べるわけで、よし!これで予行練習はできた!ばあちゃんいつ逝ってもいいぞ!
 さて、我が家の新盆に時間が割かれ、棚経は例年の6割ほどしか回れなかった。待っていただいていた檀家さん方、すまんこってした。事前の『訪問できなかったらごめんなさい通知』は出してあったのだが、「今年は来ていただけないのですか?」「朝から待っていたのに!」お叱りの電話も数件いただいた。叱られても、待っていただいているというのはありがたいことである。某住職もおじゃましたかったですよ。
 そんなこんなで、慌ただしく過ぎ去ったお盆なのであった。それにしても今年のお盆はよく降られたなあ…

2014.8.10   
蕎麦の食べ方
 暑いときはやっぱりざる蕎麦でしょ〜。さて、みなさんは冷たい蕎麦を食べるとき刻み海苔をのせる?のせない?昔はよく「ざるそば」は海苔がのってるやつで、「もりそば」はのってないやつ、なんて定義してた。でも最近は「ざるそば」でものっていないのがある。単にざるに乗ってれば、みんな「ざるそば」。
 某住職が度々おじゃまするS蕎麦店は「ざる」とか「もり」という表示がない。基本的にどれも海苔はのっていない。但し書きとして「海苔の欲しい方は注文時に言ってください」と書いてある。某住職は海苔がのっててほしい派である。そんな派があるかどうかわからないが、海苔があるならぜひのっててほしい。だがこうして但し書きで載せられているということは、世間一般的には蕎麦に海苔は必要ない派が多数派なのか?海苔の香りがあった方がおいしいよなあ。なのでこれまでは迷わず「海苔つけて」と頼んでいた。
 ところが先日、注文して待っていると、隣の席にやってきた客の一人が「ざる蕎麦に海苔は必要ないよな〜!あれがのってると喉越しが悪くなるんだよ」(出た!喉越し絶対主義!)「海苔がのってると蕎麦をすする時、海苔がじゃましてうまくすすれないだろ」(えっ、そうなのか?そんなこと考えたこともなかった…)
 そうこうしていると蕎麦がやってきた。刻み海苔がたっぷり乗った「ざる蕎麦」である。さて箸でつまんでみて、はたと考えた。本当にすすりにくいのか?(あれ?口の端に海苔がくっつくし、あれれ?うまくすすれないぞ…)今まで意識したことがなかったのに、意識したらなんだかとたんにうまくすすれなくなった。おい!どうしてくれるんだよ、某住職の「ざる蕎麦」タイム、台無しにしやがって!
 さてこれからどうするか?って、そんなつまらんことで悩むの?某住職


2014.8.7   
貴重な鰻
 連日お施餓鬼のお手伝いに近隣の寺院へおじゃましているが、食事に鰻がでることがめっきり減ってしまった。某住職は9ケ寺も行くのであるが、昔は半分くらい鰻が出たこともある。汗びっしょりで行われるし、なんといってもお盆前である、鋭気を養おうというわけである。まあ普段食べられないから、鰻が出るとけっこううれしい。連日でもOKなくらいである。
 ところがここ近年の鰻の不作である。金額が高くなっただけではなく、シラスウナギが獲れないなんてニュースを聞くと、クジラと同じでなぜか鰻を食べることに罪悪感が出たりなんぞする。そんなこんなで、お施餓鬼のような特別な機会の食卓からも消えてきたのかもしれない。寂しい限りである。こんなことではとてもお盆の棚経は乗り切れない。なんて愚痴を言っていたら、先日某御寺院で鰻が供されたのである。やった!待っていましたぞ〜!ところがこれが微妙に残念な鰻だったのである。肉厚で味もなかなかのものだったのだが、皮が噛み切れなかったのである。当然、その前には箸で切り分けようとしたのに、皮は箸の侵入を許さなかったのだ。おかげで鰻の切り身にかみつくという醜態をさらし、なおかつ、噛み切れなかったおかげで大きな切り身をそのまま口に押し込むことに…って、どんな鰻じゃ。いやほんと、鰻に文句を言えた筋合いではないのだが…そんでもって、味だってよかったんだが、どうも納得できない。
 いや、鰻だって納得してなかったと思う。(頼む!おれって貴重な鰻だよ。上手に焼いてよ…)


2014.8.4   
カブト狩り
 毎晩ウォーキングを行っているが、夏休み入ってなにやらウォーキングコースが騒がしい。道脇にある雑木林からは怪しい光の帯と奇声が…そうなのだ、カブトムシ探しの子どもたちである。夜の林なので当然大人も同伴のことなのだろうが、探しに来ているのは一組や二組ではない。懐中電灯の光が何筋も交錯している。そんでもってワーワーキャーキャー。こちらは静かなウォーキングを求めてやってきてるのに…今夜なんか、林のそばを通りかかった折、ちょうど光に捉えられ、「きゃー何かいる!」って、なんて失礼な!クマじゃねえぞ。
 それにしても某住職の子ども時代には夜にカブト狩りの発想はなかったなあ。テレビなどで光に集まる虫の捕獲法みたいなのに触発されてやってるやつはいたけど、ほとんどの男の子は昼間勝負、まあ熱心なのは早朝や夕方に勝負をかけてたっけ。
 それにしても、夜の昆虫採集は見ていてなぜかちょっと気分が悪い。それは親の力を借りているからである。車で連れて来てもらって、親と一緒に探してもらって、下手をするとそれを毎晩なんて…なんか違うって感じがする。それでも林の中で探すのならまだしも、街灯やコンビニのネオンに集まってくるのを、車で回りながら採集していくなんてのはどうも抵抗がある。カブト狩りは冒険の第一歩じゃ!自分の足と目で探さんかい!


2014.8.3 
施餓鬼に思う 
 このところ連日のお施餓鬼で疲れ切っている。なにしろ、その施餓鬼行事の合間に写経会やら法事やらをこなしているからである。そんでもって咳が止まらない。冷たいものの飲みすぎと腹出して寝たせいだろう。二日の瑠璃寺の施餓鬼でも咳が出そうで辛かったわ〜
 さてきょうはM寺さんのお施餓鬼のお手伝いに。ここの住職さんは最近ちょっと認知症が入ってきて、諸行事のお導師が心配である。そのことはみんな知っているので、言葉が詰まってしまわないかとひやひやしている様子がひしひしと伝わってくる。特に息子さんの副住職さんは気が気ではなかったろう。それでも何かあったときはフォローしようという空気があふれていて、なんとも不思議な雰囲気の施餓鬼であった。某住職は老僧様でも経験があるのでその心情は痛いほどわかりますですよ。
 それにしても施餓鬼という行事は準備から当日まで実に仕事量の多い行事なのである。どこの住職さんもやっているが、正直よくやっているなあと感心してしまう。大げさに言っているのではない。某住職なんか毎年四苦八苦しながら取り組んでいる。要領が悪いのだろうか…薬膳師のA女史にもパソコンでかなり手伝ってもらっているが、以前はどうやっていたんだろうと思う。だから、他のお寺の住職さんの失敗や不都合は全然責める気になれない。
 なので檀家のみなさん、某住職の失敗も不手際も責めてはなりません。ほんと、大変な仕事なんだから。ぜひ生暖かくお見守りください。


2014.7.26   
夢のオオカミ
 よく仲間内では話題にしていたネタが、つい先日新聞に大真面目な記事となっていて驚いた。それは野生動物の個体数調節のためにオオカミを輸入しようという記事であった。特にシカの駆除に主目的があるようである。確かにシカの個体数の増加は異常なようで森林被害が特に深刻な状況になっているそうな。
 シカの天敵としては、昔は日本オオカミがいたし、絶滅後は野犬がその役割をはたしていたという。今は野犬なんてものもさっぱりみない。猟師の減少も伴ってここはもうオオカミ様のお力にすがるしかないのである。そのオオカミはハイイロオオカミだそうな。遺伝子も絶滅した日本オオカミに近いそうだ。なんだかわくわくする。近くの野山にオオカミが疾走する姿が見られるなんて!そんな甘いことを言っていて大丈夫なのか?人間は襲われたりしないのか?そんな疑問が次々と寄せられてきそうである。しかし、海外でもオオカミが自分たちから進んで人間を襲うなどという事例はほとんどなく、ましてや野山に十分な食料があれば。オオカミの導入はシカだけではなくクマやイノシシの個体数減少も望めるそうな。成体はなかなか捕食できなくても子どもの個体を捕食するからである。そしてオオカミの存在が他の野生動物たちのストレスを引き起こし、繁殖能力が減退するのだそうだ。すでに導入して成功した国も出てきているそうだ。いいことずくめではないか。
 それになにより人間は山に気軽に入りすぎるのだ。山は神聖なところで恐れの対象になるべきなのである。ええ〜い、生態系が崩れるとか今は余分なことを考えたくない。もう単純にオオカミが好きなのである。昔、東山動物園で見たオオカミの姿が忘れられない。ああ、野生のオオカミに山で出くわしてみたい。そして月夜の晩にはオオカミと共に遠吠えをするのである。オオ〜ンン

2014.7.21   
気になるあいつ
 飯田に向かう農免道路に、最近J歯科医院が開業した。いつも駐車場には車がいっぱいで繁盛している様子だ。だがその繁盛している駐車場に気になるものがある。それはお墓である。アスファルト舗装された駐車場の真ん中に墓石が一基、そこだけまわりに草が生えている。
 ああ、いったいこの墓石になにがあったのだろうか…開業するにあたり、土地を買ったのに、墓地の持ち主の人がここだけ売ってくれなかった?いやいや、もうこの土地全体が歯医者さんの持ち物で、自分のお墓がそこにあるというだけ?しかし、お墓参りに来ても落ち着かないことこのうえない。駐車場の車が出入りする中でお参りするのか?法事でもあって親族一同お墓参りなんてことになったら、駐車場を礼服の黒い人々が覆うのだろうか。
 いやそんな特別のお墓参りがなくても、これはかなり異常な光景である。歯科医院へ来た人たちは、この墓石をどう見ているのだろうか?いや場合によっては存在に気が付かなくて、バックして墓石にぶつけるやつだって現れるかもしれない。
 いやなにより、お墓の中で眠っている仏様たちはどう思っているのだろうか?「もう、大迷惑!落ち着かないったらありゃしない!」なのか、「毎日大勢覗き込んでいってくれて、賑やかでけっこう好き!」なのか… いずれにしろ、とにかく車で通りかかるたびに気にかかってしまうのだ。


2014.7.17   
熱中症予防
 薬膳師A女史が飯田の某書店に行った帰りに鼎にある実家に寄った話。そこでお母さんが「塩入り麦茶」を勧めてくれた。はて?塩入り麦茶とな?どんな味なのだろう?にわかに想像できない。それが、すさまじくまずかったそうな…
 なぜそんなものを作った?どうやら、新聞やテレビで熱中症対策で「水分補給はこまめに、また水分だけではなく塩分も採るように」なんて盛んに報道されているから、それならいっそ、一緒に採れるようにっていうんで作ってしまったということなのだろう。おもしろいものである。我々は日常的に塩も麦茶の味もよく知っている。しかし、塩入り麦茶の味は知らない。塩を舐めた後に麦茶を飲めばどちらもおいしいはずである。ところが二つが一緒になるとどうにもまずくなるらしい。まあ麦茶味の海水を飲んだと思えばよいのか?それほど不味いものをお母さんは苦にならないのか?たぶんお母さんにとってそれは、飲み物ではなく熱中症予防の薬の位置づけなのではないかと思う。もう「良薬は口に苦し」の心境である。
 ここまで書いたら、なんだか塩入り麦茶というものが飲んでみたくなった。まあなんというか怖いもの見たさというやつである。ただし皆さんにくれぐれも言っておく。まちがいなくまずいらしい。試してみても某住職に文句を言わないように。

 2014.7.13  
粋な生活
 おもしろいものだ、前回塔婆が届かないといって書いたら、なんと次の日に届いたのだ。中旬以前はとても無理!と言っていたのに、こちらの必死の願いが通じて、頑張ってくれたのだろうか。噂はするものである。しかし、ちょっと複雑である。届かないならしかたない、届くまで遊んでいようと思ったのに、これじゃ働かなきゃならんじゃないか… というわけで、次の日から泣きながら書き始めたのだったった。
 よくしたもので、塔婆を書き始めたらとたんに天気が崩れ始め、雨降りが多くなった。おかげで、部屋に籠って仕事がはかどること。会館で書いていると、目の前のブルーベリー園がよく見える。きょうも観光バスがやってきてブルーベリー狩りをやっていた。途中で雨が激しくなったが、みんな根性で(欲で?)採っていた(いや〜がんばるねえ)。置かれている状況からいえば、某住職は塔婆の奴隷なのであるが、他人事として彼らを部屋から眺めてるってちょっと余裕じゃん。いやほんと、半日会館に座って塔婆を書きながら窓の外を眺めていると、まさに定点カメラ。参道を行きかう参拝者、郵便・宅配の配達人、悠々と通り過ぎるどこかの野良猫。思わずにやにやしてしまう。塔婆を書く時期しか見られない景色かもしれない。
 さて、こうして半日正座でいじめた足を伸ばしながら、一日の締めくくりに広場に出て弓を引く。ねえ、ちょっと、某住職かっこよすぎない?ごめん、みんな惚れるなよ!


2014.7.7   
た・助けて
 このところ三日ほど雨が降っているが、6月9日より夜のウォーキングを初めて、雨で歩けなかったのは一日だけである。そんでもって、6月の飯伊地方の降水量は明治31年観測を始めて以来の最低だったそうである。わ〜これはどうするんじゃ〜と思っていたら、ここへ来て7月では最大規模の台風襲来って、どんだけ極端なんだか…
 さて7月に入っていよいよお施餓鬼とお盆の準備開始である。卒塔婆でも書き始めるかと箱を覗くと、あれ?これしかなかったっけ…というわけで、T木材さんへ電話を入れると、「今年は異常に注文が多くて、納品は7月中旬を過ぎますけど…」って、えっ!20日過ぎ!お・おわった、某住職おわってしまった…。ああ、ただでさえ仕事の遅い某住職である、今年もまた昨年以上に期限に迫られ泣きながら作業を行うことになるのであろうか… だれか助けて…
 実はこういう場合、いくつか方法があることはあるのである。それは、違う寸法でも在庫のあるもので手を打つ方法、別の会社に注文する方法、そして自分と同じ塔婆を使っている坊さんから借りる方法とけっこうあるのであるが、今回某住職はどれもしない。それは、なぜか?塔婆が届くまでそれを理由になにもしなくてもいいやと言っていられるからである。うわっ!某住職最低!


2014.7.1   
クールジャパン
 先日、町の中学校に行ってきた。開校50周年の記念誌を作るお手伝いをしている。職員室のひと隅をお借りして2時間ほど作業を行ってきた。ファイリングケースで仕切られた一角に、職員のみなさんが休憩したり、給食を食べたりする大きめの楕円テーブルがある。そこでちょっと資料を広げさせてもらって調べものをしたのだが、実はそのテーブルに気になるものが置かれていた。それはタッパーに入った味噌とスティック切りされたキュウリである。(お茶の片付け忘れかなあ…)などと思ったのだが、まあ気にせず作業をしていた。
 やがて、AET(アシスタント・イングリッシュ・ティーチャー)のD先生が近づいてきた。と、いきなりキュウリのスティックをつまむと、タッパー内の味噌をすくい取りさりげなく口に運んだ。思わず見つめてしまい、目が合ったので苦笑いするしかなかった。どうやら、授業の合間のお茶タイム、スナック感覚で置かれたものらしい。いつでもだれでも気軽につまんでねって感じか?まあキュウリは今盛りのもので、どこでも採れるものである。自宅で採れた先生が持ってきたものなのだろう。
 しかし、不思議な情景であった。日本的な味噌とキュウリにニュージーランド出身のD先生がやってきて、キュウリつまんで味噌をすくい取り口に運ぶ。ちょっとD先生、めちゃくちゃ日本人的じゃん!キュウリに塩を振って食べるは普通に理解できる。しかし、生味噌つけてはちょっと日本的すぎるだろ?
 ああ、D先生、味噌の魅力を知ってしまったのね。だれだよ、味噌とキュウリの取り合わせ教えたやつは。あいつ、国へ帰って「日本の好きな食べ物は、味噌キュウリ!」とか言うぞ…


 2014.6.24  
サイダー
 近くの温泉施設「御大の館」では最近、全国の地サイダーが置かれている。温泉上がりの客をターゲットにねらった企画である。温泉上がりにはコーヒー牛乳が定番であったが、最近はアイスやスポーツ飲料、トロピカル飲料等多彩である。そんな中にあって今なぜサイダー?
 サイダーは多くの飲料系の中にあって決してその地位は高くない。というか、どちらかといえば地位は低い方だろう。まあ庶民の飲み物の代表である。しかし逆にその地位の低さが郷愁を誘う。子ども時代の飲み物というか、思い出の飲み物と言うべきか。そんな郷愁を誘う飲み物が50種類も並んでいるのである。いや〜壮観です〜全国の地サイダーは地域興しの使命も帯びているだけに、それは力が入っており、瓶の形からラベルのデザインまでどれも実に味がある。見ているとみんな飲みたくなる。
 そうなのである。某住職、サイダーが好き!というか、炭酸飲料がかなり好きなのである。なので最近は温泉に入りに行くたびに買ってしまう。もちろん飲むことは楽しみなのだが、呑み終わった後の瓶を持ち帰って並べて飾るのが今マイブ〜ム。ちょっとレトロ調のデザインがいいんだ。温泉に入らないのに、サイダーだけ買いに行く!と言って、奥さまに叱られたりなどしている。まあ奥様に言わせれば、まさに温泉の思うつぼ、絵にかいたようなカモ!らしい。
 まあなんとでもおっしゃい。風呂上りにサイダーを飲むくらいの贅沢は、お釈迦様でも認めていらっしゃる。はずである…


2014.6.17   
ウォーキング2
 三日坊主で終わると思っていたウォーキングも9日目を迎えた。最初は2キロを設定し歩き始めたのだが、今は2、5キロに増やした。5日目ごろから手足が連動して動くようになって、スムーズに歩けるようになり、大変気持ちがよろしい。さて、1日も欠かさず歩けているということは、この間雨が降っていないということである。歩く者にとってはありがたいのだが、梅雨はどこいった?
 さて、こうしてウォーキングを続けてみると確かに足に筋力が付いた感じで、歩いた時に力強さを感じるのだが、それ以外には特段変化がみられない。体重変わらない。体脂肪一向に変わらず、内臓脂肪変化なし。ウォーキングをやった人たちの「体脂肪が減った、ウエストが細くなった!」なんて記事をやたら見た気がするのだがあれは嘘か?いやいや、某住職そんな即物的な考えでウォーキングを始めたわけではないのだが、気にならないと言ったらうそになる。
 そうなのだ、気持ちよく歩ければそれでよいと思うのだが、(継続期間がまだ少ないのか… とか、距離が足らないのか?)なんて考えだしてる自分にちょっと警戒感を抱いている今日この頃である。


 
2014.6.13 
ウォーキング
 某住職ウォーキングを始めました!と言っても、まだ4日しかやってないけど。いえね、先日ちょっと自分自身ショックを受けたのであるよ。指導主事の学校訪問があって、小学校の授業参観に半日お付き合いしたのである。まあ確かに30に及ぶ教室を訪ねながら半日歩くのはハードだとは思うのだが、階段を上るだけで息切れしている自分に出会ったのである。いやほんと最後の方なんか、手すりに手を添えないと上がっていけないような… よく椿のA女史が、某住職のふくらはぎを指して、筋肉ゼロ!とか、脛だけの足!とか貶すのだが、あの日ばかりは本当に足の衰えを実感してしまった。なんだか足の機能を果たせていないような気がしたのだ。
 そこで一念発起、2年前にウォーキングをしようと買っておいて、押し入れに入れられていたウォーキングシューズを引っ張り出し歩き始めたというわけである。それでも歩いているところを人に見られるのがちょっと恥ずかしく、もっぱら夜それも9時前後に歩いている。まさに夜陰に乗じて、ってコソ泥か… 
 歩いてみてよくわかった。手と足がバラバラなのである。特にちょっと早く歩こうと思うと、手足がお互いの推進力を補助するのではなく、文字通り足を引っ張る存在なのである。あまりにバラバラ過ぎて笑ってしまうくらいである。恐ろしいものである。体を単に前に進めるために歩くことと、意志をもって歩こうとすることがこれほど違うとは… 人は運動などしなくても生きていけると堅く信じていたのだが、今明らかにその自信は揺らいでいる。
 みなさん、ウォーキングくらいした方がいいわあ。


 2014.6.7  
流しそうめん体験
 大阪からあかんこちゃんたちがやってきた。いやいや、決してあかんこちゃんではなかったようなのだが、まあ大阪のあんちゃんたちではあった。さて何にやってきたのかといったら、流しそうめん体験をやりにきたのである。よりによってなんで流しそうめん?だれだよこんな企画立てたやつは…
 某住職はその日は教育委員会の仕事だったので、最初に挨拶しただけで失礼してしまったのだ。なので、流しそうめんキット作りはM氏先生に、流しそうめんはA女史とT子さんにお願いしてしまったのだ。実際、本当にあかんこちゃんたちだったらどうしようとちょっと心配していたのだが、とっても良い子たちだったそうで、流しそうめんも楽しんでいったとのこと。このことは門前院の業務日誌に写真付きで詳しく書いてあるのでそちらを参照されたし。
 まあ確かにお寺で流しそうめん体験学習は?の気もするが、考えてみれば自分たちで流しそうめんをしようと思えば、それはそれは多くのことを学ばねばならない。竹のこと、道具のこと、流すための工夫など。昔は寺子屋でまさに学ぶための場だったんだから、あらゆることに挑戦していいのではないかなあ。それに寺で食するから、流しそうめんも一際うまかったりするのではないかい?たぶん。


2014.6.2   
サクランボ大豊作
 境内にはサクランボの木がある。以前にも書いたが、あまりにも大木にしてしまい、実がなっていなければ単なる桜の巨木である。この木、実のなり方にむらっけがあり、毎年たくさんなったりならなかったり…ところが今年は大豊作となったのだ。これほど実が付いたことはないほどたくさんなった。
 さてこのサクランボ、例年鳥たちが楽しみにしている。早朝から大量に押し寄せて食べていく。おかげで人間の食べる分がなくなるくらいである。ご近所では鳥のためにサクランボを育てているともっぱらの評判である。その鳥たちが取りきれないほど実をつけたのだから驚きである。ただし、摘花をしたわけでもないので実は付き放題、みんな小粒なのである。食べれば美味しいのだが実が小さすぎて食べごたえがない。なので、試食した皆さんからは「サクランボの姿をしたグミだな」などと揶揄される。それでもこの豊作をみなさんに享受してもらおうと、有史以来はじめて「サクランボ、ご自由にお取りください」の看板を立てた。そのせいでもないだろうが、看板を設置したその日から余計に鳥たちが押し寄せてきた気がする。木の下を通りかかるたびに鳥たちが大量に飛び立つのである。
 しかし、そんな鳥たちを見送りながら、サクランボ下の小道を見ると、道全体が落ちた実で真っ赤に染まっているのである。こんな景色は観たことがない。本当に不思議な年であった。


2014.5.31   
しこふんじゃった
 先日町内の保育園の相撲教室に行ってきた。保育にお相撲を取り入れてみようと試行で行っている。なんと身長185センチ体重140キロの本物のお相撲さんがまわしを締めてやってくるのである!
 しかし、果たして体のまだ出来ていない保育園児に相撲は可能なのだろうか?相撲ごっこはできても本当の相撲は出来ないのではないか?そんな疑問を抱きながら授業参観の気分で出かけて行ったのだ。今回で2回目だそうだが、子どもたちはすっかり慣れていて、おっきなお相撲さんを前に、大声張り上げて挨拶している。しばらく見学して感心した。まず挨拶の大切さ、そして礼儀、そこのところをきっちり教えている。そして準備運動も、蹲踞(そんきょ)、又割り、すり足など相撲の基本動作を中心に妥協せずに教えているのである。実際の指導をしているのは女相撲の経験者であるS先生である。女性ながらさすが頑丈な体をしており、以前も飲み会の席で、ふざけて肩でぶちかましの真似事されたら、あざになっていたくらいである。地味な基礎練習もみんな飽きずに取り組んでいる。本当に感心である。
 さて、いよいよ本物のお相撲さんとの取り組みである。みんな順番にお相撲さんに飛び込んで押すのであるが、140キロのお相撲さんが押し出されたり、投げられたりするのである。子どもたちはそりゃあもう大喜び。その内某住職も呼び出されて対戦する羽目に。「はっけよい!」一生懸命押してみたけれど、そりゃあんた押せるようなもんじゃない。耳元で「もっと押して…」なんて言ってくれるがほとんど余力ゼロ。そしたらまたまた耳元で「それじゃ、投げる真似してください」、へろへろになりながら、なんとかすくい投げのマネ、いやあ見事に転がってくれました。園児たちは大喜びで、「勝てて良かったね!」と言ってくれたけど、某住職は返事もできないほど、息が上がっているのでありました…


 2014.5.24  
山鳩
 皆さんには山鳩の鳴き声って、どんなふうに聞こえているのでしょうか?ネットで繰ってみたらこれがまた千差万別、びっくりするくらい人それぞれで正にビックリ!ちなみに某住職は「デーデ・ポッポポー」と聞こえています。
 なぜこんな話題を振ったかというと、実は今日一日境内で草取りを行っていたところ、終始ヤマバトくんの鳴き声が聞こえていたのだ。しつこく鳴き続けるその声を聴いているうちにあることに気が付いた。鳴き続けているとある時突然途切れるのであるが、その時決して「デーデ・ポッポポー」では切れないのである。「デーデ」とか「デーデ・ポッポ」で切れるのである。聞いていて、(なぜ、切れのいいところで切らない?)とちょっとイライラもしたりなんかする。これはなぜなのか?
 ヤマバトくんは「デーデ・ポッポポー」を一区切りとは認識していないのか?とするならば、逆に偶然に「デーデ・ポッポポー」で切れるときがあってもいいはずではないか?それとも、途切れるときは不測の事態が訪れた時なのか?不審者が近づいたり、猛禽類が飛んで来たり…いやそれなら同じように偶然「デーデ・ポッポポー」で切れるときがあってもいいはずだ。そうならないというのならばこれはもう考えられることは一つしかない。それはヤマバトくんが意識的にそうしているということである。これはもうヤマバトくんの美学としてそうしているとしか…いや、某住職が聞いていることを承知のうえでやっている?いやがらせですか…


 2014.5.23  
若すぎる死
 ここ三日ばかりきつかった。肉体的にというよりは精神的に…檀家さんの葬儀を受けたのだが、亡くなられた方は33歳の若いお母さんだった。5歳と3歳のお子さんを残しての他界だった。その方のご遺体を四日間預かったのだ。長いこと坊さんをやっていれば思わぬ事態に遭遇する。今回のことを一から語れば、とてもじゃないが一回分の分量には収まりきらない。というより、某住職の言葉では語りきれないというべきか。
 昨日葬儀を終えたのだが、その前の晩はお通夜だった。通夜を終えられてご主人と二人のお子さんは、最後のお別れをしたいと、遺体を安置した客殿で一晩泊まったのである。その昔M氏も泊まったことがあるが、客殿での寝泊まりは常人にはかなりきつい。仏様に囲まれているので一番安心できるところとは頭ではわかっていても、どう考えても、いや、どう見まわしてみても、まともな雰囲気とは言い難い。そこに小さいお子さんを伴って眠るというのである。気持ちはわかるが心配になってしまう。なんといっても、怖い顔をした不動明王がおられるのだ。顔を見ただけで泣き出すお子さんだっている。
 心配だったので夜中にも覗きに行ったのだがみんなよく寝ていた。きっと亡くなってから、通夜までの騒動に疲れ果てたのだろう。朝にお越しに行った時もよく寝ていたっけ。起きてから話を聞いたが、子どもたちはまったく怖がることもなく、キャンプ気分であっというまに眠ったそうだ。好奇心旺盛な本当にかわいい子どもたちだった。ただし、この子どもたちがまだ母親の死を実感として受け入れていないことは明白…みんなの涙を誘っていたなあ。
 葬儀は終わったが、父親と子供たちの物語はこれからなのである。

2014.5.16 
運がない 
 きょうは朝から教育委員会の研修で長野市に行っていた。帰りの道筋でのことだ。委員のHさんが長野インターの近くで寄ってほしいところがあるという。それは釜飯で有名な「おぎのや」である。夕飯用に家族分を買っていくというのだ。(なるほど、その手はあるなあ)と思っていた某住職の心を見透かしたように、Hさんは盛んに「一緒に買っていこうよ〜」とプッシュしてくる。おぎのやの回し者か?だが確かに無性に食べたくなる時があるんだよなあ。あの変わらない味が魅力なのだ。そこでみんなで寄って買っていくことになった。
 店に行ってみると、けっこうな列になっている。相変わらず人気あるなあと感心する。さて、並んでみたのだがそこで事件は起こった。なんと某住職の前の前の人の所で、「あと一つで本日の販売分は終了です〜」宣言が!うそだろ〜… ところが言われたその人も困惑している。どうやら二つ買うつもりでいたようなのだ。どうしようかなあ…その困惑した表情を見て、次の人が期待の表情を浮かべているのだ。そうなのだ、前の人は残り一個なら買わないというかもしれないのだ。ところがそんな淡い期待はやがて裏切られ、最後の一個は最初に人に買われていった。
 某住職もがっかりだったのだが、その前で展開された、残り一個の釜飯を巡る静かな攻防がなんだかとっても面白かった。それになんといっても最後の一個宣言を目の前でされるってちょっとドラマチックじゃん!ところが我に返ってみると、買いたくて一緒に行ったメンバーの中で、買えなかったのは某住職だけだったのである。手に入らないとなると余計食べたくなるもので…


2014.5.12   
困ったことに
 最近我が家の奥様が写真撮影に凝っている。といっても芸術作品を撮るのではなく、単なる記録程度のものである。それは離れてしまった娘たちに、ラインやブログで送信するためという目的ができたからである。
 昨日と今日、ちょっと奥様と二人で娘たちの所へ行った帰りに観光をしてきた。その折にそこかしこでデジカメやスマホで写真を撮っている。その様子を見ながら、「こういう場面はパノラマで撮れたらいいよねえ」と言ったら、そのデジカメにはパノラマ機能が付いているという。そこで奥さま、機能を探してみたのだが、どうも見つからなかったようだ。次に動く被写体に遭遇。今度も確か連写機能が付いていたはず…と言いながら、ついに見つけられず、シャッターチャンスを逃していた。「なんだよ〜説明書読んでないのかよ〜」と言いたいところだが、はっきり言ってこのことに関しては某住職はまったく発言権がない。ある意味、同類だからである。M氏いわく、AB型は説明書を読まないタイプだそうだ。いつも見切り発車、問題が発生して初めて説明書を読もうとするらしい。
 奥さまはその後、カメラをいじっていてどちらの機能も無事発見した。そうなのだ、その時点でもう説明書を読もうなんて意識は消え失せている。まず説明書を読むことは一生ないだろう。まあAB型はこんなもんんである。ところが困ったことに我が家はみ〜んなAB型家族なのである。なので、こんな失敗は日常茶飯事だといってよい。すべてを血液型のせいにはしたくないが、もうちょっとなんとかしたい。せめてA型やO型の人が一人くらいいてくれたらと… 所詮、他力本願であって、自分自身で解決しようという気がない。これも血液型のせいにしたい。


2014.5.5   
坊さんの婚活
 久々の雨に見舞われた子どもの日だが、瑠璃寺では不動滝祭りが行われた。なにしろ朝から小雨交じりだっただけに、さすがに今年は瑠璃寺ゆかりの聖地を回る法要はできないかと思っていたところ、あ〜ら奇跡!無事法要を終えたところで雨〜。これはもう某住職の法力としか思えない。これまで痛い目にも随分遭っているが、そんな過去の汚点は一気に吹っ飛んだのである。
 さてこのところ、若いお坊さんの婚活に付き合っている。世間では美坊主とか寺カフェとか、坊コンなどと、なにかと話題を提供しているお寺であるが、結婚に恵まれないお坊さんというのは正に世間並みに存在しているわけである。まあ最近話題になっているのは所詮都会のお寺や、お坊さんであって、田舎のお寺のイメージは旧態のままである。古き因習に囚われた魔境的なイメージさえ抱いている人がいる。確かに否定できない現実もあるだけに、ここはイメージアップに努めることを第一と考えねばならない。とはいえ、某住職の存在がイメージアップにつながるかというとそうばかりともいえない。檀家が少なく副職を持ち、観光化にも中途半端、決してお勧めできないお寺とお坊さんの例にしかなりえていないからである。そんな某住職が仲介に入って大丈夫なのか?ちっとも大丈夫ではない。なぜならこれまでにも地域の独身男性たちに合コン企画を2回ほど提供したが、ことごとく玉砕しているからである。
 そんなわけなので、どうもあまり強気に出られていないのであるが、独身女性に問いかけたい。お寺はけっこうおもしろいよ。これからは絶対お寺の時代が来るって!何の保証もないけど…とりあえず連絡お待ちしています。


2014.4.29   
一つの時代
 草取りを始める時期にはいつもヘビが顔を出す。草取りの合間にこのヘビを探すのもこの時期の楽しみである。本堂周辺の石垣を覗いていくと、やっ、いました〜かわいらしい子ヘビが石垣の穴から顔をのぞかせている。そっと近づくとシマヘビの子どもだった。おもしろいものである、この時期にはちゃんと忘れずに顔を出す。ういやつじゃ。
 さて、先日散りゆく桜と共に一つの講が解散した。観音講である。観音堂で毎月17日に境内にある観音堂に地域のご婦人が集まって、お経や御詠歌を上げて、茶話会を行うのである。ただしその構成メンバーがみんな80歳も後半になってしまった。この観音講は先々代の住職が、戦後地域の農村婦人のみなさんが気晴らしと楽しみのために出かけられる場所として始めた会である。住職と一緒にお経や御詠歌を上げた後には、みんなで持ち寄ったお菓子や漬物を食べながら楽しくだべったのである。その形態は今でも変わらない。ただし、メンバーが新しく加わらないのである。確かに現代では農村婦人も減ってしまったし、なにより外で働く婦人が圧倒的に増えてしまった。もし、50代や60代のご婦人が入ってきても話が合わないかもしれない。まあおかげさまで、某住職はみなさんの息子のような年齢であるが、上手に可愛がっていただいた。
 今までにも新しい会員を増やしていく話も出たが、やはりその時代に必要とされたものと現代求められるものが違う。会員のみなさんも亡くなったり、体調が悪くなったりで、一人、また一人減っていく過程は寂しいものだった。
 そんな中、4月の初めに当番さんから「とうとう会員も6名になってしまい、それもみんな足腰が痛いような情けない姿で、満足に観音堂の掃除もできんようになってしまった。御詠歌を上げるのにも座わっとれんでなあ…」と自嘲気味に言われた。「そこでみんなで相談したんだが、観音講もそろそろ解散にしまいかって話したんだがどうだら?」と相談されたのだ。
 寂しいことだけれどいたしかたないことである。逆に諸行無常、何十年も続いたことの方が奇跡である。そういうわけで、椿でお食事を作ってもらい会食をしながらお別れ会をしたのである。といっても、しょっちゅう顔を合わせるおばあさまたちばかりでなんだけどね。一つの時代が終わった感じである。

2014.4.24   
また一人…
 見回せばあらら、雑草だらけ…連日の暖かさで、山菜ばかりじゃない、雑草が一気に芽を噴出しはじめた。まだ桜の花びらが舞い落ちているっていうのに…冬場のいいとこってあまりないのだが、雑草が生えないってところは、まちがいなく勝っている。
 先日、老僧様と同年のおじさんが亡くなった。桜吹雪が盛んに舞い散る日だったなあ。老僧様と同じように突然の死だった。亡くなった顔は老僧様とよく似ていたことを思い出す。同年だったから?近所だったから?似てたのかなあ…くだらんことだけど、死に顔を見ながらいろいろな思いが頭をよぎったなあ。また一人個性的な地域の顔と言えるようなおじさんが亡くなった。
 終戦前に若くして父親を亡くし、一家を背負うという境遇におかれ、苦難の中で昭和を乗り越えてきたという方である。農業をしながら多くの仕事をこなしてきた経歴をみると、関わった仕事がその後の糧になっていく様子が見て取れる。本当に多彩で知識豊富な方だったなあ。仕事だけではなく、趣味人でもあって、書画骨董にも精通していた。戦後のエピソードで、田植えをせずに川辺で絵を描いている人がいるっていうんで、覗きに行ったらこのおじさんだったなんて話も聞いた。決して生活に追われるばかりではなかったのだ…
 習字教室を何年も続け、地域の子どもたちを何人も巣立たせていった。頑固でちょっと偏屈だったけど、間違いなく多くの実績を残して行った方だった。記録より記憶に残る方… どうぞあの世で老僧様と楽しくお話しください。


 2014.4.18  
してはいけないこと
 あまり家庭のネタは載せたくないのだが、自戒の念も込めて記させていただく。我が家では地元の市田牛乳を定期購入している。毎週500mlのパックが6本届けられるが、これがけっこう貯まる。娘たちがみんな巣立ってしまったのでなおさらである。某住職は冷たい牛乳が苦手なので、温めて飲んでいる。そんな中、奥様は友人から譲ってもらった乳酸菌を使って、せっせとヨーグルトを製造しながら消費している。某住職はヨーグルトも苦手なので、無理に勧められることもなく今日まできている。ちょっとは食べてみようかとも思ったこともあるが、乳酸菌を加えられて冷蔵庫で寝かされている様子を見るとどうも食欲がわかない。手作り感がマイナスに作用した好例である。なので日々、奥様のそんな様子を横目で眺めていたのだが、先日薬膳師のA女史がクコの実のシロップ漬けを作ったからと分けてくれた。「どう食べれば?」と聞いたら、「甘いからプレーンのヨーグルトにでも添えるとおいしいよ」と教えてくれた。ヨーグルトですか… そういえば我が家の冷蔵庫にあったなあ… いや、そっとしておこう
 その日の午後、夕飯の買い物にスーパーに出かけたら、偶然ヨーグルトが目に止まった。ビヒダス536と書いてある。買ってしまった。夕食後、奥さまがさっそく自家製のヨーグルトを出して食べようとしている。「クコの実もらったからトッピングすれば」と勧めてみた。「おいらも食べようかな…」といいながら買ってきたビヒダス536を取り出す。そこで事件は起こった。「あー!なにそれ!ひどーい。ここに作ってあるのに、わざわざ買ってくるってどういうこと!」奥様の怒り爆発。いや〜よくわかります。たぶん自分が奥さまでも怒ります。
 まあそれほどの他意はありません。単に牛乳パックにスプーンが突っ込まれてかき回された物より、かっこよく536と数字が書かれたプラスチックパックに食欲がそそられたというだけのことです。しかし、女はこれが許せない…らしい


2014.4.14   
満開の桜の中で
 満開の桜の中で今年は獅子舞が奉納された。これほど桜の開花とドンピシャなんてめったにあることじゃない。桜もまだ4、5日は楽しめそうだ。さて、今年の春祭りの見物人にはいつもとちょっと違う様子が見受けられた。それは外人さんが大勢いたことである。いくら長野県南部のど田舎でも外人さんの一人や二人は来ることもある。ところが今年はざっと見ただけでも10人くらいはいたはずである。最近のクールジャパンを反映してか、わざわざ海外から来てくれたのだろうか?初参加で無謀にも獅子花をゲットするのだと張り切っていたお兄さんもいたが、果たしてゲットできたのだろうか?
 そんな春祭りも終了したのだが、まだまだ桜見物のバスが何台もやってくる。そんな桜の時期は不届き者も出没するので、境内の夜の見回りもやっている。今夜も出かけると一段高い神社の境内から、何やらジ〜というような機械音が聞こえてきた。暗闇の中で目を凝らすと三脚が立っていてなにやらカメラが設置されているようだ。耳を澄ますと5秒間隔くらいでシャッターが切れている。これは定点カメラか?なんだろうと近づいてみるとカメラは空を向いている。覗いてみたが、なにやら真っ暗な世界が広がっているだけである。はて?なにを撮っているんだろう?帰ってネットで調べてみてわかった。今夜は火星の最接近があるらしい。どうもそれを撮っていたようだ。
 まあ目の前に見えているのは桜ばかりではないということである。桜に覆われた境内の中にあって、そんな桜には目もくれず遥か彼方の星を見つめるって、ちょっとおもしろいんでないかい。

2014.4.9   
蓄膿炎怖え〜
 ここ二日ほどで桜が一気に咲いてきた。そして桜見物の観光客もどっと押し寄せてきたのだった。そんな中、某住職は死んでいた。
 実は保育園の入園式やら小中学校の入学式やらこなしながら、双子の娘たちの引っ越し第二段に駆けまわっていた。6日、7日は金沢へ行っていたのだが、そのころからどうも体調がおかしいなと思っていた。しかし、単に忙しかったからか?花粉症の延長か?風邪?などと真剣に考えていなかった。それが帰って来てから頭痛に悩まされ、一昨晩からは頭痛と顔面痛で夜も寝られないくらいになってしまった。これはどうもおかしいっていうんで耳鼻科に行って来たら、重症の蓄膿炎を起こしていた。たしかにここ一週間くらい濃いめの鼻汁が出ていたがまさか… 炎症で鼻孔と喉は腫れてふさがり、膿は顔面に充満、あふれて喉まで漏れていたそうな…いや〜恐ろしいっす。これだけになるには前兆があったろうにと言われたのだが、残念忙しさに敢えて目をつぶっていたというのが実情でして…
 昨晩は頭痛と顔面痛で横になることができず、座椅子に座って一夜を明かした。ほんと、横になって眠れることのありがたさを身に染みて実感した次第である。耳鼻科で膿を吸いだしてもらって、抗生物質を投与したので今は大分楽になっているがほんと、蓄膿症はバカにできんですよ。体中が痛んで、顔や頭なんてちょっと横に振るだけでも痛みが走り、食事で物を噛むこともできなかったのである。ちょっと!この二日間某住職は普通の顔をしているようだったけど、大変だったんだでな!残念ながらこの蓄膿炎という病気、本人が苦しむほど他人はそのしんどさをわかってもらえないことである。

 2014.4.4  
あほじゃ!
 この数日は怒涛の新年度。2日には保育園の入園式を終え、東京へ向かう。新生活を始めた娘たちのための引っ越し荷物の運搬である。3月中がお彼岸であったり、教育委員会の仕事だったり、寺の総会やら近隣寺院の春祭り法要やら、とにかく時間が取れなかったのである。いえね、ただ荷物を届けるだけなら引っ越し業者に頼めばいいだけなのだが、机やら三脚やら、テレビ台やら、組み立てが必要なものがあるでしょ、そんでもって、テレビやパソコンの設置とか、えっ?そんなもの娘にやらせろ?そう思うでしょ、ところがなんだかんだいって、なんとなく娘にすり寄りたい父親の自分がいるわけですよ。邪険にされることがわかっているくせに。
 案の定、荷物届けました。テレビ台や三脚や机を組み立てました。テレビ設置しました。ついでに自転車が欲しいというので近所のサイクル店で買ってあげました。「父、ありがと」。というわけで、大量の空の段ボール箱をお土産に車に積んで帰ってきたのでした。あほじゃ、父親なんてつくづくあほじゃ。

2014.3.31 
坐禅体験会 
 とうとう平成25年度も終了ですか。このところめっきり春めいてきた。おかげでフキノトウが一斉に開いてしまった。春もこれから一気に進むのだろう。
 そんな中、昨日はしっかり雨が降ったのだが、瑠璃寺客殿を会場に坐禅会が行われた。出来れば静寂の中で行いたかったのだが、土砂降りの雨の音を聞きながらの坐禅会であった。ところが坐禅をしてみると意外や意外、雨が降っていなくてもいろいろな音が聞こえてくるものだ。まず鳥の声、そして遠くを走る車の音、そしてなにより周りに坐禅する人々の咳や身動きの音。まあ普段気にしていなかったそんな音を意識しながら行うところがいいところで…なんて言いたいところだが、向拝からまとめて落ちる雨音はシトシトなんて情緒あるものではなく、バチャバチャ!状態のすさまじいものであった。それでもそんな音さえも不思議と坐禅をしていると気にならなくなるものだ。
 おかしなもので某住職は普段姿勢が悪いのに、坐禅を組むと姿勢がよくなる。根本的に骨格が治るというわけではないのだが、体が楽になるのである。生活していると気になる、首筋や背中の痛みが消え去るのである。やはり坐禅には合理的な生理学が働いているのだろう。もう受講者ほったらかして自分が没頭していたいくらいだった。
 あっ、そうそう。天台宗では坐禅のことを止観という。どんな意味かは自分で調べてみてね。


 2014.3.25  
卒園式
 毎年この時期に話題にしていることであるが、今日も町内のY保育園の卒園式に出席してきた。まあほんと保育園児はなにやってもかわいいわ〜。そんでもって感動するわ〜
 4月に入園した年少さんは、泣けたりお母さんから離れられなかったり、10分もするとそわそわしだしたりしていたのに、一年たつと一時間ちゃんと椅子に座っていられるのである。本当に一年の成長には感心させられる。そんなくらいだから、卒園を迎える年長さんなんか本当に立派。自己紹介も、歌も、お礼の言葉もよくあんなにたくさん覚えたものだと感心しきり。親からしてみたら「よくぞこんなに立派に成長して〜」と感動してしまうのは当然。某住職だって自分の子どもじゃないけど毎年感涙にむせている。そんなくらいだから当然保護者席のお母さんたちなんか号泣だと思うのだ。
 さて、恒例の(大きくなったら〜になります!)シリーズでは、男の子では相変わらずサッカー選手が人気、大工さんやホテルマンが新鮮だった。女の子は保育士さんとケーキ屋さんが定番。そんな中にあって時代を感じさせたのが、漫画家とアニメイタ―である。これまではなかったのに今年初めて4人登場した。今後も増えそうな予感である。
 そうそう今年発見したことがある。卒園を迎えた子どもたちは入場してきたときと退場する時には顔付きが変わるのである。たんにホッとしたということではなく、明らかに自信に満ちた顔つきに変わっているのである。自分の役割をやり終えたという自信なのだろうか、一時間の時間の間に成長するのではないだろうか。そうなのだ、あのころの子どもたちは瞬間瞬間で成長していっているのではないかなあ。


 2014.3.22
墓石の建立 
 彼岸の中日を過ぎたら、とたんに池の鯉が活発に動き出し、フキノトウが開き始めた。まさに暑さ寒さも彼岸までである。とはいうものの、昨日は雪が舞ったのでそうも言っていられない。今年は何とも寒い3月である。
 お彼岸に合わせて、老僧様の墓石を立てた。本堂横にある歴代住職の墓所である。昨日、彼岸の中日に合わせ、家族で墓石のお眼明けをした。坊さんの墓石はちょっと変わった形をしているので見ればすぐにわかる。法珠を細長く伸ばしたような形である。てっぺんが尖がってなんとも不思議な姿だ。「ノッペリしていてシンプルだから作るの簡単でしょ?」って石屋に言ったら怒られた。微妙な丸みを生み出しながら磨くのは、四角い墓石とは比べ物にならないくらい難しいんだそうな。
 歴代住職の墓が順番に並んでいるので改めて見返してみたが、やややっ!先々代の住職のよりじっちゃのヤツの方が大きい…これはまずいか…なにしろ祖父の慈選老師はそれは偉大な坊様だったからなあ。「なんでわしよりおまえのほうが大きいんだ!」とあの世で親子ケンカしていないだろうか。まあ立派な坊様だったからそんなくだらんことで怒ったりせんだろう、と思う…
 ただこうして墓石が並んでみると、やがてこの隣に某住職の墓石も立つのだろうかとなにか不思議な気がする。どうせならちょっとちがった形のを作ってもらおうかなあ…あれ?だれがつくってくれるんだ?


 2014.3.18
彼岸の入りは大忙し 
 きょうは彼岸の入り、卒業式、卒園式週間の始まりでもある。なのできょうは中学校の卒業式と町内K寺さんの彼岸法要の掛け持ちであった。卒業式の終了と彼岸法要の始まりがほとんど同じという、そりゃあもう綱渡りのような時間日程をやりくりしなければならなかった。面倒なのが、衣装のお色直しをしなければならないことである。背広にスーツから、着物に衣といういでたちに…
 ところがこんな日に限って雨という生憎の天気。天気が良ければ途中の道端で、車の陰にでも隠れながら着かえてしまうのだがそれができない。とにかく一刻も早くK寺さんへ着かなければならないから自宅に戻っている暇はない。ああ〜どこかないかな〜ああっ!あった!確か選果場が途中にあったはず。あそこには広大な屋根下スペースが!わ〜い、やった〜!ものすごい勢いで選果場に飛び込んだら、なんで?屋根下には大勢の人が…なにか作業をやっているようだ…うえ〜ん、どうしてこんな時に限って…泣きながら引き返した。
 結局、着かえる前にK寺さんに着いてしまった。もうしかたないので衣装一式を抱えて駆け込み部屋の片隅をお借りして着かえたのだった。もう焦ってるから、ワイシャツのボタンは外せないわ、足袋は履けないわ…なにをそんなに焦っているって?法要の始まりは某住職の到着を待っていてくれたからである。もう大恐縮で本堂に向かったのだった。
 いやほんと、こんな綱渡りは勘弁いただきたい。席に着いた某住職の後ろ姿、息が上がっていたんじゃないかと思うよ。

 2014.3.13  
仏教大学
 きょうの講師は歴史家の加来耕三氏、某住職が交渉して呼んだ方だ。知名度はイマイチだが知る人ぞ知る、NHKの歴史番組では常連である。「BS歴史館」「英雄伝説」などではよくお見かけする。大河ドラマでもほとんどにかかわっているそうだ。生粋の大阪人らしく、サービス精神旺盛、知識が半端ないだけに口から飛び出すマシンガントークに圧倒される。
 日本人が好きな歴史上の人物ベスト3は?1位織田信長、2位坂本竜馬、3位諸葛孔明、なのだそうだ。そして好きなテレビ番組が「水戸黄門」「大岡越前」「遠山の金さん」、ここにおいて日本人の特性がわかるそうな。すべてに共通するのは、よくわからない人が好き!というか、飛躍が好きなのだそうだ。一介のちり緬問屋のご隠居が印籠を出した途端に先の副将軍、長屋の金さんがもろ肌脱いでお奉行、若いころはうつけ者の信長が天下統一、無鉄砲な土佐の浪人が薩長同盟の立役者、どれも人生に極端な飛躍を行っている。いや敢えてドラマチックにしてしまったというべきか。
 まあこういったものを好むのは歴史を物語として楽しむ日本人の特性で、かわいいところもあるのだが、歴史の真実としてみる場合には大いに見誤る恐れがあるそうだ。歴史において唐突な飛躍は常識的にありえない。つまり真実を見れば、信長は決してうつけものではなく、龍馬は剣豪の達人ではなく学問の人であった。行われるべき人物によって行われた背景が見えてくるそうだ。さて日本人はこういう常識的な歴史の見方をしようとしない。どういうことか、歴史に学ばない民族なのだそうだ。過去に起きていないで未来に起きることはまずないが、過去に起きたことは未来においても確実に起きる。歴史に学ばなければ決して未来は予測できない。う〜ん、もっと話を聞いてみたかったなあ…

 2014.3.10
めんどくさい娘たち 
 ここ数日、双子のおかげで飛び回っていた。進学の方向が確定したからだ。おかげで入学手続きから下宿先の選定と、緊急を要する諸手続きに振り回され、ブログもお休み状態だった。一人でも大変なのに二人同時、それも全く違う大学、東京と金沢である。東京はすでに長女のF子が行っているので、ある程度任せるとして、金沢はちょっと困ってしまった。なにしろ恥ずかしながら某住職も奥様も一度も行ったことがないのである。えっ!ウソ!と叫んだあなた、本当なのよ。あの有名な兼六園にも行ったことがないのである。金沢を挟んでその前後の地域には盛んに行っているのに、どういうわけか金沢には旅行でも仕事でも行く機会がなかったのである。
 なので実は日曜の夕方に金沢に向けて出かけ、きょう候補をいくつかまわり下宿の契約を行ってきた。それにしても金沢は遠いわ〜、ノンストップで走っても4時間はかかる。食事や休憩を取れば、4時間半は確実である。日曜日は日本海側が雪だったので、敦賀から福井までは猛吹雪で生きた心地がしなかった。もう某住職は、単に雨を呼ぶ男から猛吹雪を呼ぶ男にランク爆上げである。
 それにしてもこの忙しいときになんてことだろう。3月は寺にとっても教育委員にとってもすさまじく忙しい月である。これから4月までどうやってやりくりしていこうかと頭を抱えている。えっ?金沢観光?できるわけねーでしょう!そりゃしたかったですよ!「け・ん・ろ・く・え・ん」っていう看板も横目では見たけれど、そんな余裕は微塵もなかったのである。とんぼ返りでほんと、何しに行ってきたんだろうといった感じである。あー、娘めんどくせー!


2014.3.5   
仏教大学
 昨日仏教大学が行われた。34歳という若いお坊さんの講師だった。某住職より20歳も若いのである!本当にしっかりしていて、とても34歳とは思えなかった。というのは、某住職が34歳の時はどうだっただろうか思い返すに… 鼻を垂らして棒を振り回してた…わけではないが、とてもあそこまで落ち着いて、人に語りかけるなんてできなかったと思うのだ。というより、なにより坊さんとしての自覚ができてなかった。所詮単なる図書館員であって、坊さんは腰掛みたいなものだったからなあ。
 図書館員としての自分に後悔はないが、やはり坊さんとしての自分には大いに後悔がある。若いころから本気で坊さんとして取り組んでいたら、当然今とは違った世界が見えていたのではないかと思うからだ。ただし昨日の講師は、災害支援、貧困ボランティア、終末患者ケアと、若者ならではの行動力で実践をもとにした話には大いに説得力があった。あれだけの行動力はとても某住職には望めない。それでも若いお坊さんの話もいいなあと昨日はつくづく思ったのだ。年を取ってくるとどうしても自坊に閉じこもりがちになる。その点なんだか尻を叩かれた気がして、ちょっくら腰を上げるか!って気になったからねえ。


2014.3.1   
昼神法話ツアー終了
 あれ?ブログさぼってたら3月に突入してた。一気に春めいてビックリである。昨日で昼神温泉の法話ツアーも終了した。最後の一週間は娘の受験やら仕事の出張やらでグダグダになってしまって、お約束のメンゴ状態であった。そしてなによりグダグダ感に追い打ちをかけたのが大雪というわけである。しかし今年の大雪は記録にも記憶にも残った雪だったなあ。
 二か月間の法話ツアーをやってみて、毎年参加人数が増えている実感がある。何年も足を運んでくれる人もいるし、こんな寺のこんな坊さんの話をわざわざ聞きに来てくれるなんてちょっと感涙ものじゃない?その割には対応がいい加減なんだよなあ…薬膳師のA女史に非難されてもいたしかたなし…
 今回あることを発見した。いや、こんなこと書くべきではない気がするけど、実は法話の内容でお賽銭の量が上下することを発見したのだ。ある話をするとお札の枚数が増加するのである。単に景気が上向いてきたというだけではないと思うのだ。その話とは、「布施のすすめ」である。「お賽銭も布施である」という話である。決して「お賽銭をはずんでください」ともいわないし、「たくさん布施しないとバチがあたります」と脅迫したこともない。なのになぜか?いやそれどころか、話が終わったところで、「これお坊さんに布施します」とお札を渡されたことも二回あった。なので、来年は最初から最後まで、二か月間この話で通してみようかと思う。えっ、某住職はこの程度の男だったのか?そうだけど、なにか?


2014.2.25   
大雪の被害その後
 大雪の被害が今も続いている。知り合いが何人も骨折で入院したり、通院したりしている。雪そのものというより、その後の凍結した道路でという人もいるのだが…。雪道、凍結道で転倒し、足をひねったり、手をひねったりしている。
 他人事のように書いたが実は某住職も派手にひっ転んでいる。先々週の大雪の時だったが、その日は檀家さんのご法事があった。雪道で進めなくなった車を乗り捨て、やっとたどり着いた坂上の檀家さんであったが、惨劇は法要後に待っていた。法要を終了して精進落しの会場となっている国道沿いの料理屋Mに行ったのだが、そこも雪に埋まっていた。なんせ草履ばきなので雪には本当に苦労する。まあ雨雪用のフード付の草履なのだが、それでもあの雪ではそれも無意味というものだろう。なんとか玄関前までたどり着いたのだが、雪を掻いた小山が行く手をふさいでいた。よせばいいのにその山を飛び越えたのだ。着地と同時に足は滑り、スッテ〜ンとぶっ倒れたのである。衣を着ていた状態で、思いっきりひっ転んだのである。檀家さんも見ている前でである。あ〜恥ずかしい。「住職さん、大丈夫ですか〜!」と駆け寄りながら、明らかに笑っていたことを見逃さなんだでな!
 いやほんと冗談抜きで、転んだ瞬間に(やばい!)と思った。というのは、着地した右足が滑ったのだが、左足は折れた状態で後ろに転んだのである。転んだ瞬間に、左の腿の表が伸びてピキ!と痛みが走ったのである。それと同時に背中と後頭部も打ったし… もう恐る恐る起き上がった。腿は肉離れ、背中は打撲、頭は… ああっ!どうなってしまうんだ〜  と心配したのだが、その後どうしたわけかなんともならなかったのである。痛みもなく、後遺症も出ず、これはもう仏様のご加護としかいいようがない。体が無事なら醜態の一つや二つ屁ともないわい!と、から元気…

 2014.2.20  
大雪の被害
 週末の大雪の影響がまだ続いている。一昨日は犬小屋が消えていて驚いた。ムクの家は庫裡の玄関横の軒下にあるのだが、会館から戻ってふとみるとムクの姿がない。ムク〜と呼ぶと雪の壁の向こうから声が聞こえてきた。そうなのだ、昼の陽気に照らされて広大な庫裡の屋根に積もった雪が解けて滑り落ちたのである。それがムクの家に前に積み上がっていたのである。びっくりして、雪の壁の裏に回ってみたら、ムク危機一髪!雪の壁はムクに押し寄せ小屋を押しつぶしそうになっていた。ムクも心細そうにわずかに残った空間に身を寄せていた。いや〜危なかった。こんなこと今まで一度もなかったので油断していた。慌ててスコップで掘り出しながら、ムクと目を見合わせていたのである。
 雪の半端ない量を実感するが、境内中のお堂の周りが屋根から落ちた雪で小山がここ毎日できている。

2014.2.18   
義理チョコ
 週末の大雪のおかげで大事な行事がすっ飛んでしまった。バレンタインデーと涅槃会である。毎年ブログのネタになっていたが、それどころじゃねえだろ!状態の中でスルーされたと言っていい。これは幸いだったのか、そうでなかったのか…
 そんな中、バレンタインデーのチョコレートに関する興味深い記事が載っていた。「義理チョコ9割の男性が不要」というものである。いったいどこの誰に採った調査であるか不明だが、少なくとも某住職には聞かれなかった。さて、聞かれたらなんて答えたか?たぶん某住職も「義理チョコは不要」と答えたと思う。図書館時代にも義理チョコは迷惑だったなあ。だって義理チョコって最初からわかっているものにときめきはないし、なによりお返しが面倒くさいっしょ。
 そうだそうだ!義理チョコなんてやめようぜ!女性陣だってみんなめんどくせ〜!って思っているはずなのだ。ただ多くが職場の慣例でやってるだけなんだよなあ。みんなで一斉に義理チョコ辞めたら清々しいだろうなあ。そして義理チョコに多くの情熱を傾注していた人々が、義理チョコ廃止の空虚感と物寂しさから、次の日の涅槃会イベントに傾注していくのである。これは素晴らしい。義理チョコを廃止するだけで、お菓子メーカーの陰謀による異教徒イベントの衰退と、仏教への回帰という一石二鳥が狙えるのである。
 それにしても、図書館を辞した某住職にとっては義理チョコは無縁なものになっていた。なので、本命チョコしかもらっていない某住職には所詮関係ないと思って、この話をしたところ、薬膳師A女史はもちろんのこと、奥さまや娘たちでさえも義理チョコの認識であったとのこと…、ある意味衝撃だわ〜


2014.2.17   
白い恐怖
 いや〜14日、15日の雪すごかったー。テレビ等で全国の大変な情報が報道されているが、みなさんそれぞれに雪掻きご苦労様でした。某住職も広い境内の雪掻きで、背中と腰がピキピキ状態であった。
 そんでもって何がすごかったって、15日には娘のM子の受験で長野市に向かったのだった。前日に小回りの利く4駆のレンタカーを借りておいた。ところがとにかく我が家の駐車場から道路に出るのに一苦労。前の晩に掻いておいたのに、な〜んにもならなんだ。なんとか掻き終え、9時半に出発。しかし行くところ行くところ除雪作業は進んでおらず、なんとか道を探しながら北へと向かう。辰野を過ぎ、塩尻へ向かう峠を越えたところで大渋滞。まったく動かなくなった。2時間足止め、やがて徐々に動き出したのだがここからが真の地獄の始まりだった。下から上ってきたトラックが次々とスリップを始め、動けなくなる車、横を向く車、両者の道筋をふさぎ始めた。これに巻き込まれたらアウトと思い、思い切って引き返すことにした。無理やりハンドルを切り返して反転、一気に脱出した。辰野まで戻り川岸沿いに岡谷へ向かう。岡谷から塩尻へ向かう峠が開いている保証はないが、希望を託して走らせた。なんとこちらはほとんど渋滞なく車が流れていたのである。しかし、塩尻の街に入って19号はまた大渋滞。やっと市内を抜けて車が流れ出したと思ったら、明科町でつかまった。生坂村が雪崩で交通止め、聖高原が交通止めだという。これでは長野へ行きつけない。わ〜明日の試験に間に合わないよう〜。誘導員に「どうすれば長野へ行ける?」と聞くと、「大町か白馬から長野へ入れる道があるからそっちへ行ってみて」とのこと。選択肢は他にないからそちらへ向かうが、新潟へ向かう車もみ〜んなそっちへ行くからこちらも大渋滞。大町に入るとガソリンスタンドへ寄って情報収集。長野から来た車が、鬼無里村、小川村を通る道が開いていたと言っていた情報をゲット。やった、道が開けた。その後も必死に走らせ、長野市についたときは夜の8時半だった。11時間もかかったのであった。
 途中でしみじみ思ったことがある。コンビニとガソリンスタンドは本当にありがたかった。食料と情報、そしてなによりトイレの提供である。雪の中に閉じ込められる恐怖は半端ない。本当に怖かったわ〜

2014.2.13   
ソチオリンピック
 ウィンタースポーツについては某住職、うんちくを傾けられるほどの何物をも持ち合わせていない。スキーも満足にはすべることができず、雪合戦さえもままならない。そんな状態なので、見るとはなしにテレビを見ていると、初めて見るような競技が目白押しで、気分は浦島太郎である。
 どの競技も詳しくないから興味もイマイチなのだが、女子ジャンプの沙羅ちゃんはしっかりしていて感心した。家のバカ娘に爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいである。まあ世界でもまれているからしっかりしてしまうのだろうが、メダルを獲得できなかった後の冷静な受け答えには驚きさえ感じた。素直にメダル取らせてあげたかったなあと思う。
 某住職は基本的に勝敗の基準が曖昧な採点競技は嫌いである。フィギュアスケートなんて最たるものであるが、ジャンプだって飛形点とかテレマークとかうざいなあと思う。着地で転びさえしなかったら、どんな格好で飛ぼうが、どんな姿勢で着地しようが、とにかく遠くまで飛んだものが勝ちでよいではないか。その点、果たしてあれをスポーツと言えるか大いに疑問だが、カーリングって見ていて面白い。勝ち負けが明白であることと、勝負の駆け引きの妙があるからである。
 まあなんだかんだいって、家庭内でも毎日話題になって盛り上がっているんだからその効能は認めよう。みなさんは観てます?


2014.2.11   
魚の目
 足の裏がどうにも痛くなって皮膚科に行ってきた。さっそく見てくれたが、魚の目と思うものには大きく分けて3種類あることが分かった。一つはまさに魚の目といわれるもの、これは表面を削ってみると、魚の目のような芯が中心にあるものである。次にタコ、これは単に皮膚が角質化したもの。そしてもう一つ、ウイルス性のイボで、これは他所に伝染して広がる恐れがある。それぞれに治療方法が違うそうだが、はて?某住職の足裏の症状はどれなんだろう?
 検査の結果、タコの種類ではないかと…イイダコ?マダコ?ミズダコ?ちが〜う!削ってみても芯に当たる目がないというのだ。とはいえ、広範囲に広がって来たし、なんといっても痛むのである。そこで削れるだけ削ってみようということになった。仰向けで寝た状態で、どうやらメスで削るらしい。角質化しているとはいえ皮膚の一部である。周りの皮膚は傷つけないのか?奥の神経には触れないのか?なんだ見えないところでなにされるか分からないのが不安である。
 さて、しばらくかかって削ってくれたようであるが、確かに削られている間、飛び上がるような痛みはなかった。先生も「削れるだけ削ってみたのでしばらく様子を見てください」とのことである。触ってみれば確かに平らになったのだが、硬い部分はみんな残っている。また成長してきそうである。これで良くなるのか半信半疑である。その後、さすがにいじられたので二日ほど足裏が痛かった。きょうは落ち着いている。しかし出来た原因もわからず、正体もよくわからないなんとも怪しいやつである。足裏にご用心。


2014.2.7   
やっちまった…
 会館にはどういうわけか着ぐるみが4着ほど常備されている。これは薬膳師A女史が手作り市等で品物販売するときの販促グッヅとして置かれているらしい。実際各地の手作り市では子供に媚を売ろうと着ているようである。種類はカッパとタヌキとムササビとコウモリだったけ。ところがA女史は手作り市もないのに普段これらを着ている時があるのだ。それは防寒着としてである。全身着ぐるみなので温かいのだそうだ。その着ぐるみを着たままパソコンの入力作業をしている。
 会館は床暖房が入っており決して寒くはないと思うのだが、A女史は元来の寒がりである。冬は苦手で、できることなら冬眠していたいそうだ。だがしかし、普段から着ぐるみを着ていることはどうかと思う。会館を閉館していればよいのだが、来館者が来たらどうするのだろう。なので、「やめときなよ〜」と常々言ってきた。ところが昨日恐れていたことが起きたのだ。玄関で「ごめんくださーい」という声がした。すると、部屋で入力作業をしていたA女史が「は〜い」と叫んで飛び出して行ったのだ。えっ!と思ったが後の祭り…「ちょっと、着ぐるみ!」と呼び止めた時には、お客さんの前に飛び出していた。A女史も気が付き慌てて引き戸の影に隠れたが、たぶんゼッテー見られたはず…どうも自分で着ていたことを忘れていたようである。かわいい女子高生あたりのコスプレならほほえましいが、何が悲しくて○十女のタヌキ姿を見たい人がいるだろうか…
 だから止めときなって言ったのに…


 2014.2.4  
甘酒の効能
 瑠璃寺は甘酒を実によく使う。年末年始の二年参りの振る舞いに使っているし、先日の厄除け護摩祈祷会でも厄落としに振る舞った。1月の阿弥陀講のご供物にも甘酒を出したなあ。今と時代が違うかもしれないけど、昔は甘いものがみんなに重宝がられたんだよ。おかげで某住職もよく飲む。昨日と一昨日で茶碗で10杯は飲んだかなあ…
 薬膳師A女史から甘酒は飲む点滴と教えてもらってからは母親にもよく呑ましている。おかげでこのところずっと調子がいい。ネットでもその効用を調べてみたら本当に飲む点滴と書いてあった。ブドウ糖にビタミンB1、B2、B6、アミノ酸にバントテン酸?などっていうんだけど、人間に必要なほぼすべての栄養素を含有し、しかもその吸収率は90%というのだからビタミン剤やサプリメント真っ青である。そんな甘酒はなんとなく冬の飲み物というイメージがある。ところが昔は夏バテの予防や改善に、夏の飲み物として飲まれていたということをご存じだろうか。これもA女史に聞いたのだが、それ以来母親には夏にも出すようになった。
 甘味の強さに閉口という人や、あのドロッとした触感がどうもという人もいるかもしれないが、ぜひ呑んでみてほしい。なんていうか、日本の文化遺産という気がするのだ。米と麹だけなのにあんな優れた栄養食品になるなんて、まるで魔法のようではないか。

2014.2.3   
護摩祈祷会を終えて
 2日は瑠璃寺の厄除け護摩祈祷会、そして今日は飯田市G寺さんの厄除け護摩祈祷会のお手伝い、というわけで恒例の節分行事が今年も終了した。それにしても今年の節分は暖かかった。例年この時期は一番凍みる時期である。大雪に降られたことも度々である。それなのにここ数日は暖かくて正に立春の陽気であった。なので厄除けも本当に楽だったのである。まあ凍みがいかに体力を奪うかということである。
 さてそれにしても、毎年護摩祈祷会を終えると思うことがある。それは煙の威力である。まあ焚火にあたっただけでも煙の臭いは付くものだが、一日浴びれば体中に染み付く。護摩木は松を使っていることもあるので、煙もややヤニ性を帯びているかもしれない。着物はもちろん下着まで臭いだらけで、体を洗ってもまだ臭いがついて回るのである。もう体に染み込んだ感じで、しばらくはとれない。焚いている時にはなんともないのに後から鼻に付くなんておかしなものである。いや実際しばらくは鼻をかんでも黒く出てくるのだから、まちがいなく煙の一部は鼻の中に留まっているのである。
 よく護摩を焚いていると「煙たくはないのですか?」と聞かれるが、線香と同じように煙いという感じはまったくない。吸い込んでも目に入っても、むせたり涙が出たりということもない。これは慣れなのだろうか?まあいずれにせよ、丸二日も煙にいぶされたのだ、しばらくは虫は付かないはずである。さびしい…

2014.2.1 
行方不明
 昨日から町の広報で、行方不明の尋ね人のお知らせが流れていた。行方不明になったのは認知症のおばあさんである。88歳って言ってたかなあ。「自分の名前は言えますが住所等は答えることができません」みたいに言われていて切なくなってしまった。老僧様だって一度行方不明事件を起こしているから、家族の気持ちを思うと… なんといっても冬では命にかかわってくる。実際、きょうもお尋ねが流れていたから、一晩越したということになる。大丈夫だったのだろうか。昨日も一応、境内を見回ったが、もしもということがあるのできょうも一回りした。 
 老僧様は基本的に境内から出なかったから、車を取り上げてからは知られるような行方不明事件は起きなかったが、実際には境内行方不明事件はしょっちゅう起こしていたのである。お堂の裏だったり、温室の奥だったり、繁みの影のベンチだったり、境内にはいるはずと信じてはいても、見つかるまでは常に最悪の結果が頭をよぎるから、生きた心地がしなかったっけ。今考えたらよくあんな状況の日々を耐えられたなあと思う。
 おばあさんは無事見つかったそうだ。無事見つかったことが本人にとって幸せかどうかわからないが、これからもこういったことは必ず起きる。近い将来、認知症の人の体にGPSを埋め込むような処置がされるんだろうなあ。そんでもって、某住職の体にも知らないうちに埋め込まれて管理されるんだろうなあ。これ怖いなあ…

 2014.1.27  
うそも方便
 夕方、会館から庫裡へ戻ろうと山門を入ったら、お参りに来ていた若いカップルに呼び止められた。言葉のアクセントがちょっとおかしい。見たところは日本人ぽいのだが、アジア系の外人さんのようだ。
 「ちょっと聞いていいですか?」「はいどうぞ」「あちらにある、子どもを抱いた仏像はどういった仏像ですか?」「あれは水子地蔵といって、赤ちゃんとして生まれることができなかった胎児の霊や、幼くして亡くなった幼児の霊を慰める仏様の像ですよ」と答えると、二人の顔が「おおっ!」というような驚きの表情に変わった。(おや?と思ったのだが、明らかに困惑した様子が見て取れた。これはどうやら、やさしく子どもを抱いている母のような像だから、母子の健康や安寧を祈る像か、子授けの御利益の像と勘違いした?そんでもってお参りしちゃった?どうもそんな感じ)なので、とっさに「子どもとお母さんをやさしく見守る仏様だから、自分のなくした子どもの霊にお参りに来る人もいるし、それと同じように子供の健康や子授けを願ってお参りしていく人もいますよ」とフォローしておいた。
 二人は顔を見合わせてホッとしたような表情を見せたので、たぶん某住職の予想は的中である。某住職はうそをついたのではない。お寺は訪れる人の心を不安にさせるところではない。安心を与えるところである。なので某住職のとった手法を方便という。ほら「うそも方便」ってやつさ。仏の教えに導くのに、人の心を不安にさせて行うことは邪道だと思っている。まず安心させてあげること、今の自分で良いのだと思わせてあげるところから始まると思うのだ。


 
 2014.1.23  
ニオイフェチ
 この場合のニオイは臭いと書くべきか、匂いと書くべきか… 人それぞれには好きなにおいと嫌いなにおいがあるもの。
 坊さん仲間のG寺の住職さんはシイタケが大嫌いである。食べるだけではなく、ニオイを嗅ぐのも大嫌い、シイタケのニオイがちょっとするだけでも気分が悪くなるそうである。まあシイタケが食べられないという人はいるが、これはかなりの重症である。くさやの干物や、ホンオ・フェ(韓国のエイ料理)といったほとんどの人が悪臭と感じるものもあるが、人によってはそれさえも好きという人がいる。自分の履いていた靴下のニオイとか、犬や猫の耳の中のニオイを嗅ぐのが好き!っていう人いるよね。生憎某住職はそういった嗜好は持ち合わせていない。いたってノーマルである。そんな話をしていたら、K事務所のKさんがとんでもないカミングアウトを… なんと正露丸のニオイが大好きなのだそうだ。ちょっと古いがじぇじぇじぇ!である。あれはどう嗅いでもかなりの悪臭である。正露丸を飲んだ人は側にいるだけでそのことがわかってしまうくらい強烈なニオイである。Kさんはそれが大好きでどれくらい好きかというと、正露丸の入っている瓶の口に鼻を押し当ててずっと嗅いでいたいくらい好きなのだそうな、やれやれ…これはもうニオイフェチというより、正露丸フェチというべきか、まあ世の中変わった人いるものである。

 2014.1.19  
老舗の味
 諏訪にある大社煎餅本舗の「大社せんべい」という商品をご存じだろうか。一般的にはピーナッツ入りの短冊せんべいとか瓦せんべいと呼ばれる商品である。世の中にはこのピーナッツ煎餅と言われるものは数多く出回っているのだが、「大社せんべい」はその中にあってダントツなのである。ピーナッツが多くて、香ばしさが半端ない。
 某住職は昔からこの煎餅の存在は知っていたが、それほどの思い入れはなかったというのが正直なところである。ところが数年前に寺の役員さんと諏訪へ会議に行った折、「諏訪に行ったら大社煎餅本舗に寄ってくれ。あそこの大社せんべい買うんじゃ〜」と駄々をこねられた。しょうがないなあと思いながらも、あんまり勧めてくれるのでお付き合いで久しぶりに買って食べてみたのだ。いや〜本当にびっくり!こんなにうまかったか?と思うほどうまくてそれ以来大ファンに。
 先日もM氏がおみやげで持ってきてくれたので楽しんで食べていた。昨晩は寺の役員会があり20名ほど集まったのだが、会議が終わった後某住職がせんべい咥えたのを見て、「それ大社せんべい?」と聞かれたので「食べる?」と聞いたら、次々と持って行かれた。(あっ、おいらの大社せんべいが〜、社交辞令で勧めたのに〜)。しかし「オレ好きなんだ!」という人が意外に多くてビックリ。さすが、老舗の味恐るべしである。


 2014.1.16  
ポエムのようなやさしいコトバ
 NHKのクローズアップ現代で「ポエムのようなやさしいコトバ」という企画をやっていた。クローズアップ現代は7時のニュースの延長でよく見てしまう。今回はNHKにしてはおもしろい視点で思わず見入ってしまった。
 最初に全国では今、地名や町名を変えようという事例が起きているそうだ。イメージアップのために場合によっては経済的効果のために、自治体の名前を変えようというのだ。事例として、「谷津町」という自治体がイメージアップのために「奏の杜(かなでのもり)」という名称に変えたと紹介されていた。県内でも「豊科インター」の名称を「安曇野インター」に変えたような事例はあるが、長年親しみ歴史的な意味もある地名まで変えてしまうのは弊害があるのではないかと番組でも疑問視されていた。その時の気分で変えてしまって、飽きたらまた変えようというのだろうか?
 それ以上に話題を提供してくれたのが「居酒屋甲子園」である。今なんだか居酒屋が気持ち悪いことになっているようだ。某居酒屋チェーン店では、キャッチフレーズに「BE HAPEE(お客様を幸せに 社員みんなが幸せに)」とか、「すべてはお客様のために、すべてはなかまの為に」みたいのを掲げ、なんだか相田みつを風のポエムが、相田みつを風の文字で店内中を覆っていた。はっきり言って感動ポエムの押し売りで気持ち悪かった。おもしろかったのはその時のコメンテーターたちの発言もボロクソだったことである。明らかにアナウンサーも受け答えに困惑していた。取り上げたテーマを否定するコメンテータを呼んだっていうのもちょっと新鮮で、NHKにしてはナイスな番組であった。


2014.1.14   
どんど焼き
 ここら辺では、「ほんやり」とか「どんど焼き」とかいってるけれど、恒例の正月行事が先日の日曜日12日に行われたのだった。そう12日に書き忘れたので今日書いてみる。実は今年のどんど焼きはビックラこいたのである。
 早朝6時点火であるが、バチバチいう音や子供たちの歓声が聞こえて来ていたので、ちょっと覗きに行こうと思って外に出てびっくりした。玄関前の大庭の地面が真っ黒なのである。思わずぎょっとして目を疑った。よく見ると細い紐のような黒いものが散り散りに散らばっている。なんだ?これはもしかして…そうなのだ、すぐ上の田んぼで焼かれていた「ほんやりさま」の藁灰だったのである。しめ飾りやしめ縄が焼かれて風に舞いあがって降ってきたというわけである。
 例年この行事が行われる早朝は、冷え込みはするがまず風は吹かない。それがこの日は北風が以上に強かった。実際行ってみると北側が燃えないと騒いでいた。それにしても改めてビックリである。例年これほどまでの藁灰が降っていたのであろうか。本当に庭に積もったことなんかなかったのである。いやいや、よく見回せば庭だけではない。あっちの屋根にもこっちの屋根にも、ついでに車庫に入れなかった某住職の白い車の屋根にも…ああ真っ黒…自然のいたずらというにはあまりにも被害甚大。
 霜で凍った地面が一面黒くまだら模様にって、こんな光景ちょっと見られない。ある意味みなさんに見せてあげたかったという今年の「どんど焼き」であった。ついでに掃き掃除も手伝わせたかったな…


 2014.1.13  
成人の日
 きょうは成人の日である。高森町ではすでに1月3日に行っているが、全国的には昨日の日曜日か、成人の日のきょうが多かったみたいである。全国のニュースで成人式の様子が紹介されていたが、全国には大変なというか、命がけの式もあるようだ。誰が命を懸けるのかというとこれがまあいろいろで…いや〜関係者のみなさんは大変ですなあ。
 テレビではとんでもないところは紹介されないが、ネットで見るとまあ例年のことなのではあるが、沖縄とか北九州がかなりやばい。一昔前の暴走族の集団が集まったようである。女性陣なんかコスプレのオンパレードといった感じ。集まったグループ同士で小競り合いが始まったりで「抗争勃発!」なんて書かれていた。毎年警察が警護に当たるのは当たり前のようである。しかしなんだかな〜である。当町の成人式のようにまったくの無風、静まり返った式もどうかとも思うが、力の発散の仕方がどうも違うような気がする。奇抜に着飾って、体制には迎合しないぞー的に羽目を外す。やってることは子どもっぽくて、まるで高校の延長みたいで、成人を迎えた人々とは思えない。
 まあこんなことにというか、こんな形で自己主張していられるって、日本て平和なんだなあとつくづく思う。そう、平和だから成人の日という人生の節目を茶化して遊んでいられる。あんな彼らでも、非常時になった時には遊びを卒業して、日本を支えてくれることを期待しているよ。


2014.1.11 
 突然死
 近隣に住む先輩のSさんが突然死してしまった。連絡を受けた時はびっくりして衝撃を受けた。中学校の総合学習では毎年太鼓指導でお世話になっていたし、二年参りには太鼓を打ちに来てくれていた。今年は某住職喪中だったので、人前に出ることを控えて話をしなかったことが悔やまれる。
 自宅の車庫で倒れているのを家族の方に発見されたそうだ。くも膜下出血だったそうだ。なにか前兆はなかったのだろうか、本当に突然だったのかなあ。お酒好きだったからなあ…
 身近な人が亡くなった時は、その時のその人の心情をいつも考えてしまう。人は亡くなるその時死を意識するものなのだろうか。眩暈、頭痛、吐き気、薄れる意識の中で人は死をどう意識するのだろう。人は死ぬまで生きているわけだから、意識を失うとき死を意識するかといったらそれはない気がする。そう考えれば、人は不治の病等で事前の段階で死を意識することはあっても、死の直前に死を意識するということはないような気がするのだ。どうなんだろう…
 身近な人が亡くなると本当に実感する。人は確実に死ぬ。そうなんだよ自分も確実に死ぬんだよなあ…


2014.1.9 
公開講座 
 短大の公開講座、「地域文化論」の講義に行ってきたけど、今の短大生は民俗芸能とか伝統芸能なんて興味ないのかなあ。地元にこれだけ獅子舞の団体やイベントがあるのに、先生が「獅子舞を見たことある人?」って聞いても手を挙げる人がいなかったもんなあ。ちょっとにわかに信じがたかったけどどうなんだろう。単に当てられて質問されるのがいやだったのかなあ。まあ、短大生になったおねえさんには興味ないかもしれないけど、子どものころには見た経験ってあるのではないかと思うのだ。地区ごとの祭りはあるし、毎年獅子舞フェスティバルはあるし、7年に一回はお練り祭りはあるし、獅子舞を見たことないなんてことはぜって〜ない!はずだよなあ。などとしつこく考えてしまう。
 瑠璃寺の獅子舞の当事者なので、特別の思いがあるのかもしれないのだけれど、知れば知るほどおもしろい。舞うことの技とか技術的なものもあるが、それ以上に、その芸能が出来上がってきた歴史的背景が偲ばれるのがたまらんね。その時代や文化が見えてくる感じ。
 そんな世界を知ってもらいたいとおじさんは意気込むのだが、残念、ギャル(なつかしいことば…)には響かないんだよなあ。伝えたい事柄はそれなりにうまくまとめて話せたと思うのに、それなりの反応がないと、逆に敗北感を味わうのである。う〜ん、なんかくやしい…


2014.1.6   
珍客
 さて短大で行う地域文化論の講義の資料を作成していると、なにやら奇声が聞こえてきた。そのうちに釣鐘がゴ〜ン、あれ?ゴ〜ン、ゴ〜ン、ゴ〜ン!なんだ〜 続いてキャッキャ!キャッキャ!またまた奇声が…サル?先日鐘楼に現れていけない行為をしていったあのサルたちがまた現れて、今度は鐘を撞き始めたのか?見に行ってみることにした。山門をくぐり、鐘楼を見ると大きな猿が…いや、どうみてもりっぱな大人たちが、奇声を発しながら鐘を撞いていた。聞けば、対岸豊丘村にある知的障害者施設Kの人たちだという。職員の方が「お騒がせして申し訳ありません」と寄ってきた。まあ確かに大いにお騒がせなのだが、なんだかうれしそうに鐘を撞いている様子を見ると、無下に撞くなともいえない。なので「撞いてもらっても構わないけど、続けて撞かないように、一回づつ心を込めて撞いてね」と伝えた。すると「ねえ、撞いちゃいけないって?」と不安そうに職員に聞いている。職員の方が「撞いてもいいって。でも続けて撞くのはダメだよって」。(よしよし、ちゃんと伝えてくれているな)と思っていると、「わ〜い、やったー」ゴ〜ン、ゴ〜ン、ゴ〜ン!(ぜんぜん、聞いてないじゃん…)
 おもしろいものである。もう許可が下りたということにのみ注意がいってしまったようだ。そうなんだな、ちゃんとこちらの言うことを理解できれば、障害者ではないのかもな。一つのことに注意が向くと他のものが見えないんだろうなあ。会館に来た地図が好きだという女の子も、伊那谷花巡りの地図をずっと見ていたそうだ。最後は地図から離れられなくて、職員に引っ張られていったといって、薬膳師A女史が笑っていた。まるで子どもみたいだ。だが、だからこそ憎めないんだよなあ。


2014.1.3 
正月の試練 
 あっという間に正月の三ケ日が終わってしまった。今日は町の成人式があったので来賓として行ってきたのだが、それ以外は本当におとなしく寺に閉じこもっておりました。なんといっても喪中だし。あっそうそう、我が家の長女も本日無事成人式を迎えたのであった。長女もいよいよ成人かあ…某住職も年を取るわけである。
 そんな成人式に出かけて行って気が付いたことがある。足の裏が痛いのである。このところ体の調子は良かったはずなのに、そうなのだ、魚の目が悪化したのである。以前にもブログに書いたので覚えている方もいると思うが、右足にいくつか所有している。しかし、足裏と言っても側面に近いし、それほど歩くには影響がなかったのだが、どうしたことか踵に近い方に広がってきたのである。歩くのにも当たり所が悪いと痛むようになってしまった。これはまずい…どうすべえ
 正月の一年の計が魚の目の克服とは泣かせる。魚の目の繁殖がはたして歩かないことによるのか、その反対なのか定かではない。ただ歩を進めるごとに痛みが走る状況は、そんなことどうでもいいのである。そうなのだ、とりあえずどうするかである。どうするかといってこれだけ広範囲になると「イボころり」ではいかんせん対処しきれない気がする。となれば、これは外科的処理ってやつですか… いやじゃ〜、痛いのはいやじゃ〜 正月早々、これは試練である…


2014.1.1   
新年を迎えて
 喪中なので、「あけおめ!」と言えない歯がゆさで新年を迎えた。行事は派手さを抑え、行動は質素にということで、元旦は一日おとなしく過ごした。そんな平・成26年の某住職はなぜか太腿や尻が痛い。おや?二の腕や肩も痛い…なぜだ?そうなのだ、隣組が地元の神社の元旦祭の当番に当たり年末にがんばったからである。まず社殿の屋根掃除。雪の残る屋根に上り落ち葉掃きをしたのだが、とにかく滑らないようにと必死に踏ん張っていたのである。おかげで腿と尻が筋肉痛に…。そんでもって社殿の飾る巨大なしめ縄を編んだのだったった。
 そのしめ縄編みであるが、ちょっとハプニングがあり、二本も編んでしまった。さすがより良きものを求める我が隣組は良いものを作るためには妥協がない。実際、しめ縄づくりを体験したことのない新しい人たちも3人加わったので、今回の体験は本当に良いものになったと思う。一回だけだと、なんとなく過ぎてしまってあまり記憶に残らないものだが、二度やったことによって体が覚えることができたと思うのだ。まあおかげで腕と肩は筋肉痛である。
 しかし実際、しめ縄ご丁寧に二本も編んだ組合はないだろうなあ。これから一年は神社のしめ縄を見るたびに苦笑いが湧いてきそうである。そんな年末を過ごしていたので、喪中とは言いながらけっこう慌ただしかったのである。今年も一年よろしくお願いいたしまする〜


2013.12.28   
回収箱
 大晦日から新年初詣というとみなさんはなにを思い浮かべるだろうか。二年参りや初詣でその年の運試しにおみくじやお守りを求める人は多いと思う。実際、交通安全や、厄除けのお守りを元旦に買い替えるという人は多い。そんなみなさんは当然のように古いお守りやお札を始末したいと思っている。なのでそんな皆さんのために、この時期になると山門脇や庫裡の玄関前に古いお守り・お札入れが設置される。設置されるといっても装置でも機械でもない。単なる段ボール箱である。ダルマや熊手など大物も多く集まるので、大きめの箱を用意するのだが、大概その年で崩壊する。まあこの時期雪や雨にさらされることが多いので、何度か濡れているうちにぽしゃるのである。
 そんな状況を見かねてM氏が回収箱を作ってくれた。といっても新品を作ってくれたのではない。風雨にさらされて客殿の軒下に放置されていた木箱を手入れしてくれたのだ。この箱かなりの年代ものである。昔から蔵の中で道具入れとして使われていたもののようだが、戦争で持ち手の金具も供出され、木肌もささくれてみすぼらしくなっていた。ところがM氏が見たところ、欅の無垢の板が使われていて、良いものなのだそうだ。磨けば光るはず!ということで、再生作業に取り組んでくれた。
 さて、延べ日数でいったら一か月くらいかかったかもしれない。それでも見違えるくらいきれいでりっぱになった。芸術家でこだわりやのM氏にかかればざっとこんなものといいたいところだが、まあ細部にまで手をかけたものである。たぶん、最初から設計図ができていたわけではなく、やっているうちにあれこれやりたくなったものと思われる。あまりに立派にできたので、風雨にさらされる外には置きたくないところであるが、それでもここは心を鬼にして置かねばならない。
 なので、年末年始にみえる方はこの回収箱をぜひ鑑賞いただきたい。人もすっぽり入れそうなほどりっぱである。といって、まちがってもふざけて入らないように。

2013.12.27   
インフルエンザ
 きょうインフルエンザの流行する兆候が確認された。本格的な冬を迎えいよいよインフルエンザシーズンの到来である。みなさんはすでに予防接種を受けられただろうか?お年寄りのいる家や子どもさんのいる家では率先して受けていると思うが、あまり人ごみに行かない某住職は受けたり、受けなかったり。それでも受験生を二人抱えている我が家では今年は受けねばなるめえと思うわけで…
 そんな中、デーサービスやショートステイを利用するばあちゃんはインフルに罹る確率が高いので、予防接種を受けておくようにとの指導があった。といっても現在のばあちゃんは移動がままならなくて、病院に向かうにしても某住職一人では本当に苦労する状態になってしまった。そこで近隣のG医院に相談したところ往診してくれるとのこと。ありがてえこってごぜえます〜。その勢いで、某住職も予防接種をしてもらった。やれやれである。
 しかし世の中にはそんな時代に逆らう人々もいる。薬膳師のA女史はその最たるものである。「インフルエンザの何型が流行るか分からんのに、そんな博打みたいなものやるかいな」だそうである。さすがはA女史。考えてみればインフルエンザどころか風邪でふせっている姿も見たことがない。精神力で克服してしまうタイプなのか、根本的にウイルスを寄せ付けないタイプなのか… 案外A女史の体内にはワクチンが自家製造されているのかもしれない。そういえばかなり怪しい民間療法の話もしてたなあ…あぶないあぶない…


2013.12.25 
クリスマスケーキ 
 23日は天皇誕生日で新聞テレビで盛り上がり、24日はクリスマスイブで世間が盛り上がった。そして25日今日はコンビニの売れ残りケーキがちょっと寂しそうだ。そんなケーキがかわいそうで某住職ちょっと買ってみた。いやまったく買う気などなかったのだが、東京から帰省した長女が「私は昨日ケーキを食べてない〜!」とぐざった為である。しかし考えても見てくれ、ほとんど一日一回は顔を出すコンビニである。某住職が某寺院の住職だということはほとんどの従業員は知っている。その某住職が売れ残りのケーキを買うのである。これは極めて避けたい状況である。まるで意地で昨日買わなかったケーキを、本日さりげなく買っちゃったという状況である。
 彼女はクリスマス気分を味わえなかったことも、彼氏がいないこともきょうの言動に影響はしていない、たぶん… まさにケーキが食べられなかった、単にそのことだけで、だだをこねたのである。くだらん…つまりそのことで払った代償はあまりにも大きかったということである。ただし代償は大きかったのだが、某コンビニのモンブランのホールケーキはビックリするほどうまかった。予想以上にうまかったのである。いや〜コンビニスイーツ侮れんわ。あれ?何の話してたんだっけ?


2013.12.22 
灯油の配達 
 きょうは冬至である。みなさんはカボチャを食べて、ゆず湯に入っただろうか。我が家は伝統を重んじる家系なので、ベタではあるが忠実に実行した。ばあちゃんだって、朝食にカボチャの煮物持っていったらすぐに、「きょうは冬至?!」って叫んだもんなあ。
 さて、日増しに寒さが増してくると灯油の消費が半端ない。瑠璃寺は多くの暖房を灯油に頼っている。主にガソリンスタンドで配達してもらっているが、かなり割高である。昨日もM氏がやってきて、灯油の配達は暴利をむさぼっている的なことを言っていったせいか、薬膳師A女史が影響を受け、「会館の灯油は自分たちで運ぼう!」なんていいだした。まあポリタンクで買ってくることは可能だが、一度に多くの量を運べないし、下手に大きなポリタンクなんて買うと、灯油を移すのが一苦労である。それでも試しにどうなるかやってみた。
 会館の貯蔵タンクは200リットルである。とりあえず、20リットル用のポリタンクで買ってみた。ガソリンスタンドでは1リットル100円〜102円くらいである。20リットルでもかなり重い。このポリタンクの灯油を貯蔵タンクに移すため、脚立の上に持ち上げ、蛇腹のホース口で注ぎ込んだ。これはかなりな労働である。このタンクを一杯にするには10回も通わなければならないということに…
 さて、スタンドに配達料を聞いてみた。リッターあたり10円だそうだ。ということは、自分で運べば200リットル2万円のところが、配達だと2万2千円ということになる。ポリタンク一杯分も割高になるのである。これは大きいなあ…いや待て、ポリタンクで10回運んだら車のガソリン代がかかるだろう?単純に一往復でガソリンリッター160円かかるとして、10回で1600円か…あれ、配達とあんまり変わらんじゃん。労力と作業におけるトラブルを考えたら、どうもM氏の言うほど暴利ともいえなさそうで、どうやら配達してもらった方がよさそうだという結論に達した。

2013.12.20   
トレーニングジム
 ホームページのカウンターがこのところ壊れていて表示されなかったが、久しぶりに復旧した。と思ったら、思いっきりふざけたカウンターで脱力した。なんじゃこれは?トータルカウント11万余の数字も消え失せ、読めるような読めないようなデイカウントだけとは… 薬膳師A女史の言うのには、今まで使っていた無料の提供サイトがつぶれて、提供がなくなったのではないかとのこと。しかたがないので、「適当に持ってこれそうなのを載せといたよっ」て、これはどうもねえ…まあいいか、カウントなんて某住職が見る程度で、誰も見てねえし。
 さて、すっかり冷え込んできて体の動きが鈍くなった。というより、会館の床暖の部屋に入ると二度と外に出たくなくなる。そんな怠け者の某住職に、トレーニングジムを勧めてくれた人がいる。町内にもいくつかあるので、実際通っている人もいることだろう。生憎運動嫌いの某住職は、スイミングもジムも通った経験はない。行って気持ち良くなればよいのだが、行くまでに準備で疲れ、運動して疲れ、次の日には体が痛くなっていそうである。そうなのだ、気持ちよさそうにやっている人を思い描くことはできるのだが、自分をその姿に重ねることはありえない。なにより人が大勢いるのがいや。自意識過剰と言われるかもしれないが、きっとモタモタやっている姿をさらすのがいやなんだろうと思う。はい、考えるだけで挫折決定!
 それでも部屋で縮こまっているよりは、ブログのネタにでも一度行ってみようかなあ…


2013.12.18   
雪が降って慌てた?
 雪が来ましたなあ。毎年雪は読めなくて、慌てることが多い。スタッドレスタイヤにいつ替えるかということである。別に早めに替えとけば?と思ったあなた、正しい!ところが勤め人でなくなった某住職は、正に痛い目に合わないと踏み出せないという宿命を帯びてしまった。なので、降られてから慌てることが度々である。ところが今年はすでに替えてあるのである。えっへん!別に威張るほどのこともないが、先日長野市に出張があったので替えていったのだ。なので今日は特段慌てていない。
 誰が慌てたのか?奥様である。「替えておけよな〜、勤め人なんだからいつ雪に振られても出勤に支障がないように早めに替えておくべきだろ〜」と、説教じみて言ったところで、奥さまは堪えない。なぜか?老僧様の形見のワンボックス軽自動車があるからである。老僧様はボケていたが、車はけっこう使えるやつだった。四駆だからである。ボロでタイヤはノーマルだが、四駆は強い。雪道ではスタッドレスの二駆よりよっぽど強い。
 まあそんなわけで結局奥様は慌てない。人の車に乗って行くだけだからである。そんでもって、「今日私の車、スタッドレスに替えておいてね」って…結局、人が慌てる分も某住職が慌てることになるのである。


 2013.12.16  
芋版年賀状
 今年は喪中なので年賀状が書けなくてちょっと寂しい。な〜にウソ言ってんだよ〜と思ったあなた、正しい!なんといっても楽ができるからなあ。なんて思ったら大間違い、喪中葉書を出したので仕事量では例年と変わらないのである。
 そんな中、昨日のサザエさんでも年賀状が題材になっていた。さすがサザエさん、同じ年賀状でも時代を感じさせる内容になっていた。芋版でスタンプを作ろうというのである。子どものころにはやった経験があるが、さすがに今の子はやらないだろうなあ。さて、芋版によるハプニングのベストスリーは、@文字を反対に彫ってしまう。A彫った芋を食材に使ってしまう、B図案が丸い版に限定されるであろうか。サザエさんではそんな世界もよく描かれていた。それにしても、題材に何を彫るかは誰もが悩むところだろう。その点、カツオの発想には感心させられた。手前に柵、奥に馬と羊の図案を考えた。来年が午年なので、馬が描かれているのはわかる。羊は?実は再来年が羊なので、これで2年連続で使えるというわけである。まあどちらも牧場にいるわけで、カツオって頭いいなあ。
 でも結局、複雑な図案を彫ることが面倒くさくなったカツオがとった手は、何も彫らずサツマイモの丸い断面を生かし、丸くて赤いスタンプをただ押すというものであった。日の出だそうである。「これで10年は使えるぞ!」って、芋がそんなに持つわけないだろ!

2013.12.14   
勝てそうな気が…
 ここ三日ほどは親戚の法事があったり、教区の会議で長野へ行ってきたりと大忙しだった。そしてこの忙しい間に、一気に冬が進んでしまったのである。雪は降るは気温は下がるは、ああ毛糸の帽子が手放せない…
 そんな中、昨晩は教育委員会の忘年会があって飯田市内に行ってきたのだが、旧市内が一年で今日が一番賑やかではないかというほど賑わっていた。まあ12月の中旬、金曜日である。忘年会も昨晩あたりがピークで、ここで賑わずしていつ賑わう!だったかもしれない。賑やかな旧市内を久しぶりに見たせいか、忘年会も盛り上がったのだった。
 みんなと話をする中でちょっと驚いたことがある。教育委員会関係者は某住職と同年代の人も多いのだが、みんな健康にけっこう気を使っているのである。某住職が人間ドック前に一か月ほど運動をしたと自慢げに書いたが、みんなにかかったら鼻で笑われてしまいそうだ。そうなのだ、日常的に多くの人が運動を行っているのである。ジムや水泳に通ったり、ウォーキングやランニングを毎日したり、ストレッチを毎日欠かさないという人もいた。ジムに通っている女性なんて、「某住職と腕相撲しても負けない自信がある!」とまで言い切ったもんね。まあ、勝てそうな気がこれっぽっちもしなかったので、いくら酔っていてもノリで「それじゃあ、やってみよう!」なんてとても言えんかった…いやちがうな…彼女は「負けない自信がある」って言ったんじゃないよ…「負ける気がしない!」って言ったんだよ… ああ、やらなくてよかった…


2013.12.11   
なつかしい
 車で走っていて、携帯がかかってきた。道の端に留めるとそこはJR上郷駅の真横だった。話をしながら駅のフェンスに張り付いている駅名プレートを眺めていた。不思議な過去の記憶がよみがえってきた。
 昭和53年に第33回の国体が長野県で開催された。県下中が各種競技の会場になった。当然、飯田下伊那にも選手たちがやってきた。その時飯田線について話題になった話が二つあった。 
 一つは電車に乗り込んできた高校生たちが、車窓から前方を眺めながら「おい、見てみろ!単線だぜ〜、めっずらしー」と口々に叫ぶ姿を地元の高校生が目撃し、自分たちは当たり前と思っていた飯田線の姿が、なんだか恥ずかしいものだったのかというショックを受けたというもの。
 そしてもう一つは、上郷駅の駅名プレートである。通称上郷駅の正式名称は「伊那上郷」であるが、プレートにはひらがな表記で「いなかみさと」と併記されている。それを前出の高校生たちが目撃して、「おいこれ見てみろよ!いなか・みさとって書いてあるぜ〜、いなかってわざわざ書かなくても十分田舎だってわかるよな〜」と言っているのを聞いて、(いやそこは「いな・かみさと」だってば…あれ?ほんとだ、「いなか・みさと」って読めるな…)こうして改めて、田舎者である自分たちを思い知らされたというものであった…


2013.12.9   
人間ドック行ってきた
 かねてより予告していた人間ドックに行ってきた。特別宣言して行くことでもないが、何しろ今回は少しでも良い結果を得ようと、宣言することによって自分に負荷を加えて臨んだのである。さて、結果はどうだったのか?これが近年になく良い結果だった。なにしろ一か月準備をしたのだから、当然と言えば当然…と言いたいところだが、実際は半信半疑で臨んだというのが本心である。なにしろ、ウエスト周り一つにしても、少しスクワットや腹筋をしたところでそう変わるものではないことくらい知っている…
 さて、本当に実際結果はどうだったのだろう?これが、あらまあビックリ!本当に良かったのである。体重で3キロ減、ウエストは4センチ減、やった!特に胃カメラでは、食道から十二指腸まで実に綺麗だと褒められたくらいである。まあいつものように肝臓の数値は悪いのだがこれはいつものこと。例年悪かった心電図も今回は異常なし。ああ、どうしてしまったのだろう?一か月の摂生の賜物ということなのか?やはりこの数年の不調は、男の更年期というやつだったのか?
 まあなにはともあれ、よかったよかった、ここは一つお祝いということで、まだしびれの残る舌で、油ものやごはんの摂生もなんのその、大好きなM食堂のカキフライ定食を食べてきたのであった。せっかく控えてきたのに…まさに喉元過ぎればなんとやらの結末で、自分でもがっかりだったわ…


2013.12.7   
流行語大賞
 今年の流行語大賞が決まった。「じぇじぇじぇ」と「今でしょ」と「倍返し」と「お・も・て・な・し」の4つだそうだ。まあ新聞、テレビ、ネットと発表された当時から大論争?が繰り広げられていた。論争の主たるものは、4つも指定する意味があるのか!であるのだが、どうなんだろう。ネットでは「今でしょ」と「倍返し」が人気で、「じぇじぇじぇ」と「お・も・て・な・し」は、批判の対象であった。そんなに使われてないだろ〜とか、NHKのゴリ押しやオリンピックのごり押しじゃないかとか、かなり評価が厳しい。ネット住民はテレビ見ない人が多いから、朝ドラなんてなおさら見ないのだろうな。
 某住職的は、恥ずかしながら一番数多く口にしたのは間違いなく「じぇじぇじぇ」だったわけで…そんでもって、「お・も・て・な・し」もオリンピック決定後には、各方面で盛んに使われているわけで、波及効果はかなりなものがあるのではないかと…その点ではこの4つ全部受賞で一向に構わないと思うのであったった。それにしても今年の4つはどれもちょっと勢いがあって、前向きな意志が感じられる。例年のお笑い系からの候補より、まさに世相を反映している感じで、ええんでないかと思うのだがみなさんはいかがだろう?


2013.12.4   
免許の更新
 自動車免許の更新に行ってきた。なにしろ5年ぶりのことである。ちょっと緊張して出かける。写真を撮ってなかったので、警察署の近くのカメラ屋に寄って撮ってもらう。悪意はないのだろうが、出来がイマイチのような…これまでの免許証の写真と比べてみる…、5年の歳月の経過をリアルに実感する。写真の出来ではなく、どうも自分自身の劣化が原因のようである。
 さて、警察署の窓口で所定の手続きを終え、最後の講習である。もちろん某住職は優良運転者なので、講習は30分の安全講習ビデオを見るだけである。ところが某住職は20年以上優良運転者なので、超優良運転者ということで、別室でケーキを食し、コーヒーを飲みながらビデオ鑑賞である。という妄想を思い描いていたが現実は厳しく、例外なく30分のビデオ鑑賞をさせられた。以前は30分と言われても15分くらいで出てきてしまったものだが、今回は30分後の時間の書かれたカードを持たされた。「講習が終わったら、このカードを受付に返してくださいね」やだな〜、これじゃ、さぼれないじゃないか。
 なので覚悟を決めてビデオ鑑賞を…いつのまにか眠っていたらしい。なにしろ部屋が以上に温かいのである。きっちり30分で帰ってやろうと思っていたのに、目が覚めた時は50分も経っていた。30分講習のところを50分受けてきた受講者に対して、はたして受付のおねえさんはどう思うだろうか。「熱心な人なのね」だろうか、「ああこの人眠っちゃったのね」だろうか…、まあ間違いなく「眠っちゃったのね」でしょうなあ… ああ恥ずかしい


2013.12.2 
新たなマイブーム 
 いや〜油断をしておりましたら、もう12月じゃないですか。ビックリしました。まあ毎年そうなのだが、師走は月日の過ぎるのが半端なく早いのである。明日の朝目を覚ましたら、「おっと、大晦日か〜」となっていないか心配である。
 さて、先日のブログで「蕎麦掻きに凝っている」と書いたが、昨日は母親にも提供してみた。昔から母親は、蕎麦掻きはそれほど好きでないことを知っていたので、今まで敢えて勧めなかった。けれど某住職も久しぶりに食べてけっこう感動したので、試しに勧めてみたのだ。ところが食べてみて、あ〜らビックリ!すさまじく美味しかったらしい。「もう涙が出た!」とまで言ったからね。ほんまかいな…であるが、自分でも半信半疑だったらしい。それほど美味しいと感じた記憶がなく、ただ単に懐かしいという気持ちで口にしたのだそうだ。それがとてつもなく美味しかったというのだ。まあ某住職も同じようなものだったから、あんまりなことも言えない。
 「もう毎日お昼は蕎麦掻きでいい!」とまで言うので、今日も蕎麦掻きを出しておいた。ばあちゃんは気に入ったものができると、マイブームがしばらく続く。よく飽きないものだと思うのだが、提供するこちらは考えなくていいから楽ちんである。そのかわり、そば粉の消費が半端ないことになってきた。午後も産直市場にそば粉を買いに行ったのだが、朝の仕入れ分が売り切れでなかった。「うえ〜ん!そば粉がない〜」と、ぐざったところ、近所の粉を曳いてるおっちゃんが持って飛んできてくれた。いや〜すまんこってす。みなさんのおかげで、我が家の安泰が確保されました。

2013.11.30   
美博ツアー
 飯田市美術博物館企画の「カミとホトケの交渉史」ツアーに行ってきた。カミとホトケが同居していた飯田市の史跡を巡るという企画である。学芸員のO氏の案内で、明治以前には神宮寺が境内にあったと言われる、鳩ヶ峰八幡宮、愛宕稲荷神社、廃仏毀釈で廃寺になった白山寺、今も神仏混淆が残る瑠璃寺と、早朝から午後3時までかけ四か所を巡ってきた。
 どこもモミジの紅葉がきれいだったなあ。それにしてもその昔あったと言われる神宮寺の面影が跡形もなくて残念。その中にあって、白山神社の山門は圧巻であった。白山寺時代の仁王門であったのだが、立川流の彫刻が所狭しと施され、さしずめ「山門彫刻の玉手箱や〜」状態である。もう隅々まで見どころ満載で、見飽きないのである。きっと他の堂塔伽藍が当時のまま残っていたなら、壮観だったろうなあと残念でならない。まあ破壊することは簡単だが、一度破壊してしまったら、二度と戻れないということである。残念だがこういう光景は我々に多くの教訓を残すということである。それだけに、神仏混淆を色濃く残す瑠璃寺の景観と文化は、後世に伝えていかなきゃなと思うのである。


 2013.11.28  
蕎麦掻きを食す
 昼食にしようと思って、ふるさと祭りに行った折、地元産のそば粉を買ってあったのを思い出した。そうだ!蕎麦掻きをつくろう。みなさんは蕎麦掻き(そば粉をお湯でこねたもの)食べたことあります?実はこの蕎麦掻き、祖父が大好きだった。そば粉があると昼食に作っていたのを思い出す。蕎麦掻きにはこだわりがあって、人には作らせず必ず自分ですべてを行うのである。その時某住職も食べさせてもらったが、子ども心にあまりうまいものだと思わなかった。どう考えてもざる蕎麦の方がうまいと思えたのだ。そんなことを思い出して急に食べたくなったのだ。祖父がやっていたのを思い出しながら忠実にやってみることにした。
 まずやかんで湯を沸かす。沸いたらそば粉をこねるどんぶりに注ぎいれ、十分に温める。温まったらそば粉を入れ、熱湯を注ぐ。その時お湯を入れすぎないようにし、割りばしでかき混ぜながら一気にこねる。そうなのだ、どんぶりや湯が冷めないうちに力を込め一気にこねあげることがポイントだったような気がする。そうしないと粉臭さが残ってしまうのだ。おっ、ねっとりと箸に絡み付いて、いい感じにこね上がりましたぞ。次に付だれである。だし醤油にきざみネギと鰹節を混ぜる。さっそく冷めないうちに、箸に付いた蕎麦掻きをたれにつけて食べてみる… うまいじゃんか!これうまい!ああ、こんなにうまいものだったなんて…いくらでも食えそう。
 そして食べ終わったらどんぶりに熱湯を注ぎ、どんぶりに付いたそばを湯に溶かす。そうすると蕎麦湯の完成である。飲み干せば使ったどんぶりもきれいになり一石二鳥である。そうなのだ、こうやって祖父はいつも蕎麦を楽しんでいたのである。


2013.11.27   
異郷の街並みに…
 26日は早朝より火葬、午前中に写経、午後に葬儀、終わるとそのまま瀬戸市の檀家さんにお通夜ができ向かった。27日はその葬儀であった。もういったいなんだかなー状態である。それにしても瀬戸市というのもなんとも寂しい感じの街である。夕暮れ時などは一層その感が強い。檀家さんが2軒あるのでなんどか訪れているが、人口13万人の市とも思えないよなあ。焼き物で栄えたその昔からぱったりと時間の止まってしまったような情景がある。というか、一歩路地裏に入ると、それ以上前の昭和初期か?というような看板や店構えの不思議な商店街があったりなんかする。川沿いの市の中心部分は、新しい焼き物センター的な施設が威容を誇っているが、その一本裏手の路地に入れば、そんな不思議な商店街が広がるのである。
 千と千尋の神隠しではないが、そういった寂れた商店街の情景は切ないのだが、なぜかぞくぞくするような不思議な魅力があるのも事実。昔の姿のままで栄えていれば、「時間が止まったような」と表現できるのだが、寂れたまま放置されたような情景はこれはもう廃墟に近いものである。それなのにそんな商店街に人の気配がちらほら…  ええ、ここはまだ商店街として機能してるのか?昼の明るいころには店舗は開いているのか?うわーなんだか、すんごい気になるわ〜 


 2013.11.24
葬儀が続く 
 このところ大きな行事が続いたところにもってきて、葬式が三つも続くことになってしまった。どうこなそうかと(こんな言い方しちゃいけないんだけど…実際体は一つしかないわけで…)頭を抱えている。一つ目の葬儀が決まった時に、ばあちゃんが「これは葬儀が続くような気がする」と言ったことが本当になってしまった。その時に「これは地獄の釜の蓋が開いたな」なんてことも言ったのだが、なんだかそれらしく聞こえたのだが、なにか違うような気がした。だって、地獄の釜の蓋が開いても、地獄に落ちそうな人は一人もいなかったからである。まあ悪人が次々亡くなればそう言ってもいいような気が…
 調べてみたら、まったく違う意味だった。正しくは「地獄の釜の蓋もあく」である。「盆や正月の16日は地獄の鬼でさえも罪人を責めるのをやめて休息するそうだから、この世でも仕事をやめて休むのが当然」の意味なのだそうだ。あれ?全然意味がちがうじゃん!なんだよ、ばあちゃんどこで変な知識つけたんだよ〜、危うく某住職もシッタカブッタで思わずどこかで使うところであった。あぶねえ、あぶねえ…
 それにしても、葬式が続くときってなにか気の利いた言い回しってなかったっけ?「不幸の連鎖」とか「死者が友を呼ぶ」みたいな暗いのじゃなくて、もうちょっと明るいのがいいな、そうだ「黄泉の国の巾着袋の口がゆるむ」なんてどうだろうか。いやいや、なんだかちょっといやらしいな〜。しょせん、あの世も金みたいな感じがどうもなあ…

2013.11.22   
カミとホトケの交渉史再び
 午前中、飯田市美術博物館へ出向き、担当学芸員のO氏から2時間にわたり展示の解説をしてもらった。数々の展示品の裏話が聞きたかったのである。今回の展示品ではなんといっても注目はその造形物の面白さである。歴史的な興味はなくても単純に、展示される図像や彫像を見るだけで楽しめる。
 カミともホトケとも区別のつかない不思議な作品が並んでいる。ここで敢えて作品と表現したところに意味がある。地元も仏師であり彫像家である井出一派がいるのだが、その中の井出運正の作品がめちゃくちゃおもしろい。どの作品にも波打つ躍動感と適度なデフォルメが効いている。これってどこかで見たことがある… そうなのだ、現代のフィギュアである。アニメの主人公などが克明な模型になってマニアの間で取引されている。ネットなどではどのページを開いても、必ずなんらかのフィギュアが載っているくらいである。
 カミでもホトケでもありカミでもホトケでもない、不思議な世界はまさにこのフィギュアにピッタリな世界なのである。O氏と話しながらこれは江戸のフィギュアだね!と意気投合したのであった。そのことはO氏も感じていて、作品は360度全方位から見られるように展示してくれてある。なのでみなさんもぜひ見学に行って、楽しんでちゃぶだい!


2013.11.19   
蒸かしイモの食べ方
 人間ドックに向け、体脂肪と体重を落とそうと必死に体操を行っていると、目の前のコタツで勉強をしていた双子のM子が、横目で見ながら「滑稽だな…」、すると向かい側に座っていたT子が「いっそ、哀れだな…」 なんなんだよ、この上から目線…中年オヤジをバカにすんな〜、ぐれるぞ!
 さて昨日、阿弥陀講の法要の後にお茶をいただいていると、サツマイモを蒸かしてきてくれた信者さんがいた。この蒸かしイモであるが、調理法は蒸かす以外ないのだが、そこになにを添えて食べるかはまさに十人十色である。オーソドックスなのは、塩を振るだろうか。そうしたら、バターを塗るという人と、マヨネーズをかけるという人が現れた。ちなみに住職はマヨネーズ派である。マヨネーズを添えると胸焼けしない。それならっていうんで、ジャムをつけるという人も現れて、これはいったいどこまで行くのだろうと不安になったところに、ついに現れました…「イカの塩辛を添えるとビックリするほどうまいよ!」はっきり言ってこれはもう蒸かしイモという料理だったのかどうかさえ、忘れてしまいそうなトッピングである。
 おもしろいものである。たかが蒸かしイモと思っていたが、みんなけっこう試しているものである。チャレンジャーなのには驚いた。さて、みなさんの密かなトッピングはなーに?ほら、隠してないでカミングアウトしちゃいなよ〜


 
2013.11.17   
カミとホトケの交渉史
 以前にもブログで紹介したが、11日から飯田市美術博物館で「カミとホトケの交渉史」という企画展が始まっている。そんな中、今日は担当学芸員O氏の講演会があった。今回の企画展は某住職も楽しみにしていたので、今日の講演会は絶対聞きに行きたいと思っていた。
 今回の企画展の主要テーマは「神仏習合」と「廃仏毀釈」であるが、敢えてその言葉を使わずに、「交渉史」としたところを某住職は高く評価した。しかし、そのテーマは限りなく地味である。この地味なテーマを、いかに興味ある展示に変えるかというところが担当学芸員の腕の見せ所なのだが、どうなの?ところが開幕から昨日まで来観者が非常に少なく先行きを不安視していたそうだ。なので今日の講演会も参加者はせいぜい50人前後くらいかと思っていた。ところが某住職が会場に行ったときには、会場に入りきれない人で入り口には人だかりができていた。えっ、なんなの?結局その後も参加者は増え続け、会場は超満員の100人に達していた。
 講演後に学芸員のO氏も言っていた。昨日までの来館者からはまるで予想できなかったとのこと。いったい何が人々を呼び寄せたのか?日本人には独特の宗教観がある。それはある意味DNAに刻まれたもので、言葉で言い表せないものである。それを形成している土台が「神仏習合」であり「廃仏毀釈」であるような気がする。皆その答えを求めているのでないかと想像するのは、ちと穿ちすぎた考えか。30日に企画された「廃仏毀釈の現地を巡るツアー」も今日の講演後、あっというまに定員に達したそうだ。これから企画展の来館者も増えるような気がする。みなさんにもぜひ参観をお勧めする次第である。

 2013.11.15
一念発起 
 いやー今日の夕焼けはきれいだったー。まあ綺麗というような月並みな言葉では言い表せない景色でごじゃった。雨上がりの澄んだ空気の中で、南アルプスの中腹には雲海が横たわり、夕日の傾きとともに、雲海と雪を帯びた高山が段々と赤色に染まっていくのである。幻想的だったが、ああいう景色は望んでも決して見ることはできないからなあ。
 さて、そんなさわやかな夕空を見上げながら、スクワットや腹筋をやっている。なぜか?一か月後に人間ドックを控えているからである。悟りに至った某住職でも、野心もあれば下心もあるからである。それは悟っていないのでは…聞き流しておく。某住職はこのところの葬儀騒動に追われ、適度に体を動かすこともできず、心身ともに疲弊しきっていた。いや元々運動大嫌いな所に持ってきて、情緒不安定で甘いものをいつも以上に食してしまったせいか、胴回りに不必要に脂肪がついたようなのだ。
 人間ドックって、胴回りを計ったり、筋肉量を計ったりって、じつにいやらしい計測をするではないか。そうなのだ、あれを恐れているのである。そこで、あと一か月でなんとか帳尻合わせをしようと思い立ったのである。少しでも数値を上げておかねばと…いや〜人間って、なにか目的がないと真剣に取り組めないもんだよねえ。

 
2013.11.13   
薬膳師Aの生き様
 薬膳師Aが久々に業務日誌を更新した。読んでみると…最近どうも増長していると思ったらそういうことか…仏様との御縁を結んだ後、どうも絶好調らしい。数々の奇跡に恵まれ、このところ、交尾に及ぶサルを蹴散らし、飛ぶ鳥を落とす勢いである。
 だがAの名誉のために言っておく。数々の奇跡や幸運は仏様と御縁を結んだことだけによるものではない。もちろんそれが大きいとは思うが、それだけではない。月並みな言い方で恐縮だが、「情けは人のためならず、巡り巡って己がため」だからである。日頃見ていても、よく人の面倒をみるので感心することが多い。まあ簡単なことからむずかしいことまで。なんでそう引き受けるかなあ…と思うこともあるが、やるから出来るようになるのである。変な言い方だが、出来るからやるのではなく、出来るかもしれないでやってみたところできてしまった!という状況を度々目撃している。A女史曰く、失敗するからこそ、そのものを理解し、出来るようになるのだそうだ。今まで偉そうに言われて感動した言葉は皆無に等しいが、この言葉には感動した。それは実践が付いているからである。
 A女史は実に多くのスキルを持っている。それは多くが、人のために何かをしたことによって身に付いたもののように思える。そうなのだ、人のためではないのである、自分のスキルアップにみんな結びついているのである。
 ある意味、A女史の生き様は、できる自分に常に挑戦しているようにも見える。


2013.11.11   
白昼堂々
 昼前に自宅で仕事をしていると、ク〜ンク〜ン、キヤ〜ンキヤ〜ンというような声が盛んに聞こえてきた。ムクは何を騒いでいるんだろう?と窓を覗いてみたが、ムクは何事もないように寝転がっている。あれ?っと思っていると、会館にいる薬膳師A女史よりメールが…「鐘楼の屋根の上にサルが2匹出没!」とのこと。犬のムクではなかった。さっきの声はサルの声だったのである。すると、続いてA女史からまたメールが…「…エ○チしてる…」…なぬー!
 さっそく、山門前の鐘つき堂に向かう。確かに屋根の上から声が聞こえる。見上げてみると、サルが二匹もつれ合っている。たしかに…よからぬことをしようとしているようだ。さっきの声はどうも交尾に及ぶ興奮した時の声だったようである。それにしても、よりによって神聖なる鐘楼の上でエ○チするとは、けしから〜ん!「こら〜ばかものー!」と下から叫ぶと、生意気に屋根の上から歯をむいて威嚇してくる。向こうもエ○チを邪魔されて気が立っているようである。ところがすぐまた交尾の行為に移ろうとしている。まったく最近のサルは節操が無くなったものである。いくら切羽詰っているとはいえ、公衆の面前で、なんていやらしい…
 嫌がらせをすることにした。そうである。釣鐘を下から突いて驚かしてやろうと思ったのだ。せ〜の、ゴ〜ン!アクションをつけて思いっきり突いてやった。屋根を見上げると、サルたちがいない。隣の桜の木に移っていた。さて、会館からずっとその様子を見ていたA女史に、鐘を突いたときのサルの様子を聞きに行った。すると、「あのオスザル最低!」だそうだ。懲りずにエ○チ行為に及ぼうとしたところにいきなりのゴーンである。オスザルは飛び上がり、戸惑うメスザルを置き去りに、隣の桜の木にさっさと逃げ去ったそうだ。
 あれあれ、男の真価はいざという時にはかられるものである。あの後、二匹の関係がどうなったのか大いに興味のあるところである。まあどっちでもよいことだが…

2013.11.9 
なにもしない一日 
 きょうは恐ろしいほど何もしない一日だった。本葬儀が終わり抜け殻になったというわけでもなかろうが、いや単に特段の仕事がなかったというだけである。そこにもってきて、奥様も休みで家にいたものだから、家事もお任せで唯一やっていたのは決まりきった介護だけである。そうなのだ、何もしなくても一日は確実に過ぎていく。別にゆっくり休む日があってもいいはずだが、なんとなく罪悪感があるのはなぜだろう。きっとやるべきことがあるのに、それには目をつぶって何もないことにした一日だからに違いない。そうなのだ、本当はまだやらなければならないことが山積みである。それも一番面倒くさいことが…
 辺りを見回せば紅葉の秋景色が広がっている。こんな時は紅葉狩りに行くべきではないのか?大鹿や浪合に行くべきではないのか?だが日頃家に縛られているとフットワークは鈍るばかりで、いざ時間ができたからといってすぐ行動には移れないのである。そうして今日のように、気が付けば特段何をしたということもなく一日が過ぎるのである。これは本当に危険なことである。人は時間が空いたから何かができるわけではないのだよなあ。何かをしようとしなければ時間はできないんだよなあ。

2013.11.7   
赤い羽根共同募金
 きょうは社協のお手伝いで赤い羽根共同募金の集金に行ってきた。個人の募金は先月、一人当たり目標700円で取られている。あらいやだ!取られたなんて失礼な。募金させていただいたである。でもねえ、隣組で集金されるとなんとなく出さざるをえないじゃないか。それが今日は事業所が対象である。町内の事業所で賛同いただけるところを回る。昨年までは募金する方の立場だったのだが、今年から集める方のお役と相成ったわけである。それにしても寺を事業所というのはどうも抵抗があるなあ…
 昨年までは、いったい他の事業所がどの程度募金していたのか、はなはだ疑問であった。それが今年はその内情を覗けるわけである。ふむふむ、なるほど、へ〜…ええっ!そうなの!しまった…瑠璃寺は例年出しすぎていたことが判明。なんだよ〜集める人たちも「こんなにたくさんいただいて」くらい言ってくれれば、こっちだって考えたのに。それでは今年は集める立場になって、相手に対し「こんなにいただかなくてもいいんですよ〜」と言ったのかというとそうでもない。まあ立場が変わればこんなものである。
 それにしても赤い羽根共同募金って何に使われるんだっけ?こんな某住職が関わるって、出すことにも集めることにも意味があるのか?


2013.11.5 
記録写真 
 本葬儀の記録写真をM氏に頼んだのだが、今日プリントされたものを見せに来てくれた。まだ全写真のべた刷りで、写真自体が小さいので細部は分かりずらいが、それでも雰囲気はよくわかる。さすが高級カメラ、どの写真もよく撮れている。まあよく撮ったもので、こんなところまで!という写真も…それでもさすがM氏、そんなものまで撮ったの?というくらい記録されていた。なにしろ前日準備から追ってたからなあ。
 それにしてもこういう記録写真の面白さは、自分では見ることのできない景色が見えることである。自分の背面の姿なんて決して見ることはできないわけだし。なにより自分の居なかった場所で行われていた様子なんてのは実に興味深い。隣組のみなさんが竹の花立てを作っている様子とか、墓地の骨壺を納める穴を掘っている様子とか。
 まあ自分が葬儀に臨んでいる様子なんてのはどうでもいい。というか、恥ずかしいし…なんて見ていたら、なんだか葬儀用の衣を着た某住職が猛ダッシュして走っている写真がある。荒行の真っ最中?と思うような写真である。これは葬儀の始まる間際になって、忘れ物を取りに走っていく姿である。。よくこんな瞬間をとらえたものである。M氏なにを撮ってんだよ〜 まったく…


2013.11.2 
あるレジの光景 
 夕飯の買い出しにスーパーへ行った時のことだ。レジに並ぶと前は腰の曲がったおばあさんだった。カートに載せた買い物カゴをレジ台に乗せるのもやっとな感じである。商品の読み取りを終えて支払いなのだが、目も悪いのだろうか、財布の中を覗き込みながら小銭を必死に探している。札で払えば楽だろうにと思うのだが、小銭の始末にとがんばっちゃうんだろうか。すべてに時間がかかっているので、順番待ちの某住職に気を使ってレジのおねえさんがチラチラと様子見してくる。
 精算が終わるとレジのお姉さんが、買い物カゴを商品を移す台へ運んでやっていた。おばあさんも感謝しながら後をついていく。なんだか時間がすさまじくゆったり流れている感じだ。おねえさんが急いでレジ台に戻ってきた。「お待たせしてすみませんねえ」、しかし某住職の目はおばあさんを追っていた。なぜなら、おばあさんは空のカートを押して出口へと向かっていくからだ。えっ?レジのおねえさんと思わず顔を見合わせてしまった。おねえさんは慌てて追いかけて行った。おばあさんを引き戻して、今度は一緒に商品を段ボール箱に入れてやっている。段ボールをカートに載せてやっておばあさんを出口まで送って行った。
 レジ台におねえさんが戻ってきたときはどれだけの時間が経っていたことだろう。な〜んて、文字にすると大変なのだが、おばあさんの一挙手が気になってず〜と目で追ってたから、時間の経過を忘れていた。
 どうだろうか、我々にはなんでもない買いものが、このおばあさんには大変なことなのだ。コントのような光景であるが、これも人生の1ページである。


2013.10.31 

本日はご会葬くださりありがとうございました皆様のご厚情に深く感謝申し上げます
 
本葬儀無事終了
 本日やっとといった感じに本葬儀が終了した。なにせ老僧様亡くなって一か月半が経過である。その間常に葬儀の準備をしていたわけではないが、期間があったとはいえ、決して暇でも楽でもなかったのである。通常の葬儀なら、密葬のレベルで終了していたことが、倍返しで帰ってきた感じである。
 段取り8割なんて書いたが、あっという間に過ぎ去った一か月半であった。気が付けば10月も終りである。段取りの段階では多くをこちらでこなさねばならなかったが、本日の葬儀では本当に多くのみなさんにお手伝いいただいた。檀家の総代さんや世話人さんはもちろんだが、有縁無縁の御縁をいただいている多くのみなさんに助けていただいた。実際に動き出してみれば某住職の目の届く範囲などほんの一握りである。それぞれのみなさんがそれぞれの立場で役目をこなしていただいて無事終了できたんだなあとつくづく思う。
 本葬儀までの一か月半で改めて思ったことがある。まず老僧様の経歴書を作成するにあたり、資料をひっくり返したり、関係機関に調査に行ったりする中で、老僧様の人生を改めて見つめなおしたということである。以前にも人に歴史ありなんて書いたが、自分の中でも忘れていた老僧様の記憶がいくつも呼び戻されたのである。そしてもう一つは、多くのみなさんの善意に助けられたということである。その時に「老僧の供養として…」という言葉と共に物心両面での布施をいただいたのである。まあこれも老僧様の徳が今だ生きていたということか… 中々親は越えられないものである。


2013.10.28   
本葬儀近づく
 本葬儀近づいてきたが、毎日毎日やらねばならぬことが発生し、気の休まる時がない。おかげで神経性胃炎かと思われた軽い腹痛も、本気で胃腸の不調を訴える腹痛に変わってきた。気圧変化による偏頭痛かと思われた頭痛は慢性的になり、首から背中にも痛みは広がり、今は体中の痛みに苦しんでいる。
 本葬儀と言っても段取り8割、本番2割といったところか。まあなんでもそうだが、準備段階で疲れ切ってしまうのである。特に予測の付く事柄はよいのだが、予測の付かない事柄はああでもないこうでもないと考えるだけで、口内炎の増殖に貢献している。要するに精神的にひ弱な某住職はすでに疲れ切っているのである。葬儀式場を作るとか境内整備をするとかいった実労作業は苦ではない。問題は各種関係方面との連絡及び調整である。
 結局瑠璃寺葬といっても、某住職が全部調整作業はすることになるんだよなあ。やってみるとつくづくめんどくせえ〜。本葬儀なんてやるもんじゃない。老僧様は気楽でいいよなあなどと思ってしまう。老僧様はこういった葬儀を望んでいたか?案外名誉欲のある人だったので、大がかりな方が喜んでいるだろうなあ…まあそうでも思わんとやっとられんし。

 
2013.10.25   
カミとホトケの交渉史
 11月10日より飯田市美術博物館で「カミとホトケの交渉史」〜廃仏毀釈の爪跡〜という特別展が始まる。はっきり言って、このタイトルにしびれた。美術博物館の学芸員O氏からこの企画展の話を受けた時、「交渉史」の文字に囚われてしまった。
 「神仏習合」「「神仏分離」「廃仏毀釈」など長い歴史の中で、カミさまとホトケさまはくっついたり離れたりしている。そんなことは歴史の知識としてみんな知っている。しかし「交渉史」ということばを今回出されたとき、ハタと考えてしまった。カミやホトケがくっついたり離れたりしたのは交渉によっての所為なのか?「交渉」は誰がしたのだ?カミを信仰するものとホトケを信仰するものが行った行為なのか?それともカミとホトケが直接交渉したというのか?
 それに今回のタイトルはなぜ「神」と「仏」ではなく、「カミ」と「ホトケ」なのだ?カタカナにした真意は?某住職が前回「カタカナ語」をブログタイトルにしたからか?ああ興味は尽きない… ここらへんを切り口に、某住職なりにこの企画展を読み解いていってみたいと思っているわけである。もう楽しみで特別展が始まるのが待ちどおしいっす。


2013.10.22   
カタカナ語の勉強
 きょうは小学校で指導主事先生の学校訪問があり、帯同して一日学校の様子を視察させていただいた。午前中は全クラスの授業風景を見学したのだが、おもしろかったわ〜
 二年のあるクラスで国語の授業をしていた。今日のテーマはカタカナ語の勉強である。カキクケコで始まるカタカナ語をみんなで当てるというものである。家から用意してきた品物を袋に入れて来て、ヒントを言いながらみんなに当てさせるのだ。
 最初の子は「カ」で始まるものである。(わ〜、ドキドキ)「最初のヒントは、1から12まであります」(時計?あれ、これカタカナ語じゃないし、トじゃだめだな…えっ、もしかしてクロック!クロックなのか?2年生高度すぎるぞ…)「はいそれでは、正解はカレンダーです」(あっ、そうなんだ…)
 次の子は、ヒント「金太郎に出てきます!」「金太郎ってなんだよ〜」の声あり。(まて、いきなり純和風の金太郎なんて持ってきたが、あの話の中にカタカナ語なんて出てきたか?マサカリ?カ行じゃねえし…)「はい、正解はクマです!」といって女の子が袋からクマのぬいぐるみを出す。(ええっ〜!それはないだろう!クマはあくまで熊だろ〜)と心の中で突っ込んでいると先生が、「そうですね最近は動物の名前はカタカナで表されることが多いですね。(ありゃ、見事にフォローしちゃったよ)
 次の子は「ヒントは台所にあります」「おおざっぱすぎ、もっとヒントを絞ってよ〜」「それでは、臭いです」(えっ、生ごみ?ありゃ?カ行じゃないな…」すると一人の子が「ニンニク!」「おしい!、正解はガーリックです」といって、ニンニクの粉末瓶を取り出した。(今度は英語かよ…)
 いや〜、小学生の国語の授業おもしろすぎ…

2013.10.20   
伝える努力
 昨日の続き、報道の姿勢の問題と言おうか、説明の仕方の問題と言おうか。東日本大震災の折、各方面の専門家たちがマイクの前で謝罪やら状況説明などを行った。東電の責任者や、原子力発電の専門家たちである。いや、NHKの記者でさえも例外ではない。それは視聴者であったり、国民であったり、そういった一般の人たちにどれだけ適切で且つわかりやすい説明ができていたかという問題である。当時のニュース番組の映像なども見せてくれたが、確かに福島第一原子力発電所の初期事故対応では専門用語が飛び交っていて、どういう状況なのかを理解できていた人がどれだけいたか大いに疑問である。
 人に物事を伝えるという作業の難しさを話す中で、作家井上ひさし氏の言葉が引用された。それは「むずかしいことをやさしく やさしいことをよりふかく ふかいことをおもしろく」というものであった。「むずかしいことをやさしく」はこれは誰でもわかる。というより、人に何かを伝えようとするなら、誰しも心がけることであろう。それがプロなら、「より深く」伝える努力も必要だろう。だが、深く掘り下げたものを「面白く」まで昇華できる者はそうはいない。面白さを追求した、井上ひさしならではだろう。
 坊さんとして法話を行うときにも相通じることである。我々の求めるものもここにある。


2013.10.19   
教育の力
 昨日は県の教育委員会研究集会で大町市に一日行っていた。講演ではNHKの解説委員の方だったが、災害防災にみる教育の重要性というテーマだった。なかなか興味深い話で考えさせられることが多かった。災害に対する対処も、防災の意識も、子どもに対する教育がいかに重要か思い知らされた。
 10年教育を続ければ、最初の子供は大人になる。大人になれば親になり、その子にまた教育する。そうなれば防災も伝統になり文化になるというのだ。防災を伝統や文化にするってすごいことだと思う。だが実際、東日本大震災でも防災を伝統文化にしていたところが、多くの命を救ったのである。津波に襲われながら教育の力で助かった一人の中学生が、後世に残したい言葉として記念碑に記した言葉がすごい。
 「100回避難して、100回来なくても、101回目も必ず逃げて」 多くの死を目の当たりにした子だからこそのことば…切実な思いが伝わって来て胸が熱くなるなあ


2013.10.17 
シティーホテル体験 
 本山比叡山へ100人の檀家さんたちを連れて伊那部住職さんたちと行ってきた。今回は17日の諸行事に参加するためで、あまり観光の要素はない。それでも16日は京都市内のお寺をいくつかお参りし、市内のホテルに泊まることになった。そんなわけで絵にかいたようなシティーホテルだったのだがそこで事件は起きた。なにせ連れて行った多くの檀家さんが70歳以上という団体である、若干の心配をしていたのだが、その心配が的中してしまった。
 まずいきなり、お渡ししたルームキーを使って入室できない人が続出。差し込んで抜くだけのあのキーなのだが、カードをどのタイミングで抜いて、いつドアノブ押すのか?きっと初めての人も多かったんだろうなあ。続いて室内履きのスリッパを履いたまま出てきてしまう人たちが…洋服はみんな着て来ることは忘れないけど足元が…まあ我々でもたまにやることである。ホテルも大目に見てくれないかなあ。続いて夕食は「お箸で食べるフランス料理」これもちょっと嫌な予感がしていたのだが、的中である。一品ごと出てくる料理が実に面倒くさいのである。全部食べきらないと次の料理が出てこない。ご承知のように、酒飲みはなかなか料理に手を付けない。そうするとすぐ食べる人との間に時間のロスが生じて不協和音が生み出されるのである。
 やっぱり高齢者には、オートロックでセキュリティーの厳しいホテルはなじめないのである。そんでもって温泉があって畳の部屋でなければくつろげないのである。料理は一度にど〜んと出してもらって、好きなものから食べていきたいのである。お酒も注ぎ合いたいんだろうなあ。なんだか本当に申し訳ない気持ちでいっぱいであった。今まで檀家さんを連れてああいったホテルに泊まったことなかったから、今回体験してみて、「ああ、やっぱり…」って思うことばかり。むずかしいものである。

 2013.10.15  
嵐を呼ぶ男
 いや〜、一気に寒くなりましたな〜。涼しくなったと言えないところがつらい。本当に極端。それにしても不思議なもので、ちょっと気温が下がりだすと途端に寒く感じ始める。それに伴って温かいものが急に食べたくなる。ざる蕎麦やざるうどんだったものが、かけ蕎麦や釜揚げうどんに、鍋やおでんが恋しくなるのである。
 それもこれも皆、台風の影響である。このところずっと天気がよかったのに、明日比叡山へ団体参拝に出かけようというところに持ってきて台風である。もうつくづく誰かの悪縁としか思えない。それでも明日は行かねばならない。明後日大事な法要を根本中堂で行わなければならないからだ。と意気込んでみても、明日の朝になったら、中央道は土砂崩れで通行止め、比叡山は強風で大木が倒れ通行止め、なんてなってるかもしれない。
 まあそれでも、某住職が動くときは大概雨や台風に見舞われるのだが、不思議と催しが中止になったことはない。まあ中止にするほどの破壊神ではなさそうである。まあせいぜい雨降り小僧といったところか。


 2013.10.13  
女子会の席
 きょうはご法事がトリプルという超ハードスケジュールだった。檀家さんの法事を昼を挟んで二つ行い、三つ目は阿智の親戚へと向かった。そうなのだ、三つ目は菩提寺としてではなく、ただ単なる親戚として参列したのだ。
 法要、お墓参りと滞りなく済ませ、精進落しの会場である昼神温泉のS苑に向かう。席に着いてみるとちょっと困惑した。4人づつのテーブルだったのだが、他のみなさんが皆女性だったのである。そうなのだ、檀家さんの法事を二つ受けていたので、時間的に間に合わないと思い、親戚の法事は奥様に出てもらうつもりでいたのだ。ところが時間が間に合うことになったので、急遽某住職が行ったのだ。それで女性席になってしまったというわけである。だいたい坊さんとして参加する精進落しの席は大概最上座に座らされる。そして決まって近くに来られるのは大概男性で高齢のみなさんである。それが今まであまり親しく話もしたことがなかったご婦人ばかり…さあこれはどうなる?
 いや〜これがいたって楽ちんなのである。なぜかというと、こちらは黙っていても、ほとんどしゃべってもらえるからである。気まずいかというとこれもちっとも気にならなかった。それどころか、法事の席の女性陣はこんな話をしているのかと目からうろこ…本当に面白かった。ただ、男どもはなんて言われているかという点では怖いばかりである。
 実際、家の奥さんが来てなくてよかった!が実感であった。なぜならこの勢いで話に巻き込まれたら、勢いで何を話させられたか分からないからである。ただ話の流れからいって、良いことは言われないことだけは確かだからであった。


2013.10.11   
高校の強歩大会
 昨日はお気楽娘の高校の強歩大会だった。ちょうど午前中用事のない日だったので保護者のお手伝いとして参加してみた。仕事はチェックポイントでのお茶の接待で担当は山の寺であった。全コース女子は20キロ、男子は30キロのほぼ中間地点にあたる。
 9時に集合し、準備にとりかかる。ポリタンク2本に水を入れ、麦茶パックを投入、テーブル上にはタクアンとラッキョウを大量に並べる。なぜタクアンとラッキョウなんだ?今どきの高校生はタクアンとラッキョウが好きなのか?少なくとも我が家の双子はどちらも嫌いである。まあ塩分補給といういうことだろう。そして、糖分補給のドロップを山盛り。
 さあ準備完了!なにしろお手伝いに参加したのは初めてなので、興味津々、到着が待ちどおしかった〜。ほぼ10時、最初の男子生徒が到着!記録を狙っているのだろう。麦茶を急いで飲み干すと即出発。やがて第2陣の集団がやってきた。どうやら運動部の連中である。彼らも麦茶だけ飲むとほとんどタクアン、ラッキョウには手を付けず出発!おいおい、どうするんだ、この漬物…
 さて、やがて次々と生徒がやってきた。みんな、麦茶を2杯以上飲んでいく。麦茶の準備にてんやわんやである。もう、休む間もなく注ぎまくる。到着が遅い連中ほど急ぐ要素がないので、ゆっくりお茶を飲んでいく。漬物に手を出す生徒も増えてきた。それでも男子生徒はほんの一切れ、二切れ程度が多い。ところが女子生徒たちが到着しだしたら状況は一変した。タクアンが売れること売れること。次々とタクアンの大袋を開封する。一方、ラッキョウは楊枝で刺しにくいというハンデもあるのか売れが悪い。前途が心配である。
 いや〜、疲れました。4時間立ちっぱなしの働きっぱなし。こんなにハードだとは思わんかった。さて漬物たちの結果はというと、タクアンの圧勝である。ラッキョウは最初に開けた袋の四分の一も減らなかった。だれだよ、ラッキョウこんなに買ってきたのは。市場調査が足りなかったようである。某住職、ラッキョウが好きなだけに、ラッキョウの凋落ぶりには心痛めるものがあった。あの残ったラッキョウたちに幸多かれと祈るばかりであった。


2013.10.9 
うどんの思い 
 老僧様が亡くなって昼食にかける情熱を失った。介護を初めてこの7年、食事の時間は常に年寄りに合わせていたので、実に時間正確だった。母親はデイサービスやショートステイに行くことも多かったから、家を留守にすることもある。だが老僧様は外に出ることが嫌いだったので、本当に家によくいた。そうすれば昼食は当然のように二人で食べるわけである。まあ料理と言っても昼食は麺類が多かったけどね。その老僧様がいないとなれば別に作らなくてもよいのである。食べなくたっていいのである。そのことに最近気が付いた。考えてみれば昼食を作ることも食べることも当たり前と思っていたが、こんなことを7年ずっと続けていたことがなんだか今思えば不思議である。
 そういうわけで、昼食作るのが面倒なので、夕食の買い出しに行くついでにうどん屋に寄った。M製麺である。ここは最低280円で食事ができる。いや、おにぎりやお稲荷さんだけなら100円か?ところが薬膳師Aに言わせるとこの店は危険なのだそうだ。ついついトッピングを加えていくと、とんでもない金額になるらしい。って、A女史はどれだけトッピングを加えて食べるのだろうか?そういえば、K寺のS住職も同じことを言ってA女史と二人で盛り上がっていたのを思い出した。育ちざかりのみなさんは羨ましい限りである。あげ玉やきざみネギは盛り放題なんだから、某住職は、最低の280円の「ぶっかけうどん」か「かけうどん」で充分である。それでも今日はおいなりさんを一個加えてみた。
 うどんを口にしていると必ずあの日々を思い出す…


213.10.8 
人生の経歴書 
 昨日、千葉県の日蓮宗の御寺院のみなさんが訪問された。何かの研修の一環なのだろうが、茶屋椿さんの薬膳料理がメインだったようだ。なのでおまけで某住職もちょこっと法話の真似事をした。まあ同業者のみなさんにお話をするのは嫌なものである。どうせ鵜の目鷹の目、値踏み状態だし。
 さて、ここのところ老僧様の本葬の準備で慌ただしくしている。しなければならないことばかりで、毎日リストを作っては一つ一つこなしていくのが日課である。その中で老僧様の経歴作成を行っている。調べてみればいろいろと出てくるもので、まさに人に歴史ありである。それでも老僧様はたくさんある方だと思う。坊さんとしての経歴や、教員としての経歴、保護司の期間も長かったからなあ。なんだか表彰もいくつもされていて驚く。りっぱな坊様だったということか。
 その点、某住職なんか経歴3行くらいで終わってしまいそうである。表彰もないなあ。あっ、あった!住職30年表彰!大学出てまもなく副住職の登録がされたようなのだが、それも住職期間に入るらしい。そうは言っても、副住職の間は住職の認識はなかったなあ。まあそんな程度の表彰である。某住職の人生は所詮この程度のものであることが判明。なので、死んでも経歴書作りはいたって簡単そうである。というか、某住職のだれか作ってくれる人はいるのか?そっちの方が心配である。しょうがない、今から自分で作っておくか…


2013.10.7 
秋の運動会 
 そういえば昨日は小学校の運動会だった。土曜日の予定が日曜に順延となったのだ。日曜はご法事を受けていたため、おかげで前半戦途中までの見学となった。今年は北小の担当である。
 最初の準備体操、ラジオ体操第一を子どもたちとやって愕然とする。五十肩で両肩とも痛くて上がらなかった。確かに痛いとは思っていたが、ここまで痛かったとは…子どもの運動会に参加して、年々体の衰えを実感するのである。
 さてM氏家のSくんは?相変わらず入場行進は手足がばらばらの感じであるが、みんなと一緒に参加してできれば上出来である。かけっこだって走り方が年々向上している感じで、今年なんて5人中3位だった。みんな順調に成長しているなあ。
 一二年生の出し物で「ダンスしなののくに」があったが、みんな体から力が抜けて楽しそうだったなあ。そうだ、一年生でも「信濃の国」が6番まで歌えるのだそうだ。これってすばらしいことだと思う。最近は歌えない子が多くなっていると聞いたので、学校の授業等でも歌えるように指導してほしいと要求した経緯もあった。それにしても一年生がというのはすごい。この時期に覚えておけばたぶん一生忘れないのではないか。信濃の国はよく長野県の特徴を表しているし、歴史の勉強にもなる。なにより長野県人としての連帯感や郷土愛にもつながる。よくこういうのを否定する人がいるが、こういうことをきちんと教えられるのが教育だと思う。
 ちなみに某住職が歌詞を見ずに歌えるのは3番までである。一年生に対してちょっと恥ずかしい。


2013.10.5   
マツタケご飯
 豊丘村に用事で出かけた折、森林組合の前を通りかかった。ちょっと覗いてみることにした。もう昼ごろだったので、どうなんだろうと思ったが、駐車場は止めるところがないくらい車でいっぱいだった。みんなマツタケを買いに来ているのだろうか?店の中は人でねやねやである。マツタケは早朝に並べられて昼ごろには売り切れているのかと思っていた。ところが見ていると、事務所の奥の方から次々とマツタケの新しいパックが出てくる。どうやらたくさん取れているようだ。実際、お客さんたちの立ち話に耳を澄ましていたら、「先週よりも大分安くなったなあ」なんて声も聞こえてきた。
 マツタケの横では、ショウゲンジやクロカワ、イクチやコウタケなんてキノコも売られている。こちらは量もたくさんあってお得である。某住職はマツタケよりもこちらの方が魅力的である。それに客も殺気立っていない。なんだかマツタケが陳列されている方は、品定めと注文とでみんな我先にという感じで怖い。なので、気が弱く人を掻き分けられない某住職はこういったところが大の苦手である。こういう時こそ薬膳師のA女史を連れて来るべきだったと思った。
 それでもせっかくだからと、黒くてたくさん盛られたクロカワのパックと、ランク3下というあまり人気のないマツタケのパックを買ってみた。どちらも思っていた以上に安くてお得感があった。そんなわけなので、今夜は自分でマツタケご飯とマツタケのお吸い物を作ってみたのである。
 さてお味はというと、主婦とするとイマイチといった感じの出来だったので、もう一度挑戦してみたいなあ…えっ、もう無駄使いはダメ?もー、どなたかタダでください!


2013.10.2   
サンザシどうぞ
 以前にチベットで撮られた樹葬の写真の話をした。昨日、撮影したKさんがその写真を引き伸ばして持ってきてくれた。樹葬という風習自体奇異なものだが、その写真に写しこまれた霊体的なものもなんとも不思議なものである。会館に飾っておくので興味のある方は見に来られたし。
 さて、近くで栽培されているサンザシの実が赤く色付きたわわに実っている。きょう栽培者のGさんがやってきて、欲しければ自由に採って行っていいと言っていかれた。薬膳師A女史は嬉々として出かけて行ったが、我々庶民は採ってもどうしていいかわからない。薬効が大分あるようだが、さてどうしたものか?熟れてきているので、まあとりあえず採っておかなければ始まらない。といって、某住職が行くわけもなし。だって暑いんだもん。なにせ今日は31°の真夏日だったらしい。
 そんな中偶然会館にやってきたK寺住職が薬膳師A女史に騙くらかされて、サンザシ採りに連れて行かれた。本人はどうも自分の意志で行ったようだが、傍から見ているとどう見てもそそのかされて行ったようにしか見えない。さて収穫はどうだったのだろう。たくさんなっているようなのだが、なんといっても小粒なので効率が悪いらしい。それでも買い物籠二つに満杯に採ってきたから頑張ったものである。人間欲は大切である。
 さて、欲しい方は是非会館にお越しいただきたい。ご案内いたします。


2013.9.30 
 樋(とい)を設置する
 なんだかすっかり秋っぽくなってしまった。朝夕の涼しい?いや寒くないか?まあ気が付けばもうすぐ10月である。りっぱな秋である。まだマツタケは食べていないが…、いや先日のご法事の茶碗蒸しに一切れ入っていたか…さて、今彼岸花が満開である。鐘楼横の七福神の後ろにびっしり咲いている。これ以上くっつけないというくらいひしめき合っている。年々増えて来て、まもなく畑スペース全体を埋め尽くしそうな勢いである。彼岸花も盛りを過ぎると秋本番である。
 某住職の大事な仕事の一つに、池への水の取り入れというのがある。我が家には池が二つあり、どちらも川から水を引き込んでいる。ところがこれが厄介なのである。流れてくる砂や落ち葉で取り入れ口のパイプが詰まるのである。これを三日に一度は点検、清掃をしなければならない。そうこうしていたら、水を受けて流す割竹で作った樋が朽ちて折れてしまった。まったくもって余分な仕事がまた…竹を取りに行くのが面倒なので、ポリ?でできた市販の雨樋を買ってきて取り付けてしまった。いや〜、思いのほか簡単に設置できてよかった〜満足満足。だが喜んでばかりもいられない。これは苦情必至だからである。あまりの情緒のなさに厳しい非難が予想されるからである。苦情の寄せられる候補者は以下のみなさんである。
 @家の奥様 A茶屋椿の薬膳師A B寺の総代さん さて、この中で最初に見つけて文句を言ってくるのは誰だろう。今から楽しみである。 


 
2013.9.27   
小原が丘祭
 今年も文化祭シーズン到来。さっそく地元中学校の小原が丘祭に行ってきた。昨年に引き続き、オープニングから小芝居のオンパレードである。年々小芝居度がアップしていくような…。それにしても頼む!小芝居をするときは、やる自分が恥ずかしがるな!見てるこっちはもっと恥ずかしいだろ〜。
 中学生諸君に言っておく。「単に言ってみたいセリフを言ってみた」では困る。小芝居なのだからこちらは物語を期待しているのだ。なので、言いっぱなしのグダグダになられてはこちらは収まりどころがない。みんな最初は威勢がいいのに、最後は尻切れトンボというのが実に多いのだ。教育委員のおじさんは期待しているんだからね。思い切り笑わしてくれよ〜。もう一息なんだから〜

 
2013.9.25   
招かれざる客
 お彼岸のお墓参りに行って帰ってくると、そばの木がなにやらざわついている。風かと思い、一瞥しただけだったが、続けていきなり枝が大きく揺れた。揺れた枝の奥を見るとなにやら黒っぽいものが動いている。回り込んでよく見たらサルだった!なんだかでっかいヤツである。そうしたら見つかったと思ったのかすぐ横の区民会館の屋根に飛び移った。木には大きな赤い実がなっておりどうやらそれを食べていたらしい。区で植えた木でなんて実なのかよく知らんが、「あれ?この実食べられたんだ!」と初めて知った。いや、サルだから食べられたのか?
 それにしても山と里の境に電柵が設置されたのに効果ないじゃん。まあ電柵などお構いなしに入り込んでいることは、周知の事実であったが。それでも一匹だけのオスのはぐれザルは危ない。やさぐれているからである。メスには相手にされず、家族も作れず、それで中途半端に体がでかいときている。女性や子供が襲われたといった事件も以前はよく報告されていた。それが久々の登場である。あとで娘から話を聞いたら、某住職が目撃する前には、中庭の池の端を堂々と歩いて行ったそうな。もうなめきっている。奥様も好奇心に刺激され見に飛び出して行ったが、目の前でサルは屋根から木を伝って来て、そのまま悠々と土手を上って田んぼの方へ消えていったそうな。
 これはどうやら犬のココロが亡くなったことが影響しているかもしれない。時々興奮して啼いてたもんなあ。邪魔するやつがいなくなって堂々とやってきたというわけですか…

2013.9.23   
小さな論争
 昨晩我が家でささやかな論争が起きた。それはブドウの食べ方についてである。いよいよブドウシーズンも終盤であるが、我が家ではブドウが食卓から切れたことがない。ひとえに某住職が好きだからである。今食べるのはもっぱら巨峰系のブドウである。それもタネ無し。それには理由がある。
 先日、檀家さんから自家栽培の巨峰をたくさんいただいた。ところがこれがタネ無しではなかった。でも好きに変わりはないので、喜んでいただいておりました。そうしたら娘たちがいじめるのである。それは某住職が巨峰のタネを出していたからである。みなさんはブドウのタネ出しません?残念ながら我が家の女性陣はみんなタネを出さない派だったのである。
 さて、タネを出す派の人たちはなぜ出すのか?理由は二つ。一つはブドウの実を必ず口の中で噛むからである。もう一つは、ブドウのタネを呑むと盲腸になるという迷信?を信じているからである。(こういう人はぜって〜スイカのタネも呑みこまない)。一方、タネを出さない人は、ブドウの実は噛まずに飲み込むものと決めている人(確かにブドウは噛むと酸味が出てくる)。そしてもちろん盲腸の迷信も信じてはいない。
 そんなこんなで、「タネ出す人初めて見た〜ダサい!」と娘たちからバカにされたのである。えっ、えっ、本当にそうなのか?みんなタネは出さないものなのか?答えてけろ〜!

2013.9.21   
ココロ逝く
 きょう犬のココロが逝った。せっかく足指の骨折を治すためのギブスが取れたばかりだったのに。ギブスがすれて傷になり感染症を起こしていたのだ。老僧様の死去、密葬、その後の処理と振り回されていて、ココロの体の変化に気づいてやれなかった。老衰も相まって体力を奪ってしまったようだ。今日のお昼に動物病院で亡くなった。かわいそうなことをしてしまった。老僧様が犬の面倒をみれなくなってからは、某住職がずっと面倒見ていたから、全面的に某住職の責任である。
 この一週間で一人と一匹の二つの命を看取った。どちらも長年面倒見てきた二つの命だけに、さすがに堪える。夕方ばあちゃんに報告に行ったら、老僧様の後を追ったんだと言ったが、どうもココロはそうは言ってなかったような…、まあ考えてみれば、ここ二年ほどは、冬が越せるか、夏が越せるかというような状況で生きながらえてきたんだから、よく生きたということか。15歳くらいかと思っていたら、17歳だったということが判明した。耳も遠くなり目も見えなくなっていたからなあ。
 あすは家族みんなでお葬式である。


2013.9.19 
ばあちゃはその時 
 老僧様が亡くなってから、怒涛の一週間が過ぎてしまった。まさに行わなければならないことをこなしたという日々は、あっという間のことであった。当然のことのように、過ぎ去った日々は戻ってこない。ああすればよかった、こうすればよかったと悔やむことしきりである。突然の他界とは言え、やはりいつでも起こり得ることと理解しておくべきだったろう。エンディングノート講座をやっていた者としては、まさに生きた教訓をいただいたわけである。
 老僧様が亡くなってからの話題の中に母親、ばあちゃんの話題が出てなかったが、お彼岸までショートステイにあずかってもらっていた。なので亡くなったことをショートステイ先に報告に行くと、最初に発せられた言葉は「よかった…」であった。これは深い言葉だと思った。某住職にはこの時の短い一言に、母親のすべての気持ちを汲み取った気がした。
 好きだった家で最期を迎えられたこと。苦しまずに逝けたこと。これ以上家族に迷惑をかけずに済んだこと。そして、自分より先に逝ってくれたこと。実は寝たきりの母親は、自分で老僧様の面倒を見れないことをとーても辛く思っていた。そんな老僧様を残して先に死ねないと思っていたのだ。だから、「よかった…」の後に見せた一滴の涙に言い知れぬものを感じた。
 だが某住職がこんなことで、単純な感動物語にするわけもなく「ばあちゃ、これで心置きなく逝けるでな!じいちゃも待っとるでな!って言っとったでな!」って言ったら、「いやだあ、まだご飯もおいしいし、読みたい本もたくさんあるんだで!もうちょっと生きたいよう!」だそうである。ばあちゃはまだまだ生きる気満々である。


 2013.9.17
一夜明けて 
 老僧様が亡くなったことを頭は理解しているのに、感覚は理解していないんだよな。入院していたわけではないから、いつも一緒にいた人がこうしていなくなっても、これからずっといないんだというふうには感覚が理解してくれない。今はただちょっと入院して留守している感じ。
 さて、昨日無事密葬式を終えることができた。台風の雨と風が心配されたが、葬儀を終え出棺のため外に出た時には、なんと、雨は上がっていた。老僧様の力か、某住職の法力か… 少なくとも式が始まるころには「さすが雨男の某住職!こういう時に限って災害級の雨降りって、外さないね〜」ってさんざん言われていた。だいたい、「十人も坊さんが揃っていて、雨一つ止めさせられないのか」って言われるのは必至と覚悟していたくらいだ。ましてや土砂降りの中でお見送りさせた日には、檀家のみなさんから「老僧のお見送りの時にはえらい目にあったよな〜」って末代まで言われたことだろう。
 そんなこんなで、ハラハラドキドキさせられた一日であった。まあ自分がこうして喪主になってみると、やはり住職として喪主さん方を眺めていた時とは全く違う。なにより、自分が棺桶のくぎ打ちを行ったり(喪主が最後にすべての釘を打ちこむやつ)、霊柩車の助手席に乗ったりなんて、やっていながらなにか実感が湧かなかったもんなあ。一夜明けて、まだ体は浮遊している感じなのだ。


 2013.9.15  
知らなかったクセ
 老僧様が亡くなって、知らずに身についてしまっていたクセを発見した。それは、庫裡の中を歩いていても、境内を歩いていても、老僧様のいそうな場所を常に視線が追うことである。特にここ2、3年は時間の概念が曖昧になっていたので、散歩に行くと言って出かけても食事の時間に帰ってこなかったり、境内のベンチで昼寝をしてしまったりということが度々なのであった。境内から外に出ることはまずなかったが、とにかく広いのでその度に探し回らねばならず、かくれんぼ状態で苦労することが度々であった。なので某住職が家にいるときは、逆にこちらが、常にどこにいるのかをチェックするようになってしまっていた。
 どこにいるか分からないとはいえ、お気に入りという場所もあったのだ。たまに想定外というところで、探すのにえらく難儀したこともあったが、庫裡の中・境内で20ケ所くらいの場所を押さえておけば、かなり高い確率で見つかるというポイントもあったのだ。なのでそこを通る時には、老僧様がいるかどうかを必ず確認するというクセがついてしまったのだ。
 そのことは意識していなかったのに、亡くなってからこの三日、庫裡の中を歩いていても、境内を歩いていても、その場所を通ると思わず目が追ってしまうのだ。…その度に我に返る「あっ、亡くなったんだっけ…」


2013.9.13
 
通夜、出棺
密葬、本葬
の日程は新着に
載っています
 
老僧逝く
 今朝、老僧様が静かに逝った。朝、お越しに行くと返事がなく、揺り動かしても反応がない。俗にいう意識がないという感じだ。。だが体は温かいし、心臓に耳をあてると小さくトクトクと動いている感じがする。慌てて主治医の先生に連絡し、救急車を手配するよう指示を受けた。救急車到着まで心臓圧迫の蘇生術をし続けた。だがドラマのようににわかに息を吹き返すといった状況には襲われなかった。やがて救急隊が到着し、老僧様は運ばれていった。
 その後病院にて30分間の蘇生術が施されたが、心臓の鼓動は戻らなかった。午前8時45分、心肺停止により死亡が宣告された。体がもがいた様子もなく、苦悶の表情も無かったため、眠っている状態で心筋梗塞が起き、あっという間のことであったろうとのことだった。昨晩は久しぶりによく食べられたので、まさか亡くなるなどとはこれっぽっちも思っていなかった。それだけに突然のことに動揺し、夜の今まで種々の手配や話し合いに振り回されてしまった。まったくもって、何日か寝込んでくれたら心の準備もでき、手はずも整えられただろうにと勝手なことを思ったりなぞする。それにしても認知症が発症して9年である。今思えば、あっという間の9年だったような気もする。
 まさに昨晩は皮肉を込めて、しぶとい老僧様をカフェオレ的などと揶揄したくらいだ。それがいきなり白黒つけるなんて…老僧様、昨日のブログを読んでいてくれたのかなあ。
 ここに、生前中にお世話になった皆様に謹んで感謝を申し上げます。


2013.9.12 
 カフェオレな日々
 少し涼しくなったと思ったら今日はまた夏に逆戻りだ。落ち着かない陽気の中、このところ老僧様の体調が芳しくない。食欲がなくなったり、熱が出たりを繰り返している。病院にも行ってきたが、これといった主だった病気が見つかったわけでもない。これを夏バテというのだろうか。まあ老僧様は寝ているだけだから、特段困ったこともないが、食べてくれないのは困ってしまう。体力がなくなってしまうからである。去年もこんなことがあったなあ。これはいよいよお迎えか!と思ったものだが、その後盛り返して元に戻ってしまった。
 食べられなくなって、徐々に体力がなくなっていく死に方は大変気持ちがよいそうだ。痛いところがないのだから、わずかな水を取りながら穏やかに逝けるのである。某住職も亡くなる時は、一瞬で死んでしまうか、さもなくば静かな餓死がベストだと思う。そうなのだ、昨日病院へ行った時も、体力が戻るように2、3日でも入院をと言って手続きをしてくれたのに老僧様は嫌で帰ってきてしまったのだ。まああれだけ認知症が進んだら、無理にどうこうしないで、本人のしたいようにしてやろうと思う。それで、我が家で逝けたら本望だろう。
 と、こう書いていると、次の日の朝にはケロッとして起きてくるのである。ああいったい、こんなことを何度繰り返してきたことだろうか。じいちゃ、いいかげんカフェオレみたいなことしてないで、白黒つけようね。


2013.9.10   
謎の白い物体
 地区の主要道路に植栽されているアジサイの手入れに参加した折、大変なものに遭遇した。道路に面したブドウ畑の棚の下に白いバレーボールのボールが転がっていた。あれ?なんでこんな所にボールが?と近づいてみたら、表面になにやらヒビの入ったような模様が…ええっ!頭骸骨!いやいや、よーく近づいて見てみたら、見てみたら…これはなんだ?
 一緒に参加していたOさんが教えてくれた「それはオニフスベというきのこだよ」。じぇじぇじぇ!この巨大なバレーボール状の白い塊がきのこ?手を広げて大きさを計ったら、直径が25センチもあった。みんなで囲んでワイワイやっていたら、偶然畑の所有者が車で通りかかった。「それ気持ち悪いから持って行ってよ」って、持って行ってどうするの?そうしたら、前述のOさんが食べられるとか言い出した。その真偽のほどはともかくとして、まあそれでも珍しいから会館に持って帰って飾ろうということになった。持ち上げようと思ったら本当に地面にくっついている。地面から生えているのだが、もいでみたらまったくもっての真ん丸であった。けっこうな重量感がある。
 持ち帰って眺めたが、つくづく不思議な物体である。これが本当に食べられるのか?そうしたらすでに食べた経験があるというFさんが教えてくれた。割ってみて中が白ければ大丈夫、中が黄色くなっていたらダメらしい。そこでさっそく割ってみた。臭いをかぐとりっぱなキノコ臭がする。だが残念ながら全体が黄色くなっていた。ネットで調べたら胞子がつくられると黄色くなるそうで、そうなると食用には不可とあった。残念… あれ?本当に残念か?これ、食べられると言われて本当に食べたいか?いや〜ちょっと遠慮したいが本音であろう。


2013.9.8   
青春じゃん
 今夜も若者が2人して、会館で青春していた。陵王の舞の練習である。瑠璃寺開創900年祭に復刻された「陵王の舞」、舞い手のD君が新たな舞い手のS君に伝授しているのだ。地元で仕事につき、地元の祭りを極めたいD君と、幼馴染で同じく祭り好きのS君は、今年の春大学を卒業して地元に帰ってきた。
 陵王の舞い手の養成が次のテーマと考えていた多くの大人を尻目に、若者たちはもう取り組み始めている。しなければならないではなく、やりたいからやるなんだろうなあ。祭りの原点は一人一人のやりたい気持ちなんだとつくづく思う。一人の挑戦から始まったDくんの陵王の舞は、みんなを巻き込んで大きくなりつつある。
 舞い手の養成もそうだが、江戸時代から伝わる陵王の面だって何か所も裂けた跡がありすでに満身創痍である。オリジナルは保存し、祭礼用の複製面を作らねばと検討していたところへ、御縁あって地元で活動する能面師のIさんが制作を名乗り出てくれた。Dくんという歯車が動いたことから、次々と周りの歯車が噛み合い大きな流れができていく感じだな。
 やってることは今風じゃなくて渋いけど、こういう青春もいいじゃないかと思う。これって、古いけど新しい、温故知新ってやつだな。


2013.9.6 
犬猫動物病院で 
 久しぶりにワンコの治療に動物病院に行った。前にも行ったことのあるN動物病院である。ここは人気があるのでいつも混んでいる。待合室で待っていると、いろんなわんこやにゃんこがやってくるが、飼い主もいろいろである。
 治療の終わったココロを迎えに行って、空いたベンチに座るとそこには黒いラブラドールの盲導犬がいた。いやベンチの上ではなくベンチの下にである。某住職の足の下にラブ君の尻尾が入り込んでいたので踏まないように気を付けた。盲導犬は本当にいい子である。いろいろな犬や猫がやってくるが、気に留めるでもなくじっと伏せている。かわいい顔をしていたので触りたかったが、よくテレビなどで、盲導犬は呼び寄せる行為や、触りに行くなどの行為はしてはいけないといわれていたので、すぐ足元に居ながら知らんぷりしていた。
 ところが、盲導犬はかたくなに伏せをして、感情も表さないのかと思っていたが、よく見ているとちゃんと反応している。診察室の治療されている犬の叫び声が聞こえれば、首をお越し、声の方をじっと見つめるし、他の犬が顔を寄せて来れば、ちゃんと鼻を合わせて答えていた。可笑しかったのは、シーズーかなあ?小型の愛玩犬が2匹リードで連れられてきたのだが、待合室に入るなり、床に張り付いて踏ん張ってしまった。薬品の臭いや、ただならぬ雰囲気に怖気ずくのだろう。引っぱても動かない。飼い主のおばちゃんが無理に引っ張って引きずって行ったら、一匹がいきなりウンチをブリブリブリ!立派なウンチのロープが床に… 居合わせたみんなが「あらあらあら!」って歓声を上げた。その時、盲導犬君は何食わぬ顔をして伏せをしていたのだが、某住職の足の下にあった尻尾はメチャクチャ某住職の足を叩いていた。顔は知らんぷりしてたのに、尻尾は正直だった。明らかに興奮していた。これって笑ったのかな?
 冷静な盲導犬君の人間らしさ?を垣間見て、可笑しかった瞬間だった。

 2013.9.5  
バファリン様
 某住職にもたまに頭痛が襲う時がある。最近はたまにと言えないところがつらい。暑くて湿気が多いのに汗がかけない日などは特に危険である。肩こりから首筋、後頭部が痛むときもあれば、頭全体が痛むときもある。まあどちらかと言えば時が解決してくれる程度の症状であるが、どうにもならないくらい痛むときもある。そんな時に限って、家事をさぼれなかったり、大切な会議などがあるのである。今日もそうだった。そんな時はどうするのか?そうである、バファリン様におすがりするのである。そうなのだ、困ったときのバファリン!なので我が家では様を付けてお呼びしている。
 我が家では奥様も頭痛に襲われる時があるので、バファリンは常備している。飲めば明らかに症状が緩和されるのである。しかーし、薬膳師A女史からは「バファリンなんて飲んでると廃人になるぞ!」などと言われるのである。「脳細胞が破壊される」とそこまで言われるのである。まーたまた、大げさなことおっしゃって〜 ところがちょっと心配になって調べてみたら、じぇじぇじぇ!効くということはそれだけ副作用もあるということで、注意が促されている。主成分はアスピリン…昔よく聞いたことのある名前である。そうなのだ、常飲は厳禁と書いてある。特に15歳以下には与えてはいけないとまで書いてある。子どもに服用させると、肝障害から脳障害までおこす可能性まで書いてあった。が〜ん!である。薬膳師Aの言ったことは本当だったのである…
 これは大変なことである。きょうから使用をやめよう。な〜んて、なるわけがない。喉元過ぎればである。本当に困ったときだけ使うからね。だからこそのバファリン様なのである。


2013.9.3   
阿波踊りの魅力
 夏祭りの定番と言えば、阿波踊りだよなあ。毎年、テレビで特番が組まれると必ず見てしまう。なんでだろう、踊り自体がすこぶるシンプルなのだが、それがまた逆に奥が深いというか、あんな過酷な踊りはないのじゃないかというか、う〜ん、自分でもよくわからんのだが、本能的に惹かれるみたいな。
 土佐の「よさこいソーラン」と比べてもその魅力は際立っている。完成された様式美があるよなあ。各連によって踊りも組み立ても違うのだが、基本の動きは崩してないから、全体に統一感がある。あ〜あ、現地に行って見てみたいなあ。そうなのだ、きっと自分で踊ってみたいんだと思うんだよなあ。たぶん、某住職にとって最も踊れない踊り、それが阿波踊りだと思うのだ。限りなく足に筋肉のない某住職にとっては、落とせない腰、五十肩で上がらない腕、そしてマイナスに振り切れようかという体力、まったくもって踊れる要素ゼロ。だからこそ、惹かれるということか…
 あ〜徳島で本物見てみて〜、え〜っと、日程はと…8月の12日から15日ですか…えーダメじゃん!こりゃあ坊さん辞めろってことですな…

2013.9.1   
9月に入ったぞ!
 今朝は早朝から地域の防災訓練だった。今年は日曜日と重なったので本日実施で日本中が同調したことだろう。伝達訓練、安否確認、消火訓練、避難訓練等が粛々と行われていった。だがこういったものは粛々と行われてはまずいのではないか?災害は非常事態の緊急事態である。ことは上手く運ばない状態が普通であって、予定通りはありえない。なので「計画通りに防災訓練がうまく運びました」では訓練にならんのでは?などと思ったりなどする。
 さて、そんな9月に入ったばかりの産直市場に今行くととってもお得だ。いや、なにかおまけをくれるとかいうことではない。果物が本当に豊富なのである。夏の果物と秋の果物がひしめいている。夏の果物の名残である、夏イチゴと桃、スイカだって並ぶことがある。一方秋の果物がここぞとばかりに勢いを増している。リンゴやナシは定番だがシーズンとしてはまだ早い。なんといっても今の最盛期はブドウである。ここ数年の品種の多様化は目を見張るものがある。毎日違う品種を食しても試食に何日かかるだろう…というくらいの品揃えである。
 さて、そんな果物を某住職はまとめ買いをするのかというとそうではない。立ち寄って野菜や果物を覗くのが楽しみなので必要最小限しか買わない。さあ、みなさんも産直市場へ走れ!某住職に会えるぞ!


 2013.8.29
 葬儀に参列
 葬儀に行ってきた。親類の葬儀への参列である。ただし、親戚と言ってもちょっと御縁的に遠い親戚である。こういう葬儀ってちょっと微妙ではないですか?いっそ、思いっきり遠い関係ならば、告別式だけでもOKだが、もう少し近くて、本来なら父親が参列するところを某住職がなんて葬儀は、これはもう式まで参列しないとまずい雰囲気で…そんな関係の親戚だと控室に行っても知った人がほとんどいない。コーヒー飲んでいても間が持てないったらありゃしない。周りを見回せば同類のボッチのみなさんもちらほら。そんな人たちの中でちょっと若い人はみんな携帯かスマートフォンをいじっている。こういう時にはある意味大変ありがたいアイテムである。某住職は生憎と年寄り携帯であるところに持ってきて、いじる用事もない。まあもしあったとしても、たぶん意地でもそういうものに逃げたくはないと思うだろうが…そうなってくると、見ず知らずの人でも話しかけて来てくれるともう助けの神に見える。(ええい、この人を逃がすものか〜)っていうんで、くだらない話題でも思いっきり話を引っ張ってやろうなんて思う。
 まったく、葬儀自体ではなく、葬儀式の始まる前の待ち時間で疲労困憊してしまった。あ〜あ、坊さんとして葬儀式やってたほうがよっぽど気が楽であるなあ。


2013.8.28   
サンマの季節
 今日は朝も夜も涼しかった。秋風が吹いている感じだった。実際、9月中旬の気温だったらしい。ところが、日中は30度を超えてたんだよなあ。気温差が15度以上あったらしい。この温度差についていけず、午後はなんだかダルダル状態だったんだよなあ。
 さて、そんな秋の気配を感じだすと不思議とスーパーなどではサンマが並びだしたりする。初水揚げのニュースを今日聞いたと思ったら、もう店先に並んでいた。細いものはそれなりの値段だったが、大きなものは1本500円を超すビックリ値段であった。最近は魚が売れないそうだ。スーパーでも魚売り場がどんどん縮小されているというニュースをやっていた。魚の消費が減っているということはもう数年前から囁かれていたことである。肉に比べ単価が高いことと、料理方法を知らない(焼くだけ?みたいな)が大きな理由で、中にはレンジが汚れるからイヤ!ってのもあった気がする。まあ魚関連の商売をしている人には前途多難な時代到来である。
 主婦をしている某住職は当然こういった話題には敏感である。ぜひ消費してほしいと思う。別に魚屋の手先になっているわけではない。人間の食料として店頭に並んでいるみなさんは、すでに命を我々にささげてくれているわけである。それが無駄にならないことを祈るばかりなのである。どうしても肉類より日持ちのしない魚介類は足が速い。その日に買ってあげなければ商品として成立しなくなるものだってある。そんなことも考えてしまう今日この頃なのである。
 ああ、それにつけても、500円のサンマ食べてみたい…


2013.8.26   
びっくり!
 今朝、老僧様が起きて来て、部屋を見回すなり一言「子ネコはどこかに隠れとるのか?」みんな思わず顔を見回した。さっきやったことも忘れてしまい、家族の名前もたぶん忘れているはず。それに何より、家族の誰かが居なくても気にすることなどないのに… ああ、それなのに、それなのに〜昨日のうちに居なくなっているネコのことをちゃんと覚えていたのである。まったくもって動物好きの老僧様、面目躍如である。て、言うか〜我々家族は〜ネコ以下であることが判明!これはもう激おこプンプン!である。
 まあそれにしても不思議なものである。認知症が進んで、最近のことはすぐ忘れてしまうから、記憶に残ることなどないだろうと思っていたのに、気になったものはまだ記憶に留められることを実証したわけである。こりゃあ、老僧様のリハビリのためにもネコを飼った方がいいのか?

2013.8.25   
涙の別れ
 きょう居候をしていた三毛猫がもらわれていった。えっ、ネコ居たのかって?いや、その…長女のF子が「帰省している間だけでいいから飼わせて!貰い手がついたらいつでも手放すから!」なんていうものだから、この一週間飼っていたのである。
 ところが不思議なものである。訪ねてきた親戚のおばちゃんに、偶然ネコの話題を振ったら、飼っていた猫が死んでしまって、新しいネコを探しているとのこと、うそだろ〜!「実は、子猫を預かっているの」と話したところ、トントン拍子で話は進み、本日の嫁?入りとなったのである。それにしてもこんなことってあるのだろうか、以前居た野良猫もお参りに来た親子に偶然見染められ、もらわれていった。今度も…これはもう猫神様の御利益かもしれんねえ。だからと言って間違ってもネコを持ち込んだりしないように。黙って段ボール箱に入れて置いてくなんてのは、もってのほかじゃけんね!
 さて一方、我が家の家族たちは…もうみんなしっかり情が移っちゃって、おかげですっかり落ち込んで、もう灯が消えたよう… でもねえ、我が家の双子はアレルギー症状がでるんだよなあ。ネコがいる間マスクをしていたしな。それでも文句を言わなかったところは、あれでけっこうかわいいと思っていたのかもな。
 あ〜あ、ネコのいた夏か、また一つ思い出をつくったな…


2013.8.23   
心霊写真?
 会館へときどきやってくるKさんが、見てほしい写真があるという。Kさんはよくインドやチベット、ブータンなどへ旅行に行く。帰ってくると、その土地の民芸品や習俗、風俗の写真を見せてくれる。女性なのだが写真もプロ級の腕前である。今回の写真はチベットである。
 チベットには樹葬という習俗があるそうだ。乳児で死んでしまった子供を布にくるみ、聖なる木に吊るし葬るのである。その樹葬が行われる聖地を訪ね、写真を撮ってきたという。ブッシュ帯のような中低木の繁る一画にその木はある。白い布や赤い布にくるまれた物体が、木々の枝に巻きつけられたり、吊る下げられたりしている。この布の中に遺体が入っているのだそうだ。不思議と不気味さはない。枝には経文の書かれた布が掛けられたりしている。そういう場所だということを聞いていなければ、特段異様な様子や雰囲気は感じられない。ところが、十数枚のそれらの写真を見ていて、おかしなことに気が付いた。写真はどれもA4サイズにプリントされているが、どれも実に鮮明で色彩も鮮やかである。だが、どの写真にも霞がかかったような曇りがあるのである。それは円形であったり地面から立ち上った靄のようであったり。一枚に円形の曇りが3か所くらいあるものもある。「あたかも霊が彷徨いだしたような光景だねえ」などと話をしていたが、最後の一枚を見てぎょっとした。それはその聖地の入り口にあたる場所である。そこには白く曇る発光体が写っていた。その発光体は明らかに人の姿に見えるのである。
 先日も某住職は幽霊や妖怪に会ったことがないと書いたが、人の霊が彷徨うことは本当にあるのだろうか…日中(ひなか)に現れる人魂のような存在として

2013.8.21 
また教員の不祥事 
 テレビでお隣の町の教育長さんが平謝りしていた。また学校教職員の不祥事である。それにしても教員の不祥事って多いなあ。あれ見ているといつでも起きそうで、教育委員としてはっきり言って怖いわ。
 それにしても、なんでも謝るのってどうなの?って思う。教員の私生活の部分まで市町村の教育委員会が責任を負うのだろうか。学校の現場で起きた問題については当然責任が発生すると思うが、教員一人一人の資質や私生活の部分までどう責任を負えと?人事権は県にあり、市町村の教育委員会が教員の選択をできるわけではないんだよなあ。昨日の教育長さんも一言「県も不適切な教員採用しないでください」とか、「常に教員の資質調査はしておいてもらえませんかねえ」くらい言ってやればよかったのに。
 新聞記事でおかしかったのが、覚せい剤を使用していたというその教員は、子どもたちや保護者には大変評判が良かったということである。保護者たちは複雑だろうなあ。極論を言うなら、子どもや保護者からしたら、教育がすべてである。私生活なんかどうでもよいのである。私生活の問題があっても教育の成果を上げられる教師と、私生活に問題がなくても教育の現場において成果が上げられない教師じゃあ、さてどちらを支持するかだろう。「子どもたちの心の傷が…」とか、「心のケアにどう対処するか…」なんて論調がどうもねえ。子どもたちにとって本当に良い先生だったら、子どもや親の本音は、「私たちの先生を帰せ!」だろうに…
 そうなのだ、私生活での問題は大いに取り上げられるのに、教師一人一人の教育における成果や実力については表だって問題視されないのである。私生活の問題はどうでもよいと言っているのではない。問題の取り上げ方に歪みを感ずると言っているのである。

2013.8.19 
日照り続き 
 盆行事等で宿題にされた仏事を、午前中かけて片付けた。なんだかどっと疲れが出た感じで、午後はなぜか横になると寝込むの繰り返し、それでも夕方にはなんだかスッキリした。ああ、これで今年の夏も終わりですか…
 それにしても雨が降りませんなあ。庭で満開に咲いている百日紅からも悲鳴が聞こえてきそうである。この時期は毎年、雷夕立はつきものなのに、どうしてしまった?これはいよいよ青獅子の登場ですか。みなさんのお役に立つためにも青獅子を登場させねばと考えています。さて、いつだそうか… ちょっと待ってください、雨の降りそうな日はと… 予報では24日となっていますね、それじゃ24日ということで!あっ、この部分読まなかったことにしてください。


 2013.8.18
また三毛猫が… 
 早朝から阿弥陀講、葬儀、川施餓鬼と某住職が飛び回っていた時、会館では子猫が暴れていた。だれじゃ、持ち込んだのは!薬膳師A女史の娘N子ちゃんである。三毛猫の大変器量良しの子猫なのだが、どうもやんちゃ度が尋常ではない。以前に居候をしていてもらわれていった、通称「副住職」以来の猫ではあるが、同じ三毛猫でもどうも様子がちがうようだ。
 いや猫の違いなどどうでもよいのである。問題は明らかにこの子猫は置いて行かれたということであり、会館に居候を決め込む気満々であるということである。いかーん!前の猫がもらわれていったのは奇跡に近いことだったのである。そうそう奇跡が起きるとも思えない。ぜってー預かれんけんね!娘の罪は母親の罪じゃけんね!
 そうこうしている間にも子猫は会館内を飛び回っている。跳躍力が半端ではなく、好奇心も半端ではない。その結果どうなるか?ああ、考えただけでも怖いわ〜。いや、子猫のために言わしてもらうが、器量はものすごく良いのである。三毛の模様も申し分なく、美猫はもう疑う余地がない。それが証拠に対面した人はみんなメロメロ。えっ、だれが?家の長女のF子がどうも… ああ、だめだめ!みんなだめじゃ〜!  もう、だれかもらってください〜

2013.8.16   
お盆に大往生
 今朝、無事ご先祖様をお送りし今年の盆行事も終了した。実は昨日、棚経でビックリなことに遭遇した。なんと早朝にお邪魔すると、そのお家のおばあさんが今亡くなったというのだ。あまちゃんならここは間違いなく「じぇじぇじぇ!」である。長年棚経を行っているが、亡くなったその時に遭遇したのはまさに初めてであった。なんてことだろう、ご先祖様の帰ってきているお盆に逝くなんて…誘われたのかな…
 ここのおばあさんは御年100歳であった。もうこれ以上ない大往生である。若くして戦争でご主人を亡くし、女手一つで二人の子供を育てたのである。いつも凛としていて背筋の伸びたご婦人であった。某住職だって棚経でお邪魔すると緊張したもの。すぐ後ろに座られて、一緒に朗々と般若心経を読むのである。お経なんてみんな暗記していて、どちらが坊さんか分からないくらいである。こちらは日々のいい加減さを見透かされそうで、対峙するのに本当に緊張したなあ。怖かったけど、いつも行くのを待っていてくれた。以前にこなしきれなくて、15日も夜になり、こりゃあ今年は何軒もお邪魔できなかったな…と思いながら家に帰ると、「待っていますから、どんなに遅くなってもよいので来てくださいね」なんて電話が入っていたことも…
 あんなおばあさん、二度と出会えないだろうな。どうぞゆっくりおやすみください。


2013.8.14 
一研究のお手伝い?
 きょうは棚経二日目、娘のリトルカブを奪い取り、順調にこなしとりますよー。バイクで風を切って走るのは気分転換に最高である。ただし、日なたにバイクを止め、ヘルメットを目いっぱい太陽光にさらした後被る恐怖は常に付いて回りますが…
 さて棚経をやっていると色々な相談や質問を受ける。そんな中、某住職の訪問を待ってました!の小学生が。一研究の調べもので某住職に聞きたいことがあるとのこと。心の広い某住職である。なんでも聞きなさい状態である。そうしたら、「幽霊や妖怪はいるんですか?」って聞いてきた。いきなりの直球勝負である。それも剛速球。あの〜もう少し変化球で攻めてくれませんか?某住職にも逃げ場が欲しいのである。ねえ君、某住職のこと試してる?試してるよねえ?ああ、小学生は遠慮がない…はっきり言って怖い…
 そりゃ、坊さんは黒いものでも白と言いくるめるような商売ですから〜、わかったようなわからないようなことを言って、はぐらかすわけである。今日ほど坊さんでありながら、今まで一度も幽霊や妖怪に遭遇した経験を持たないわが身を恨めしく思ったことはない。それにしても少年よすまん。こんな坊さんで。


 2013.8.12
百日紅 
 きのうお知らせした百日紅の開花が連日の猛暑で一気に進んだ。それにしても今年の花はすんばらしいですぞ。昨年天敵である毛虫のシラガダイジンの食草である木を一本伐採したことによって、今年は毛虫の発生が激減した。その為、百日紅への進出も本当に少なかったのである。なので近年になく大量の花芽が付き、それはそれは豪華に咲き出したのである。それも紅白の花が同時にである。例年は赤い花が先に咲き始め、後追いで白が咲き出すといった感じなのだが、今年は実に仲がよろしい。
 百日紅はお盆に縁のある花である。お墓に植えられていることも多い。なのでお盆に入る時にこれだけの花を拝めるというのは、なんだか連日の猛暑も吹き飛んでしまうくらいのうれしさである。ぜひお盆期間に一度、眺めにいらしていただきたい。


 2013.8.11
庭の百日紅が紅白の花を咲かせ始めました

痛いから暑いへ 
 おかげで蜂に刺されて腫れた手も大分落ち着いた。それでも昨日は手の甲が痒くて痒くて。松川のR寺さんへお施餓鬼のお手伝いに行ったのだが、法要の間ずっと手の甲を掻いていたような…、手が熱を持っているところへきて、汗が出ないものだからもう悪循環、痒い〜!だが注射のおかげだろうか、目の腫れは昨日のうちに引いて確実に快方に向かっているようである。
 さて、そんな中できょうは法事が二つも。お盆前の駆け込み法事である。それにしても暑かった。昨日と今日、どちらが暑かったんだ?40度を超えたところがあったって言ってたなあ。こうなると、法要が終わった後に誰がお墓参りに行くかという問題がある。みんなで行こう!とならないところがミソ、この炎天下にお墓参り。死活問題である。お墓参りに行って、お墓に入ってしまいそうな人が出るかもしれない。結局、夕方涼しくなってからご家族でお墓参りに行っていただくことに…
 週間予報では好天が続くようなことが言われていた。この暑さも続くのか?ああ、お盆の棚経が怖い!無事に乗り切れるか?いや絶望的である…


2013.8.9   
痛かった…
 お盆前にまとめて作業ができるのは今日しかないっていうんでがんばっちゃいました。早朝から瑠璃光霊園の草刈りに向かう。面倒なのが墓地下段の石積み、草刈り機を持ち込めないので、鎌で刈るところである。今日も刈り始めると、しばらく後に目の前に黒い影が飛び交った。「まずいっ!」これは蜂が飛び立った合図である。急いで飛びのいた。セーフ、ぎりぎりセーフ。ここは毎年石のくぼみに足長蜂が巣を作るので要注意である。今まで何人もその被害にあっている。某住職だって、ここで刺されたのは一度や二度ではない。なので、あぶない、あぶないとつぶやきながらやっていたのに、前触れもなくいきなり右手に激痛が!やられた!気が付かないところに巣があったようだ。一瞬にして3匹に刺されてしまった。右手の甲、小指と中指の付け根の辺を3か所、「いて〜よ〜」しばしこらえる。動きが全く目に入っていなかったので、3匹も手についたのが気が付かなかったようだ。
 やがて、M氏が急遽、蜂用殺虫剤と塗り薬を持ってきてくれた。巣を二つ始末し、なおも作業を続ける。するとしばらくするとまた右手に激痛が!またかよ!今度は右手の人差し指の関節の上、これが痛いんだ〜。しばらく痛みをこらえてうずくまる。も〜、草を長く伸ばしすぎてしまって、巣の存在が全く見えなくなってしまったのが敗因だな。それでも痛いけど今日中に草刈りを終えたかったので、尚も作業を続ける。次の瞬間、顔に激痛が!「うわー、やられた!」一番危ないところ、目に激痛である!思いっきり顔を払いながら遠くに駆けた。目の周辺を刺されたようだ。左目の瞼と、目じり、よく見たら右手の人差し指の付け根も…これで合計8か所ですか…今年はいったいいくつ巣を作ってるんだよう…
 それでも作業を続けて、なんとか無事終了!無事じゃねえし。終えたころには右手は腫れてパンパン。鎌が持てていたのが不思議なくらい。左目は腫れて完全につぶれていた。某住職は虫刺されには強いので、まあなんとかなるだろうと思っていたが、午後になると刺されたところが熱をもって痛て〜。なので、お医者さんに行って注射を打ってもらいました。そうなのだ、明日はR寺さんのお施餓鬼があるんだよなあ。この顔じゃ行けないし、右手はものを持てるのか?お医者さん曰く「明日は木魚を叩くのはやめておいた方がいいでしょう」「ご配慮、痛み入ります」

2013.8.7   
スイカをまた見に行く
 きょうはK寺さんへお施餓鬼のお手伝い。帰りにまたまた豊丘村のスーパーPに寄ってみる。スイカが気になるのだ。そ、そうしたらスイカ祭りをやっているではないか。まあスイカ祭りと言ってもスイカが鉢巻をしているわけでも、盆踊りを踊っているわけでもない。ただ整然と並んでいるだけである。しかーし、その品揃いにおどろいた。波田町の下原スイカのオンパレードなのだが、う・うそだろ〜!普通大きいスイカと言えば3Lサイズである。昨日買ったのがこの3Lである。ところが、きょうは4Lというサイズが並んでいる。これはもうデカすぎて、取っ手付き頑丈段ボール箱に一個ずつ入っているという代物である。「うわ〜でけ〜」ところが4Lサイズのスイカに見とれていたら、ふと隣の箱が目に留まった。箱の側面には5Lと書いてある。5L!うそだろ!箱を覗いて愕然とした…こ・これはもうスイカじゃねえ…いや、まちがいなくスイカなんだけどね。参考までに箱を持ち上げてみる。その重さでデカさを実感しようというわけである。大げさでなく、一人で持ち上げるにはハッキリ言ってこれはもう限界である。
 さて、これらのことを黒い衣を着た状態でやっていたわけである。これって、坊さんとしてどうなのよ…

2013.8.6   
スイカを買う
 きょうは飯田市龍江のD寺さんへお施餓鬼のお手伝いに行ってきた。風はあまりなかったが、それでも曇り空の天気だったので、暑さもそれほどではなく、比較的楽なお施餓鬼だった。ここの住職さんは法話好きである。毎年、施餓鬼やお盆に関する資料を作って、参列者に法話を行う。某住職も毎回この資料をいただいてきて、法話の参考にさせていただいている。他所様の行事は参加するだけで研修である。学ぶことが多いなあ。(まるパクリしてやるか…)
 さて無事お施餓鬼を終え岐路についたのだが、某住職は特命を受けていた。それは豊丘村にあるスーパーPでスイカを買って帰ることである。こんなくだらない特命を課したのは誰か?当然薬膳師Aである。実はPはスイカにおいてはとんでもない穴場なのである。ここにはあの有名ブランド「下原」のスイカがあるのだ。スイカ産地波田町の中にあっても「下原」のラベルが付いているだけで、20%くらい高くなる。ところが松本ハイランドに名称が統一されてしまったので、「波田産」とか「下原産」のラベルが消えてしまったのだ。ところがここのスーパーPでは堂々と「下原」のラベルを付けた巨大なスイカが、誇らしげに並んでいるのである。これはJA松本を通さずに、下原の農家から直接買っているのだろうか?
 驚くのはその大きさだけではない、値段である。どんなに大きくても金額は1590円である。「下原」のスイカは、シーズンのいつであっても2300円を下ることはなかったのに、ここでは1590円なのである。まあ食べてみてよ。メチャクチャうまいから。って、某住職いつから「波田町」の回し者になった?


2013.8.4   
やってきました…
 やってきました、体の不調が…早々に。例年、お施餓鬼が続く、暑さにやられる、食欲がなくなる、お盆でアウト!。だいたいこの流れなのだが、今年はすでにこの時期でアウト!がやってきてしまった。どうも連日のお施餓鬼で汗をかく、汗と冷たい飲み物でお腹が冷える、腹痛と食欲不振がやってくる。←今ココ。ついでに下痢も来てるし…まったくもって、軟弱の極みである。すでにこんな状態でお盆まで持つのだろうか…
 今日は夕方から地区の納涼祭があったのだが顔を出さなかった。行けば、ビールでもウーロン茶でも冷たい飲み物を飲み、焼きそばや焼き鳥の油っぽいものを食べなければならないからである。はっきり言って、すでにそういうものを受け付けない体になっている。おかげで夕食はお粥を軽めと野菜だけだった。そうなのだ、最初からお粥と温野菜で温かいお茶でも飲んでいれば良かったのに、経験を教訓としない某住職はまた今年もやっちまったのである。
 まあそれでも、今ココ!が早くやってきてくれたおかげで、早々に立て直しに取り組めるわけである。そこで「消化の良いものを食べ、飲み物は常温で飲みます!」宣言をするのだが、心配が一つ…お施餓鬼にお邪魔しての食事である。食べないと失礼になるし、無理して食べれば悪化するし、変なところで気をつかわにゃならんところがつらい。ああ、お施餓鬼が怖い…


2013.8.2   
施餓鬼会が終わって
 本日施餓鬼が無事終了した。無事かどうかは定かではないが、無事であったと信じたい。しかーし、終えることに必死で気が付かなかったが、いつのまにか8月になっているではないか。毎年のことではあるが、施餓鬼を迎える準備で必死こいてるうちに8月を迎え、これからはお盆まで毎日施餓鬼の手伝いに他所のお寺さんへ出向き、お盆の3日間を終えた時に、「ありゃ、いつのまに8月が半ばまで過ぎてしまったのだろう?」と思い至るのである。本当にお盆まで終わるのは、あっという間なのである。その8月が始まったのかと思うと、自分のところのお施餓鬼が終わりながら、なんとなく憂鬱である。
 さて、施餓鬼の終わった日の午後、式に出られなかった人々が塔婆を取りに来る風景が好きである。暑さをよけながらやってくるおばあちゃん、夕方の涼しくなるころをねらってやってくるおじいちゃん、一人また一人とポツリポツリとやってくる。施餓鬼会の終わった余韻に浸りながら、庫裡の玄関付近で仕事をしながら待つのである。まあ時間が止まったような一時である。そこへ、決して慌てない人々が、まったりとやってきて、まったりとお参りをし、まったりと会話をして帰っていくのである。慌ただしい日々の中にあって、唯一ちょっと気を抜ける一時なのである。


2013.7.30   
たいへんじゃ〜
 大変です、泣きっ面に蜂です。施餓鬼の準備に右往左往していると、檀家さんが亡くなったとの連絡が、それも岡谷の… 明日の夜がお通夜で、明後日が葬儀と相成った。8月2日の施餓鬼に向け寸分の狂いもない完璧な日程表を組んでいたのが、もうガッタガタである。はっきり言って、施餓鬼は迎えられるのか?葬儀は粗末にならないか?どうなの某住職! まあそう責めないで…
 おいらだって施餓鬼が済むまで待ってもらおうと思ったのである。だが、「家が狭いので葬儀終了まで葬祭場の部屋を借りているつもりです」なんて聞いたら、なるべく早くして上げたいと思うじゃない?
 そういうわけで、明日は近隣御寺院へ施餓鬼のお手伝いに行った後、夕方から岡谷へ向かいますバイ。これは我が家の施餓鬼がほぼギブアップ宣言したに等しい。なので、追いつかない境内整備をぜひ手伝いたいというみなさん、お待ちしておりますじゃ!

2013.7.28   
メガネの新調
 老僧様が昨日デーサービスに行ってメガネを壊して帰ってきた。前にも一つ、やってしまったので、今はちょっと古いのを使っている。まあレンズを支えていたワイヤーが切れただけなので、修理でも行けそうな感じだったが、視力や遠視の程度が変わっているかもしれないから作り直すつもりで、老僧様とメガネ屋に向かった。道すがら(はて?認知症の老人でもメガネはうまく作れるのか?)と疑問が浮かんだが、まあ何とかなるだろうと…
 レンズを決めるための検査をいくつかするのだが、なんといっても耳が遠いのでメガネ屋さんと老僧様の間で通訳をしなければならない。通訳をしても不安なことがある。「これで見えますか〜」「見えま〜す」本当に見えているのだろうか?ただ単に見えるというのと、はっきり見えるとは違うし、今とさっきの見え方の違いをどう理解しているのか…こちらには、?なことばかりなのである。それでもメガネ屋はやっぱりプロである。今まで見えていた世界と違和感を感じない程度に微調整をしてくれた。やれやれ、フレームを決め、レンズを決め、なんとかメガネ新調プロジェクトも終了しそうである。
 すると、壊れたメガネを修理していてくれていたもう一人の人が、「お父さんはどういう人?」と聞いてきた。「元教員で、お坊さんもやってて、今はみんな引退して認知症になってる人」と答えたら、「へ〜やっぱり」って言う。老僧様のメガネのフレームがすごく良いものなのだそうだ。もし今はこのメガネを使わなくなっても、フレームはとっておいたほうがよいと言われた。鼈甲(べっこう)の細工物で今は作りたくても作れないものなのだそうだ。
 改めて、メガネはその人をよく表すということ。老僧様も認知症になったとはいえ、ちょっぴり意地を見せたわけである。えっ?某住職?安物、安物。メガネも時計もみ〜んな安物である。安物ばかり使ってると、人間も安物になるのかなあ…

2013.7.27   
朝ドラオタク
 某住職は筋金入りのNHK朝ドラオタクである。もう「あまちゃん」大好き!その「あまちゃん」を巡って今朝、家庭内論争が起きた。ドラマの中で流れる挿入歌、「潮騒のメロディー」についてである。
 ドラマの中の挿入歌はいろいろある。前出の「潮騒のメロディー」「暦の上ではディセンバー」「南部ダイバー」などであるが、よく聞いてみると実に怪しい歌詞が多いのである。そんな歌詞の中で一番耳にするのがなんといっても「潮騒のメロディー」なのだが、今朝我が家の奥様が「ねえねえ、あの歌詞変だよねえ。【三途の川のマーメイド〜♪】って歌ってるよねえ。あれって何のこと?」「じぇじぇじぇ!」そんなこと歌ってたっけ?あれ?そういえばなんか聞いたことある気がするなあ…気にも留めなかったけど、本当にそんなこと歌ってるのか?(さっそくネットで調べてみる)すると…じぇじぇじぇ!本当だ!本当にそう書いてある。【来てよ その川 乗り越えて〜 三途の川の マーメイド〜 友達少ない マーメイド〜♪】なんじゃ?この歌詞は… 三途の川にマーメイドがいるのか?三途の川のマーメイドでは確かに友達は少なそうだな…知らんわ…三途の川で泳いでるマーメイドの姿を想像してしまった…
 しか〜し、三途の川が出てくるのであれば、これは明らかに寺と無関係とは言えん!いいや、大いに関係ありである。こりゃあ、今まで以上に追いかけねばなんねえな♪


2013.7.25 
夏本番に逝く 
 夏もいよいよ本番ということか。日除けに植えたゴーヤの苗もすっかり大きくなって、日陰とともに立派な実も提供してくれるようになった。ニュースを見ていると大雨で洪水になるところから、渇水で給水制限の起きているところまでいろいろで、大荒れの夏到来の予感でもある。
 さてそんな中、檀家のおばあさんが亡くなった。某住職の母親と同じ年の方である。晩年は認知症で家族の方もいろいろと苦労があったようである。我が家の年寄りたちと似た境遇の方が亡くなると感慨深いものがある。母親にしても同年代の方たちが亡くなるのってどんな思いなんだろうか。(さびしくなるなあ…)なのか、(私はまだまだ負けないわ…)なのか、それとも(私のお迎えはいつ?)なのだろうか。大丈夫、お母様、あなたのお迎えはまだまだ来そうもありません。やれやれ…

 
 2013.7.23  
命名書
 先日命名を頼まれた赤ちゃんの名前が決定した。夕方、ご両親が赤ちゃんと「命名用紙を」を持ってやってきた。抱かれた赤ちゃんは、2歳年上のお兄ちゃんとよく似ていた。抱かせていただいたが、生まれたばかりの赤ちゃんは、う〜ん、ちっちゃい〜。
 さて、さっそく命名用紙に名前を書いてほしいというので書く作業に入ったが、某住職もそれほど何度も書いているわけではないので、これってけっこう緊張するのである。なんていう名前にしたのかって?それは教えられません。でもいい名前ですよ。文字として書いてみても、むずかしい字ではないけれど、収まりがよくて、子どもでも書きやすいのではないかと思った。
 ただいつも命名用紙に書くとき思うことがある。それは無事に育ってほしいということである。今という時代は、無事に育って当たり前という感覚がある。実際小さい子供のお葬式はめったにない。ところが昔の過去帳には乳児、幼児の戒名がいっぱいである。子供の致死率が高かったのである。某住職の身内にだって何人かいる。病気であったり不慮の事故であったり…、特に戦前では厳しかったようだ。現代だって、病気のリスクは減ったとはいえ、事故や事件の危険はいつだってある。どうぞ元気に育ってほしい。
 命名の楽しさは、その子の成長とともにある。老僧様や先々代住職が名づけたお子さんが大きくなって、「私の名前、先代ご住職に付けてもらったんですよ」なんて挨拶を何度か受けた。今日の赤ちゃんもりっぱに大きくなって、やがて爺さんになった某住職を見下ろしてほしいものである。


2013.7.21   
選挙戦終了〜
 喧騒を極めていた選挙運動も終息した。この一週間どれほど節操なく手を振ったことだろうか。いやほんと、境内で除草作業をしていると何台もの選挙カーがやってくるのだ。生憎参議院選の選挙カーはやってこない。もっぱら町議選の車である。人は某住職のことを八方美人というが、薬膳師A女史の足元にも及ばない。
 さて、やってきて何をしていくか。本堂前に湧き出している水を飲んでいく。ペットボトル全盛時代になかなか感心なことである。自然の水で多少の大腸菌を入れた方が体のためには良いのである。不思議と湧き出した水は、冷蔵庫で冷やしたわけでもないのに、一際冷たく感じるのである。まあなにより、桜の下でちょっと涼んで一休みしていくことが活力になるのである。
 次に本堂前で当選祈願である。(ピンコロ前で当選祈願という候補も一つあったが…)まあ最後は神仏頼みということか。本尊様も入れ替わり立ち代わり当選祈願でさぞかし迷ったことだろう。それでも気前のいい仏様なのできっと大判振る舞い、みんなを当選させてあげたにちがいない。「それにしても、お賽銭は入れたんだろうな〜?」(by御本尊様の声です)


2013.7.19 
命名権 
 ついにやってきました、名付け親。かねてより、子供が生まれた時には名前を付けてほしいとお願いされていたMさんが訪ねてきた。予定より早く、昨日生まれてしまったとのことで、事前連絡なしのぶっつけ本番と相成った。果たして本当に某住職でよいのだろうか?気安く引き受けてしまったが、はっきり言って不安である。依頼者がこのブログを読んでいないことを願う。いや、無理…たしかMさんは時々読んでいたはず。今、一生懸命考えてるからね〜
 本当に命名の役割は責任重大なのである。なによりその子に一生ついて回るものだし、親御さんや親戚のみなさんそれぞれに好みのあるものでもあるし。ただし、最近はやりのドキュンネームとかキラキラネームにだけはしないようにと思う。奇をてらうことなく、仏教の教えの中から親しみのもてる言葉を選んでみたいと思う。
 そうだ某住職の秘密をお教えしよう。某住職の子供時代の名前は「哲朗」というのである。高校卒業まで使っていた。なので子供時代のあだ名は、「鉄瓶(てつびん)!」とか、「鉄棒(てつぼう)」とか、「鉄人28号」ってのもあった。実際、そっちの鉄じゃないんだけどね。哲学の哲は子供には馴染みのない字だったのだろう。その後得度して今の名前に変わった。なので高校時代以前の友達はみな「テツ!」と呼ぶ。
 でもなんといっても名前は、名前に込められた親の思いなんだよなあ…

2013.7.17   
○○特需
 ついに選挙戦に突入してしまった〜。参議院選ではない、わが町の町議戦である。当初、選挙戦にはならないのではないかという噂もあったが、噂は所詮噂である。なので昨日から世間がやかましい。今朝も本堂前で草をむしっていると、一台の選挙カーがやってきた。駐車場に車を止め、ピンコロ地蔵にお参り、まさか戦勝祈願?(そこはちがうだろ〜)と脳内ツッコミ。やがて本堂にてお参り、(そこは戦勝祈願でOK!)
 そうしたら某住職発見されてしまった。候補者Iさんの応援のみなさんである。そのうちの一人が「この方住職さんだよ〜」。なので、「こんな格好ですみませんが一応住職です」と自己紹介(短パンにTシャツ、ぞうりであった…)。そうしたら年長者の一人が「御利益をもらえるように、ほら若い皆さんは住職さんに握手してもらって!」若い女の子が二人やってきた。差し出された手を見て申し訳ないなあとは思ったが、思いっきり握っておいてやった。その時某住職の手は草むしりで両手とも土だらけだったのである。(選挙運動ってたいへんだな、こんな時にも笑顔で握手しなきゃならないんだから…)
 さて選挙戦突入でほくそ笑んでいる人がいる。茶屋椿の薬膳師A女史である。選挙特需にあずかれるからである。さっそく昨日からお弁当の注文が入り、ほぼ毎日選挙戦が終わるまで注文でいっぱいのようである。すでに皮算用を行っている。そんなA女史は選挙カーがやってくるたびに飛び出して行き、笑顔を振りまき、盛大に手を振る。いやー実に商魂たくましい。いよっ!商売人の鏡!


2013.7.16   
体力の目安に
 今朝は早朝清掃、掃き掃除が早めに終わったので朝食までの間草むしりをすることに…しばらくすると草をむしっていない方の左手が異様に痒い。見るとブヨ(コバエのような小さい蚊)いくつも腕に付いている。慌てて叩いたが、その後も次々と襲ってくる。ついぞ一週間前にはなかったことである。蚊たちは夏の終わりを待たずにすでに吸う気満々、本気モードである。おかげで一時間ほどの作業の間に、左腕13か所、頭を2か所刺されてしまった。またブヨは刺されたところが腫れるのである。もう腕なんかパンパン。特に左手の甲を2か所刺されたのだが腫れすぎて一日中手が握れなかったくらいである。いやはや、早朝と夕方の草取りは要注意である。
 さてそんな手で塔婆を書いていると、薬膳師A女史が「ペットボトルのキャップが簡単に開けられるグッヅなにかない?」と聞いてきた。某住職はよくペットボトルの飲み物を飲む。まあ大概はウーロン茶やからだ巡り茶であるが、きょうも傍らに置いてあったので聞かれたのだろう。とはいえ、開けられなかったということはない。逆に開けられなかったらまずいだろ?ところが、高齢や体力のない人はうまく開けられないのだそうだ。そういえば、母親もある時から開けられなくなったっけ…ペットボトルのキャップって体力の衰えの目安になりそうである。
 そんなことを考えながら夜を迎えた。さて今日初めて買ってみた新商品のペットボトルを開けようとした。が、どうにもキャップが開かない。左手がブヨのおかげで腫れていたばかりではない。キャップがめちゃくちゃかたいところに持ってきて今朝久しぶりに草むしりしたせいか、右手に力が入らない。あれ?あれ?なんだかひどく焦ったなー。結局、ゴムの力を借りてしまった。ああもう他人ごとではありません。キャップを簡単に開けられるグッヅ誰かください。


2013.7.14 
写経に挑戦 
 きょうは女性が二人、写経に挑戦しに来てくれた。挑戦しにという言い方はどうも不穏当な響きがあるが、初めての体験だからである。そんな二人は知り合いでもなんでもなく、偶然今日の申し込みをされたのである。
 写経でも坐禅でも初めて体験されたという方はわかると思うが、自分が思っていたようにはうまくいかないものである。というより、自分の思い描いていたイメージとの違いにがっくりという方もいるはずである。これは写経や坐禅が価値がないといっているのではない、自分の実力がイメージについていかないだけである。だいたいテレビや雑誌で紹介される絵は、かなりやりなれた熟練者の姿である。ところが正座も満足にできない、いや、やらない人が、一時間座り続けるだけでも苦痛である。坐禅も同じ、胡坐もかいたことのない人が挑戦するのである。だが、イメージだけは先行し、静寂の中に心落ち着け、無我の境地に… なんて、ぜってー無理!某住職だって般若心経一枚でも、最初から最後まで同じ気持ちで書き終えれたことなんて一度もない。
 ならば価値がないのかといえばそうではない。すべては一歩から始まるのである。それが証拠に二度目からは格段に進歩しているはずである。足が楽であったり、筆運びがスムーズになったり…そうなのだ、やったらやっただけ何かが変わっていくのである。ただしまた元に戻ったりなんてことも…
 初めての体験者をを迎えるたびに思うのである。自分のものなのに思い通りにならない体や精神を、まさに身を以て感ずることこそが価値があるではないかと。でも書き続けていれば本当に楽しくなるらしいよ。自分自身がそう言えないところがちょっとだけどね。

2013.7.12   
あなたはだれ?
 電話を取ると、葬儀社さんから「○○さんが亡くなられました。瑠璃寺さん葬儀をしてくださいますか?」といきなりの問い合わせである。はて?○○さんって誰?檀家さんでもなければ、今まで聞いたこともない名前である。どこぞのお寺と間違えているのでは?その旨伝えると、葬儀社さんも窮してしまった。お互い窮したところで、とりあえずご家族の方に来ていただいてお話を聞いてみることにした。またまた某住職、どこかで約束したことを忘れたか?またまたと書かねばならぬところが悲しい…
 さて息子さんと娘さんに来ていただいてお話をお聞きしてみたが、どうやら瑠璃寺であることには間違いなさそうだ。亡くなったお父さんが生前中に「俺が死んだら葬儀は瑠璃寺さんであげてもらえ」と口にし、叔父さんもそのように聞いていたとの証言が…、はて?やはりどこかでお約束したのかしら?「世話になったとか、懇意にしてもらっていた」ともおしゃっられていたそうな… すまぬ、某住職まったく覚えがない。だが、どうやら話を掘り下げていってみると、その話は大分前のことらしく、どうやら老僧様とのお付き合いからのことらしいことが分かった。ここは一つ、当事者にもう一度聞き確かめてもらおう!ってことになったのだが、残念ながら方や仏様に、方や認知症に…どうにも確かめようがないことが判明。
 まあそれでも、これも御縁ですからということで、某住職が葬儀をすることになったのであった。それにしてもオカルトじみた話でなくてよかった。「父が夢枕でそう言うんです…」とか、言われたらどうしようかと…


2013.7.11   
感心すること
 薬膳師A女史で感心することがある。ここ数日A女史は病院通いをしている。知人が手術をしたことにより付き添いに行っているのだ。大手術だったため、体がまだ思うように動かせないので、排泄などの補助が必要となるらしい。まあ現在の病院は大概完全看護なので付き添いは必要としないが、実際はそう単純でもない。病人自身も心細くなっているし、看護師に何度も要求することに気兼ねがあるものなのだ。そんな中では体が思うように動かせない時期は付添人にいてほしいと思うものだ。そんな状況を察して、A女史は特に夜の付き添いに行っている。病院での泊まり込みの付添はすさまじく疲れる。ベッドは簡単な補助ベットだし、夜中に大きな声を出す患者はいるし、看護師も頻繁にのぞきに来るし…寝たのか寝ないのかわからない状態で朝を迎えるという感じである。某住職も母親が全身麻酔の手術を何回かしているので、その度に泊まりの付き添いをしたことがあるが、大抵「一晩で充分!」といった気分になる。それを何晩もしているのである。身内でもないのに… なかなかできることではない。
 ただ、このことで話をしていた時に話題になったのは、自分がこういった状況になったとき、誰かが見てくれるだろうか?ということである。家族がいれば家族が見てくれる、なんていうのは甘い考えである。自分は家族に尽くしたのだから、誰かが見てくれるだろうなんて保証はどこにもない。そう世の中とは不公平なものである。


2013.7.9   
夏本番
 やってきました!日本の夏!キン○ョーの夏〜!というわけで、本格的な夏がやってきました。まあ暑かったですな〜。一昨日と昨日はなんだか体がだるくてしんどかったのだが、今日になったら逆に楽になった。体が慣れたのか、湿気の少ない暑さだからか、まあおかげで塔婆を書く気になりましたばい!
 そういえば今日の洗濯物が乾くこと乾くこと、おかげで3回も洗濯をしてしまった。これも梅雨明けのおかげ!ということである。
 さてそんな真夏を迎えた夜に、昔懐かしいアニメを見た。手塚治虫原作の「ビックX」である。そういえば昨夜は石ノ森章太郎の「変身忍者嵐」を見たっけ。某住職が子供時代に夢中になって見た作品である。皆さんは意外に思われるだろう。子供時代は神童といわれていた某住職が、まさかマンガやアニメにうつつをぬかしている分けがないと…まったくそうなのだが、現実はかなり入れ込んでいた。ところが、今見るとやっぱりチャチイのである。これは今の時代のアニメと比べてしまってチャチく感じるのか、それとも大人になってしまったから感動しないのか。
 まあアニメの質自体が全く違うからなあ…とも思うが、実はそうではなく大人になってしまったからという要素の方が大きいと思うのだ。絵本を楽しめる感覚と同じである。つまり、目に見えるもの以上のものを見ているということである。想像力で補い、想像力で膨らめてしまうのである。だから今の子供たちでも見たら楽しいと思うよ。ああ〜大人はつまらん!


2013.7.7 
七夕、星に願いを 
 きょうは七夕である。彦星さま〜織姫さま〜って、ここらへんも今日やってんのかなあ?月遅れで来月か?まあ七夕ほどどうだっていい行事もないと思うがいかがだろう。いったい何を祝うのかよくわからん。いったいどんな行事だったっけ?特段祝うものでもなかったっけ?子供が小さいころにはやったが、ここ何年かは今日が七夕であるということさえも忘れている。今ブログに7月7日と入力して思いついたくらいのものである。
 小さいころには親に言われるままに、里芋の葉についた露を取ってきて、その水で墨を摺り、ちゃんと筆できったねえ字で願い事を書いてたんだよなあ。なんて書いたんだろう?今みたいにすれてなかったから、きっとかわいいことを書いていたんだろうなあ。意味もなく「七夕!」とか「天の川!」とか、「〜がうまくなりますように」とか、ああかわいすぎる〜  そういえば娘たちもいつから書かなくなってしまったんだろう。今こそ「受験合格しますように!」とか書かねばいけんのではないかい?いやその前に「赤点取りませんように」か…
 まあ七夕の願い事は「宝くじが当たりますように」とか、「出世しますように」なんて実利的なのはどうもよろしくない。「世界平和!」なんてのもどうもねえ。夢のあるかわいらしいのにして欲しい。さしずめ某住職が今書くとしたら…「どうか年寄りに早くお迎えが来…」うわ!あぶない、あぶない。あれ?なにを勘違いしたの?「来ませんように!」に決まってるでしょ。


2013.7.5   
音楽会雑感
 きょうは小学校の音楽会に招待されて行ってきた。毎年来賓で行っているがなかなか面白い。
 まず感心することだが、先生の指揮がうまい。中学の音楽会ではクラスから指揮者が選出されるが、小学校では担任の先生が指揮を担当する。音楽の専科ではないだろうにどの先生も本当にうまい。変に練習したうまさではなくて、自分流の味が出ていて、最近の先生はリズム感というか、音楽センスがのいいのかなあと感心する。その点、高齢の先生ほど苦手な感じがありあり。なので校長先生の指揮はもうやっちまったな〜状態。久しぶりに絵にかいたような4拍子の手振りを見せていただいた。途中で指揮者の方が歌声に合わせて手の振りを修正してたし。まあそれもご愛嬌、小学校ならでは楽しみでもある。
 合奏で感心したのがある。ポルノグラフィティーの「アゲハチョウ」を6年のクラスが演奏したのだが、これって合奏に合ってる。合奏に使われる楽器のリコーダーやピアニカ(鍵盤ハーモニカ)って、代替え楽器って感じで、どうも好きになれないのだが、今回は脱帽である。リコーダーやピアニカの音色が見事に生きてた。
 まあいずれにしろ、担任の先生の熱意がそのまま反映されるのが小学校の音楽会である。


2013.7.3 
なおも草むしり 
 今日はまた梅雨に戻った感じの一日だった。それでも雨間を見つけては境内の草むしりに。苔の生えているところは手でむしるしかないので、ひたすら地面に這いつくばっての作業である。
 すると、平日でもけっこう大勢の人が訪ねて来ていることにおどろく。しゃがんでいるとこちらの存在に気づかれずに、通り過ぎていくことも多いのだが、たまに見つかったりなどする。そうすると、「たいへんですね〜、ぜんぶむしるんですか〜」などと同情されたり、あきれられたりする。まあ広大な境内に坊さん一人がしゃがんだところで、どれだけむしれるだろうと思うのだろう。実際、某住職も昔は途方に暮れたものだが、最近は慣れてしまった。それは、2時間でも3時間でもむしったらむしっただけ、確実に草は減ることを知っているからである。
 それとよく、大変ですね〜と言われるのには、この作業に終わりがあるのかという気持ちが込められている。確かに、一週間前にきれいにしたところからはもう新しい草が生え始めているということの繰り返し…そうなのだ、草取りという作業については終わるということがない。ただ取り続けるだけである。取ったところがきれいになるというだけである。境内すべてが一斉にきれいになるなんてことはお施餓鬼前くらいである。
 それだけに草の生えない冬場が一際ありがたく思えるのである。あまりいい印象のない冬である。これくらいの恩恵がなくっちゃ。


2013.7.1   
ヘビふんじゃった?
 会館から庫裡に戻ってこようと山門をくぐり大庭を横切ろうとしたら、危うく踏んづけるところであった。手に持っていた荷物に気を取られて、足元に注意していなかったのである。度々出没するアオダイショウくんである。120センチくらいはあろうかというスリムな体をみごとに伸ばし、身動き一つすることもなく横たわっていたのである。こいつはこの大庭を横切ることが好きらしく、今年になってすでに4回見ている。どこかに通っているのであろうか。庫裡がおうちで、どこかへご出勤みたいな?
 さて某住職は昔からよく見る夢がある。それは境内のある一角に大量のヘビがたむろしていて、その中に某住職が足を踏み入れているという夢である。不思議といつも同じ夢なのである。ヘビたちは大小さまざまで、どれもほとんど動かないのである。そんな中に立ちすくんで、いったいどんな心理状態でいるのかということであるが、これも決まっていて、適度な緊張感と興奮なのである。某住職はヘビ大好きなのだが、犬猫に対する大好きとはちょっと違う。なんというか未知の生物に対する畏敬の念みたいなものを常に持っている。だからどこかにちょっと恐いという感情もあるのである。
 そんなヘビであるから、きっと「いろいろなヘビに囲まれてみたい〜」みたいな願望が常にどこかにあるのかもしれんですなあ。


2013.6.30 
気が付かない不都合 
 老僧様が起きて来て、朝食を食べ始めた。すると「最近、どうもうまく飯が食えないんだが…」って、じいちゃ、入れ歯が入ってないし… 夕食時、テレビを見ていて「どうも目が変だぞ、物がボケてしょうがないんだが目、どうかなっとらんか?」って、じいちゃ、メガネしてないし…
 冗談で言ってるのかと最初のうちは思ったものだが、最近は慣れた。どうやらマジであるらしい。それにしても年を取れば入れ歯を入れ忘れることも、メガネをかけ忘れることもあるだろう。だが、物を食べてみたり、物を見てみれば、何かが足りないとは思わないのか?まあ気が付かないんだな。それだから認知症といわれる病気なのだろう。
 その入れ歯やメガネだってしょっちゅう行方不明になる。夜寝るとき、着替えを手伝いに行くのだが、その時いつも忘れないようにベットの脇に入れ歯とメガネを置かせるのだが、それでも行方不明になるときがある。たぶん夜トイレに起きた時に、無意識に入れ歯を口に入れたりメガネをかけたりするのだと思う。そして、手を洗いながら入れ歯もはずしてどこかへ置き忘れて… みたいな。
 老僧様の日々の物探しは、どれだけ想像力を働かせられるかの勝負である。

2013.6.29   
自虐的な虫
 この時期外で作業をしていると目の前に盛んに飛んでくる虫がいる。黒くて小さくてこばえのような虫なのだがとにかくしつこい。目の前を飛び回るだけではなく、目の中に飛び込もうとするのである。手で追っても追っても繰り返し繰り返しまとわりつく。業を煮やして両手で叩き落とそうとするのだが、恐ろしいほどのフットワーク?ですり抜けるのである。彼らのあの反射神経は何なんだろうとときどき感心したりなどもする。
 さてどう考えてもわからないのが、目の中へ飛び込もうとする彼らの行為である。なぜ?水分に惹かれてという説もあるが、単に水分がほしいのなら、周りに川でも池でも水たまりでもいくらでもあるではないか。それに目に飛び込んだら飛び込んだで、まちがいなく命を失うことになるのである。眼球と瞼の間に挟まれてつぶされるか、目の中から取り出す行為で大概つぶされるのである。彼らはそれがわかっているのだろうか。わかっているとすれば正に自殺願望のある虫といわなければならない。なんとも理解しがたい行為である。
 そんな某住職は彼らの扱いにだいぶ慣れてきて、最近名人級の技を会得してきた。それは無理に追い払おうとしないで、誘い込むという技である。虫が飛び込もうとするとき、小刻みに瞼を開け閉めし、眼球の中に飛び込む前に上下の瞼で挟み込むというものである。こうすると飛び込まれた時の痛みに襲われないし、簡単に除去できるというものである。
 蜂は攻撃するつもりで人を刺す。蚊は食料を得るために血を吸う。そう考えてもあの虫が何のため目に飛び込もうとするのかどうにもわからん…


2013.6.27 
施餓鬼の準備
 ふと気が付けば6月も終わりそうな勢いである。ということは…、まもなく7月、そして8月なんだよなあ。なにを言いたいのかというと、もう施餓鬼の準備を始めなければということなのである。ああいやじゃ〜!せっかく面倒な事業をいくつも終えて、これでゆっくりできるなんて思ったのもつかの間、また今年も始まるのである。
 年回を調べだして檀家さんへの通知文を作るのも手間だが、なんといっても塔婆を書かねばならんけんねえ。日常的に塔婆は書くが、施餓鬼の塔婆は特別である。梵字も文字数も多いのである。そんでもって檀家の少ない瑠璃寺でも200本くらいは書かねばならない。檀家の多いところではどのくらい書くのだろうか。半年くらい前から準備を始めるという寺院もあると聞く。そうなると、当然自力だけで行うこともできず、塔婆の作成は外注となるのである。外注もいろいろあり、他所のお坊さんに書きに来てもらうというのもあるし、最近では共通の文字の部分は印刷に出すなんてのもある。塔婆も印刷ができる時代なのである。それも活字ではなく自分の字を印刷してくれるのである。これって最近はこの時期になると必ず話題になるのだが、終わってしまうと忘れてしまうのである。まさに喉元過ぎればである。
 だが考えてみれば、たかが200本くらいでなにをぼやくかといったところである。習字の練習だと思えばいいんだよ。これも毎年思うところであるが、残念ながら施餓鬼の塔婆を書く作業で字がうまくなったという自覚はまずないな。


2013.6.25   
葬儀の裏側
 きょうは檀家さんの葬儀があった。薬膳師A女史の隣組の方の葬儀である。某住職は葬儀によく出ているが、葬儀の色々を見れているわけではない。坊さんとしての側面を見ているだけである。逆に坊さんだからこそ見えない側面の方が多いのである。坊さんとしての仕事をしているだけで、他の仕事をしないからである。駐車場の誘導やお茶の接待や、義理受けや帳付けなどはまずしない。それだけに、たまに勘違いして葬儀のことを聞かれることがあるが、案外知らないことが多いのである。
 そんな中、常に「家政婦は見た!」状態で、鵜の目鷹の目で物事に臨むA女史の葬儀見聞録は面白かった。もちろん某住職の葬儀の仕方もまな板に載せられていたが、これは当然おもしろくないことばかりである。足が短いとか衣が似合ってないとかどうでもいいことばかりだからである。そんな中で、おっ、これは!というのがあった。葬儀は隣の区民会館で行われることが多いのだが、その際坊さんたちの控室は式場の隣にある茶室が当てられる。この茶室からの声が筒抜けなのだそうだ。確かに茶室はおしゃれに障子で囲われていて、引き戸や壁で仕切られていないのである。うーん、まずいっしょ!Z寺さんのバカ笑いや、K寺さんのどうでもいいネタ話が筒抜けだったということである。もちろん某住職の格調高いお話もである。これは気をつけねばならんですぞ!
 そういうことって坊さんに気を使って、普通言ってもらえないからなあ。まあ今日の場合、A女史が普通でなくてよかったという話である。


 
2013.6.23   
買いました!
 ついに、ついにー、買いました!ノートパソコンです。ああ、買おうかどうしようかいったいどれほどの日数を悩んで過ごしたことだろう。どれほどの日数、旧パソコンを騙し騙し使うことを引き延ばしたことだろう。どれほどの日数、XPにするか、7にするか悩んだことだろう。なんせ金のない某住職は新たに買うという決心がつかず、ひたすら道路に出向いては落ちていることに期待し、ひたすら待ちわびたのである。そうしたら本当に落ちていたのである。ただ落ちていたのが、道路ではなくて、黒い猫が2匹ついた車の中に… えっ、落ちていたんじゃない?届けに来たって?そりゃ、失礼しました。
 そういうわけで、購入したのは、地元の電気屋でも量販店でもなく、ネットだったのである。といって、某住職がパソコンのなんたるかがわかる分けもなく、薬膳師A女史に丸投げしたのであった。やってきたのはメタリック調の真っ赤なパソコン…確かにすべて任したども…これはちょっとやりすぎでねーべか…値段は量販店で買うよりもまちがいなく安かったと思うけど…
 それでも必要最小限のソフトのみインストールされており、到ってシンプルでネットもサクサクと動く。さあこれからはがんばってブログもがつがつと書くぞ〜と思ったのだが、ここ2、3か月の怠け癖がすっかり身に付き、元のペースに戻る自信がない。まったくもって一難去ってまた一難…


2013.6.21 
あるご住職の死 
 町内寺院のご住職さんの本葬儀に行ってきた。思うところが多くて感慨深い葬儀だった。某住職より三つ歳上、早すぎる遷化である。3年前に先代住職を送ったばかりなのに、今度は自分が後を追うことになったのである。まだお母さんはご存命。葬儀の間、某住職の相向かいに座っていたのだが、自分より先に息子が他界したのである。親の気持ちからしたらこれほど辛いことはない。
 それに娘さんが3人なのだ。某住職と同じなのである。跡継ぎの問題もあるのだが、幸い娘さんのお一人が寺を継がれるそうだ。というか、彼氏がお坊さんでまもなく来てくれるのだそうだ。それもこれも含めて亡くなった住職さんはとても死ねない気持ちだったのではないかなあ。
 某住職だって、両親を残してはとても亡くなれないし、娘三人はとても家を継いでくれそうもないし、そうなれば次に住職さんを探しておかなければならないし…って、本当に心配なことばかりで死んでいられない状況である。
 なにより、亡くなった住職さんは教員をやりながらの法務であった。「退職したら檀家さんやお寺のためにがんばるからね!」と常々語っていたそうだ。心残りだったろうなあ。実をいうと某住職も、図書館を途中退職したのは介護の問題もあったが、寺の仕事に本腰を入れずに逝ってしまったらという恐怖が常について回っていたのである。
 坊さんとして生まれながら、そんなことではとても成仏できない気がしていた時期があったのだ。それだけに今日亡くなった住職さんの気持ちを思うといたたまれない。そうなのだ、人のことではないのである。今日の葬儀は自分自身のことだったのである。


2013.6.19   
坐禅体験
 やっと本格的な梅雨がやってきました。昨日までは雨がほしいと言っていたのに、きょうはなぜこんなに雨が降るのかと愚痴をこぼす。空さん、こんな愚痴聞かなくていいですから。
 さてそんな雨の中飯田観光協会の皆さんが、新しい観光コースの発掘を探るための体験視察にみえた。坐禅体験と食事である。まあ坐禅といってもあくまで検討材料としての体験なので、本格的な坐禅ではない。天台宗における坐禅(止観)の意味とその意義である。初めての場合は本当はかなり手間がかかる。足の組み方から、姿勢の作り方だけでも個別指導が必要なくらいである。個人差があるから大人数での指導には向かない。そのかわり一回経験すると、次からは俄然入りやすくなる。
 短い指導だったが、坐禅を体験して気持ちがよかったという人たちが5人ほどいた。実際、雨の日の坐禅が某住職は好きである。いろいろな音が聞こえるからである。本当はそういったものに囚われてはいけないのだろうが、なんといっても煩悩有りまくりの某住職にとっては、普段聞こえていも聞こえないものに耳を澄ます楽しみが勝ってしまうのである。
 何を今さら、そうなのだ。坐禅の楽しみも人それぞれ、そんなゆるさが瑠璃寺の楽しみだったはずだったっけ。

 2013.6.18  
人にドラマあり
 今日は阿弥陀講の日だった。毎月18日の阿弥陀講に豊橋から来てくれるSさんがいる。一緒にお経をあげることもだが、法要後のお茶が楽しいらしい。ご供物として上げられた炊き込みご飯を手作りの漬物と一緒に食するのが大のお気に入りである。そうなのだ、阿弥陀講にやってくるご婦人方は料理自慢ばかりである。特に漬物はそれぞれがみんな得意技があり、毎回その品々におどろかされる。Sさんはそんな漬物の虜になったのである。なので残るとよくお土産にもっていく。
 そんなSさんは過去に死に掛けたのだそうだ。肉屋に勤めていた関係上、若いころから肉を必要以上に食べ続け、40過ぎには完全にコレステロール過多になっていたようだ。おかげで血管は各所で狭まり、自覚症状が出始めた時にはすでに末期的な状態だったそうだ。おかげでその後はカテーテルや血管移植手術の連続で、体中の個所から必要な血管を探して移植する手術を繰り返したそうだ。普段あっけらかんとしているSさんだがその話を初めて聞いた。
 なので、今は拾った命だと思っているそうだ。神仏にも助けられた気がするのでそれ以来機会があればお寺参りに行ったり御朱印を集めるようになったそうだ。それ以上に体調には気を付けているんだろうな?と思ったのだが、漬物の食べ方を見ているとどうもそんな感じもしないのだが… それによく肉や野菜を鍋いっぱいに煮てきてくれる。商売だったからお手の物なのだろうが、その量が半端でないのである。これだけの量を食べたらそりゃなるわと思うのだが、みんなに布施したいという気持ちはありがたいので、みなさんで分けるのである。
 人も50年以上生きてれば、それぞれにドラマがあるものだなあとしみじみ思うのであった。

2013.6.17 
アイスをかっこよく?
 昼前にコンビニに寄ると、店の外にR君がいた。きょうは小学校お休みだという。店の日陰で休んでいるようだった。用事を済ませた後、アイスでも奢ってやろうと思って、自転車に乗りながらでも食べられるパピコを買った。ところが外に出てみるともういなくなっていた。う〜ん、しかたないので自分で食べることにした。ところがパピコはシャーベット状にしないと食べられないので、しばらく車の中に置いておくことにした。さて、スーパーで買い物をして帰ってみると、シャーベット状というよりはかなり溶けている。パピコは液状化するとこれがまた厄介なのである。ボトル状になっている口の部分を切り離すときに飛び散るからである。車の中でやったら悲惨なことになりそうだ。仕方がないので車外に出てやることにした。
 さて、切り離しにかかったとたん切れ目から溢れ出し、手には付くは下にこぼれて落ちるはの大騒ぎ、慌てて切り口に口を持っていき、液状化アイスをすする…ここにいたって、俺ってなにやってるんだろうって…。最近麻生副総理がコンビニの前でアイスを食べながら談笑する姿が紹介され、かっこいい〜!と話題になっていたが、某住職はどうなのだろう?
 麻生副総理は背広姿にSP従えて、それでいてハーゲンダッツのような高いのじゃない、スティックアイスを食べながら談笑していたのがかっこよかったわけで、そう、間違ってもカップアイスはいけません。かっこよく食べるならスティックアイスである。ガリガリ君?
 ああそれなのに、某住職ときたら、思い通りにならないパピコに苦戦し四苦八苦、髪の短い中年オヤジがなにやっとんじゃ状態であったろう。そうなんだよ、無理して食べなきゃよかったんだよ。まあ某住職にカッコ良くは無縁だな。


2013.6.16
DJポリス
 今日は一日が長かった。早朝3時からのサッカーを観るために昨晩は10時に寝たのであった。そんでもって予定通り3時にサッカーを観始め、そんでもって5時半には境内の早朝清掃に向かったのだった。なんとも微妙な雨の降り具合で、世話人さんたちも集まるやら… そう思っていたら9人も集まってしまった。これは「やらずばなるめえ」ってことで予定通りの作業。その後もお寺参りやら、法事やらで慌ただしく過ごしたのだった。確かに起きていた時間がいつもより3時間ほど多かったわけで、これは得したのか?損したのか?どっちだ…
 さて、DJポリスというのがメディアで取り上げられていたが、あれってどうなんだろう。いや存在を否定しているわけではない。おもしろいと思う。ただ、警視総監賞を与えたり、メディアで取り上げて誉め讃えるようなことはどうかと思うのだ。彼らはメジャーになってはいけないのである。やりにくくなるだろうーと思う。権力側の人間が、一般市民側に降りてきてくれたところに市民は共感したわけで、権力側が「よくやった、誉めちゃうよ〜」と言ってしまっては、権力側公認のパフォーマンスになってしまう。そう思われたら、今度やっても「ちょっと受けて、評価されたと思って、またやってるよ…」と冷めた目で見られてしまわないか?そうではなく、権力側はあくまで裏ではその成果を認めつつも、表面的には「警察の品位を損ねないよう、程々にしておくように」くらいのコメントにしておくのがよろしい。そうすればDJポリスは体制側に居ながら、民衆の立場に立ったコメントを遠慮なく展開していける。そうすれば益々民衆はそのポリスを助けてあげたいと思うんじゃないかい?「上からは叱られたけど、またやっちゃうよ。」くらい言えるのである。


2013.6.14
井上欣一
舞楽面と能面展
6月14日〜30日

能面展
 今日から瑠璃の里会館で能面展が行なわれている。大鹿村在住の井上欣一氏の作品展である。数日前、いきなりふらりとやってきて、自分が打っている能面の作品を会館の展示スペースに展示させてくれないかとの申し出があったが、空いているスペースなので快諾したのであった。
 趣味程度の作品と思っていたが、展示された様子をみて驚いた。いや、某住職は舞楽にも能面にもほとんど知識はないが、これはどうみても趣味どころの話しではなく本物でしょう。作品は8点のみだが、すばらしい作品群である。見ていて飽きないだけではなく、見れば見るほど見えていなったものが見えてくる不思議。
 展示されている作品は、
   ・ 小面(若い女性)
   ・ 若女(子面よりもう少し年上の女性)
   ・ 深井女(子どもがいる中年の女性)
   ・ 白般若(女性の怨霊を表現する)
   ・ 子牛尉(神の化身を表す老人の相)
   ・ 納曽利
   ・ 蘭陵王
   ・ 環城楽
 4年間かけて作られたというから、一年で2作品のペースか…、納得いかなければ作り進めないといっていたことがよくわかる。ぜひ皆さんもご鑑賞を。


2013.6.12
やっと終わった…
 いや〜、やっと終わったよ〜。檀信徒総代会である。天台宗伊那部13ヶ寺の総代さんの総会が寺院持ち回りでやってくる。そうなのだ13年に一回、会場寺院として当番が回ってくるのだ。各寺院の住職さんと総代さんが一同に会する会議と研修があるのである。各寺院を会場にするというのが実にいやらしい。つまり、それぞれの寺院の視察も兼ねているわけで、俗な言い方をさせていただければ、その寺の品定め?粗捜し(あらさがし)?みたいな側面を持っているのである。
 確かにそこまで意識したこともなかったが、やはり我々も他所の寺にお邪魔したときは、鵜の目鷹の目で見てしまうものだ。本来、他所の寺院の良いところを見て学ぶという趣旨で行なわれていることだが、受け入れる寺院は心中穏やかではない。なにより、同業者にそれも同宗のお仲間の来訪はプレッシャーである。某住職にだって見栄はあるのである。そこで、今年は特別にこの一ヶ月境内整備に奔走していたわけである。総代さんや世話人さんにも手伝っていただき、もう暇さえあれば除草作業みたいな… そして今日を迎えたわけである。
 しかーし、そんなに熱心にしたわりにはどうだったのかって?そこなのである。実は間に合わなくて夕べは暗くなった夜7時過ぎまで草取りをしていたのである。もちろん泣きながらである。そうならないようになぜもっと早くからできないの?某住職だってそう思うが事はそう単純ではないのである。一週間前にきれいにしても次の草はすぐ生えてくるのである。つまり一ヶ月前から除草作業を始めても、境内はあまりに広く堂々巡りとなるわけである。そんな中で今日を迎えたのである。そうりゃあ感慨もひとしおですがな。事務的な作業ももちろんだが、なにより草取りを明日から少しでもサボれるかと思うとメシうま!しばらくは草取りもぜってーせんからね!


2013.6.10
過ぎたるは及ばざるが…
 暑くなってくると、ざる蕎麦が食べたくなる。昼食は毎日ざる蕎麦でもOKなくらいである。きょうも昼食時、飯田市内の文房具屋さんへ行ったので、近くの蕎麦屋に入った。もちろんざる蕎麦を注文した。ざる蕎麦を注文するときのお決まりの文句が「わさび多めで!」である。これはわさびを蕎麦汁に溶かずに、蕎麦に直接載せて食べるためである。数年前にK寺の住職さんに教えてもらった。「これのほうが絶対おいしいから!」って言うんで、騙された気分で試したら本当においしかったので、それ以来そうしている。
 蕎麦つゆにわさびを溶いてしまうと、わさびつゆになってしまうのだが、蕎麦に直接載せて口に入れると、蕎麦・つゆ・わさびの香りがそれぞれ別々に口の中に広がる。そして口の中でそれぞれの味が合体するのである。わさびの香りをより強く感じるのが好きなので多めに使う。ところが蕎麦屋によっては、わさびはほんの気持ち程度しか付いてこないところがあるのだ。そういうことがあるので、どこの店に寄っても初めから「わさび多めで」と頼むようになってしまった。幸い「わさび多めで」と注文しても追加料金を取られたことはない。
 さて蕎麦が運ばれてきた。わさびの量を見て愕然とした。小皿の上に親指大の大きさのわさびの塊が三つも並んでいた。一つでも多めなのにそれが三つも… まさに言葉を失った。この店は初めてだったので確かに迂闊と言えば迂闊…確認すればよかった。どうやら通常でも多めの店なのか?いや、「多めに!」なんて注文したもんだから、「食えるもんなら食ってみろ!」の挑発的な気持ちが宿したか…
 さて、これをどうしたものか?こちらも「多めに!」と注文した以上、多少なりとも見得も意地もある。ええ、ええ、いつもより多めに載せ、いつもよりちょっと泣きながら食べましたとも。しかし、わさびの多めはいけません。まさに過ぎたるは及ばざるが如し。多すぎるわさびはおいしさとは無縁だす。結果、わさび一山残してしまった。くやしい!某住職の完敗である。なにと勝負してたんだか…いやはや


2013.6.8
ありがたい施設
 母親が絶好調である。体調が良いので本が読めて読めて。おかげで本を提供するのに四苦八苦である。体調が良いと言っても現在の母親は出歩けるわけではないので、ベットの上でひたすら本を読むばかりなのだが、めまいにも襲われず、眼精疲労もないというのだから間違いなく絶好調である。
 本を提供する場合、我が家では三つの方法がある。まず第一に「我が家にある本の中から母親の読めそうな本を探す」であるが、これがすでに球尽きた状態である。決して本が少ない我が家ではないと思うが、その我が家でもはっきり言って「ありません!」状態である。次に「古本屋から買って来る」という方法であるが、これがかなりお金がかかる。もちろん書店で買うほどではないが、安いと言っても半値くらいの値引きしかない。105円均一コーナーもあるのだが、ここはやはり魅力的な本が少ないのである。そして禁断の最終兵器が「図書館」である。これが一番!なんといっても無料だし、その数量は無尽蔵に近いのである。しか〜し、これが問題なのである。母親はベット上で読むということで、体の下に敷き込んでしまったり、無理な体勢で本を広げ、背を折ったりする恐れもあるのである。図書館員であったために公共の資料を痛めることには心が痛むのである。それでもあっという間に読み終えてしまう母親の期待に応えるためには後は図書館の本しかない!ということになり、ついに借りるようになってしまったのであった。渡すたびに「本を汚すな、傷めるな!」とやかましいので、口うるさい息子だと思っていることだろう。
 ああそれにしても、本当に図書館はありがたい。こんな良い施設誰が作ったのだろうか。心からノーベル賞をあげたい。


2013.6.7
交通マナー
 昨日は布教師会の研修で早朝から長野市へ向かった。市内に入ると朝の通勤時間帯と相まって道路は渋滞気味となった。左の斜線が7−9バス専用となっているから、余計渋滞しているようだった。それにしてもバス専用となっているとはいえ、まったくバスが走っていない状態にも関わらず、一台も自家用車は進入しないのである。おかげでやってきたバスはスイスイと走っていく。それにしてもこれだけ車が渋滞気味なら何台かは進入していきそうなものだと思ったが、本当に一台もいないのである。なんだか逆に異様な光景に思える。まあよく日本人は歩行者としても信号を守ることで有名だが(大阪人を除く)、ここでも日本人の民度の高さに改めて驚愕である。
 すると、しばらくして後方から救急車のサイレンの音が聞こえてきた。救急車はバス専用路線をすっ飛んでいった。なるほど、バス専用として路線を空けておくことによって、朝のラッシュ時でも緊急車両がスムーズに移動できるというメリットもあるということか。きっとこういうことも地元民は日常的に体験しているので、ルールをかたくなに守るのかもしれないな。
 一般道路でも高速道路でも、たまにとんでもない運転のドライバーがいるが、それでも多くの場合ほとんどの人が交通ルールをよく守っている。当たり前に走れることのありがたさを実感した朝でもあった。


2013.6.4
雑感
 いや〜今日も暑かった〜。そのせいでもないだろうが、パソコンもいよいよ怪しくなってきて虫の息状態である。熱を持つようになったり、いきなり電源が落ちたりする。おかげでここ数日ブログが書けなかったりなんかする。いよいよ買い替えの時期のようである。いつ買うのか?今でしょ〜!さて、何に替えようかなあ〜っと。XPは?やっぱりダメ?
 さて今日、午前中は仏教会の総会、午後は教育委員会、朝と夕方は除草作業と実に有意義な一日を過ごさせていただいた。体は順調に傷んでいる。疲労の蓄積とパソコンの不調からまともなブログが書けない状態なので、つまらないことをいくつか書いてごまかそう。
 上野動物園のパンダ「シンシン」が妊娠したかどうかでやたらテレビで騒いでいる。いっそ験を担いで名前を「シンシン」から「ニンシン」に変えてはどうかと…
 サッカーの日本代表がワールドカップ出場を決めた。相変わらず終了間際まで気の抜けない試合だった。終盤まで0×0でいって、終了間際に0×1で負けるという最悪の結末を予想していたらその通りに進んだので、おっ、こりゃ某住職、予知能力が?と思った矢先に、同点に追いつくという奇跡が。引き分けてうれしかったが、某住職には予知能力も勝ちを信ずる信念もなかったことが分かり、ある意味自分にガッカリであった。


2013.6.1
大先生の講演
 昨日今日と茨城県はつくば市へ教育委員会の研修に行ってきた。つくば学園都市の印象は、都市化はされているがどこかに違和感がある感じ。建物は建っていても、閑散としているということもあるのだが、道路の中央分離帯や路側帯、建物や道路に挟まれた空き地など、土の部分がすべからく雑草に覆われていることである。美的感覚がないというよりは、そこまで手が回っていないという感じである。
 さてそんな都市のりっぱな会館で、江崎玲於奈大先生の講演を聴いてきた。ノーベル物理学賞を受賞し文化勲章も受けている。それどころか名だたる世界の賞を受けまくっている超有名人である。そんな江崎先生が教育の何を語るのだろうか?まあ現在も大学の学長をやっていたり、ホールの館長をやっていたりと超現役である。聞けば御歳88歳ということだが、到って健康そうでしゃべりたくてしかたないようであった。おかげで早口に次から次と語るものだから、内容を噛み砕く余裕もなく表面的に聞き流すのがやっと、まあ半分も言ってることが理解できなかったかな。だって、資料配ってくんないし、映し出された画像は次々と送られてしまうので書き取ることもできなかったのである。
 ときどき、ノーベル賞を受賞した時の写真や天皇陛下との晩餐会の写真が挿入されて、ちょっと自慢が入るのだが、まあそれがかわいいのである。って、江崎先生は自慢していいだろう?江崎玲於奈が自慢しなくて誰が自慢する!って世界であろう。
 話の内容は教育を否定していたのか肯定していたのか微妙だったが、まあどちらも有りだなあとは思った。きっと話を聞いた全国の教育委員もちょっと困惑し、そして酒の肴にしたことだろう。

2013.5.29
そんなお年頃
 きょうは中学の同級生のお父さんが亡くなったので弔問に行ってきた。老僧とも教員時代に交流のあった方だったので、お話もちょっと聞いてきた。奥様がいろいろ話しをしてくれた。家の親たちにも相通じるところがあって、我々の年代の親たちがある意味みんな同じ岐路に立っていることを実感した。此の世と彼の世の岐路に。
 帰ってきて母親に報告するといろいろ聞きたがるので聞いてきた話をしたのだが、そうしていると、「他の同級生の○○くんはどうしてる?」とか話しが派生していく。面倒くさくてしょうがない。だが自分で話していて、某住職が50歳を過ぎているということは、同級生たちもみんな50歳を過ぎているということである。子どものころ50歳のおじさんなんて、とんでもないおっさんで、もうおじいさんくらいに見えたものである。その年代に我々もなっているということである。まあ親も亡くなるわけだ。
 そんな話をしていたら、同級生たちの現況の話になって、「○○くんはN大学の教授」「○○くんは会社の部長」「○○くんはI病院のお医者さん」けっこうみんな各方面で活躍しているなあ。「それでもって某住職は介坊(介護をする坊さん)ってわけだ」って言ったら、母親が「すまないね〜」って言うわけ。確かに介護をしていなかったら当然ちがった人生を歩んで、ものすごい有名人になっていたかもしれない。まあおかげで、社会的にはまったく活躍できてないけど、某住職それほど悲観もしてないし、けっこう気楽に生きてるからご心配なく。


2013.5.28
老僧かくれんぼ
 午後も墓地の除草作業をしていると冷たい雨風が吹いてきた。これはいよいよ降りだすかっていうんで、会館へ引き上げた。一息つき、まもなくして雨が降り出したが、ふと外を見ると老僧様が傘も差さずムクを連れて参道を下ってくる。散歩にご出勤である。えっ!雨が降り出したのに?ムクもうれしそうだが多少困惑気味である。これからどこへ行くつもりなのだろうか?まあ雨が激しくなれば引き返すだろうと思っていた。仕事を終え庫裡に戻ってみると、ムクの小屋が空である。まだ帰っていないということは老僧様も帰っていないということか…仕方がないので老僧さま用の傘をもって探しに出かけた。
 まあ雨の中を歩き回るほどボケてはいないと思うが、まさか…とは考えるものである。ところが、本堂の周辺を見るがいない。隣の観音堂はどうだろうか?あっ、いたいた、ちゃんと観音堂の屋根の下でムクと一緒に雨宿りをしていた。やれやれである。
 はっきり言ってなにをするか、どんな行動にでるか、日々未知数なのでけっこう気を使う。先日もお昼前にと1時間ほど外出して帰ってみると見当たらない。まあ大概境内から外に出ることはないのでタカを括っていた。ところが、昼食の準備をして老僧様を探しに出たのだがどう探しても見当たらない。これはいよいよ外に徘徊し始めたか…青くなって車で周辺を探しに向かった。1時間ほど探し回って帰ってみると、老僧様はちゃっかり食卓について昼食を食べていたのだ。いったいどこにいたのよ!聞いたところでどこと明確に答えられるわけもなく… まあ日々こんなことを繰り返している今日この頃なのである。


2013.5.26
利き腕
 みなさんは右利きだろうか左利きだろうか。連日除草作業をしていると体中が軋み始める。背中や腰がバキバキになり、しゃがみ作業が続くと膝に来る。そして草むしり作業が度を過ぎると…
 腕の筋肉というのは日常的に使っているところなので、筋肉疲労になっても少々休めばすぐ回復する。ところが草むしりも半日、一日とやり続けるとどうなるか?疲労は蓄積し、回復しなくなってくる。手に震えが来たり力が入らなくなってくる。自分の手がいうことを利かなくなってくる状態である。
 さて某住職は右利きである。左はまったく使えない。草むしりでも両手を使える人がいるが、某住職は右手のみである。しかし右手がいうことを利かなくなったら、しかたないので左手を使うのである。これがなんとも他人の手みたいで歯がゆくてしかたない。欲求不満に陥りそうなくらいイライラする。左手を草にどう絡めてどの程度の力を加えるのか、頭で考えてからその指令を手に伝えるくらいのまどろっこしさである。そのくらい馴染まない左手なのであるが、使い続けていると不思議なことが起きてくる。頭から指令を送らなくても手が勝手に動くようになるのである。左手が意思を持って動き始める感じである。そうなると、利き腕ほどの働きは出来ないまでも、利き腕の疲労回復のつなぎには充分役割を果たすようになるのである。
 まあ同じからだの一部であるが、利き腕利き足というものはちょっと別ものであるなあと実感する次第である。ただし普段使わない部分も使えば能力は目覚めるのである。どうも某住職の体はまだ眠っている部分がたくさんありそうで、思い返せば損している気分に陥るのである…


2013.5.24
ヘビ君に再会
 きょうも大庭の草むしりをしていると、庭の真ん中に荒縄が一本?と思いきや、わ〜巨大なアオダイショウであった。どうやら先日住宅の格子扉に張り付き登ろうとしたやつである。歩を止めているようなのでそうっと近づいてみた。逃げない…ヘビの頭の側に某住職の足をおいたら、なにやら顔を近づけ探っている様子。そのうちに足の上に載ってきた。(やったー!来ましたよ。足を登ってくるのか?格子戸を登ったやつである。登りたがるヘビなのかもしれない。なぜ登るのか?そこに足があるから…)こんなにでっかいヘビが、このまま頭の上まで登って来てくれたら最高である!。もうワックワックしてじっとしてたら、いきなり山門から郵便やさんが飛び込んできた。ヘビはビックラこいて脱兎の如く足から滑り降り、塀の隙間へと走り去ったのでした…
 ああ、なんてアングッドタイミング…う〜ん、思いは成就しなかったが期待に満ちたあの数秒は何ものにも変えがたい時間であった。もう一度ヘビ君やってこないかなあ。二度会ったからもう一回会えそうだな。


2013.5.23
ノートパソコン、ピ〜ンチ!
 いやーまいった。パソコンの調子がどうにもこうにもよろしくない。ネットのスピードも遅くなり、開かなくなったり、止まってしまったり、場合によると予告もなくいきなり電源が落ちたりする。夕べもさてブログでもと思ったら、いきなり電源が落ちてしまった。そうしたら、どうにも立ち上がらなくなってしまったのだ。これはいよいよ買い替えの時期だろうか。先日のトラブルのときにバックアップは取ったからいざとなったらどうにかなるだろうが、日々の作業でストレスが溜まりまくる。やっぱり買い換えよう…
 しかーしである。面倒くさがりの某住職は機種を変えたくないのである。つい先日「またXPを買う!」と言って、薬膳師A女史にボロクソに言われたばかりであるが、またいろいろと新しく覚えなきゃならんのが面倒なのである。会館にある7の機種だって、しょっちゅう「使いたいアイコンが消えとる〜」と大騒ぎをしている。M氏お薦めのアップルなんぞにしたら、もっと余計にいろいろ覚えねばならなくなりそうだ。
 そうこうしていたら、A女史の悪魔のささやきが聞こえてきた。「今私が使っている7の機種を譲ろうか?」そうである、先日キーボード上へコーヒーをぶちまけ、水洗いされたあの機種である。設定が全て出来ているので、面倒くさい某住職は乗ってくるものと見越しての誘惑である。ムムッ、これは要注意である。コーヒーぶちまけて無事なわけがない。きっと何か不都合が生じ出しているはずである。
 ああしかし、こうして警戒しているにもかかわらず毒牙にかかっちゃうんだよなあ…


 
2013.5.20
木喰い虫の駆除
 明日から本堂の木喰い虫の駆除が始まる。以前から木喰い虫の被害が懸念されていたが今年、町の補助金がついたため実施することになった。木喰い虫はシロアリほど被害甚大ではないが、本堂自体が町の指定文化財になっているため早急に実施することになった。
 本堂は瑠璃寺の諸堂の中では一番古い建物で340年余が経過している。よく見ると柱や壁に小さな孔が空いているのがわかる。木屑も落ちていることがある。そんな状況の中さてどうするのかというと、一つ一つの小さな穴に薬剤を注入していくのだそうだ。気の遠くなる作業である。本当にお堂の内外全体を見回しながら行なう作業らしい。きょうはお堂の回りに足場を組み上げて明日からの作業に備えた。お堂全体が足場に囲まれ大層な様相になってしまった。一週間ほどかかるらしい。
 まったくもって次から次へと問題が起きてくるものである。というか、昨日今日始まったことではなく、900年続いているからこそのことなのだろう。今回の本堂の問題も340年続いているからこそなのか。そこに巡り合ってしまった某住職の不幸ということで… あれ?去年は開創900年に巡り合えた幸いとか言ってなかったか?ま要するに幸も不幸も長い年月の成せる業ということ…
 それにしても、毎年毎年境内の維持費だけでも大変な出費である。みなさ〜ん、お布施弾んでくださいね〜


2013.5.18  
ヘビの季節
 連日の暖かさでヘビ君たちも活発になってきた。昼時に車で参道を下っていくと道の真ん中に紐が一本…ちが〜う!巨大なアオダイショウだって!危うく轢いてしまうところだった。
 昨日も夕方、住宅から庫裡の方へ行こうと渡り廊下の格子戸を開けようとしたら、すりガラスの格子の向こうに、なにやら曲がりくねった影が映っている。ありゃりゃりゃ〜、これはもしかしてヘビ?このまま格子戸を開けたら、ヘビがビックリしてどこかへ行ってしまうかもしれないので、裏口からそっと出て渡り廊下へ回ってみた。いや〜いました〜、りっぱなアオダイショウ。それにしても垂直の扉をよく登ったものである。格子戸なので引っ掛かるところはあるとはいえ、何が目的で登ったものやら。近づいても逃げようとしない。というより、落ちないように扉に必至に張り付いている状態で動けないのかもしれない。近づいて写真撮りまくりである。手の平を当てながら長さを測ってみたら120センチもあった。立派な大物である。それにしても動かなくてつまらない。というか、その状態からどう動くのかが見たかったのだ。格子戸の面をどう登っていくのかを。
 さあどうしよう…いつまでも待っていられんのだでな…某住職は忙しいんだでな…というわけで、当然の結果とはいえ、尻尾を掴んでみたのであった。その瞬間、全身で落ちてきました!おいらの腕の上に!「ぎゃ〜!」もちろん声は出なかったが、心の声である。ヘビは平気だが、さすがにその大きさと次の動きが予測できない状態でのダイビングにはビビりました… 腕の上に落ちた後、あっという間に地面に滑り降り、近くの石積みの下へと潜り込んでいったのであった。
 まさに、落ちたのか、自ら飛び降りたのか…今となっては聞くすべもない。あ〜びっくりした〜


2013.5.16
早起きは三文の得?
 6の日早朝清掃もいよいよ5:30開始に突入である。すっかり明るくなり5:00からでもOK?まあ某住職はご遠慮申し上げる。だが5:30に境内に行ってみると、ほとんどの人が来ていて作業も半分くらい終わっている感じである。いったいいつから来てんだよ〜状態である。
 それを裏付けるように作業中にみんなの会話を聞いていると、朝は早くに目が覚めて困るという声が多い。多くが60代、70代の人々である。4時に目が覚める?3時に目が覚める?ええっ〜!だが本当なのである。年をとってくると早起きになるということはよく聞くが、某住職は実感が湧かない。本を読む人、ラジオを聞く人…そういえば飯田市のD寺のご住職もかなり早くに目が覚めるので、ラジオ深夜便を聞いているって言ってたっけ。
 いったいみんなは何時に寝ているのだろうか?9時とか?いやいや、12時ごろ寝ても覚めてしまうのだろうか?まあ某住職はまだ若いからおかげさまで早朝に目が覚めるということはないのである。それでもさすがに9時や10時に寝れば早くに起きられる自信はある。だがそこで何をするのか?草刈とか?さすがに早朝に草刈機ブン回したら近所から怒られるだろうな。そうなると静かに草むしりですか…涼しくて仕事がはかどりそうだが、なんだか寂しい。余分に仕事が出来て得したような気持ちになるかというと、逆に損したような気分になるのはなぜだろう?はて?

2013.5.14
昆虫食
 ほんの2,3日前まではまだコタツが恋しく厚手のパジャマを着ていたのに、夕べはTシャツに短パンである。娘たちにまで「夏かっ!」と罵倒されたくらいである。夜だけの話ではない、連日草刈を行なっているが、日焼けして夏の草刈かと思うほどである。このまま夏になってしまうのだろうか…
 さて、外の作業をしているとヘビやトカゲの大物以上に昆虫の存在が気になる。世の中にこれほど多くの昆虫が存在するのかという気にさえなる。芋虫もミミズなども昆虫の仲間でゴッチャなのだが、目にする数の多さに、作業中に出会った生物をすべて捕獲したらどれだけの数になるだろうかなどとくだらないことも考えてしまう。
 ネットのサイトで、昆虫食のすすめなんてあったが、たしかにこれがみんな食料になったら動物性たんぱく質の代替になるだろうなあ。肉や魚が食べられなくなったら迷わずOKである。その点昆虫食に強い長野県人はすぐ順応できそうである。ただ、昆虫は小さいので人間が必要な栄養分を補給するにはかなり捕獲しなければならない。野鳥のお母さんだってヒナの為に日々苦労している。そうなると、養殖しかないなあ… いったい何を考えているんだろうと思うが、あっ、そうだよ!たくさん養殖すること考えなくても一匹一匹の昆虫を大きくすればいいんだよ。だめだ…ブタほどもある蜂の子なんて想像しただけで食欲が失せた…


2013.5.12
タイの僧侶
 きょう新聞におもしろい記事をみつけた。『タイ増える「太め」僧侶』国民の9割が仏教徒のタイで、太った僧侶が増え健康状態に黄信号がともっている、というものである。タイの僧侶は信者から供物で食をまかなっている。その信者が布施する食べ物がインスタント食品や、出来合いの惣菜がパックになった「お供えセット」など現代的な高カロリー食品が主流になってきたためなのだそうだ。
 なんとも今風な話しではあるが、実に意外な気がした。まず、タイの国ではそんなインスタント食品を供物にするようなことはなかろうという思いがあった。そして僧侶もそんなものは口にしないのではないかという漠然とした思いがあった。ところが現実はそうではなかったのである。
 「朝は忙しいけどお供えはしたい。セットは便利で助かる」の弁のように、大半の信者は目の前の露店で一食分の食事を詰め合わせた30バーツ(約100円)のお供えセットを購入していた。そして、コンビニエンスストア前に置かれた椅子に置かれた椅子にオレンジ色の袈裟をまとった僧侶が腰を架けると人々が集まってきた。僧侶の袋には即席めんや栄養ドリンク、お供えセットでみるみるうちに満杯に… え〜うそだろ〜 (坊さんもコンビニの前でなんか座るなよ…)って思ったのだが、きっともらいやすいからなのだろうな。なんだかタイの世界も変わったものである。
 坊さんは食べるものを選べないのだそうだ。基本的にいただいたものはすべて食べるのだそうだ。しかしこれによって、タイの保健省は僧侶の栄養の偏りを問題視し、対策に乗り出した。なんだかな〜、時代も変わって供物の内容も変わったんだから、坊さんも変わったら?と思うのは某住職だけだろうか…

2013.5.11
50周年記念事業
 きょうは早朝から、新築なった中学校の竣工式と中学校統合50周年の記念事業に終始した。まったくもってこの事業の為にどれだけ労力を費やしてきたことか… 今回この事業が面倒くさかったのは、竣工式は教育委員会の事業、50周年は同窓会事務局の事業だったことである。つまり教育委員の立場と歴代PTA会長の立場で、どっちも主催者側というありがたくない状況なのであった。まあそれでもそれなりに全てがなんとか上手く治まったのでやれやれである。
 記念事業ではピアニスト山本貴志氏によるピアノコンサートが行なわれた。これが大好評で、その道の好きな人たちにはたまらないコンサートだったらしい。だが音楽にもピアノにも疎い某住職には眠りにと誘われる心地よい響きそのものであった。いや、その心地よいというところこそが本物だったということかもしれない。ショパンを中心に一時間半に渡り10曲程を弾いたのだが、楽譜をまったく見ることもない彼は、全てを暗記しているということか…感心である。ってその程度の某住職にはまったくもってもったげないコンサートであったかもしれない。でも多くの方が満足してくれたのだから本当によかった。
 さて大きな事業が終了して良かった良かったと皆が肩を叩きあっていた頃、某住職の心は思い空気に覆われていた。それは記念誌発行の係りにもなっていたのである。その記念誌編集作業は今年の12月まで続くのであった…はて?某住職はいつ開放されるのだろう…


2013.5.9
ヒナの季節
 今日も朝から境内の除草作業を行なったが、草をむしっていると思わぬものが目に飛び込んでくる。鳥のヒナである。まだ生まれて間もないヒナが、土の上で死んでいる。見上げると軒の一部に白い糞のあとがいくつもみえる。どうやら垂木の隙間につくった鳥の巣から落ちてしまったのだろう。実は鳥のヒナの死骸は昨日も見たのだ。思い返せば例年この時期はヒナの死骸を数羽は見るだろう。毎年見ることなので、悲しいことだとは思うが、仕方のないことと割り切っている。某住職は落ちたヒナには手をつけないことにしている。自然の摂理である。
 ところが、自然のものには手をつけない主義だったのに、薬膳師Aの登場でその主義が揺らぎつつある。ここ2年ほど鳥のヒナを育てるというか、死なせるというか…なにやら会館が「拾ったヒナは育ててみる」みたいな雰囲気になってしまった。そうなんだよ、昨年も一昨年も、ムクドリだかツバメだかハトだか、拾ってきちゃあ育てる真似事してたなあ。またその時期がきたのである。やれやれ、またA女史は何か拾ってくるんだろうなあ。育ってくれりゃあいいんだけど、死なれちゃうとけっこうガックリ来るのである。ああどうか除草作業中に生きてるヒナに出会いませんように、そしてA女史が拾って来ませんように…


2013.5.8
不安だらけ
 いや〜恐ろしい勢いで雑草が伸びている。昨日と今日で庭の様子が変わっているのには驚きである。そんな状態なので、追われるように草むしりに取り組むことになった。草むしりをしていると年を感じることがある。以前にブログで、車を駐車させるときに、駐車場で停止線にそって平行に止められない時があるなんてことを書いたが、草むしりでもわが身の衰えを感じる時があるのである。
 草をむしる時は某住職は素手派である。草の感触を指で確かめないと上手くむしれないからだ。その作業中にやたらと手をぶつけることが増えた。庭石であったり、石灯籠であったり、ベンチであったり、そこにあると目に入っていてもぶつけてしまうのである。勢いなのか惰性なのか、思わず当たってしまうのである。おかげで某住職の右手の甲と指の背は傷だらけである、腫れてるし… まあ作業を少しでも早く進めようとガシガシとしてしまうところもあるのだが… なんだか思いのように手を動かせていないようでちょっと不安になるのである。
 さて不安といえば、泥棒事件があった。賽銭箱が狙われるのはよくあることだが、観音堂の正面扉が外されていたのだ。もちろん内側から鍵は掛かっているのだが、力技で扉全体を押し破ったのだ。鍵の部分が破損して落ちていた。幸い、扉の破損だけで盗られたものはなかったが、駐在さんに来てもらって現場検証をしてもらった。川向こうの村でも二件ほど同じような被害があったそうだ。許さ〜ん!貧乏寺に押し入るとは!金持ちの寺に行きなさい。キッパリ!
 今日はさっそく建具屋さんに来てもらって補修工事をしてもらった。鍵も二重ロックにし、扉も簡単には外せないように細工してもらった。やれやれであるが、これは盗難警報機も必要かもしれないなあ。真っ先に自分が引っ掛かりそうだが…
 

2013.5.6
狼男
 映画を観る楽しみには、噂どおりの大作・話題作をワクワクしながら見る楽しみと、たいして期待していなかったのに、思わぬ掘り出し物に巡り合えた楽しみの二つがある。期待して見た作品は期待通りの出来でないと満足できないが、期待していなかった作品はそこそこの出来でも満足できるからおもしろいものである。
 そんな中、掘り出し物の映画に出会った。スペイン映画の『人狼村』〜史上最悪の田舎〜という超ダサイタイトルの映画である。もうタイトルがタイトルだから本当に期待しないで見たのだが、これがとてつもなくおもしろかった。タイトルどおり狼男ものの映画なのでジャンル的にはアクションホラーになるのだろうが、それにコメディーが加わる。スプラッター的なホラーなので凄惨な場面が多いのだが、それ以上に笑えて、突っ込みどころ満載である。まあ、見事なまでのB級映画であるが、久しぶりに映画館でみんなと観たい映画に出会った。笑いのツボで共感したい映画ということである。これから観てみたいという人の為にストーリーを語るわけにいかないのだが、ぜひ一人で見ないで、誰かと一緒に観ることを勧める。レンタルビデオ屋に出ているのだろうか?
 オープニングから15分はまちがいなくB級映画の匂いプンプンであるが、それ以後は怒涛のストーリー展開、ストーリーの予測をさせないところがすごい。よく途中で中だるみしたり、ラストが尻すぼみになったりするのだが、最後まで盛り上げてくれる。なにより笑いの小ネタがたまらん。まちがいなくお薦めの一本である。


 
2013.5.4
除草シーズン
 明日は例年恒例の不動瀧祭り、ついでに世話人会もある。会議資料作成や法要の幣束つくりにいそしんでいると不穏な動きが… 休みで家にいた奥様が娘たちの尻を叩いて草むしりを始めた。確かに昨日も除草をそろそろせねばと書いたが、連休を過ぎたら始めようと思っていたのである。普段家に居ないやつがたまに居るとこれだから面倒くさい。いや、草をむしってくれるのは大いに有りがたいのだが、みんなでしてくれているのに、見て見ぬ振りはどうもしかねるのである。なにより某住職は小心者である。そこで一緒になってやり始めたのだが、今シーズン最初の作業である。やりだせば気になるところばかりで、軽く1時間ばかりなんて思っていたのが、気がつけば2時間が経っていた。
 だいたい例年初日は軽く、その後徐々にペースを上げていくという作業プランでやっているのに、まったくもってこれだから素人は困る。というか、草が生えていても普段見慣れているとそれほど気にならないのだが、たまに居るやつが見ると気になるのだろう、それはよくわかる。
 料理の手順や片付けなどもそうである。人によって手順やプランはちがうから、普段一人でやっているものを二人でやろうとすると、相手のやっていることが気になって衝突するものである。まあ両雄並び立たずといったところだろう。なので奥様が家に居るときには某住職は極力家事はしないようにしている。なのでそう考えれば、きょうの草取りも任せておけばよかったのかもしれない。そうすれば今のこの腕と指の痛みはなかっただろうにと思う。


2013.5.2
さあ5月だ!
 5月を迎えたが最近鯉のぼりをあまり見ない気がする。月遅れでこれから飾るんだっけ?それでもいくつかはたなびいているから、時期は時期なのだろう。鯉のぼりが減ったくらいだから、武者絵の幟旗(のぼりばた)はほとんど見なくなった。昔は鯉のぼりと、幟旗がよくセットで揚げられていたのに… 男の子が少なくなったのか、親がずぼらになったのか。確かに、鯉のぼりも揚げるとなったら大仕事である。ポールを立てたり、ロープを張ったり、鯉を縛り付けたり、きっと面倒になるんだろうなあ。
 以前にも書いたが、寺では鯉のぼりを揚げてもらえなかった。なので、鯉のぼりには思い入れがある。某住職が子どもの時には『座敷のぼり』であった。座敷の床の間に飾る鯉である。なんだか鯉そのままみたいな、今で言えば実物大フィギュアのようなものである。座敷のぼりといいながら、ちっとものぼってないし…それに鯉のぼりみたいに色もカラフルではなかったのだ。随分寂しかった思いがある。
 さて、鯉のぼりは気になるが上ばかりも見上げていられない。足元を見まわせばいつのまにか雑草たちが大繁殖である。ここ一週間であっという間に生えだした。例年、連休が終わると草取りに取り掛かっていたがそんな時期が来たのである。こちらは忘れていても彼らは決して忘れないのである。そんなに律儀に生えてこなくてもと思うのだが…

2013.5.1
死の淵からの生還
 きょうからは5月… 辺りを見まわせば、山々は心もとない薄緑の新緑でブチ模様に覆われている。そんな山々を見ながら、恒例の植樹祭に行ってきた。中学生たちとヒノキの苗木2500本を植えてきたのだ。駐車場から目的地までの行き帰りの徒歩ですでに疲れ、膝をガクガクさせながらの帰宅となった。
 帰ってくると薬膳師A女史から電話が入った。ヘアードライヤーを貸して欲しいという。もちろん某住職は必要としない。なびく髪はなく、熱風が地肌に当たるだけである。なので、当然娘たちが使うドライヤーである。さっそく持って駆けつけると、A女史は右往左往し飛び回っていた。いったい何が起こったのだろうか…聞けばコーヒーを飲みながらノートパソコンで仕事をしていて、キーボード上にコーヒーをぶちまけたのだそうだ。まあパソコンを扱う人は大なり小なり体験することではあるが、かりにもA女史はプロである。そんな初歩的なまちがいを?起こすんだなこれが…
 さてどうしたのかというと、電源コードとバッテリーを瞬時に外し、炊事場でキーボード上から水を流し、洗ったそうだ… えっ〜!そんなことしていいの〜!パソコン素人の某住職にはにわかに信じがたいことであるが、本当にそんなことして大丈夫なのだろうか。パソコンには水分は天敵で、キーボード上に水なんかぶちまけたらまずアウト!と聞いた気がするのだが。A女史曰く、水はパソコンの側面から流れ出し、洗えたはずだという。電流さえ通じていなければ、ある程度洗えるはずだとも。水切りしたので、ドライヤーで煽って一気に乾燥させるそうだ。
 一時間後、バッテリーが戻され、電源が入れられた。スイッチオン!驚くなかれ、見事復旧したのである。その後も一日使ったようだが不都合はなかったそうだ。恐るべし、薬膳師Aである。死にかけたパソコンを力技で甦らせてしまった…


2013.4.29
恋の季節
 竹の子がちっとも出てこない。桜の開花が早かったから竹の子だって早く出てくるだろうと思っていたのに、どうも出てくる様子がない。朝夕が涼しいからまだ時期が来ていないだけなのか?ところがそうではないらしい。今年はどこでも不作なのだという。3月の降水量が少なかったことが影響しているとの事、思わずマツタケの話か?と思ったくらいである。竹やぶに踏み込み、ここかしこの斜面から竹の子が頭を突き出している光景は、なんとも春の息吹の勢いを感じて心躍るところである。ところが今年はそれが見られない…うえ〜ん、寂しいよ〜
 春といえば動物もさかりのつく季節である。人間も同じ、年頃の娘さんを持つ人々も娘の彼氏には心痛めている人が多いようだ。今日は会館に出入りする関係者が集まったのだが、奇しくもそんな話しがここかしこで…娘や息子が年頃になってもそんな話がまったく聞こえてこないのも寂しいものだが、出来たら出来たでけっこう複雑なのかもしれない。二十歳過ぎれば子どものころの恋愛ごっことも言っていられない。常に結婚に発展する可能性を秘めているからである。まあ親の希望と娘や息子の希望が食い違うことは世の常だからしかたないのかもしれん。
 ただし、けっこうみんな冷静なのには意外だった。親としては頭ごなしに「ハンタ〜イ!」と叫ぶのかと思ったが、まあ見守っているといった感じが…ほんと、意外だったのだ。我が家の三人娘が彼氏を連れてきたらって、どうも想像できないなあ。でもそれなりに年頃だから、彼氏を連れてくることもあるのだろうか。そのときには某住職も親として悩むのだろうか。そこいくと、保育園年長さんM氏のところのYちゃんと、K寺のWくんの恋はまったくもって屈託がなくてうらやましい限りである。いや、案外娘を持つM氏の心中は穏やかではないのかもしれん…今度聞いてみよう。


2013.4.27
川本喜八郎人形美術館
 昨日は一日長野の善光寺で教区の研修と会議、今日は早朝から長野県仏教徒大会に奔走した。二日連続でグッタリであった。それにしてもここのところ冷え込んでいる。昨日なども自宅を出発して松本へ向かう辺りでは外気温が15度くらいだったのに、長野へ着くころには10度くらいに下がっていた。会議が終わって外に出てみたら雨上がりの冷気が真冬のようであった。さぶ〜、コートが欲しいくらいである。そしてきょうも、天気は良いのだがどこか肌寒い一日だった。おかげでここ三日ばかりはタラノメがちっとも大きくならない。へんな陽気である。
 さて、きょうの県仏教徒大会は飯田が会場であったため、県下の仏教会理事さんたちが昨日からみえていた。午前中はその理事さん方の接待だったのだが、飯田ならではということで、川本喜八郎人形美術館へ案内した。人形展示と人形アニメーションの鑑賞で1時間とプログラムを設定した。某住職の得意ジャンルなので某住職の完全語りでもよかったのだが、美術館サイドに花を持たせておいた。って、なんで上から目線なんだろ…なので、所々で解説を差し挟みフォローしておいた。飯田の市民が思っている以上に、川本の人形&アニメーションはとてつもない財産である。それが証拠に、今日の理事さんたちも「想像以上」、「思っていた世界とまったく違った」、「正直、人形と聞いてバカにしていた」等を口にされ、絶賛であった。グッツも随分と購入され、それぞれの檀家さんや、地区の仏教会役員さんを連れて来たいと係員の方々から情報を仕入れていた。
 えっへん、これは少なからず某住職の功績大である。飯田市は某住職に感謝状と金一封をあげてもいいのではないかとかなり思う。どうじゃ、皆さんは某住職案内で川本喜八郎の人形世界を堪能してみたいとは思わんか?寸志を持ってやってきなさい。あくまで上から目線…


2013.4.25
花の斜面
 夕方通学路を車で走っていると、低学年とおぼしき男の子が二人前方に見えた。道幅が狭いので徐行しながら近づいていくと、なにやらキャッキャッとはしゃいでいる。見れば人家と道路を隔てる道脇の斜面をシバザクラが覆っていた。どうやらそこのお家の方が植えたのだろう。赤白ピンクとみごとな色合いである。そのシバザクラの花の面を両手で触れて騒いでいたのであった。子どもたちの横で車を止めて一緒に眺めたが、シバザクラを眼下に見ることはあっても、こうして横一面に花を見ることはめったにない。背の低い子どもたちには壮観な光景だろう。花の面に両の手の平を広げて触ってみたい気持ちはよくわかる。花一つ一つを触れることはあっても、花の面に触れるっていうのはめったにない。これは車で通り過ぎていては見えないし味わえない景色である。
 振り返った子どもたちと目があってしまい、子どもたちは気まずい顔をしていたが、悪いことをしているわけじゃなし、手を振って早々に立ち去った。まあ楽しんでくれい。

2013.4.23
マンU優勝
 本日はサッカーネタで興味のない方には申し訳ない。プレミアリーグの優勝が決まった。香川真司がいるマンチェスターユナイテッド、通称マンUである。残り4試合を残してなので、シーズンとしては楽なシーズンだったかもしれない。
 今シーズンは香川が加入して大いに期待されたが、思ったほどの活躍は出来なかった。しかし終盤の活躍は来シーズンに期待が持てる。それにしても昨シーズンはブンデスリーグのドルトムントで、一昨シーズンもドルトムントで優勝しており、これで3期連続優勝である。香川のいるところ優勝ありって感じである。夕飯時にこのことを話題に出したら奥様が、「それって、香川がすべて優勝に大きく貢献してるってこと?それとも単にそのチームにいたってことだけ?」などと実に失礼なことを言う。ドルトムントでの2回の優勝は間違いなく香川の貢献が大きいと思うのだが、今回のマンUでは直接優勝には貢献していないかもしれない。それでもインターネットではおもしろいことが言われていた。
 『座敷わらし香川真司』座敷わらしの居る家は栄えるのである。直接影響があってもなくても居ることによって栄えるというのはすごい。どこのチームも欲しがるだろう。それでもやっぱりサッカーでは座敷わらしではなく活躍して優勝してほしいものである。
 ただ正直言ってマンUのサッカーはクソである。実に大味な試合が多い。個人技の力で勝っている感じである。チーム一丸で勝ったという試合が少ない。その点、香川が躍動した試合はまちがいなくおもしろい。きょうの優勝を決めた試合は本当におもしろかった。来年は座敷わらしではなく、香川の力あってこそと言ってもらいたいものである。


2013.4.21
寺ヨガ
 きょう、寺の客殿を使ってヨガ教室が行なわれた。名づけて「寺ヨガ」。某住職が講師でヨガの指導をって、そんなわきゃあない。ヨガ教室をしている先生が、寺を会場にヨガ教室をしてみたいということでお貸ししたのだ。実は、ヨガの教室には寺の施設をよく貸している。定期的に貸しているのは「ユビヨガ」だったっけ。指だけをこねくり回すのだろうか?そんなくらいだから、今日のヨガもどんなことをしていたのかよく知らない。「教室を始める前に住職のご挨拶を」なんて勧められたが丁重にお断りした。ヨガというものがよくわかっていないのである。テレビで見る「ウサギのポーズ」とか「鶴のポーズ」とか、あれ?そんなのなかった?まあとにかく、なんだかあのちょっと恥ずかしいポーズがイメージ的に強くて、自分が行なうことの想像ができないのだ。まあ某住職、体が硬いからヨガとかやった方がいいんだろうが、なんだかみんなでいっしょにお尻突き出すとか無理!
 関わらないようにしているのはきっと、覗きに行って「住職さんもご一緒にどうぞ♪」とか誘われるのを極端に恐れているのだろう。お茶だろうがお花だろうが、コンサートだろうが薬膳教室だろうが、どうぞ境内の施設は好きにお使いいただきたい。でも「ご住職もいっしょにどうぞ」は禁句である。


2013.4.20
お前ら坊さんのことどう思ってる?
 きのうネットの2chで「お前ら坊さんのことどう思ってる?」というスレが立っていた。もちろんおもしろそうなので覗いてみた。もうゲラゲラ笑えた。政治的な話題よりどうでもいい話題の方がおもしろい。どうでもいい話題をみんなでいじくり回すのを待ってるんだろうなあ。
 一般の人たちがどう思っているのかだけかと思ったら、実際の坊さんも参加してきて、ああ2chだなあとしみじみ思った。一般の人からは坊主丸儲けみたいな言われ方がよくされるから、ボロクソかと思ったら意外やそうでもない。やはり身近な坊さんを見てのコメントが多かったが同情的な意見も多かったな。こんなのもあった…
 本題からちょっと脱線して「南無阿弥陀仏」と「南妙法蓮華経」のちがいを解説され、「へえ、知らんかった」、「お前坊主じゃねえのかよ!」と突っ込まれ、「ようわからんまま育ったもん」「お前、住職でも僧でもないだろ、ただのニートだろ!」「ううん、住職だよ」って、どんな住職だよ…
 坊さんの生の声もたくさん聞けるので、興味のある方は「お前ら坊さんのことどう思ってる?」で検索してみてちゃぶだい。

2013.4.18
一隅托鉢
 昨日は天台宗伊那部で一隅を照らす活動に取り組んだ。駒ヶ根の光前寺さんをお借りして、托鉢を行なった。桜見物で参拝客の多い光前寺さんの境内で募金活動を行なうのである。某住職は伊那部の主事なので、責任上午前の部にも午後の部にも参加した。おかげで4時間以上立ちっぱなしだったので、足が痛い。痛かったのは足ばかりではない。スギ花粉なのか、ヒノキ花粉なのか、激しい花粉症に襲われて、目は痛く、鼻は詰まり、顔中が真っ赤になってしまった。托鉢をしながらどうにもならなくてぶっ倒れるかと思ったくらいである。確かにスギの巨木が境内に列を成していたからかもしれない。ニュースではスギ花粉は峠を越え、終盤に入ったみたいに言ってたのに…
 さて、問題は托鉢の方なのだが、参拝客はもう呆れるくらい引っ切り無しにやってくる。その人たちが全員お金を入れてくれたらあっという間に一杯になるのだが、現実はそれほど甘くない。寺の境内でなおかつ天台宗の僧侶であることを公言して行なっているので警戒されることはないのだが、そう簡単には入れてくれない。それでも入れてくれる人には傾向がある。まずお年寄り、おじいちゃんでもおばあちゃんでも入れてくれる率が圧倒的に高い。それから中年のおばちゃんで中年のおじちゃんと続く。若くなるにしたがって段々入れてくれなくなる。なんだか托鉢や募金でお金を入れることに偽善的なものを感じるのだろうか。恵むのではなく布施なんだけどなあ。自分の為に行う行為だと知ってれば入れやすいのに。金額が少なくちゃあ恥ずかしいとか思うのかなあ。これも布施なら金額の多少ではないのだが。
 あっ、そうそう入れてくれない人種がいた。カメラマンである。カメラマンはただでさえカメラや三脚などの荷物が多いから、財布や小銭を引っ張り出す行為が面倒なのかもしれない。それにしてもカメラマンとはどこにいても布施に縁のない人たちである。そうなのだ、なんと!托鉢をしている間に通りかかったカメラマンが二人カメラを落として破損させたのである。もちろん、布施してくれなかった人たちである。いやね、これを仏罰だとは決して申しませんよ…


2013.4.16
不幸中の幸い
 両親の介護をしていると日々トラブルに見舞われる。というよりトラブルに見舞わせてしまうこともある。きょうも午後からの教育委員会は夜まで続いた。こういう日は夕飯をどうするかが大きな問題である。母親はショートステイに預けてあるので問題はないが、老僧様の夕飯が問題である。奥様は残業で遅くなるというし、双子のM子は修学旅行中、だが幸いお気楽娘が夕方早めに帰宅できると言う。簡単な夕食も作ってくれると言うので、夕方一旦帰宅し食材を用意して、お気楽娘に頼んでまた出かけたのだった。
 さて、8時も過ぎた頃やっと帰宅できた。奥様の車も帰っておりやれやれである。ただいま〜と帰っていくと、なにやら家庭の雰囲気がおかしい。すると奥様が「怒らないでよ」という。はて?なんじゃろう。奥様が今さっき帰ってみると、誰も夕飯を食べていなかったというのだ。そうなのだ、某住職が出かけた後、お気楽娘は夕飯の仕度をすることなく寝込んでしまったのである。奥様が帰宅して寝込んでいるお気楽娘を発見したと… ばっかも〜ん!と怒ったのは当然だが、次の瞬間ハッとした。老僧様は?なにか食べたのか?いつもお腹が空くと自分で探して食べてしまうのだが、今日はどうも何かを食べたという様子がない。食べずに寝てしまったのだろうか?もしそうなら、かわいそうなことをしてしまった… 急いで部屋へ行ってみた。
 覗くともう布団に入っていた。だがまだ寝ていないようだ。そこでいいことを思いついた。普通に、「じいちゃ、夕飯だよ〜」「えっ、まだ食べてなかったかなー」「なんで〜、これからみんなごはんだよー」「そうかそうか」というわけで、何の疑いもなく食卓に向かったのであった。
 9時なのに奥様とお気楽娘と老僧様が食卓に何事もなかったようについている姿がなにやらやたら可笑しかった。時間の感覚と食べたという記憶が曖昧な老僧様にとっては、なんの支障もないことだったのである。

2013.4.15
春の憂鬱
 今年の春祭りも終わって、桜も終わった。昨晩も慰労会で飲んだので寝てしまった。某住職には珍しく3日も続けて飲んだことになる。普段飲まない某住職がこうなのだから、これが祭りというものなのだろう。さて、祭りが終わり、桜が終われば、もう用はないっていうんで観光客も観光バスも消えた。というか勘違いしたバスが今日も何台か来ていたようだが…
 はてさて、春のお祭りが終わって某住職はハタと考える。なんだか建設的な仕事をしてないなあ。毎日毎年やらなきゃならない最低の仕事をこなしているだけみたいな気がするなあ。秋の終わりではない、活気溢れる春の訪れに、どうもマイナス思考に落ち入ったようである。これからやらなきゃならない最低の仕事が、目白押しってのがどうもその原因らしい。
 その日、その日を流されながら生きているのが某住職の良さだったのに、いけないなあ、立ち止まって考えたりしちゃあ…

2013.4.13
祭り前夜
 ここのところ獅子舞の練習で、昨晩は稽古納め、今夜は宵祭り、それぞれ慰労会があったので飲んでしまい、ブログが書けない状態が続いている。いやたいして飲んでいないのだが、飲むと眠くなってしまうのである。まあ明日の春祭りの準備にここ数日飛び回っている影響で疲れているのかもしれない。今夜は一旦目が覚めたので今こうして書いている。
 それにしても朝夕の数日の冷え込みでここにきて桜ががんばっている。今夜の宵祭りでも獅子舞が舞われたのだが、散り始めたとはいえ夜間照明に浮かぶ桜、かがり火、獅子舞と雰囲気は最高だった。祭典までには到底桜はもたないと思っていたので、儲けた気分である。
 さて、明日は春祭りである。昨年は900年祭で特別な年だったが、昨年をきっかけにそれぞれの取り組みが生まれて楽しみである。陵王の舞に取り組む人たち、手作り市に取り組む人たち、茶の湯でもてなそうとする人たち、そして獅子舞でデビューしようとする人たち…それぞれがそれぞれの祭りに取り組んでいる。某住職は当然、法要を成功させなければならない。それが仕事といえばそれまでだが、法要もきっと自分のイメージに合わせてどんどん変えていけるのかもしれない。そうして作り上げていくのが祭りなのだろう。成功も失敗もみな祭りである。そんなみんなのそれぞれの祭りをみつめていくことが楽しみに最近なりつつある。みなさんにとっての祭りはなんですか?


2013.4.11
お花見給食
 今夜獅子舞の練習に行っていると、携帯電話が鳴った。知り合いの方から「今日、テレビに出ていたよー」との報告だった。きょうは日本一の学校桜の南小学校で、お花見給食があった。毎年この日は子どもたちの仲間に入れてもらって、桜の下で一緒に給食を食べる。その様子をテレビ局が収録に来ていたのだ。
 さてここ数日の冷え込みで、桜の命が延びた。桜吹雪が時に舞う状況で充分楽しめた。6年と1年のグループに入れてもらう。6年生には檀家の獅子舞少年R君もいて、行くなり「住職〜」と声を掛けられた。今日の給食メニューは、五平餅と鮭のフライタルタルソース添えとモヤシとホウレンソウの和え物とフルーツのヨーグルト和えと牛乳である。ちょっと隣を見たら、子どもたちにはこれにヤクルトがついていた。一応、「あーいいな〜、おじさんたちにはヤクルトがない〜、みんなには、ある〜」と騒いでおいた。
 さすが6年生はサッサと食べてしまう。見れば1年と6年と同じ量である。1年生は残さず食べられるのだろうか?大きな五平餅2本を食べてしまう子もいれば、1本しか食べられない子もいる。食べるのも遅い。それでもみんなのびのびしている。入学して間もないのにみんな萎縮していない。屈託なく話しかけてきてくれる。その中の一人、どこかで見覚えのある子がいた。そうだ、保育園の卒園式で「大きくなったら芸人になりたいです!」と言った子だ。自由奔放に隣の子とじゃれあっている。担任の先生にそっと聞いてみた。「どう、あの子、個性的でおもしろいでしょう?」そうしたら、先日初めて粘土で作品を作ったそうだが、その子は『温泉』を作ったそうだ。『温泉!?』なんじゃそりゃ?粘土で器を作るという発想は普通だが、温泉とはさすがである。限られた粘土の量でどう温泉を表現したか、ぜひ見せて欲しいものである。
 いつもながら、子どもたちとの給食はおもしろい。


 
2013.4.10
トホホなこと
 今夜、獅子舞の獅子花つくりをみんなとしていると、一人がいきなり「住職さん、なにかおもしろい話をしてよ」とのむちゃ振りである。はて?何かあるだろうか?実は今日あったのである。
 昼間に狂犬病の予防注射があったのだが、事件はそこで起きた。予防注射では注射料金はおつりのないようにお持ちくださいと通知に書かれている。犬が二匹だからけっこう高額である。そこでお金をかき集めて封筒に入れて、会場に駆けつけたのだ。封筒を渡して、注射を受けていると、受付の人が「あれ?住職さん、この5円玉ちがうよ」と言う。「この5円玉、5円じゃなくて、10銭だ!」あちゃ〜やっちまった。実は自分の財布に小銭で5円分足りなかったので、お賽銭が集めてあった袋から5円を一枚いただいたのだ。そこで言わなきゃいいのに「ありゃ〜、お賽銭から失敬してきたのバレバレじゃん!」失笑を買ったのは言うまでもない。そうなのだ、お賽銭にはたまに、外国のコインや日本の古銭が入っているのである。
 しかし、しかしであるよ。お賽銭がたくさん入っている小銭群の中から、わずか5円玉一つを拝借してきたのに、その一枚が10銭だったなんて、どんだけ〜!状態である。いけないことはしちゃだめよという教訓であろうか。

2013.4.9
桜満開です

御朱印大繁盛
 桜が満開である。朝から団体、個人それぞれの見物客が殺到したようである。なにより他人事のような書き方をしてしまったが、某住職は早朝から仏教大学があり出かけていたのである。もちろん昨日もバスが多かったので混雑は予想できたが、しかたなかったのである。後ろ髪を引かれる思いで(後ろ髪ないけど、ついでに前髪もないけど…)出かけたのであるよ。
 さて終わって慌てて帰って来たのであるが、会館の扉を開けると同時にボコボコにぼこられたのである。「いったいどこに行ってたの〜!」って、午前中は留守するって言ってあったじゃん。いや〜、凄まじく忙しかったらしい。瑠璃寺は年間それほど忙しい日はない。せいぜいあって2、3日である。今日がどうやらその一日だったらしい。次から次へとやってくるバスの客が、やれコーヒーだ、やれ御朱印だと要求してきたそうな。確かにあれほど書き溜めておいた御朱印用紙がすべて無くなっていた。いったいどれほど持っていったのだろう。花見の客は金を落としていかないことで定評があったが、いったいどうしたことなのか?北朝鮮のミサイル発射の予告に刺激され、末法の思想に喚起されたのだろうか。まあそんな人たちは、のん気に桜巡りはしておらんわなあ。
 明日もお客が多そうなので、その後某住職は会館の一室に缶詰となり、ひたすら御朱印を書き続けたのでありました。御朱印の帳面に書く作業は、他の寺院の御朱印をみたり、おもしろい帳面に出会えたりと楽しみがあるのだが、帳面に貼るために求めていく御朱印用紙を作る作業は本当に単調で嫌になるのである。「薬師瑠璃光如来」と七文字も書かねばならない。「医王殿」とか「薬師如来」とか短縮することもできるのだが、ありがたみがなくなるという理由で却下されている。そう?短くてもいいと思うけど…


2013.4.8
甘茶
 きょうは降誕会、桜の満開と好天に恵まれ大勢の参拝者で賑わった。おかげで会館に用意した甘茶もよく飲んでいってくれた。やはり年配者は甘茶が昔の思い出として残っている人が多く、なつかしがっていた。もう2、3日甘茶があるうちは振る舞おうかと思う。
 それにしても甘茶は簡単に手に入らない。通常は薬膳師A女史が薬膳茶の材料として仕入れているので分けてもらうのだが、今回は切らしていた。ならば以前のように薬局で買ってこようと思ったのだが、普通の薬局では売っていないのである。町の薬局にもないが、大手のドラッグストアーでも置いていない。まあ日常的な需要がないということだろう。漢方薬を常時扱っているところでないとないのである。結局、昔から買っている飯田市内にあるN薬局に行った。(久しぶりに来た来た!)みたいな顔で迎えられた。この時期には坊さんがよく買いに来るらしい。しかし、漢方薬といっても日常的に飲む人はいないのだろうか。まあ寺でもこの時期しか買いに行かないからあんまりなことも言えない。
 そう考えると、近所でどなたか育ててくれないかと思う。もちろん、出荷できるほどたくさん作ってくれれば仕事にもなってこちらも分けてもらえて一石二鳥である。ご近所の農家の方も甘茶を飲みにきて、誘い水を向けたら「甘茶をつくろうかな〜」とその気になっていたのでシメシメである。毎年この時期しか必要としない某住職であるので心苦しいが、ぜひつくってもらいたいものである。来年は期待してるよ!


2013.4.7
明日は花祭り
降誕会
甘茶をどうぞ

鳥インフルの恐怖
 いや〜、強風が吹きましたな〜。雨は昨晩峠を越えた感じだったが風は今日の方が強かった。おかげでまだ散りたくない桜の花も無理やり飛ばされていた。花だけではなく枝も大分持っていかれたようだ。とんだ春の嵐である。だが荒れたのは天候ばかりではない、花粉症もひどかった。スギ花粉はピークを過ぎたような報道がされていたが、今までにないほど症状がひどかった。おかげで鼻をかみすぎて、鼻の周りがヒリヒリしている。まったく、杉なんだか檜なんだか桜なんだか、なんなんだ…
 さてこの強風によって変なものが飛んで来なければよいが。中国からのPM2,5が話題になっていたと思ったらこんどは鳥インフルエンザである。どうも報道されているよりも被害は広がっているようである。トリからトリ、トリからヒト、ヒトからヒトと感染の広がりようが予測不能でなんとも不気味である。まったく中国というのは、大気汚染から水質汚染、土壌汚染ときて鳥インフルである。謎の病死したアヒルやブタを何千羽、何千頭も川に遺棄したり、今日はその遺棄されていたブタをアヒルの飼料にしていた事実や、食肉として回していた事実も報告されていてビックリである!インフルの拡大に起因しているのではといった憶測も飛び交っている。なんとも恐ろしい国である。
 中国は相も変わらず平静を装っているが、どうなんだろう…パンデミック(世界的流行)にならなければよいが。鳥インフルが蔓延したら花粉症どころの話しじゃないけんね。


2013.4.6
子どものころって…
 某住職は生来の根暗である。ここ何日かは保育園の入園式があったり、小学校の入学式があったが、よくみんないい子で座っていたり、話しが聞けているものだとどこかで感心していた。よく来賓の挨拶で、「みなさん明日から元気に学校へ通えますか?お友だちと仲良く遊べますか?」なんて話しかけている光景に出くわすが、(現実はそんな単純なものじゃないよなあ…)なんて子どもたちにちょっと同情したりなんかしている。
 某住職は幼児の頃から吃音(どもり)児だったので満足にしゃべれなかった。保育園ではお友達と一緒にお遊戯もできなかったし歌も歌えなかった。それどころか通園も満足にできなかった。そんなくらいだから登園しても当然しゃべらなかった。だから黙っていた記憶しかないのかということなのだが、そうでもない。口に出さなかっただけで、頭の中ではしゃべっていたので、その記憶が残っている。小学校に入ってもその名残があったので、小学校3年くらいまでは明るい、楽しいといった思い出があまりない。どこかで自分に負のイメージを抱いていたのだろう。だから今でもそれが尾を引いて根暗なのである。吃音がいつから治っていったのか今となっては記憶にはないのだが…
 だから子どもたちの後ろ姿を見ていると、どの子もみんな同じように見えるけど、けっこうみんな苦労を抱えてんじゃないの?なんて思ったりしているのだ。生憎とまだ式の場で祝辞等述べさせていただく機会がないが、たぶん某住職が述べるときは「登園や登校が出来ないお友達もいるでしょうけど、大丈夫それで人生終わらないから…」なんて言って、次から下ろされたりするのである。

2013.4.5
桜見物
 きょうは午前中に町内にある二つの小学校の入学式、午後は中学校の入学式だった。式と式の合間に桜見物に行ってきたが、特に南小学校の桜は『日本一の学校桜』と言われているだけあって見事。今が丁度見ごろの満開状態だった。昭和6年と昭和8年に校庭の周囲に植えたソメイヨシノが、現在どれも大木になって枝を周囲に伸ばしている。ご近所の皆さんも大勢見学に訪れており、これから中学の入学式に向かおうかという新一年生と家族が、桜のここかしこで記念撮影をしていた。しかし変な話だが、どこを見ても桜の量が多すぎて、どこをどう見てよいのやら状態になってしまう。枝は校庭周囲の道にも張り出し、さしずめ桜のアーケードの下を通っている雰囲気である。
 さて桜を眺めていると、小学校の校長先生が写真を撮っているのに出会った。「ではこの桜をいつ撮るのか?」「今でしょ〜」といった感じなのだろう。本当に明日からは天気が崩れるそうだから、撮るなら今!である。校長先生もそう言っていた。まあ某住職は写真は得意でないので、桜もどう撮っていいのかわからない。桜だけを撮るとなんだかピンクばかりのぼやけた写真になるんだよなあ。ならばと桜の木の真下に入って見上げてみた。真っ青な空と桜の淡いピンクのコントラストで…なんて見上げてみたのに、残念、今日の空はなんとなくもやがかかったような空だった。
 結局某住職は桜の下でお弁当も食べず、写真も撮らなかったが、久しぶりに桜をしっかり眺めて堪能したのだった。


2013.4.4
いよいよ咲いてきたよ
 鐘楼横の地主桜、会館横の彼岸桜、枝垂桜の南側が七分咲きといった感じである。連日これだけ暑いと、もう開花は止めようがないにゃあ。おかげでカメラマンでごった返した一日であった。
 さて明日は小学校二つと中学校の入学式である。学校を全部回って、ついでにお花見でもしてくるか。ということは、おにぎりとお寿司とサンドイッチと卵焼きは持っていかにゃならんということだな?誰が用意するの?ああ、誰かが用意してくれる花見に行ってみたい。

2013.4.3
年度初め
 きょうは朝から町内公立保育園の入園式があったが、これから中学や高校でも入学式が待っている。いよいよ新年度のスタートである。
 会社勤めをしていないと年度初めといってもあまりピンと来ない。特段のセレモニーがないからである。奥様が職場が変わったからと、4月1日に辞令交付に出かけていったのを見て、ああ年度初めだなあとつくづく感じた。某住職も平成16年に「瑠璃寺住職を任命する」なんて辞令もらったきりでそのまんまである。まあ特段文句もないが、次にもらうとしたら「両親の介護の任を解く」なんて辞令があったら、それはそれでウレピーである。といっても「介護の任を命ずる」なんて辞令ももらってなかったか…
 おっとそうだ、教育委員の辞令をもらってたっけ。おかげで教育委員会の仕事をさせていただき、年度末、年度初め、諸行事と、節々に季節と年度の節目を感じさせていただいているんだっけ。


2013.4.2
歌舞伎座こけら落とし
 桜の見ごろは今週末くらいからだろうか。それにしてもソメイヨシノの花芽が少ない。鳥のウソの食害の疑いが強い。各地で報告がされている。彼らは集団でやってきて食べていくのだそうだ。なぜ急にウソの害が発生したのだろうか?大量発生でもしたのだろうか?まさに「ウソ!」と叫んでしまいそうな事件である。
 さて今日のニュースで歌舞伎座が新装成ったと盛んに報じられていた。まあ確かに日本の代表的な伝統芸能ではあるが、我々の生活にはあまり縁がない。演舞場が近くにあるわけでないし、簡単に東京まで観に行けるわけでもない。それでも大鹿歌舞伎なんて地芝居があるから、関係ないともいえないか。そんな関係からこの地方にはけっこう歌舞伎ファンはいるのかもしれないな。
 そんな某住職であったが、最近はBSで歌舞伎の番組があるとよく観ている。昔はセリフがなんと言っているのかよくわからないし、ストーリー展開がイマイチ理解できなくて興味が湧かなかった。ところが今ではあの独特の様式美がなんとも魅力的だ。歌舞伎がおもしろくなるなんて某住職も年をとったということか。でも巷では若い女性の歌舞伎ファンというのもけっこういるからなあ…
 さて、こうして興味が湧いてみると実際の歌舞伎座で一度は見て見たいものである。そして幕の内弁当を食べるのだ!(そこかよ…)だが今日の放送でもやっていたが、チケットがなかなか手に入らないようだ。そうなんだよなあ、実際の舞台を観たくてもハードルは高いよなあ〜。そこで、だれかチケットください!


2013.4.1
桜開花情報
新着にあり

開花キター!
 瑠璃寺の某住職は、昨日3月31日をもって住職を退任いたしました。永らく支えていただいた関係者の皆様に深く感謝申し上げます。な〜んちゃって、ウソで〜す。これ、やばいかな。いくらエイプリフールでも、このウソは止めておいたほうがいいな… 待ってましたとばかりに本当に追い出されるかもしれんからな。
 さて、予想していたことが当たってしまった。桜が咲き始めたのだ。もうこればっかりはウソで隠しようもない。きょうもお参りに来た人たちが、微妙に咲き始めた桜を前に、「あら〜もう咲き始めたの〜」という声と、「もっと咲いてから来ればよかった!」の声がチラホラと聞こえてきたのである。多くの皆さんの(なんだまだ咲いてないのかよ…)の内心の声を聞きながら、こちらは(ああ、咲き始めてしまった… お祭りまではもたないだろうなあ…)と、絶望的な気持ちになっていたのである。
 まるで、桜の開花を察知したようにバス会社や旅行会社から問い合わせが入ってきた。「開花状況はどうですか?」「えっ、もう咲き始めた?14日に桜見物のツアーを予定してるんですけど!」って、知らんわ… もう毎年のことであるが、桜の開花はこちらのあずかり知らぬこと。ゼッテー、こちらの責任じゃないし!
 それでも桜の様子を知りたい人は、新着情報に今日の様子の写真を載せてあるので参考にされたし。


2013.3.30
挑発に注意
 朝から某住職が会館で正座して真面目に仕事をしていると、薬膳師Aが出勤してきた。そんでもって運動をしない某住職の不健康さを指摘し始めたが、足の劣化を簡単に見極められる方法があるという。そらきた、また出来ないことをやらせて、いじめるつもりである。
 あぐらをかいた状態でそのまま立てるか?というのであるが、これは某住職得意である。日常的にも普通にやっている。実際難なくこなすことができた。イエ〜イ!次にしゃがんだ状態で片足だけで立てるかというのである。これも昔はよくやっていたし、確か片足は前に突き出した状態でも立ち上がれたはず… やってみた。ほら、できるじゃん♪と思った瞬間、ぐきっ!いたたたたー 立ち上がるほうの足じゃなくて、伸ばしていた方の足の太腿が…に、肉離れじゃ〜
 幸い、5分間くらいひっくり返ってさすっていたら痛みが治まった。どうやら肉離れほどには至らなかったようだ。あー危なかった。危うく挑発に乗って取り返しのつかないことになるところだった。というか、やっぱり昔のようには到底動かないということである。普段の生活をしていれば筋肉の衰えはあまり気にならないが、運動不足による確実な劣化+体重の増加で、実際はアウトである。おかげで今日一日太腿の痛みが付いて回ったが、教訓をいただいた。「 気をつけよう 暗い夜道と Aの挑発 」


2013.3.29
いよいよ開花か
 いよいよ桜の開花が近づいてきた。鐘楼前の地主桜、源頼朝寄進の枝垂桜とも蕾がピンクに膨らんだ様子がはっきり見えるようになった。これは4月1日開花といってよいのではないか。これだけ暖かな日が続けば無理もない。あ〜それにしても、やっちまった!である。14日の春祭りまで持ちそうもない。桜吹雪がまだ残っていればまだしも、下手をしたらどの木も葉桜どころか若葉で緑に見えているかもしれない。
 まいった、天候のこと、例年こればかりはどうにもならないとわかってはいるがどうにも口惜しいなあ。満開の桜の下で獅子舞、この情景には一際思い入れがあるのである。昨年からは陵王の舞も加わったから、なおさらである。今ならまだ間に合う。一気に一週間ほど冷え込んでくれないだろうか。法力でなんとかしろ?無理!自分のことさえもどうにもできない日々を過ごしてるんだから…


2013.3.28
花粉症の恩恵
 きょう花粉症の恩恵を発見した。肩こりが軽減したことである。はて?なんで?と思われるだろうが、じつは… いやたいしたことではない。生憎、昨日からの寝違えにより首は痛いのだが、花粉症の症状に悩まされはじめてから、肩こりの症状が和らいだような気はしていた。それはどうやら鼻詰まりからきているようなのだ。
 以前に某住職は背中と首を痛めて整体師にかかったおり、「常に奥歯に力が入っている」という指摘を受けたとブログに書いたことがある。そうなのだ、奥歯を噛みしめて力を入れているために肩こりになりやすいといわれたのだ。それが花粉症で鼻が詰まることによって口で息をすることが多くなった。そうなると自然口が開き奥歯の噛みしめがなくなったのである。
 実際に効果があるのかどうなのかその真偽は定かではないが、そう思えば花粉症もなにやらありがたみが出てくる。別に科学的な証明などどうでもよい。要はそう思えるかどうかだけである。自分がそう思えて、なにやら得したような気になれればしめたものである。まさに人生は気の持ちよう。

2013.3.27
寝違える
 久しぶりに寝違えた。朝起きたときはそれほどでもなかったが、時間が経つにつれて首の痛みが増していった。9時頃にはすでに首が左右どちらにも回らなくなっていた。おかげで仏教会の会議に出かけたが、交差点での安全確認のたびに、自分の頭を自分の手で押さなければ、見たい方向に頭が向かない状況になっていた。そんなくらいだから、会議に行って呼びかけられるたびにそちらの方向が向けず四苦八苦していたのである。
 しかし、どういうことが夜中に行なわれれば寝違えが起こるのだろうか。所詮布団の上で寝返りを打っているだけである。ほとんどの夜はクリアできている問題である。寝違えの起きる夜をビデオ撮影しておきたいものである。その映像で、「あっ、これは無理!この寝姿じゃあおかしくなるわ〜、死んでてもおかしくない!」くらいの状況が確認できるなら、ああしかたがないな、甘んじて受け入れようと思うだろう。
 寝違えは本人の苦しみとは裏腹に、ぎっくり腰と同様他人からは同情をまったく受けられない災難である。何日かで回復するものであることと、寝てただけで引き起こしたことがいかにもマヌケに思われるのだろう。だが敢えて言っておく。寝違えはつらい!まあ喉もと過ぎればだけど…いやほんと、喉もと過ぎちゃうと、他人が見舞われたときには「きゃ、かわいそ〜ププッ!」ってくらいのものである、みなさんからしてみても、たぶん…


2013.3.26
ごちゃごちゃでぐちゃぐちゃ
 某住職がお彼岸行事で飛び回っていたとき、薬膳師A女史は本当に象の背中に揺られ、ガクンガクンしていたらしい。ほんの冗談で言ったのにホントだった…
 気がつけば、蝋梅の花は枯れ、フキノトウも開き、梅は満開である。そして源頼朝寄進の枝垂桜の蕾もピンク色に膨らんでいる。これはもう確実に4月初めには開花である。
 さて、サッカーワールドカップ予選の日本×ヨルダン戦を見て、久しぶりに寝られない状況を迎えている。くっそ〜、興奮しすぎて眠気が襲ってこんぞ〜
 そうなのだ朝から細かなことをごちゃごちゃやって、最後にサッカーの負け試合を見たら、なんだかぐちゃぐちゃな一日になってしまった。


2013.3.25
卒園式
 きょうは町内公立4園の保育園卒園式だった。来賓で出席してきた。毎年のことであるが、卒園を迎えた年長さんの成長ぶりには驚かされる。よく育ったね、君たちなら小学校へ行っても大丈夫。ちょっと心配な子もまあいるけど…
 さて卒園式でつきものの「大きくなったら〜になります!」のコーナーであるが、今年の子どもたちはどうだっただろうか。女の子は大体同じ傾向を示すが、今年もケーキ屋さんとお花屋さんが人気。その中にあって一人、「サッカー選手です!」と元気に宣言した子がいた。やったー、なでしこ効果!いつかは現れるだろうと思っていたが、なでしこジャパンの効果だろうか、初めて女の子の夢でサッカー選手が登場した。
 一方男の子であるが、例年のサッカー選手人気に衰えはないが、おもしろいのもいくつかあった。「消防士!」いよっ、かっこいいいね。「料理人!」しぶいよ〜。「宇宙飛行士!」スケールがでかいなー。そんな中にあって、「お笑い芸人になりたいです!」っていうのがあった。見事に笑いを取っていたが、ここで受けたことが本当に彼の将来を決定してしまわないかちょっと心配であった。
 さて、彼の中で描かれるお笑い芸人像はどんなものなのだろうか。落語家や漫才師のような伝統芸を生業(なりわい)とする人だろうか、それとも雛壇芸人やMCのようにしゃべくり芸を生業とする人だろうか。ちなみに、そう発言した彼はジミー大西ちゃんにちょっと似てる。そう、天然である。がんばれ!


2013.3.23
新着に桜情報

床屋さん
 昨日は老僧様を床屋さんに連れて行った。2ヶ月に一回くらいの割合で連れて行く。カットといってもどうせ丸刈りなので家で電動バリカンでもOKなのだが、耳の掃除をしてくれたり、マッサージをしてくれたり、なにより床屋のおねえさんが優しいからである。
 それでも見ているとやはりプロだなあと思う。髭などは家では電気カミソリで3日に一回くらいの割合で剃ってやっているが、やはり人の髭だと思うといいかげんになりがちである、剃り残しがよくある。そこいくと床屋のカミソリでは本当にきれいにしてくれる。昔は床屋って金額が高いなあと思ったが、じっくり見ていると、これだけのことを家でやろうと思ったら大変である。ありがたいと思う。
 ところで某住職はというと、電動バリカンで刈るようになってから10年近く一度も床屋に行っていない。自分ではきれいに刈れているつもりだが、どうなんだろう。老僧様がきれいになっていくのを見ながら、自分の後頭部の方がどうなっているのか心配になってきた。たまには床屋さんに行った方がよいのかなあと思ったりする…
 さて、老僧様はすっかりきれいになってしまった。短く刈り込まれた頭を見ながら、ムムッ!白髪が多くなったとはいえ、なんだか髪の毛の密度は某住職より濃いような…どうでもいいことのようだが、なんだかくやしいなあ。


2013.3.22
なつかしの名画
 相米慎二監督の「ションベンライダー」を久しぶりに見た。1983年の映画だからまさに青春時代の映画なのだが、当時リアルタイムで見たのか、その後にビデオで見たのか覚えがない。今見返してみるとストーリーはメチャクチャ粗いが、ワンカット、ワンカットはやはりハッとさせられる。
 なにより主人公の3人、河合美智子、永瀬正敏、坂上忍がいいなあ。特にデビュー作で出ていた河合美智子の初々しさがいいよなあ。美人じゃないけどボーイッシュなかわいさがあふれている。役名も河合美智子で出ていておどろいた。当時は気がつかなかったが、役名をその後の芸名にしたのだそうだ。でもその河合美智子も現在は44歳だもんなあ…だが、久しぶりに見ておもしろかったが、はっきりいって残念ながらのめり込めなかったのだ。やっぱり見るべきその時というのがあるのだろうなあ。
 昔見た映画を見返したとき、何度見てもおもしろい映画と、ちっともおもしろくない映画と、その当時の感動とはまったく違ったおもしろさを発見する映画がある。なにがそう感じさせるのかよくわからないのだが、時代は流れ、某住職も確実に年を積み重ねているということである。


2013.3.21
記憶の糸
 きょうは仕事の合間を見つけて、伯母の家に初彼岸のお参りに行ってきた。最近は初彼岸という風習は廃れていっているようである。若い人たちではわざわざ初彼岸に自分の家意外に出向くことは少なくなっていると聞く。某住職だって、自分のところの彼岸行事で追い回されて、親戚の家だって滅多に行かない。しかし、伯母も一人になってしまったし、なんといっても老僧様唯一の姉弟である。なので、ついでに老僧様も連れて行った。向かう途中で伯母の名前や、亡くなったご主人のことを聞いてみるのだがなんとも心もとない。わかっているのかわかっていないのか…
 伯母の家についてもどこなのか理解できていないようだ。以前はよくおじゃましていたのに。仏壇にある故人となった伯父の写真を見てもピンとこないみたいだ。こりゃあ、いよいよ完全にボケちゃったかなと思ったものだ。それでも一緒に般若心経を読んだのだが、いつになくまちがわずに読めている。おやっ?と思ったのも束の間、後半はいつものように怪しい輪唱になってしまった。まあ平常運転といった感じである。その後伯母と話をしている間、老僧様はいい子でお菓子を食べていた(お菓子が大好きということと、耳が遠くて人の話が聞こえないため)。そんな様子を見ながら、伯母と「本当にボケちゃったね〜」と苦笑していたら、突然老僧様が「ねえま、庭の石灯籠の横のドウダンツツジはあんなに大きかったか?」と聞いたのだ。伯母はビックリしていた。それは昔、ドウダンを植えて間もなくの頃、見ながら話題にした記憶があったからである。その後も記憶が甦るのかまともなことをポツリポツリ言うのである。
 おもしろいものである。よく見ていたから覚えているというわけでもなく、なにが記憶として残っているんだろうと興味津々の出来事だった。人の脳の中は親子でもはかることが出来ないものなのである。


2013.3.20
彼岸の中日
 きょうは彼岸の中日、春分の日である。みなさんはお墓参りに行ってきましたか?近隣寺院へ彼岸法要に行って帰ってくると、会館の前に参拝者が大勢待っていた。そうなのだ、拝観の電話を受けていたのだが忘れていた。といっても法要を途中で抜けてくるわけにもいかないから、帰れる時間は同じ事なのだが…まったくもって、この忙しいお彼岸週間に会館を某住職一人でまわしている。
 実は薬膳師Aはお彼岸の間遊びに行っているのである、一週間も。それも海外にである。ゆるさ〜ん!と言いたいところだが、娘さんたちとの旅行らしいので、ここは大目に見なければなるめい。それにしても、昨日も一昨日も卒業式で半日潰しているので、余分な時間はないのである。かといって、薬膳師A女史がいない間に会館が汚れていたといわれるのもシャクなので、今朝も法要に行く前に会館の大掃除を行っていった。こうして地道な勤労をしている合間にも、薬膳師Aは象に乗って虎狩をしているはずなのである。たぶん…  
 そう考えると、どーも納得できないのである… ああ、人生は不公平…


2013.3.19
ク〜泣ける〜
 きょうは小学校の卒業式だった。昨日の雨とは打って変わって穏やかな天候だった。おかげで体育館内も寒さは感じられなかった。
 いやーそれにしても泣けたなあ。式の初めの方の、卒業証書授与や来賓祝辞で泣けるところはないのだが、終盤に行なわれるあの歌がいけません。オペレッタ風の卒業生、在校生、先生たちが掛け合いで歌う、「な〜かよくあそんでくださった〜、6年生のおにいさん〜♪」とかいうやつである。やはり聞いている内に、自分の娘たちが卒業した時と重ね合わせるのだろうか、なんだかググッとこみ上げるものがあるのである。掛け合いで覆いかぶさってこられるともうあきまへん、津波に呑まれるかのように感情の波に押し流されるのである。あれで泣かないのはもう人間ではありません!と敢えて言ってしまおう。泣いてしまって恥ずかしいから言うわけではないが、ほんと油断してたら、間違いなく涙腺の元栓もっていかれるから。
 しかし歌って不思議なものである。それまで借り物というか、他人事のような卒業式が歌を唄うことによって、自分たちのものになるのである。在校生も卒業生も思いや感情を歌に込めるからだと思うんだよなあ。だから歌い終わった後の子どもたちの顔がみんな生き生きして、心持ち胸を張ったようにも見えて、誇らしくなってるんだよなあ。
 日頃感情を押し殺して生きているような人は、一年に一度小学校の卒業式に行って泣いてくるとよろしい!あ〜泣けた…


2013.3.18
中学卒業式
 きょうは中学校の卒業式があった。新装成った体育館で行なう最初の卒業式である。本日卒業式を迎えた学年の子どもたちは大変な学年だった。3学年のうちに、旧校舎とプレハブ校舎、そして新校舎というすべてを経験した唯一の学年なのである。その間当然のように2度の引越し作業を体験しているわけで、新校舎での卒業式における想いはいかばかりであったろう。
 新体育館の音響はすばらしく、館内は思いのほか暖かかった。その中で特段のハプニングもなく、式は粛々と進行していった。緊張で四肢が連動していない入場行進、卒業証書を受け取る生徒たちのぎこちない動き、歌の最中に泣き出す女子学生、お決まりの来賓の挨拶、すべてが例年恒例の卒業の風景である。子どもたちの目にはどう映ったのだろうか。きっと子どもたち自身にも、その程度の記憶しか残らないだろうと思う。某住職なども、自分の卒業式がどうだったのか特段覚えていない。
 もうちょっとドラマチックであったりした方がおもしろい気もするが、こういう式はこれでいいようにも思う。3年間の思い出や、ドラマは、それぞれの子どもたちの記憶の中に生きているものである。逆に静かに厳粛にがこういう式にはふさわしい。案外クラスに帰ってから思いっきり盛り上がっているのかもしれない。
 教育委員になって毎年の卒業式に出席させてもらう。子どもの思い、保護者の思い、教師の思い、交錯する様々の思いを感じとる楽しみをいただいている。


2013.3.17
彼岸の入りに思う
 昨日に引き続き暖かな一日だった。ところが今日は花粉症の症状がまったくでない。なぜ?どうして?昨日といったい何がちがうの?まったくわからん…昨日があんまりひどかったから、さすがに医者に行こうかと思っていたら今日がそういうことで…今後症状が出たとしてもどうしていいのやら… まるで花粉症にもてあそばれているようである。
 今日は彼岸の入りである。近隣御寺院で彼岸法要があったのでお手伝いに行ってきたが、行く途中で産直売り場に寄ってみた。お墓参り用の切花やおはぎがたくさん売られていた。お彼岸というのは葬儀や御法事とちがって、傍(はた)からの催促がない。自分自身の心の行事である。仏さまにおはぎをお供えするか、家族でお墓参りに出かけるか、すべてはそれぞれに任されたことである。なので、切花やおはぎを手にする人々を産直売り場で大勢見たり、彼岸法要に訪れる檀家さんを見るとホッとする。まだまだ日本も捨てたもんじゃないと思えるからだ。どんなご時世になってもそんな気持ちを持ち続けていたいと思う。
 ところが某住職こそそんな気持ちを、お彼岸のたびに忘れそうなのである。忙しさに振り回されて、いつのお彼岸でも最後にギリギリお墓参りに駆けつけるみたいな状態である。まったくご先祖様に申し訳ない。なので某住職にとってのお彼岸は、ご先祖様に不義理を懺悔する週間なのである。


2013.3.16
花粉症絶好調
 会館裏手にある蝋梅の蕾がほころび、黄色い花が咲き始めた。開花は平年並みのような気がするが、今日もとにかく温かだった。さて桜はいったいどうなるだろうか。
 陽気もよかったが花粉症も絶好調?で一日中鼻はグジャグジャ、涙ボロボロ、御法事が二つあったのだが、最初の方は特に症状がひどく、泣きながらやってたみたいな感じである。目の周りから広がったのか、アレルギー症状で顔中赤くなってしまった。御法事から帰るときには「あれ?和尚さん、お酒召し上がった?」なんて聞かれたくらいである。う〜んこれは困った…対策を講じないとこれから仕事にならんぞ〜
 そうなのだ明日は彼岸の入りである。お彼岸行事と小中学校の卒業式が待っている。


2013.3.15
観音経
 2年近くかけて取り組んできた『観音経』の勉強会が終了した。まあ月一回の開催だから無理もないのだが、それでも始めた時から、急がないようじっくりと進めようと思っていたので、本当に長い年月を費やしてしまった。あんまりゆっくりだと終わるまでに違う世界へ逝ってしまう人もでるかもしれないから…なんて話もしたっけ。
 単に表面的な解釈だけなら一回の講義でも終えれるだろうが、自分自身の勉強とも思っていたので、なるべく関連事項を引っ張り出しながら膨らめたのだった。おかげで調べた資料や、配布した資料を合わせると膨大な量になってしまった。よくみなさんついてきてくださったものである。
 観音経は観音菩薩の功徳に触れ、自分自身の中に観音菩薩を取り込むことである。究極的には自分自身が観音菩薩になることを説いている。だが実際にはそう簡単に観音菩薩にはなれない。だがなるための方法手段が書かれているのである、繰りかえし繰り返し…おかげで2年の月日の間に観音菩薩になってしまった人がいる。いや、あの世に逝かれたということではなくて、生き仏様である。まあ誰が認定したわけではなくて、自分自身がそう思うということである。これはこれで幸せなことであろうと思う。
 やったー、某住職、観音菩薩様を一人誕生させたって事になるのであろうか?


2013.3.14
待合室にて 
 老僧様を連れて病院の診察に行ってきた。飯田のI病院であるが、待合室の椅子に老僧様と並んで座りながら雑誌を読んでいると、突然声を掛けられた。見上げると見ず知らずの老婦人が立っている。おずおずと、「あの〜つかぬことをお伺いしますが、今着ておられる服はどういったところで買われるのですか?」、なんとも控えめな物言いである。某住職はそのとき萌黄色の作務衣(さむえ)を着ていた。質問の意図を計りかねたが、「いろいろです。着物を着ているときに着衣するもや、あらたまった時に着るものは、法衣をつくるところへ頼みます。普段使いや、洋服に羽織る程度のものは通販で買っています。」と一応答えた。そうしたら尋ねた動機を語ってくれた。ご主人の体が不自由になってきたので、着替えが楽で、ゆったりできる衣服を探していたとのことであった。たまにお坊さんが着ているのを見かけて、どこで売っているのかなあと思っていたのだそうだ。そうしたら、病院の待合室で某住職が座っていたと…。確かに作務衣(さむえ)は上着の合わせも簡単だし、脇もゆったり作られている。足も圧迫されないし、腰のゴムも楽だ。
 そういえば、昔は作務衣(さむえ)を着ているのは坊さんか職人さんだったが、今では一般の人でもよく着ているのを見る。本来は着物を着た上に羽織れるように作られているものだが、今みなさんが来ているのは、袂(たもと)に余裕のない洋服に羽織るものがほとんどである。また材質も、洗濯が簡単なポリエステルから、肌触りのよい綿や軽い麻まで多種多様である。そういったものならネットの通販でも簡単に手に入る。しかしお年寄りではそれもままならない。なので、「寺には作務衣(さむえ)を扱う会社から通販のカタログが数冊来ています。ご希望ならお分けしますので寄ってください。」と話しておいた。


 
2013.3.13
しゃべりたい人
 昨日、猫神様が長い出張から帰って来た。元の台座にお供えしたが、「あ〜あ、帰ってきちゃったよ〜」と、ちょっと目が不満そうであった。東京の空気に触れたことで、都会にかぶれたようである。
 さて、きのうは心身ともに疲れ果てた。早朝から深夜までで、さすがにバタンキュ〜であった。そんな一日の中で、二人の「しゃべりたい男」に出会った。まあおしゃべりといえば女性と相場は決まっているが、珍しく男性が、それも二人である。一般的におしゃべりというのは私的な会話をいうのであるが、昨日会った二人は、公的なおしゃべりも大好きなのである。これはなかなかいない。つまり公的であっても、私的であっても、衆人の前で話すことが好きなのである。飲み会やクラス会といった場だけではなく、講演であったり、公式の場での挨拶なんかも得意というより、やりたがる人を言う。
 一般的におしゃべり好きは情報収集能力が高く、それを知らしめたいという欲求を常に持っている。なので放っておけば一人でしゃべり続けることになる。一人は講演会の講師だったのだが、もう知識が豊富すぎて脱線しまくり。いや、講演主旨がはずれることはなかったのだが、納め処をどこに持って行ってよいのやら…といった感じの講演になってしまった。さて、もう一人は某住職と一緒に高校PTAの役員をしている人である。彼はもう情報収集のエキスパートみたいな人で、いつ会ってもそのネタの豊富さに圧倒されてしまう。どこでそんな情報仕入れるのだろうといつも疑問に思う。KGBでもCIAでもいつでも勤められそうだ。まあ、そういう人たちのネタはけっこう楽しいので、聞いていても苦痛ではない。
 一方某住職は、公的な場での挨拶や講演をする機会は多いが、決して喜んでやっているばかりではない。けっこう心臓はバックンバックンしている。まあビビリ野郎なのである。私的な会話はそれ以上にダメで、できるなら黙っていたいくらいのものなのである。なので、どちらかというと、側に「しゃべりたい人」が居てくれるのはすごくうれしい。


 
2013.3.11
お供え餅
 昨日もA一族の氏神祭りがあった。氏神祭りはどこでも神前・仏前にお供え餅が奉納される。それでもって慣例だろうが、二段重ねのお餅の上の段のお餅をお寺にくださる。それはご供物なのでありがたくちょうだいする。正月をはずれていただくお餅はちょっとうれしい。
 さてそんなお餅であるが、お供えはいただいたその日のうちに切り分けたい。そうしないと包丁が立たなくなるからだ。もちろん切る作業は某住職がやらされる。さて切り分けたお餅であるが、これがなかなか量が多いのである。上の段といってもかなりの大きさである。まあ正月の餅なら乾けば水餅にしてゆっくり食べるところであるが、やはり早い時期に食べたほうがおいしい。ところが我が家ではその心配はあまりない。娘たちが好きだからだ。特に双子が。お汁粉だったら朝からでも食べたがる。間食としても焼いてバター醤油で食べている。
 某住職ももちろん好きである。お餅をいただいたときは夜は鍋にする。次の日の朝は鍋の残りに餅を入れて雑煮にする。なので餅があるときは鍋を何味にするか悩むのである。昨晩はちょっとこってり系で食べたかったので、豆乳ごま味にした。なので今朝は豆乳ごま味の雑煮となったのである。もちろん年寄りたちも雑煮の朝食である。老僧様には普通で出すにしても、おばあちゃんには配慮が必要だ。食べやすいように切り分けておくのだが、その切り分け方にテクニックがいる。喉に詰まるか詰まらせないかの微妙な大きさと柔らかさが重要である。
 さて、う〜ん、残念、期待していたのに二人ともなんの問題もなく食べ終えていた。人生とはままならないものである。


2013.3.9
氏神祭り
 昨日に引き続き鼻はグズグズ状態。汗ばむ陽気が鼻のムズムズ感に拍車をかける。それにしても暑かった。まさに暑かったと形容するような一日だったのである。桜の蕾も一気に膨らむような…ま・まずいぞ〜それはまずい!  まったく寒暖の差が極端で困る。
 さてきょうは地区内のS一族による氏神祭りが行なわれた。昔は本家から分家して同地区内に居を構える家が多かったのだろう。そんな同属の家々がここ大島山区内にはいくつも存在する。まあ基本的に苗字が同じ家はほぼ同属といういうことである。3月はこの氏神祭りのシーズンでいくつも行なわれる。某住職が呼ばれてご祈念をするのだが、そのたびに思うことがある。前にも書いたが、とーてもうらやましいということである。ある意味親戚なのだろうが、親戚ともちょっとちがうその距離感がいい。地区内に居住しているので極近い位置にいるのだが、親戚ほど縛りがないといおうか煩わしくない。でも困ったときにはいつでも助けるよ!みたいな関係である。
 気心が知れているからみんな好きなことが言い放題みたいなところがある。話しを聞いていても楽しい。お互いを許しあってるから、同家きってのいじめっ子であるKさんの毒舌もノープロブレムである。そして意外な話も聞けるのである。前出のKさんは意外や意外、すでに孫がいるのだが、その孫を遊ばせるのがうまいのだそうだ。へ〜であるが、ちょっと心配な面もある…変な遊びや言葉を覚えさせていなけりゃいいが…


 
2013.3.8
布教という仕事
 パソコンは無事復旧して帰って来たが、それに相反するように体に不幸が押し寄せた。花粉症なのか涙目に鼻水、それに加えて一日中頭痛に苦しんだ。報道による、大陸からの黄砂とPM2.5も追い討ちをかける。せっかく暖かくなってきたというのに、このもモヤモヤ感はなんなんじゃ〜。
 そういえば昨日、千葉県から某宗派の布教師会のみなさんの訪問を受けた。お参り意外では他宗派のお坊さんからの訪問を受けることはあまりない。布教のヒントを探しておられるようだ。天台宗に限らずどの宗派も布教には苦慮している様子がうかがえる。檀家さんをたくさん抱えていれば特段布教に努める必要も感じないだろう。だがそれでよいのだろうか?檀家さんを増やすために布教をするのかという問題である。もちろん、檀家さんが増えればそれにこしたことはないが、それは結果でしかないような気がする。幸いにして某住職はいろいろなところで呼んでいただけるので話しに行くが、布教と意識しないで話しに行くことが多い。
 そうなのだ、自分の語りたいことを語っているだけ、みなさんの聞きたいことと、某住職の語りたいことがマッチングしたというだけである。布教として語れるほどの宗教家ではないことは自分が一番よくわかっている。それだけに語らせていただける場を与えていただけるみなさんに感謝である。


2013.3.7
偉大な薬膳師A
 昨日のブログの通り、某住職のブログは薬膳師A女史に乗っ取られたのである。そういうわけで、乗っ取られたとはいえ、某住職のパソコンは故障してしまったため、会館に置いてあるA女史のパソコンで「適当に書いておいて」と依頼したのであった。そうしたらホントーに、超適当に書きやがった…
 しかしA女史のパソコンのスキルは大したものである。某住職の使っているパソコンのOSはウィンドーズXP、A女史の手持ちのパソコンはウィンドーズ7、会館のパソコンはウィンドーズビスタなのだが、すべてのOSを使いこなせてしまう。なので某住職のパソコンが修理に出ている期間、自宅で使えるようにと、会館に置いてあったビスタのホームページビルダーとインターネット環境を設定しなおして某住職が使えるようにしてくれた。某住職がホームページを毎日いじっていると言って、ソフトであるホームページビルダーが使いこなせているわけではない。某住職が使えるところを使いやすいように設定してくれているのでその部分をいじっているだけなのである。
 そんなくらいだから、これがネット環境だったり無線ランの設定だったりしたらちんぷんかんぷん。なので家に持ち帰ったところで、教えられたとおりといいながら設定もできず、電話で泣きつき指示を仰ぐはめに…画面の見えない状態で処置を指示できるってどういうこと?画面上に現れるすべてのアイコンと指示内容を記憶しているということなのか?いったいどれだけパソコンを扱ってきたのだろうと思う。ここらへんが薬膳師Aの知られざる一面で、その知識の量は膨大、実力のほどは計り知れずといったところで、まあさしずめパソコンにおいては、某住職はA女史の手のひらの上で遊ばせてもらっているようなものである。
 大変世話になったので、今日のところは持ち上げておこうと思う。


2013.3.6 某住所のブログを乗っ取ったどぉ〜!by 管理人Aこと国際薬膳師A

 ほっ、ほっ、ほっ、(V)o¥o(V)
 某住職のパソコンが2度目のストライキ中! ってなわけで、勝手に更新をさせていただいておます。
 日頃さんざんこのわたくしの、無いこと無いこと、さらに無いことを書きまくり、陥れようとした罰なのです。
それにしてかな、前回のストライキは無事回復したものの、今回はどうなることでしょうか…? あれほど、データのバックアップをしとかないと大変だに!っと言っておいたのに、やってないことが判明〜! 知らんでな〜である…。
 某住職のPCのOSはXPを使っているが、あと一年足らずでサポートが切れてしまうのである。もうすぐシーラカンスの仲間入りなので次のパソコンを検討しなければならない状況にあるのだ。
 しか〜し、レトロ好きの某住職には、最新のOS 8(エイト)は異次元世界に見えるに違いない!と思われる。デザイン性能が進化し過ぎでいったいどこに向かっているのか私も理解に苦しむからだ。
 せいぜい 7(セプン)でなんとかって感じだろうか…。そういう大事な話をしてると、大抵 『 ウルトラマン セブン のパソコン?』ってお茶を濁してくるので、もしパソコンが復旧しんかったら、知らんでな〜である…。 ちなみにM氏はマック派だから、相談に乗ってくれんでね〜。
 そんなわけで、ストライキ起こしたパソコンにあたふたする某住職に、知らんでな〜 と対応するA のお話でした。
2013.3.5
ある意味オタク?
 昨日、オタク文化を長女と覗いたと書いたが、長女もオタクには興味がないのに、唯一反応したものがあるのである。それはプラモデルである。アニメやコミックの主人公を題材にしたフィギュアではなく、昔ながらの戦車や戦闘機のプラモデルである。子どものころにプラモデルを作ったわけでもなく、もちろんミリオタ(ミリタリーオタク)でもない。なのに異常に反応し「作りたい、作りたい!」と連呼していた。なのでなぜ?と思いながらその言動や行動を観察していた。
 それはどうやら現在大学で勉強している事柄に由来しているようなのだ。長女は大学で環境デザインを専攻している。環境デザインというものがどういうものなのか某住職はいま一つ把握できていない。だが話を聞いてみると、住空間の勉強はよくするようで、先日も研修として実際の設計事務所に出向き、三日間ただ働きをしてきたそうだ。そこでは主に家屋や家財のミニチュアの模型を作らされたそうだ。まあある意味プラモデルと同じようなものである。単純にものづくりが好きならフィギュアにも興味をを示しそうだがそうではないところを見ると、どうやら工業デザインとしてのモノに反応しているようなのだ。確かに戦車や戦闘機は戦争に勝つための究極の工業デザインである。頑丈でどこでも走れて攻撃性を追求したものが戦車だろうし、速く高く旋回能力を追求したものが戦闘機であろう。つまり機能を追及したことによって生まれた機能美に惹かれているのである。それが証拠にシティープラザを見学していて唯一反応したものはソファーの展示場であった。特別の企画展らしく、広い空間に多種のソファーが展示されていたのだが、一つ一つのソファーとともに、その配置と置かれた空間にいたく感激していた。
 長女は実際どの分野の仕事に向かおうとしているのかよくわからないが、今まで見られなかった姿をみせられるのは、なんともおもしろいものである。

2013.3.4
オタクを覗く
 東京へ行ってきた。もりわじんさんの個展に顔を出すことと、ついでに長女の大学を覗いてこようと思ったのだ。なにしろ大学に行ってからこの一年、一度も訪ねていない。奥様が家で留守番をしてくれるというので喜んで出かけていった。だが、相変わらず東京は人が多い。2日間人混みを歩いたが、もうグッタリであった。
 さて、きょうはどこかへ寄っていこうということになって、娘も居ることだし、噂の秋葉原のオタク文化を覗いてくることになった。平日だが秋葉原は盛況だった。どこに行っても人だらけである。ビルのディスプレイもカラフルで、なんだか他の街と様子が違う。それでもコスプレの若者がたむろしているような光景には出会えなかった。平日だったせいか、それとも行く場所をまちがったのか…
 そうなのだ、どこへ行ったらよいのかがよくわからないのである。店を覗くとどこも人が溢れ、みんな熱に浮かされたように商品の間を泳ぎまわっている。だが目的を持たないおじさんにとっては、どこで何を眺めたらよいのかよくわからない、つまり自分の居場所がないのである。これは長女も同じことである。実際長女も秋葉原に来たのは初めてだそうだ。オタク文化に興味がないのである。だが長女いわく、双子の妹たちをこんな所へ連れてきたら狂喜乱舞するそうである。そうか、連れてくる相手を間違ってしまった。それにしても某住職と同年代のおじさんが、フィギュアのコレクションや、理想の女の子を作るキット売り場で目を輝かせている姿には、ちょっと、う〜ん、であった…


2013.3.1
仏壇の始末
 会館をソロソロ閉めようかという夕暮れに、訪問者がやってきた。以前知人の葬儀で某住職を見て、訪ねてきたという産廃業者の方だった。実は…仏壇を廃棄物として預かったのだそうだ。いざ処分しようとしたが、なんとも気になって、処分してもらえる寺院がないかと聞きにみえたのだった。
 瑠璃寺でもお札やお守り、神棚くらいまでは引き受けて専用の窯で焚いている。しかし仏壇はちょっと大きすぎる。ある意味木材の塊ではとても焚ける窯ではない。だが相手は産廃業者である。問題は釜の大きさではないのだ。気持ちの問題なのである。産廃業者が直接知り合いから引き受けたというのであれば、廃棄の経過等も聞くことができるだろう。ところがどこから出たものだかわからないと、いざ廃棄という場合、とたんに不安になる。特段信仰心がない方でもやはり気にかかるものなのだろう。精霊にたいする冒涜というか、粗末にしたことに対する祟りを恐れるという気持ちだろうと思う。
 だが専用の窯を持っている寺院でも、人形や仏壇は引き受けないだろうと思う。人形の着ている衣装は多くが化学繊維で出来てるだろうし、体もセルロイド等が使われている。仏壇も塗装がしてあるだろうし、組み立てには金属も多く使われている。なので寺としては、精抜き(魂抜き)の法要はするが、始末についてはお施主さんで産廃業者に出してくださいとお願いするのではないだろうか。ただ産廃業者さんでは回ってきた仏壇の経過はわからない。不安になるのである。
 だが業者さんを救ってあげなければならない。なので「不安ならばお経を読みにいきましょうか?ただし、精抜きしてなくても皆さんが災いを受けることはないと思いますよ。もし災いを受けるとしたら、粗末にした仏壇の所有者の方ではないですか?」と答えておいた。


2013.2.28
究極の飲み物
 きょうで2月も終わりかあ…なんだか28日で一ヶ月が終わるなんて、ちょっと損した気分だ。それでも2月に区切りをつけようと、たまっていた仕事を片付けた。陽気が暖かかったので外の仕事が気持ちいい。いよいよ春である。
 某住職が外で働いていた頃、会館では薬膳の講座が開かれていたようだ。きょうのテーマは甘酒?だったのかなあ。というのは、講座で使う甘酒を飲ませてもらったのだが、なんとも不思議な味だった。特別なブレンドである。甘酒が異常に滑らかであの粒々感がない。それにこの味わいは…酒粕?そうなのだ、酒粕が入っているそうだ。それだけではない、これはわからなかったのだが、味が柔らかくて滑らかなのである。甘酒だけだと喉越しに甘みの刺激が残るのだがそれがない。まあある意味そこがポイントらしいのだが、まったくわからなかったその隠し味は…ジャジャ〜ン、チルミルであった!えっ、チルミルって子どもの飲むミルク?
 飲む点滴といわれる甘酒に、酵素の塊の甘酒、それに栄養バランスのチルミルを加えて、ミキサーでシェイクし、口当たりをよくする。これぞ究極の飲み物〜!らしい。例によってうんちくを聞いたのだが、細部は例の如く忘れた。だが飲み口は本当によく、間違いなくクセになる味である。
 よかった!薬膳師、中医師の知識により究極の飲み物が出来た。あとはこれを続けるだけである。だがそれができない。だれがそんな面倒くさいこと出来ますかいな〜。世の中はうまくいかないものである。


2013.2.27  
マイカー
 きょうは暖かかった。3月中旬の陽気だったらしい。おかげで何度も洗濯をしてしまった。それでも昨晩は雪が降ったんだよなあ。
 今朝マイカーを車検に持っていった。今乗っている車は丸9年乗ってしまった。5台乗り継いだ中で最長である。距離もまもなく16万キロである。なので車検に出す前に買い換えようかとも迷った。乗り心地に不満はないのだが、まあ図体がでかいのと燃費が悪いからである。大人数乗ることもそれほどないし、なにより大きい排気量を必要としなくなった。ただ単に日本の道を走るだけなら、1600CCクラスで充分な気がする。なのでちょっといくつかディーラーを回ってみたが、これはといったクルマに出会えなかった。2000CC以下のクルマはなんだか品薄な感じだ。大手のT社などはハイブリットのP車に絞ってしまった感じだ。たしかに見回せばPばかりがやたらと目に付く。燃費がいいんだからPでいいんじゃないの?という声をよく聞くが、どうもハイブリット車に乗りたいという気がしない。なぜだろう?ガソリン価格がもっと急騰してくれば否応なく買う気になるのだろうか…まあみんながみんな乗っているのが嫌なだけなのかも…
 今の車は丈夫である。今日の車検でも特別不都合なところも見つからなかった。車格があるから排気量の小さい車よりどうしても乗り心地や内装は勝っている気がする。まあどちらにせよ、どの車に乗っても完璧はないのである。欠点があってこそ愛着も湧いてこようというものである。それに9年もの間特段不満もなく付き合ってきたのである。これはもう腐れ縁と思って、もうしばらく付き合っていくことにした。
 みなさんが車を買え替えるきっかけは何なのだろう?


2013.2.26
おかたしけ
 お参りのお客さんからいただいた菓子折りを開けてみた。飯田市のF菓子店さんの和菓子だった。ところが聞いたことのないネーミングの菓子が入っている。「おかたしけ」なんじゃ?なんじゃ?「おかたづけ」か?。包み紙をよく見てみると、小さい文字で「おかたしけ」とは飯田弁で「ありがとう」という意味です…え〜、聞いたことない!某住職50+α生きてきたが、そんな方言聞いたことがない。薬膳師A女史も聞いたことがないという。
 単に個人的に聞いたことがないというだけではない。図書館時代にも方言の調査相談は多かったので、一般の人より詳しいはずである。その自分が聞いたことがないなんて…これは調べてみなければなるめえということでネットで調べてみたが、情報はかなり限られている。この某F菓子店の情報からのものがほとんど…どうも怪しい。「かたじけない」からきている方言らしいが、それにしてもどこの地域で使われていたのだろう。同じ飯田弁でも南と北、東と西と使われる方言も違うから、特定地域の方言なのか?とも思う。しかし、そんな一般的でない方言を商品名に使っていいのか!と憤慨する。
 年寄りの人たちは使っていたのだろうか?商品名にされるほど昔は有名な方言だったのか?なんだか変に気になる。ところが「おかたしけ」も何度も言っているうちに「おたかしけ」なんだか「おけたしけ」なんだか、わからなくなってきた。結局会館スタッフの間では、どうもこの商品名は失敗ではないかとの結論に達したのだ。さて肝心の菓子の味は?いやとっても上品でおいしゅうございました。


2013.2.25
花粉症対策
 きょうついにやってきた。やってきたのは友人でも福の神でも新車でもない。春を告げる花粉症である。いやまだまるで寒いのに、花粉症はなぜかやってきてしまった。朝から鼻が詰まるかと思うと水っぱなが流れ落ちるの繰り返しである。やれやれ…
 某住職の場合は体質改善によって大分症状は軽くなったのである。ただし、花粉症が出る最初の日だけはひどい症状が出る。ところが次の日からは症状が軽くなり、その後はそれほど気にしないでいられる日の方が多くなる。なので毎年症状は出るが、もう何年も医者には行っていない。今日がその日であったと信じたい。
 さて、奥様はすでに内科医に出向き、飲み薬をゲットしてきたようである。「分けておくれよ〜ん」と媚を売ってみたがあっさり拒否られた。夫婦などといっても所詮他人、悲しいものである。実は奥様の花粉症は重症である。なので薬もかなり強い薬なのだ。以前に一錠分けてもらったことがあったが、その後は一日ヘロヘロであった。
 なのでそんな強い薬を飲む奥様も体質改善には気を使っている。その手段の一つがヨーグルトである。以前からヨーグルトが花粉症改善に効くとは言われていたが、今年は新たに某メーカーのビフィズス菌BB534とかいう乳酸菌がいい!なんていわれたものだから、おかげで冷蔵庫内がヨーグルトだらけである。某住職もお付き合いで食べているが、豆腐を食べるようには食べられない。やはりちょっと苦手だからである。プレーンはゼッテーだめ!ある程度甘いかフルーツの味が欲しい。ところがこれは娘たちも好きである。なので油断していると、某住職が某住職の為に買ってきてあったヨーグルトが消えていることが度々なのだ。なので「誰だ食べたのは!」の犯人探しが連日繰り広げられる。花粉症から始まった対策が、家族崩壊の危機を招いているのである。寺の家族とは思えない嘆かわしい惨状である。

2013.2.24
困ったばあちゃん
 いつまでも寒い日が続くにゃあ。また明日が一際冷え込みそうで嫌になるにゃあ。いかん、ネコの日はすでに過ぎたのだった。
 さてここのところばあちゃんが絶好調である。もちろん寝たきりではあるのだが、ここのところ体調がよく食事も食べすぎるくらいである。頭もしっかりして、数年前に戻ったような感じである。老僧様の心配もよくするようになった。他者の心配ができるということは体調に余裕が出たということだろう。それと共によくしゃべるようになり、いろいろな事を知りたがる。オムツ替えにいったり、食事を運んだりするたびにおしゃべりにつき合わされるので面倒くさい。ついでにへたくそな替え歌なども聞かされるので大いに迷惑である。そして今最も面倒なのが本の確保である。ばあちゃんは本を読むことが昔から好きだった。小説から随筆まで読むのが早くもう乱読である。ところがここ2、3年は体調不良からあまり読みたがらなかったのだ。それがここへきて体調がいいものだから、次から次へと読みたくなったのだ。ところが読み終えるのがめちゃくちゃ早い。まあ寝たきりだから読もうと思えば一日中読んでいられるのだ。
 実は我が家は本の数が多い。ところがばあちゃんの読みたい本にはいくつか条件がつく。内容が難しくないこと、字が大きいこと、本が重くないこと(仰向けで読むので重いと支えられない)、そしてなにより、面白いこと…そんなことわかるかーい!これらの条件を満たす本はそうは多くない。それでもなんとか探しては持っていくのだが、厚めの本でも一日で読み終えてしまう。なので毎日なにか探し回っているのだ。育ち盛りのヒナを抱えたツバメの気分である。
 そして挙句の果てに「これあんまり面白くなかった」と言われるのだ…。頼む、だれかばあちゃんどこかへ持って行ってくれないだろうか。


2013.2.22
ネコの日
 きょうは2・2・2(ニャン・ニャン・ニャン)で猫の日である。猫の日である!と言い切ったものの、なにがどうってものでもない。ネットでは「猫の日なのでネコの画像貼ってくれい!」なんてスレも載っていたが、どうだろう、飼っている人は、ちょっと豪華なキャットフードを奮発したかもしれない。きらいな人はここぞとばかりに近所のノラ猫を追い回したかもしれない。まあ大概の人は何もしていないはずである。瑠璃の里会館でも特段イベントも行なわず静かな猫の日であった。
 そういえば12月にもらわれていったノラ猫の副住職はどうしているだろうか?幸せに暮らしているだろうか。家族のみんなにかわいがられているだろうか?そんでもって、もらっていってくれた女子高生の膝の上なんかに潜り込んでいるのだろうか?うらやましい…いやいや…。それにしても名前はどうなっただろう?まさか名前もそのまま副住職ってことはないだろうなあ…いやそれどころか、副住職から住職に昇格しているかも…


2013.2.21
男の居場所
 今夜某国営放送で「男の居場所ボイス50」をやってた。おもしろかった。男はやっぱりどこかに秘密基地的な居場所を求めるんだな。自分の部屋っていうのともちょっと違う。もちろん自分の部屋として丸々一つもらえれば問題ないのだろうが、それとは別に、意外な場所に!意外な部屋が!的なものを求める傾向があるみたいだ。狭い家に自分の部屋をもらえないお父さんたちが、押入れを自分の部屋にしたり(中に入れるべき布団や座布団はどこへ行った?)、低い屋根裏を部屋にしてみたり(背が立たず胃腸障害を起こしていた…)、廊下を自分のスペースにしたり(家族がみんな通り過ぎていく…)しているのである。恵まれない環境に不満があるかというと、どうもそうではなく、敢えてそういった場所がみんな楽しそうでおかしかった。
 自分の居場所としての趣味の世界も多彩で、自分のすべて手作りでプロペラ飛行機を作ってしまう人はすごかったなあ。アルミ板をハサミ?で切りながら機体を作っていくってどんなだ?その他にも、プラモデルや男の料理が紹介されてたが、某住職もやってみたいと思った趣味が一つあった。意外や意外、男のフラダンスである。阿波踊りでも男踊りと女踊りがあるがフラダンスでもあるらしい。ここら辺でもだれか教えてくれないかなあ、たぶんすぐ飽きると思うけど。


 
2013.2.20
もりわじん個展「超化」
 今朝、猫神様が東京に旅立だっていった。平成19年にやってきてから初めてこの地を離れたのである。伊那谷の水に馴染んでいたので、東京の水に馴染むことができるか心配である。だがもりわじん氏の最高傑作として他の作品に負けないよう、猫神様には東京で是非頑張ってきてもらいたいものである。なので今日から3月4日まではお堂の中には毒猫神さまだけなのである。寂しがっているのでみなさん会いに来てね。
 今回のもりわじん氏の個展は、創作のベースに猫を据えて22年目(にゃんにゃんねん)ということで企画されたものである。会場は東京谷中にある常設ギャラリーの「ギャラリー猫町」で開催される。期間は2月21日(木)〜3月3日(日)までである。企画展の名称は「超化(ちょうばけ)」というらしい。化け猫でもでるんだろうか?まあもりわじんさんのことだから、きっとまた常識を逸脱した作品が並ぶことだろう。期間中東京へ行かれる方は是非覗いていただきたい。


2013.2.19
明らめ(あきらめ)が大切
 某住職は主に年寄りの介護を行なっているので、年寄りの食事もよく作る。作った食事はだいたい好評である。なぜかというと、年寄りたちの好きなものを出すからである。あまりバランスだとか栄養だとか重要視していないからである。一時考えたこともあったが、老い先短い年寄りたちである、好きなものを好きな味付けで食べさせたほうが幸せだと思うからだ。そのせいか、二人とも順調に年を重ね、まだどうも逝きそうもない。
 さて、喜んで食べてくれるのはうれしいが、老僧様には毎食事の度にカチンと来ることがある。それは、あるおかずをべた褒めすることである。老僧様は甘いおかずが大好きである。とあるスーパーの総菜屋さんで売っている、煮豆がお気に入りなのだ。副菜としていつも常備している。小皿に盛って出すのだが、一口食べた時点で「これは、うまいな〜!」の連呼である。こちらがどんなに手を掛けたおかずを作ってもそれを誉めることはまずない。なので豆を誉め始めると(またかよ〜)と思うのだが、まあ相手は認知症のことだし、こちらも大人なので「はいはい、よかったね」と最初は返しておくのだが、2度、3度となるとさすがにムッとしてくる。娘たちなどは、こちらがどんな返しをするのだろうと、たぶん内心ニヤニヤしているはずだ。
 あ、それから年寄りたちには甘酒をよくだす。飲む点滴などと言われ、二人とも好きだからである。ところが老僧様はいくら甘い物好きでもちょっと困ったことをする。それは食事時に茶碗一杯くらい出すのだが、そこに煮物の里芋や大根を入れて食べようとするのである。もうどんなおかずもみんな甘酒の味になりそうである。こっちもそれぞれの味付けで料理を作っているので、「それはやめてくれよ〜!」と最初は叫んだが最近は諦めた。まあ考えてみれば胃の中に入ればみな同じである。本人がおいしければどうでもいいことだと思えるようになった。どうにもならないことは、もう明らめるしかないのである。


2013.2.17
得度式
 きょうは阿智村のT寺さんで得度式が行なわれ、お手伝いに行ってきた。得度式というのはお坊さんの卵になるための式である。師匠につき、坊さんになることを誓う儀式ともいえる。具体的には髪を剃り、戒律をいただき、法名をいただく。物としては衣と袈裟、経本や数珠をいただく。簡単に言ってしまったが、実際には1時間くらい要するかなり厳かな儀式である。実際、初めて触れる仏教の不条理の世界かもしれない。
 というのは、お寺に生まれてお寺に生活をしていれば、充分仏教には触れているということなのだが、如法にのっとった儀式というのはめったに体験するものではない。なのでいろいろと指示をされながら行なう行為も、戒師より唱えられる言葉も、よく理解できずに時間が過ぎていくのである。某住職もその昔中学生のときに得度したが、何がなにやらよくわからず過ぎていき、めちゃくちゃ緊張したことだけは覚えている。
 さて今回得度したのは、中学生の長男さんと長女さん、それに住職の奥さんも受けられた。後を継がれるご長男は得度するが、娘さんや奥様まで得度するというのは究めて珍しい。まあ得度するということは、お坊さんになるか、仏教に帰依しお寺と関わって生きていくことを宣言するようなものなので、かなりの覚悟を必要とする。しかしその得度を家族全員がしてくれたのである。これは住職さんとしたら感激である。終わりのお礼の挨拶では住職さん思わず涙ぐんでいた。実際某住職はうらやましかった。我が家の三人娘なんかゼッテー得度なんてしてくれないもんなー。まあ育て方を間違ったってところもあるのだが、娘たちが幼い頃にまだ某住職自身が坊さんとして生きていくことに覚悟が出来ていなかったってところがあったんだよなあ。
 しょうがない、その後就職の決まらなかった娘に無理やり得度させよう。うわ〜サイテーじゃね?…


2013.2.16
毒猫様
 きのう話した「毒猫様」がもう送られてきた。さっそく梱包を解いてみた。いやー出てきましたよ〜。黒い招き猫の神様が。当寺の薬師猫神とまさに正反対の色合いである。基本の型から生み出されたので、手の上げ方などが反対なだけでよく似ている。並べるとまさに鏡に映った姿のようだ。しかし、色合いの違いから、表と裏、善と悪、光と影など陰陽の世界そのものである。猫神様が今度は20日に東京へ行ってしまうので、両方の招き猫を拝みたい方は、急いでおいでいただきたい。
 もりわじんさんによると、人間は成長において薬も毒も必要であり、常に善と悪を併せ持っている存在であるという考えから生まれたそうである。漆黒の体に青と白のブチを持つという超クールな猫神様である。そんな姿を見ていたら、アメリカ映画のキャットウーマンを思い出してしまった。


2013.2.15
涅槃会
 猫神様の作者であるもりわじんさんから「猫神様出張」のお願いが来た。ネコ作品を作り始めて22(にゃんにゃん)年の今年、特別の個展『超化(ちょうばけ)』を開催するそうだ。その個展に猫神様を展示したいということで、今月末から3月にかけて2週間出張することになった。その代わりに、猫神様と陰陽の関係にある『毒猫様』が会館に来てくれることになったので、どうぞおたのしみに。
 きょうは涅槃会である。涅槃図の前に三色の花草だんごをお供えした。ところが、昼神温泉から法話参拝にみえた皆さんも今日が何の日かわからない。さすが涅槃会の認知度は絶滅危惧種並みである。やはりバレンタインデーの次の日というのが大きなハンデである。チョコレートを渡す側の女性も、待ち望む男性も一日で疲労困憊してしまうのだろう。いや、そうじゃないだろ!と、みなさん、ここは突っ込みどころである。
 さて、涅槃会と涅槃図のお話をさせていただきお茶タイムである。きな粉をまぶした花草だんごを振舞ったときにはみなさん顔がほころんでいた。小さいボクなどはよほどおいしかったのだろう。母親に「ダメ!そんなに食べちゃ!」といわれたが、両頬は大きくふくらんでいた。一瞬でだんごを二つ口へ押し込んだようである。以前にも書いたが、こういった行事は、そのとき食べたり飲んだりしたものによって記憶されることが多い。あのボクも、今日の涅槃会をお団子の記憶として刻んでおいて欲しいものである。


2013.2.14
バレンタインデー
 きょうはバレンタインデーである。本来異教徒の行事であり興味はないが、一応話題として触れておく。今朝会館に行ったら、猫神様の前にあるお盆の上に、チョコレートが山盛りになっていた。某住職昨日は早朝から車の点検やら、頼まれ葬式やら、会議やらと飛び回っていたので、いない間にチョコをいただいたのかと思ったら、どのチョコにも付箋がついている。見ればどこかで聞いたことのあるような名前ばかりである。どうやらこれは薬膳師A女史が男どもに配るチョコレートのようである。さすが客商売、商魂たくましく抜け目がない。どうせ誰にも「本命よ」とか言って渡すんだろう。
 さてその中の一つを某住職もいただいたのだが、なんだか筒のような、塊のチョコだった。どう食べるのだろう?丸かじりをするらしい。食べにくくてしょうないじゃん!と文句を言ったら、今年の恵方は南南東なので、そっちを向いて丸かじりせよとのことである。恵方巻か?
 さて、それでも幸いにして各方面の皆さんからチョコレートをいくつかいただいた。思春期の娘たちにも面子が立ったというものである。ただし他の日にもらったチョコレートなら娘たちに半分くらいは分けてあげるところだが、今日のは分けるわけにはいかない。某住職はたとえ義理チョコでも大切に食べるのである。そうなのだ、義理堅いのである。おかげで今現在眠られず、胸焼けを起こしている。
 明日の法話の枕は、「チョコレートの食べすぎでまだ胸焼けを起こしています。みなさんはいかがですか?」これだな…


2013.2.13
晩年の楽しみ
 檀家さんが亡くなった。地区内の男性では2番目に高齢の方だった。前日にはひ孫の誕生祝を家族で行なって、家の方が朝起こしに行くと亡くなっていたそうだ。なんとも幸せな最後であった。若い頃からよくお酒を飲んでにぎやかな方だった。寺にも酔っ払った勢いでよくやってきたなあ。住職になりたての頃にも「おい、住職!」ってよく呼び止められたっけ。そんな方が、晩年にはずいぶんと大人しくなってちょっと寂しかった。
 そうだ、その方はだいぶ昔に写経をかじったのだが、晩年デーサービスに行くようになり火がつき、盛んに写経をしたがった。よく写経用紙をもらいに来た。書いたのを見せてくれて、「こんな出来でもいいかなあ?」と見せてくれた。筆字ではなくサインペンで書かれていた。お酒と煙草が好きで、らんごくな性格だったので、写経はちょっと似合わないと思ったものだが、いったい何がそうさせるのだろうと疑問だった。心の中を覗いてみたいと思ったものだ。「デーサービスで書いてたら、他の来ている人たちもやりたいっていうんだ。たくさん分けてくれるか?」そんな風になんどか用紙を持っていった。
 本当にどんな気持ちで写経をしていたのだろう。今となっては聞くことも出来ないが、今晩の納棺の折、棺の中に書き溜められたたくさんの写経が入れられる様子を見て、誰のためでも何のためでもなく、ただ単純に楽しみとして書かれていたのかなあと思った。そうしたら、寝ているのかと見間違うほどの生前そのままのお顔は「うん、そうだよ」と答えてくれた。

2013.2.11
魚の目(うおのめ)雑考
 建国記念日に唐突だが、みなさんは魚の目が痛くならないだろうか。最近魚の目で苦しんでいる人を見ない。というか、話題にも上がらないので、魚の目はなくなってしまったのかとも思う。某住職はけっこう昔から抱えている。ただしあまりひどくならないので、生活にはそれほど支障がないし、特段改善に努めようとも思わない。しかし足の裏の当たり所が悪かったりなどすると、飛び上がるほど痛かったりする。子どものころの方が足裏が柔らかだったせいなのか、小さい魚の目でも痛かったような気がする。そういえば「イボコロリ」だったっけ。イボ、魚の目、タコに「イボコロリ」なんて薬があったなあ。
 母親は足の裏が角質化するタイプで、よく魚の目に苦しんでいた。かかとや魚の目で角質化した皮膚をハサミで削っていたことを思い出す。実は某住職も最近ちょっとひどくなって、きょうは今時のイボコロリを貼ってみた。果たして効果はあるのだろうか?ただし、白く変色した部分を切り取ったりするのがいやなんだよなあ。もうへたれだから、痛くないだろうかと考えただけで怖気づく。それにしてもなぜ魚の目というのであろうか。足裏のあれを魚の目(さかなのめ)?と意識したことはない。まったく、魚の目にしろタコにしろなぜ魚介類なのだろう?不思議な名前である。
 あ、そうそう、魚の目というと、すぐに芭蕉の「行く春や鳥啼き魚の目は涙」の句を思い出してしまう。あれ?春になると魚の目が痛み始めるという句だったのか?


2013.2.10
涅槃会近し
 犬のムクを連れて客殿の裏手に回ってみると、日陰にはまだ雪がうっすらと大地を覆っている。しかしよく見るとその雪の面のそこかしこからフキノトウが頭を出していた。確実に春は近づいているようである。
 さて、節分が終わると次はいよいよバレンタインデーである。って、ちがーう!そこじゃなくて涅槃会でしょうが。2月15日はお釈迦様のご命日。毎年のことであるが、この時期の法話では「2月15日は何の日かご存知ですか〜、バレンタイン後夜祭じゃ、ありませんよ〜」の決まり文句で始まる。そして続いて「バレンタイン、バレンタインって、チョコレート会社の陰謀に踊らされてちゃしょうがありませんよ〜」「なので某住職はバレンタインにはなんら興味はありません。」「いやもちろん、チョコレートは好きですけどね」と続くわけである。なんだよー、結局バレンタインデーに踊らされている格好じゃねえかよ〜である。
 以前にも涅槃会に合わせ、涅槃会ならではの食べ物をブームにしよう!なんて話をした。瑠璃寺では花草だんごと言われる米の粉でつくったお団子をお供えし、皆さんにお分けするのである。なんだかこれだと結局普通のお団子になってしまいそうである。お月見と変わらないなあ。
 しかし、バレンタインデーと一日違いというのはいかにも不利である。これはもう日本中のお寺が立ち上がらんととてもダメだね。


2013.2.8
人気者?
 毎朝、昼神温泉からやってくるお客さんへ法話をやっているのだが、けっこう評判がよいのである、たぶん。どこらへんで評判が良いとわかるのかというと、

 @ガイドさんが「お客さんの評判がいいんですよ♪」と言ってくれる(おせじ?)
 A終わったときにみなさんから拍手が必ず起きる(おやくそく?)
 B多くの人が「いや〜、いい話が聞けた!」と帰っていく(いやみ?)
 C「もっと聞きたかったー」とよく言われる(おじょうず?)
 Dサインを求められた(ひやかし?)
 E握手を求められた(ひやかし?)
 Fお布施をもらった(かんちがい?)
 G「バスに某住職を持って帰りたい」と言われた(誘拐?)

 ここまでくると、どうしたって天狗になりそうなものだが、そうならないのは某住職の人格のせいではなく、茶屋椿のA女史のおかげである。会館スタッフはよく某住職の法話を聞く機会があるので、かなり話を覚えてしまっている。その中でA女史は人の物まねを趣味としているので、ことあるごとに物まねのネタにされる。口調をネタにされるたびに、我とわが身に向き合わざるを得ない。こんな話し方をしているのかと思う度に、穴があったら入りたい心境になるのだ。いや本当に感謝している。(のわきゃねーだろ!くそ〜、あったまくるんだよな〜)


2013.2.7
冷や汗が…
 きょうの地方新聞M紙に、昨日の「みらい議会」の記事が載っていた。よく見たら議場の様子の写真も載っているではないか。子どもたちの姿と共に傍聴席も…そ・そこは某住職の座っていた場所!あれ?某住職は映ってない?なぜ?よく見たら、午前の部に行なわれた小学生の部の写真であった。いやー危なかった〜某住職の姿はぎりぎり映っていなかった〜。これがもし、午後の中学生の部だったら確実に映っていたところである。もう映っていたら、どんな姿を晒していたことか…
 本当にあぶなかった。気をつけよう、暗い夜道と議場の居眠り。

 
2013.2.6
睡魔が襲うとき
 午前中は仏教会の会議に出席する。終わって、そのまま午後の町で開催される「みらい議会(子ども議会)」に向かう。議場は一番後ろの傍聴席に陣取る。ところがここが大変暖かいのである。傍聴席は議場からせり上がった一番高いところにあるので、暖気がみんな集まるのである。午前中、緊張感を持ってびっしり会議をやってきた後だったから、気が緩んだのか眠気がドッと襲ってきた。
 気がつけば、開会から20分ほど記憶がなかった。もう何しに行ったんだか…それよりどんな姿で寝ていたのか心配である。なぜなら子ども議会は町のケーブルテレビでリアルタイムの放送がされていたはずだからである。まあ子どもたちが主だから傍聴席はそれほど映らないだろうが、それでも映っていたらどうしよう。「町の子ども議会で教育委員が爆睡!」なんて話題に発展するとも限らない。
 そんな心配をしていたら、遅れて途中からやってきた教育委員長さんが「家でケーブルテレビさっきまで見ていたんだよ〜」って。「ええ〜!某住職、映ってました?」って思わず聞くところだった。あぶない、あぶない。本当に居眠りは、場所と時間を間違えないようにしないと大変なことになる。と、思っているのだが、眠くなると、もうどうにも我慢できない。いっそ10分とか眠ればスッキリするのだが…
 絶対居眠りしない人もいるのだがこの違いはどこにあるのだろう?教育委員長さんも代理者さんも絶対に居眠りしないのである。見たことがない。物事に臨む真剣度が違うと言われたらそれまでなのだが、意外にも薬膳師A女史も絶対に居眠りしないという…どうも納得できない…


2013.2.4
ピロリ菌
 なんだかこれだけ暖かい日が続くとかえって怖い。次に冷え込んだときに体調を崩さないか不安である。きょうも朝から午後まで厄除けがあり護摩を焚いたが、さすがに3日間炊いていると、体に煙の匂いが沁み込んだ感じだ。どこにいても煙の匂いがする気がする。
 さて、最近薬膳師のA女史はピロリ菌に凝っている。凝っているといっても、収集したりペットにしているわけではない。ピロリ菌の研究をする中から、ピロリ菌万能悪玉説を導き出したようだ。自分の体で実験をするつもりなのか、病院でピロリ菌検査を受け、今日は検査結果を聞きに行ってきたようだ。そんなくらいだから、某住職も検査に行ってこいと盛んに言う。女史の言うのには、某住職の胃腸機能の虚弱も、性格のへたれも、みんなピロリ菌のせいらしい。ただ聞けば日本人のほとんどがピロリ菌を持っているそうだ。ただし「某住職のように、子どものころ川の水を平気で飲んでいたような人にはゼッテーいる!」とか言われると、さすがにカチンと来る。そんでもって、ピロリ菌を持っている人は圧倒的にガンになりやすいというのだ。「某住職のように両親が胃ガンになっている人は、もう間違いなく胃ガンになる!」とか、自信を持って断言されると余計に腹が立つのだが、なんせ性格がへたれなので、腹が立つ以上に心細くなっているのである。
 検査に行ってみようかな… ああ、へたれ…


2013.2.3
甘いも辛いも
 きょうは朝から終日、飯田市のG寺さんへ厄除けのお手伝いに行ってきた。しかーし、昨日あんなに言っていたのに、行った先で甘酒を4杯、きんつばとお饅頭を各一個ずつ食べてきてしまったのである。あ〜ばかばかばか!でも、あちらの奥様が「甘酒ばっかりじゃ、しょうがないかしら?」とか、「きんつばお好きだって聞いたから」とか言われて勧められたら、ことわれんでしょうが…
 しかしそんな甘い話ばかりではないのである。お昼にはお赤飯とお味噌汁がでたのだが、奥様が「味噌汁が辛くなっちゃって、みなさん大丈夫かしら?」とおっしゃられる。えっ?辛くなっちゃってって、味噌の入れすぎだろうか?でも見たところ色も普通そうだし、それほど辛そうには見えない。第一、味噌汁なんて多少辛くたってたいした問題ではない。ところが、それを聞いた住職さんが血相を変えて「まさか、あの味噌を使ったのか!」と叫んだのだ。これはただごとではない。聞けば、住職さんが手作りで唐辛子などをすりおろして混ぜ、ブレンドした特性の味噌があるのだそうだ。毎朝の味噌汁には、普通の味噌の他にこの特製味噌を小さじ一杯ほど隠し味で入れるのだそうだ。ところがきょうは、檀家さんの女性陣が台所のお手伝いをしていたので、知らずにこの特製味噌だけで味噌汁を作ってしまったのである。捨てて作り直そうかとも話しが出たのだが、もったげないのでこのまま飲みましょうということになったそうだ。いや大変良いことである。
 多少辛くてもよいではないか。辛くても「ピリッとしてておいしいですよ」と言うことは簡単なことである。ところが悲劇は起きた。某住職一口飲んだとたん、いきなりむせかえってしまったのである。もう予告もなく喉を通ったとたんに咳き込んでいた。フォローしようとしていた作戦が台無しである。これ以上ない最悪のリアクションに周囲はドン引きである。ああ、やっちまった…でもはっきり言って、あれは辛かった!

 
2013.2.2
厄除け護摩祈祷会
 天気にも恵まれ無事恒例の厄除け護摩祈祷会が終了した。それにしても今日は暖かかった。ついでに心配された雨もほとんど影響なかった。こんな穏やかな厄除けは久しぶりである。というより節分前後は最高に冷え込み、雪の降る確立も圧倒的に高いのである。穏やかな陽気のせいだろうか、おかげで厄除けにみえる方も例年よりも大分多かった。というよりやはり土曜日というのが影響していたのだろう。
 心配された(期待された?)ハプニングもなかったのであるが、ハプニングを未然に防いだ大きな要因は、早朝から老僧様をデイサービスに送りだしてしまったことである。護摩を手伝うなんて言い出されたらえらいことである。過去には痛い目に何度も会ってるし。
 さて祈願の願目を見てみると圧倒的に「家内安全」と「交通安全」である。家族の健康と交通安全の心配が、当に直近の懸案事項ということだろう。休憩時間にお手伝いの住職方と話しをしたが、どうしても話題はお互いの健康状態である。お互い50、60を越えてくると体は心配なところだらけである。その内の一人から、「どうしても甘いものを食べちゃうんだよなあ」という発言が出て、某住職もドキリ!である。ご飯は食べ過ぎないように注意しているのだが、お菓子はどうしても食べてしまう。お茶の時間であったり、夕食後であったり…なんとゆうか、精神安定剤のような役割なのである。ちょっとくつろぎの時間の象徴のような。しか〜し、実はつい先日、ばあちゃんが某住職の顔をじっと見て、「まるくなった?」といったのだ。ああ、なんてことを…
 節分に合わせ、我が振りを見つめなおそう…


2013.2.1
2月2日は厄除け
 え〜、2月2日は瑠璃寺恒例『厄除け護摩祈祷会』であります。
 祈祷時間は午前11時・午後2時・午後6時の3回です。
 30分前より受付を始めますので、ご希望の時間でお越し下さい。
 
 例年数々のドラマを展開しております。うそです…
 ドラマなんか展開したくないし…
 そうだ、老僧様が参加していた頃はドラマがあったな…
 想定外のハプニング!仁義なき戦い!やがて大やけど…
 まあ、火を焚くということはそういうことである
 大人の焚き火、子どもは真似しちゃだめよ。

 
2013.1.31
邪念が…
 このところ割と暖かい日が続く。ところが2月2日の瑠璃寺厄除けでは天気が崩れるのだそうな、やれやれ。そうなのだ、このところ連日厄除け護摩祈祷会の準備に追われている。忙しさにうたた寝もできないので夜がやたら眠い。
 そんな忙しさの中でも、昼神温泉の法話ツアーはほぼ毎日やってくる。おかげで、毎朝2、30分づつ法話を行っている。来る人たちは連日違う人たちなので、同じ話でもよいのだが、それがなかなかできない。というのは、連れてくるガイドは同じだからである。2人のガイドが交代でやってくる。なんだか部屋の後ろでいつも同じ顔が見えるとやりにくくてしょうがない。話に合わせて相づちとかうってくれているのだが、(なんだよ〜また同じ話かよ〜)とか、心の声が聞こえてきそうだからである。あっ、断っておくがガイドは女性である。
 毎朝違う話とかできれば良いのだが、いや実際毎朝話を変えたこともあった。だがなにか不自然なのである。聞く相手が毎朝同じなら変えることに意味もあるのだが…一期一会の相手には自分として伝えたいことを話すべき!と頭では思えるのだが、やっぱりガイドの顔がな〜。某住職にはまだまだ邪念がつきまとっているのである。へんな見栄なんだろうなあ、ガイドに向かって話しているわけではないのに。いっそガイドは、後ろに座っているお地蔵さんとでも思えればよいのだが…、節分も近いし、せめて鬼のお面でもつけていてくれたら、気が楽かもしれないんだけどな〜


2013.1.29
ハンコ天国
 お寺というところはハンコをよく押す職場である。まあただ押すということで言えば、役所の市民課や会社の経理あたりの方がたくさん押すかもしれない。そこいくと寺はハンコや版木といった多種多様な押すものがあるのである。日常的なものでは御朱印などは最低でも3種類くらいは押す。お札やお守り、買っていただいた品物を入れる袋など、ほとんど毎日押す作業を行なっている。それ以外にも、頼まれた書に落款を押したりすることもある。
 今の時期には厄除けが近いので、ほとんど毎日、ご供物の祈祷札を作ったりお札を刷ったりしている。その度に違うハンコをいくつも押さなければならないのである。きょうも節分の福豆を入れる袋を作成した。白い小袋に朱で「福豆」というハンコを押すのである。200枚用意しなければならない。ところが押していたらなんとなく物足りないのである。白い面に「福豆」だけではなんとなく物足りなくて、両側に「七難即滅」「七福招来」と押してみた。紙面が引き締まった感じだ。満足してひたすら黙々と仕事をしていたら、薬膳師A女史が外回りから帰って来た。「なんだか腕と指が痛いよ〜」と訴えたら、「なんで仕事をわざわざ増やすかな〜」。えっ?なんのこと?昨年まで「福豆」しか打ってなかったのに、「七難即滅」「七福招来」を増やしたら、押す量も3倍になるんだよ。200回で済んでいたものが600回押すことになるんだよ。あっ、本当だ。ぜんぜん気がつかなかった。いや〜、どおりで腕が痛いわけである。
 本当に言われるまで気がつかなかった。さすがに途中で200が600になるという事実に向き合ったなら止めてたかもしれない。しかしそれもこれも、少しでもより良いものをとの某住職の心のなせる業なのであった。


2013.1.28
チラシおじさん
 そういえば、昨日飯田市のKスーパーに食品の買い物に行ったときのこと、棚を見て回っていたら脇を人が風のように通り抜けていった。ちょっとビックリして振り返ったら、初老のおじさんだった。何かつぶやきながら手には黄色い紙を持っている。なんだろう?と目で追ったらそれは新聞に入っている特売のチラシだった。ちょっと後を追いながらチラシを見ると、赤い丸が所々についている。どうやら目ぼしい商品に丸をつけて、その商品を探し回っているようなのだ。チラシを頼りにスーパーへ出向く人は多いだろうが、大っぴらにチラシを片手に探し回る人をはじめて見た。
 ちょっと面白そうだったのでさりげなく後をつけてみた。それがまた、まあせっかちなのである。さっきも走るように歩いていたが、もうちょっと落ち着いて探したら?と声を掛けたくなるくらいである。丸をつけた商品は確実にゲットするつもりなのだろう、しつこく探している。そのうちに見つからなかったのだろう、店員をつかまえて大きな声で聞き始めた。皆振り向いて見ていたが、苦笑している人が多かった。
 チラシをチェックしてくるなんて家事のプロ?と最初は思ったが、どうも食品の探し方を見るとアマチュアである。品物の場所をつかめていないようなのだ。奥さんに指示されて買い物に来たのかもしれない。いずれにしろ、スーパーの雰囲気に一石を投じるような存在であった。それにしても、某住職も食品はよく買いに行くが、特売チラシを参考に買い物に行ったことはないなあ。今度ちょっと特売チラシも見てみようかとも思ったのだった。


2013.1.27
ブログ雑感
 今夜は寺の役員の新年会を行なったのだが、そこでブログについてのご意見をいただいた。そうなのだ、某住職のブログは地域の檀家さんも5件ほどの方々が読んでくださっているらしい。話してくれたMさんによれば、最近の話題では「ココロの散歩転落事件」と「猫の副住職」がおもしろかったそうだ。ありがとう。老僧様がでてくるネタも好きとのこと。だが残念ながら最近老僧様の話題が少ない。いや家庭内では超話題を振りまいているのだが、以前のような笑える状況ではなくなってきているのよ〜ん。まあ本人はいたって普通に生活している気分のようだが…
 しかし某住職のブログも、平成19年から書き始めてすでに6年である。よく続いたものである。なぜ書いているのかと言えば、日記の代わりであったり、ボケ防止のつもりだったりするのかもしれない。たまに思わぬ方々から「読んでるよ〜」の声をいただくことも大いに励みになっている。
 まあ死ぬときには、簡単な冊子にまとめて、娘たちへの遺品代わりにでもしようかと思っている。鼻で笑われて捨てられそうだが…ほんと、あいつらならやりかねん。


2013.1.26
大雪の日に思う
 いや〜今日はしっかり雪が降りましたな〜。早朝から雪掻きを始めて10時頃までかかった。三回りくらい掻き直した。掻いた先から降り積もる感じだった。まあ雪が軽かったので割りと楽に掻けたのだが、なんせ掻いてる時間が長かったので、夕方からは筋肉痛なのか関節痛なのか体中が痛い。明日が憂鬱である。
 それにしても雪掻きをしながら思うことは、この雪何かに利用できないものだろうか?ということである。30センチやそこらの雪でヒーヒー言っているのである。豪雪地帯の苦労が偲ばれる。しかし、ただ雪を掻くというだけでなく使い道はないものか?確かに豊富な水はもたらしてくれるが、それ以外では雪像やかまくら、せいぜい雪祭りに使うくらいのところである。発電させるとか夏場の冷房とか何かないのだろうか?次は雪の有効利用で、頭の良い方は是非ノーベル賞を取ってもらいたい。掻いても掻いても減らない雪を見ているとつくづくそんなことを考えてしまうのである。
 雪掻きを終えると着替えて法事に向かったのだが、飯田市の下段ではほとんど降っていなかった。ところが法要を終えてお墓参りに行ったときだけ猛吹雪。横殴りの雪を浴びお経を上げながら、みんなの「頼む今日だけは早く切り上げて帰ろうぜ〜」の心の声をひしひしと感じていた。いや、防寒着を着ていなかった某住職こそ心底そう思っていたのじゃ〜。


2013.1.25
法話の真髄
 昼神温泉から毎朝法話ツアーにみえるが、きょうはお話を終えたら、80歳前後のお父さんが、「和尚さんに布施したい」と言って財布から二千円出された。同席していた奥さんと娘さんもちょっと驚いていた。
 今日の法話のテーマは「悟り」についてであった。悟りと言ってもいろいろな解釈があるが、ちょっとむずかしい言い方をすると「執着からの解脱」と捉えることができる。まあ般若心経を題材に話をしたのだが、頭ではなんとなく理解できても心から理解することはまず不可能である。我々は欲や執着に凝り固まった存在で、一つの執着から離れたと思ったら、すぐ別の執着に囚われているのが一般的である。ましてや20分やそこら話を聞いても悟れるものではない。
 このお父さん、着るものもまったくかまわない様子だった。履物も年に不相応なバスケットシューズ風の靴で、履きにくそうな様子から娘さんなどからも「どうしてそんな掃きにくい靴を履いてきたの〜」などと叱られていた。だがそんなお父さんが法話の後で、なんの迷いもなく「布施」出来る姿はちょっとカッコイイ。このお父さんがなぜ布施してくれたのかそれはわからない。別に布施する理由は語られなかったし、某住職も尋ねなかったからである。よい法話であろうとそうでなかろうと自分の大切なものを喜んで捨てる、それこそが喜捨(布施)である。まあある意味、今日の法話の真髄を理解していたのはあのお父さんだったかもしれない。


2013.1.23
ザビエルも困った?
 ネットに、『ザビエルも困った「キリスト教」の矛盾を突く日本人』という文章が載っていた。
 日本各地でザビエルは布教するのだが、出会った日本人が彼に決まって尋ねたことがあったそうだ。「そんなにありがたい教えが、なぜ日本に来なかったのか」とか、「そのありがたい教えを聞かなかった我々の先祖は、今、どこでどうしているか。自分たちは洗礼で救われるかもしれないが、洗礼を受けずに死んでしまったご先祖はどうなるのか、やっぱり地獄に落ちているのか」当時の日本人はザビエルにこう投げかけた。そうだ、と答えると、「あなたの信じている神様はずいぶん無慈悲だし、無能ではないか。全能の神というのであれば、私のご先祖様くらい救ってくれてもよいではないか」
 ザビエルは困ってしまい本国の手紙に次のように書いたそうだ。「日本人は文化水準が高く、よほど立派な宣教師でないと、日本の布教は苦労するであろう」と。当時の中国にも韓国にもインドシナにも、こうしたキリスト教の急所を突くような人間はいなかったということだろう。
 屁理屈がそんな昔から得意だったなんて、なんか日本人て頭いいな。案外みんな、承知でおもしろがって困らせていたのかもしれん…ハハハ
 ザビエルは日本を去った後、イエズス会の同僚との往復書簡の中でも「もう精根尽き果てた。自分の限界を試された」と正直に告白しているそうだ。


2013.1.22
壮絶なる夢
 昨夜寝ていると、布団の上を犬の集団が走り抜けて行った。夢をあまり見ないと先日発言したばかりなのに、早速昨晩壮絶な夢を見た。夢でも寝ていたのだが、ドドドドドという音に目が覚め、なんだ!なんだ!と思っていたら布団の上を犬たちが踏んづけながら走り抜けて行ったという夢であった。びっくりして目が覚めたのだが、目が覚めても犬はまだ走っていたのである。実は昨晩寒気が緩んで、屋根にへばりついていた雪が盛んに滑り落ち始めたのだ。雪の塊がザザザザーと落ちる音に連動して、どうやら走る犬たちに踏んづけられる夢を見たらしい。目が覚めて落ち着いてからも雪の滑り落ちる音は続いていたのだった…
 耳から入ってくる音に影響されて見る夢ってあるんだな、ある意味感動だわ〜

 
2013.1.21
命名のご指名
 ここ2週間ほど葬儀や法事が立て続けにあった。そんな中で、今度生まれてくる赤ちゃんの命名を依頼された。以前にも、昔は子どもが生まれると必ずお寺に命名を依頼しに来る人があったという話を書いた。それはひとえにお坊さんが物知りで、学問があって尊敬できる存在だった時代の話である。ところがそんなお坊さんが少なくなって、お寺が人々の拠りどころでなくなってしまって、命名の依頼に人々はお寺へ足を運ばなくなったのである。まあなにより奇抜な名前をつけることがブームになってしまったのも大きいかもしれない。
 そんな中で、葬儀に際して戒名(法名)を授与するときの名前の由来に対する話や、ご法事における法話を何回か聞いた若いご夫婦が、次に生まれる子どもの名前を是非某住職につけて欲しいと依頼してきた。仏教の教えや仏教の言葉に共感を覚えたのだそうだ。光栄なことだが、名前はその子に一生ついて回るものだけにちょっと気が重い。でも、仏さまの教えに由来した名前っていいと思うので是非協力したいと思う。今から考えておこう。
 さてどんな名前にしようか?いきなり釈迦くんや阿弥陀くんはまずいだろうなあ。弥勒くんなんてどうだろう。たしか漫画の犬夜叉に出てたな…。やはりいきなり仏さまの姿を思い浮かべてしまうのはまずそうだ。でも、人気者の阿修羅なんていいんじゃないか?えっ、だめ?やっぱり?
 仏の教えに由来したものや経典から取った方が良さそうだ。だがあまり奇抜だと今流行のドキュンネームとかキラキラネームと呼ばれるものになるからなあ。涅槃(ねはん)くんとか般若(はんにゃ)くんなんて多分却下だな。でも沙羅ちゃんなんてのは現代でもあるから、探していけばいい名前がけっこうあるかもしれない。ちょっと楽しみである。


 
2013.1.19
走れ!走ってくれ〜若者よ
 う〜ん今朝は寒かった。マイナス10度近くいってたなあ。朝起きたときの耳の冷たさでだいたいわかるのだが、耳を隠す髪がないって…ぐすん。さすが大寒に近いだけのことはある。
 さて、双子のM子が短歌・俳句で受賞した大会の全容が判明した。学校の先生が通知で教えてくれた。
 ◆第7回伊那谷短歌まつり
 ◆第6回全日本学生・ジュニア短歌大会
 ◆一茶忌全国俳句大会
 ◆第26回全国短歌フォーラム
 ◆第27回全国高校文芸コンクール  以上だそうである
 このことに関してはとにかくまったく話さないので、どんな句や歌だったのかは未だ不明である。まあ一つや二つならまぐれかもしれないが、これだけ受賞していればけっこうセンスはあるってことなのか?
 ついでに「高校美術書画展に出した絵画が、美術学芸員に絶賛されていました」と通知に書かれていたが、その絵の内容も不明である。家で描いたはずなのに。描くところを家族に見られたくないために、みんなが寝た後に一晩で描いた絵だからである。どんな絵なんだよ?見せてよ!と家族はみんなで問い詰めたが、返却された時点で捨てたとのこと。ほんまかいな?であるが、たぶん本当だろう。そういうやつである。文芸部?美術部?の義務として、一晩で片付け仕事で描いた絵で、とやかく言われること自体不愉快なのだろう。
 俳句や短歌もそして絵も義務でやってるだけで楽しくないのだろうか?最初はその気がなくても、結果がついてくれば勘違いしてその気になってしまいそうな気がするが、冷め切っているM子にはどうもそれは期待できない。その才能もったげね〜!と思うのは単なる親の欲目だろうか…なんだか青春損してるなあ。


 
2013.1.17
歌会始(うたかいはじめ)
 昨日は新春恒例の「歌会始の儀」が行なわれた。ラジオやテレビでその様子を聞いたので、今日は新聞で改めて受賞の歌を読み直してみた。
 一般応募は1万8千首の中から10人しか選ばれないのだそうだ。改めてびっくりである。そりゃ選ばれたらえらいことである。その中に最年少12歳の少年の歌があった。
 「実は僕 家でカエルを飼っている 夕立来るも 鳴かないカエル」
 う〜ん、実にビミョ〜な歌である。確かに12歳的な作品であるが、これでよいのか?という素朴な疑問もある。どの部分において選ばれたのかよくわからん。いや、読み返してみるといろいろと考えさせられる部分があって、かなり味のある作品である。最初の「実は」が、秘密の暴露的に実によく効いている。前半で「カエルを飼っている」という事実を述べ、それがどんなカエルなのかというと「夕立が来ても鳴かないカエル」だと…これって無能なカエルを飼ってるってこと?う〜んやっぱり微妙だ。だいたい、カエルって夕立が来ると鳴くものだったっけ?いやいや、そんな単純なことではなさそうだ。もしかすると、彼のカエルは夕立どころか普段でもまったく鳴かないのかもしれない。やっぱりいろいろ想像させるおもしろい歌である。
 入選者には陛下がお一人お一人に声を掛けられたそうだが、その少年には「カエル、どうして鳴かないのでしょうねえ」と問いかけたそうだ。そうしたら「どうして鳴かないのかわかりません」と答えたそうだ。そりゃそうだ、わかっていたら歌の面白さはある意味半減であるし、少年にはちょいと窮する質問であった。陛下もこの場での質問なら、「なんていうカエルを飼っているのですか?」くらいの質問にして欲しかった。そうすれば「食用ガエルです!食べるとおいしいよ!」くらいの答えが聞けたかもしれないからだ。


 
2013.1.16
見たい夢
 気がつけば正月もすでに半分を過ぎている。まったく日々の生活に追われていると、日の経つのはあっという間である。さて、皆さんは初夢を見ただろうか?
 某住職は眠りが常に浅い方だと思う。少しの音でもすぐ目が覚めるからである。夜中にばあちゃんからコールされても飛び起きることが出来るし、起きなきゃならないときには目覚ましがなくても大概時間前には起きている。要するに神経質なのか…そのわりには横になるとすぐ居眠りしている。昼間に10分、20分と小刻みに眠る。きっと夜の眠りが浅い分、昼間に眠くなるのだろう。ところが夢はあまり見ない。眠りが浅いと夢を見るといわれるがめったにみない。いや、見ているのに忘れてしまうのだろうか。とすれば夢の認知症である。
 奥さんなどは昔から夢をよく見るようだ。そんでもって実によく覚えている。ただ、翌朝夢の話をされてもいたって困ってしまう。けっこう面倒くさい。支離滅裂な現実でない夢の話をされても返答のしようがないからである。現実にはなかった話だから、せいぜい「大変だったねえ」とか「そんなばかな…」くらいしか返せない。ただ羨ましく思うことはある。もう一つの人生を生きているようなものだからである。その夢が何かを予言したり暗示を与えているわけではないので意味はないのだが、けっこう夢はハラハラさせてくれる。目覚めたときに、(あ〜、とくした〜)と思うか(現実でなくてよかった〜)と思う程度だが、ドキドキ感があるのでけっこう得した気分にならないだろうか。
 某住職が見てみたい夢は、人間以外の何かの生物になった目でみる世界である。自分が小さくなった夢は以前に見た気がするのだが、他の生物になったことはないなあ。科学が進んで、みたい夢が見られる機械ができたら、人はその機械を使うだろうか?まちがいなく使うな。


2013.1.15
小正月
 15日、きょうは小正月である。朝には小豆のお粥を食べる。みなさんのお家でも食べるのだろうか。昔からある習慣で、厄除けだったり豊作祈願の意味があるらしい。ところがこのお粥、双子の娘たちには大不評である。顔をしかめながら食べていた。まあお赤飯ではないので、べったりしていて確かに美味しいというものでは…いやいや、なかなか美味しいですよ。大根や里芋を賽の目切りした濃い目の味噌汁と共にいただく。ネットで見れば昔からの習慣であり特別なことではないらしい。なので、どこの家でも食べているものと思ったが、そうでもないらしい。娘のM子もきょう高校で友だちに聞いたようだが、だれも食べていなかったらしい。まずいぞー、日本の風習が廃れていってしまう〜。
 本来は松飾も今日までである。どんど焼きも小正月に行なうのが本来の姿だから、それに合わせて松飾をはずしたのだろう。先日も書いたが、現在はどんど焼きも前倒しで行なわれるので、境内にある門松の一対だけを残して供出するのである。それからここら辺ではまゆだまを作るところがある。まあ養蚕を行なっていたころの前祝行事みたいなものだが、養蚕をしなくなっても農作物の豊作を祈ってつくるところがまだあるのである。寺の行事としてやっているところもある。
 しかし、正月行事が段々廃れていってしまうのはどうも寂しい。毎年そう思うのだが、いざ正月を迎えると忙しさに追い立てられてしまうのだ。


 
2013.1.14
祝・成人の日
 ということなのだが、朝から大降りの大雪。重い雪で雪掻きも一苦労であった。だが聞いてみれば、飯田下伊那地方の自治体でも、成人の日の今日に成人式をするところってあるの?飯田市も昨日だったって言うし。せっかく祝日にしたのに成人式やってもらえないっていうのもなんだかなである。
 さてそんな成人の日に、テレビで第2の成人式として60歳以上の成人式をやっていた。そこで応募された川柳大賞の表彰をやっていたのだが、相変わらず老いを笑い飛ばす作品の数々には感心させられる。受賞作品を二首ほど
 「だいじなら しまうな二度と でてこない」
 これは年寄りを抱えている人にも、自分でやってしまった人にも思わず「あるある!」と頷いてしまう一首である。
 「いくじいを めざすもわが子 まだ未婚」
 育メンならぬ、進んで孫の面倒を見る育爺(いくじい)というのが話題だそうだが、結婚しない娘や息子をだしに、こういう形で自分を揶揄するってちょっと洒落ている。
 以前紹介したシルバー川柳もおもしろかったが、川柳っていいなあと思う。二十歳の成人式でも、若者の川柳ってやってみたらいいのに。あらかじめ川柳を募集しておいて、成人式に発表、表彰するのである。けっこう盛り上がると思うけどなあ。
 ぜひ若者の川柳も聞いてみたいものである。


2013.1.13
燻製の身
 腹の調子はまだ本調子ではないが今日も仕事が目白押しである。早朝からほんやり(どんど焼き)に起こされる。もう隣の田んぼでやっているのでしかたがない。ちょっとのぞいてみる。実は夕べのうちにそっと大量のダルマを袋に詰めて、ほんやりの奥のほうに押し込んでおいたので、ちゃんと焼けたか心配だったのである。よかった、見事に焼けておりました。
 さて、炎と煙の祭典であるが、面白いものである。朝で勢いがついたのか、一日炎と煙に縁があった。まずは早朝から御祈祷の依頼があったので、盛大に護摩を焚く。続いて飯田のD寺さんの厄除け護摩祈祷会のお手伝いに向かう。向かう途中のそこらじゅうで煙が立っているのがみえる。各地のほんやりの名残だろうか?まさかそんな時間まで燃えているとは思えない。どうやら農家の煙らしい。枯れ草や果樹の枝などが燃やされているようだ。車の中にまで煙が流れ込んでくるようである。そんでもってD寺さんの護摩の炎と煙にいぶされてきたのだった。終わったと思ったら、広報の緊急放送の音が…みんなで耳を澄ますと土手火事とのことである。つくづく今日は炎と煙だなあと思う。午後はそのまま葬儀に向かったのだが、どこにいても煙の匂いがする。煙の無いところでも匂いがすると思ったが、なんのことはない、某住職の自分の匂いであった。そらそうだ、朝からさんざん煙にいぶされていたのである。頭なんか灰をどれほど被ったことか。はっきりいって燻製状態である。案外腕でもしゃぶってみたらうまかったかもしれない。


2013.1.12
謎の腹痛
 いやーまいった。昨日は朝から胃が気持ち悪くて終日苦しんだ。朝食は食べたのだが、腹痛と吐き気で…「仏さま、私何か悪いことをいたしましたでしょうか…」思い当たることばかりである。いやいや、思い当たることはまったくなく、夜まで苦しんだ。夕飯の準備には、料理をしながら側に置いた椅子に座りながらうずくまるの連続であった。結局夕食も食べる気がせず、横になったのだが、目を覚ますと体中の関節が痛い。ま・まずいぞ〜単純な腹痛ではなく、風邪の前兆か〜
 今朝になっても一向に治る気配は無い。しかし体の痛みはなくなった、やれやれ。しかし門松の片付け、昼神温泉の法話ツアーへの対応、午後は葬儀と仕事は目白押しである。昼まで食事はしなかったが、3食や4食抜いても気分が悪ければ欲しくもならない。それでも午後の葬儀は声を出すのがさすがに辛かった。葬儀から帰る頃には痛みや吐き気も大分納まってきたが、背中なのか腰なのか痛みがとれない。どうにも痛くて横になった。するとお腹の中ですごい音がしだした。もうグリュグリュ、キュルキュル音がする。それまで眠っていた内臓がいきなり動き出したような音である。ちょっと気分が悪いからって、内臓たちがストライキを起こしていたのだろうか。それと同時に次第に気分がよくなってきた。おかげで夕食にはお粥を食べることが出来たのであった。
 4食ぶりの食事だったが、どうもそんなに食べていなかったという気がしない。これはどうやら食べすぎではないのか?という気がする。人間2食くらいでよいのではないだろうか、まあ間食は別腹ということで…

2013.1.10
お別れの言葉
 夕方から伴僧を頼まれた葬儀があったのだが、ちょっとしたハプニングがあった。葬儀式の半ばで、弔辞やお別れの言葉を述べる時間がある。亡くなったおじいさんのお孫さんがお別れの言葉を述べるという。ところが一人かと思ったら8人も出てきた。それも成人した大きなお孫さんばかりである。まあ大勢出てきても、代表で一人がお別れの言葉を述べ、みんなでお世話になったお礼を言うというのはよくあることである。ところが、代表の方が長々とお別れの言葉を述べた後に、それぞれがまた別に述べだした。全員が述べ終わったときは30分以上が経過していた。
 お別れの言葉はほのぼのとして場の雰囲気を和ませる。聞けば、お孫さんにとっていいおじいちゃんだったんだな、仲良しな家族だったんだな、ということがよくわかる。しかしそれもやり過ぎれば、一般参列者からはうっとうしいだけである。というのは、葬儀式は公の場である。身内のお別れの言葉はあくまでも私的なものである。身内話や語りかけ言葉は、身内の通夜式や納棺式に済ませておくものであって、公の場で度を越えてはならないと思う。ましてや身内で長い時間を占有することはなおさらである。公にして葬儀を行うということはそういうことである。葬儀に列席していただいた身内以外のみなさんに配慮する気配りが必要である。
 厳しい言い方かもしれないが、成人した大人ならばもうちょっと考えて欲しかったと思う。故人への感謝の気持ちの表し方は他にもあるということである。


2013.1.9
もう一つのスタート
 きのうスタートの日と書いたが、今日もう一つの新しいスタートに出会った。飯田市内のM食堂の息子さんが今度大相撲の新弟子検査を受けるそうである。交流のあった相撲部屋から誘われたようだ。最近は入門する若者が減っているそうだが、どんな決心があったのだろうか。ただし、ご両親からしたら心配は半端ではないだろう。同じスポーツといっても大相撲は怪我がつき物だからである。それが証拠に、2月の厄除けで拝んで欲しいとのことだが、どう頼んだらよいのかと相談されてしまった。確かに無病息災とか厄難消除といっても、勝負の世界、それも国技とはいえ格闘技の世界では、怪我も災いも日常茶飯事であろう。親御さんもどうお願いしてよいかわからないのである。大過なく大怪我することがないように願うしかない。昔なら武運長久とか立身出世とかも願うところだろうか。
 それにしても息子さんにはお店で何回か会っている。まだ子どもっぽさが残っていたときの記憶しかないが、次に会うときにはどうなっているのだろう。まったくお相撲さんは人体改造である。ビックリするくらい大きくなってしまうんだろうなあ。是非大きくなって、強くなって幕内力士になってもらいたいものである。幕内の郷土力士って、昔応援した佐久市出身の大鷲以来出てないよなあ。なったらすごいよなあ。よしっ!今のうちにサインもらっておくか!


2013.1.8
スタートの日
 きょうは中学校の3学期始業式である。定例教育委員会の後で中学校を覗きに行ってきた。新校舎で子どもたちが授業をしている姿を見るのはこれが初めてのはずなのに、しっくり納まっていてなんの違和感もなかった。委員長なども「前の校舎はどんなだったか思い出せんなあ〜」などとのたもうてたからなあ。
 驚いたことは、各教室が暖かかったことである。暖房を入れていないのに、太陽光だけで驚くほど暖かいのだ。ほとんどの教室が南に面しているので、この暖かさは冬にはありがたい。まあ、はたして夏がどうなのかという問題はあるが。
 さて、高校生の娘たちも登校して行った。そして、大学も始まるということで帰省していた長女のF子も、大騒ぎをしながら東京へ帰っていった。まったくゴロゴロしているばかりで宿題は出来たのだろうか?宿題の材料である凄まじい荷物を抱えて帰っていったが無事に着けたやら…
 正月気分も抜け、それぞれがそれぞれの生活をスタートさせた一日だった。区切りがあったり、新たなスタートの切れるみなさんがちょっと羨ましい。季節の行事はあっても、基本的に某住職は同じ毎日の繰り返しである。寺と共に生きる。両親と共に生きる。家事と共に生きる。だがこれを精進というのであろう。特別ではない日常を、自分のできるかぎりに生きること、そうこつこつとである…


2013.1.7
七草粥
 今朝は七草粥を食べた。年寄りたちが好きなのはわかるが長女のF子が異常に好きである。食べつくす勢いで食べていた。ご飯に炊き込んだ餅の食感がたまらないのだそうだ。皆さんのご家庭でも七草粥には餅を炊き込むのだろうか?七草粥を食べると正月気分も明けてくる。とはいえ、寺では小正月までは正月気分が続く。
 最近はスーパーでも七草粥セットが盛んに売られている。七種類の具財がパックされているものである。ただしどれもオシャレに揃えられてささやかに入っている。なのでF子ではないが「葉っぱをもっと入れて欲しい!」ということになってしまう。そうしたら産直市場ではまだ今日も売られていて、F子の期待に応えられそうなほどの量が袋に納められて売られていた。それも入っている野菜や草が、野原からいかにも採ってきました!的な野性味溢れる面々であった。これだけ全部入れたらお粥もかなり緑っぽくなることだろう。
 しかし昔の七草では実際に野原や畑に捜しに行って、手に入らないものは買っていたはずである。それがパック販売がされ始めてからは、もっぱら使うようになってしまった。楽なのだが本当は野原に出たほうがよいのである。そうすれば大いに生命観を実感できるはずだからである。フキノトウだってもう出ている。あれ?フキノトウは真冬でも顔を出しているのに、どうして七草に入っていないんだ?単純に外れてしまったのか、意図的に外されたのか… まあかなり個性的な味と苦味だからなあ…フキノトウを入れたらすべてがフキノトウの味になってしまいそうである。きっとみんなやってみるのだが、やめようということになったのかもしれない。
 そこで某住職はやるか?ということなのだが、充分その味が想像できるので遠慮しておく。


2013.1.6
瑠璃寺国際化
 今日の昼神温泉法話ツアーでは、ガーナの人がやってきた。ガーナってどこだっけ?アフリカ?ガーナチョコレートで有名だな。瑠璃寺もいよいよ国際化である。それにしても本当に肌の色が黒い。黒人の人をはじめて見たわけではないが、なんせ伊那谷に住んでいれば直接見る機会は究めて少ない。同じ人間として不思議な気がする。まあ猫でも虎猫、三毛猫、黒猫、白猫といろいろいるわけで、人間も同じことと言えばそれまでだが、なんといっても日本は単一民族、伊那谷では他民族の人にそうは出会えないのである。
 さあそこで困った。ガーナ人に法話は通用するのか?というより日本語が通じるのか?ところが大丈夫、彼女がいっしょだった。そんでもって7年も日本にいるので、かなり話せて聞けるのだそうだ。それでもなるべく分かりやすい言葉を選びながらの法話である。
 さて法話が終わった後に雑談をした。ガーナはけっこうサッカーが盛んだったはず。「ガーナはサッカーで日本と対戦しているよねえ?」と聞いてみたら、「してますねえ」とのこと。「何勝何敗くらいだったっけ?」と聞いたら、「1勝2敗くらいだったと思う」とのこと。「どっちが1勝なの?」と聞いたら、「ガーナ、ガーナの方が負けてる」とのこと。某住職そこのところは定かではない。それでも本当かどうかは知らないが、こちらに花を持たしてくれるなんてガーナのお兄さんいいやつ!国際交流を心得ている。後で調べたら通算成績3勝2敗で日本がかろうじて勝ち越していた。
 それにしても薬膳師Aは何を聞くかと思ったら、次にガーナへはいつ帰るか、そのときには連れて行ってくれるか?と交渉していたのには呆れた。どうせガーナチョコレートを食べるためくらいの話である。


2013.1.4
昼神温泉法話ツアー
 いや〜、正月の三ヶ日は割と過ごしやすかったが今朝は寒かったー。明日までまだ寒さが続くようだ。
 さて年が変わってまだ調子が出ない。まず御朱印を書くのに日付を平成二十五年と素直にかけない。すでに2度まちがった。次に法話が上手くできない。毎年正月から二ヶ月間毎日昼神温泉が法話の参拝にみえるのだが、今日あたりでやっと少しペースがつかめるようになった。ここのところやってなかったからなあ。それに、毎日行なわなければならないのが辛い。いきなり朝からやらなければならないのが辛い。20分くらいでまとめなければならないのが辛い。そんでもって、参拝者から評判をとらなければならないのが辛い。まあ最後のは勝手に向こうがやってきて話してくれと言ってきたことで、こちらが話させてと頼んだものではない。お金だっていただいてないし…、なので別に評判など取らなくてもよいのだが、なにを意地になっているのだろう。そう坊さんとしての意地なのである。某住職に意地などあったのかと意外に思われる方もおられるだろうが、ささやかな意地はあるのである。ただあまりにもささやかなので、会館スタッフは某住職がいつ投げ出すかと戦々恐々としている。らしい…
 いやーそういえば、昨年も初めのうちは何とか務めていたが、そのうちにばっくれたっけ〜。毎日ちがう法話をするっていうのも大変だけど、同じ話を毎日するのはもっとつらいよ〜。それじゃあっていうんで、三つくらいの法話スタイル作ってローテーションでやったらってことになるのだが、そうなると今度は機械的になってまたつらくなる。そこで適当にばっくれるのである。スタッフ後はよろしく。


2013.1.3
成人式
 今日は高森町の成人式だった。131名の新成人(実際には欠席者あり)が一同に会し式が行なわれた。例年女性陣の振袖率が年々上がっていたが、今年はついに100パーセント振袖だった。男性陣はほとんどがスーツ、羽織と袴が3人ほどいたか?その中の一人はピンクの着物とピンクの羽織であった。まるで笑点に登場する落語家である。笑えた。まあそれでも派手さというか目立ち度では、完全に女性陣の勝利である。
 ただその振袖姿が某住職は気になった。それは振袖姿の女性が身につけるショールである。ほとんどの子が首に巻いている。白い色が多いが灰色や茶色の子も。白のホワホワのを巻いているといかにも暖かそうで豪華なのだが、入場から全員の子が首に巻いて入ってきた。ただ一人を除いて。式が始まっても取らない子がほとんどであった。某住職はそこらへんの知識がなかったので確信は無かったが、ひどく違和感があった。というのは、ショールというのは防寒具だと思っていたので、室内では当然取るもの、取らないにしても式典に臨むときは取リ外して臨むものでは?と思ったのだ。でもみんな取らない。式典が始まっても取った子はほんの数名であった。
 式が終わった後に、来賓の女性陣に聞いたら、基本的に室内では取るもの、ましてや式典では当然取り外して臨むものでは、とのことであった。式典スタッフにも女性は何人もいただろうに誰も教えなかったのだろうか?せっかくステキな着物を着ても、最低の作法くらい守らないとなあ…
 さて入場から式典中まで唯一ショールを身につけなかった子、実は薬膳師A女史の娘さんであった。後で聞いた話しでは、A女史は式に臨むに当たって、入場からショールは外して臨むよう厳しく言い渡してあったそうである。


2013.1.2
甘酒の季節
 さて正の月風物詩であるが、元旦開けの朝には二年詣りの暖をとるための焚き火の残り火があったので、サツマイモを放り込み焼き芋を作ってみた。焚き火=焼き芋という超ベタな発想ではあるが、お約束ということで。ちょっと火力が強すぎて、周りが炭になりかけたが、まあそれでもおいしく焼けたのであった。
 次に甘酒である。寒い冬には甘酒がおいしい。二年詣りの参拝客への振る舞いに用意したのだが、参拝者が実際例年より少なかったのか、最近は苦手な人が多いのか、かなりの量が残ったのだ。そこで元旦から会館へ寄られた方にお茶代わりに出している。甘酒に生姜を入れると風味が変わりおいしいことはよく知られているが、薬膳師A女史によると柚子の皮をすりおろしたものもおいしいらしい。実際柑橘系の香りが立ってちょっと別ものの味わいである。お試しいただきたい。
 我が家では年寄り二人が好きなので、年末年始でなくてもよく買って来て飲ましている。中医学的にも「飲む点滴」と言われているらしく、甘酒を飲んでおけばだいたい健康!みたいな食品らしい。某住職もきらいではないが、たっぷり飲めるか?と言われるとちょっと厳しい。というのも、寺では厄除けの時期にはどこでも付き物なのである。もうどこにいってもたっぷり出されるので、食傷気味といった感がある。しかし今回のように、生姜や柚子をちょっと入れることで、新鮮な味わいで飲めることがわかった。
 他にもちょい足しメニューとしてご存知の方は是非お教えいただきたい。

2013.1.1
謹賀新年
 みなさま、明けましておめでとうでございます。年末の悪天候ドタバタから大晦日はどうなることだろうと心配されましたが、天候は回復し、おかげさまで無事二年詣りを終えることができました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
 さて天候が落ち着いたわりに参拝客が少なかったと言う声が各所から聞こえた。おかしい…なぜだろう?と考えてみたが、思い当たることばかりである。まず第一にPRをほとんどしなかった。無料で載せてくれるイベント情報か、町の有線放送くらいである。新聞広告もネット広告もなしである。M氏などからは「瑠璃寺HPでも情報が載ってなかったじょ〜」とダメだしされた。まったくもって某住職のやる気の無さがそのまま結果となって現れた感じである。しかし負け惜しみではないが、静かな年末年始を迎えられるお寺というのも捨てがたい。ただし商売をしておられる皆さんからは大ブーイングで、茶屋椿からはM氏以上のダメだしである。
 そこで、開基901年の年頭の指標は『平成25年大晦日の参拝者大動員』である。「一年の計は元旦にあり」と言われるが、年の初めに年の終わりのイベントへ向けての計とは…やれやれ…